雪菜Trueアフター「月への恋」第四十六話「練習開始?」


9/14(日) 冬馬邸


「おっけー。みんな集まったね」
 かずさ宅の地下スタジオに軽音楽部の面々が集まった。
 ギターの春希、ボーカルの雪菜、キーボードかずさ、そして部長のベース武也に新メンバー、ドラムの孝宏。

 ただ、ひとりだけ部外者が混じっていた。
「にっひっひ〜。こんちわ〜」
「なんで和泉が?」
 春希の疑問にかずさが答える。
「ああ。こいつ、わたしたちの『届かない恋』、自分の劇に無断使用していたから身体で払ってもらうことにした。つまり、雑用係、ローディ」
「よろしく〜」
「はあ。まあいいか」
 春希は『こいつと関わるとろくな事がない』と思いつつ受け入れた。

「和泉さんの脚本って、どんなの?」
 雪菜の質問に千晶は若干あわてつつごまかす。
「あ、それは、あの、その…冬に上演するからその時に見に来てよ」
「そう。その時はよろしくね」
 なんとかごまかせたようだ。千晶はホッとした。

「で、期待の新曲は?」
「ああ、これだ」
 武也の促しにかずさが得意満面に楽譜のコピーを広げる。

「『ウェディング・ベル』…」
 結婚式にピッタリの題名だ。かずさがメロディーを鳴らしてみせる。雪菜は歌詞を読む。

♪ まぶたの裏 白い光が ぼんやりと 降り注いで
  背伸びをし、息を吸い込み、ざわつく気持ち抑えた

  今でもまだ 信じられないほどに

  ねえ あなたと ここまで来たこと あの時出逢えたのも奇跡
  幸せの鐘が響くよ 今日という日を忘れない 2人の記念日 ♪

「すごくいい曲だな…」
「ありがとう、かずさ…」
「どういたしまして…じゃ、まずは個別練習かな。わからないところは聞いてきて」
 春希と雪菜に誉められ、かずさがくすぐったそうな笑顔を浮かべつつ、練習の指示を出す。

 ゆったりとした曲。これなら自分でも…と、思っていた春希にかずさが近づく。
「調子良さそうだな、春希」
「ああ、ちょっとは練習したからな」
「小春ちゃんから聞いたよ。開桜社にギター同好会できたんだってな」
「え。ああ、そうなんだよ。まだ会員は俺と小春だけで、会長はアンサンブルの吉松編集長。アコギ中心だけど」
「うん。ちゃんと練習できているようだな…そんな、頑張る春希にはこれだ」
 かずさがさらに一組の楽譜を渡す。
「これは…ピアノとアコースティックのバージョン?」
「そう、1.5次会はこっちでどうだ?」
「え? 1.5次会もやってくれるのか?」
 1.5次会はハネムーン後に都内で行われる。こちらはちょっとした知り合いでも気軽に来られる会だ。

「そう。おまえらが余計な遠慮しているって小春ちゃんから聞いたよ。ちゃんとピアノ入る会場にするよう小春ちゃんに勝手に注文しといたから」
「悪い、かずさ…」
「かずさ…いいの?」
「遠慮なんてしなくていいから、ちゃんと弾きこなしてみせろ。わたしは手を抜く奴が一番嫌いなんだ。思ったことが口に出せない奴は2番目、才能の欠片もない奴は3番目だから安心しろ」
「ああ、ありがとう。全力で取りかからせてもらうよ。2ヶ月後には完璧に弾けるようになってやる」
「まあ、いくら才能のない春希でも、真面目にやれば1ヶ月かからんさ。落ち着いてやれ。それでな…」
「それで?」
「いや、何でもない。練習続けてくれ」
「?」
「ささっ、雪菜。今度はこっちで少し合わせてみよう」
「うんっ」
「………」
 春希は何か言いかけたかずさが気になったが、練習に集中することにした




「さあさあっ。昼飯だよ〜」
 千晶がグッディーズの出前を運んできた。それを囲んで休憩がてら雑談となる。
「そういや、武也。仕事の方は順調なのか?」
「まあ、ぼちぼち。企画のほうの業務支援をよく入れられて忙しくてかなわないよ」
「あー。それで依緒ぐちってたんだ。いけないんだ、武也くん」
「おいおい、雪菜。武也だって仕事なんだから」
「いやいや、俺がイヤと言えない男なのが悪いのさ…イヤなことはイヤと言わないとな」
 そこで武也はちらとかずさを見る。
 かずさはため息一つついて武也に突っ込む。
「どうせ女上司にでも無理難題言われて断りきれないんだろ」
「ぐ…」
 思わぬカウンターを受けて武也が苦笑する。

 千晶がそこでかずさに話をふる。
「まあ、この中で仕事上一番大変になったのはかずさなんじゃない? 何せ、冬馬曜子オフィスの一枚看板になったわけだし」
「いや、やることは大して変わってない。ただ、何かにつけ挨拶まわりみたいなことする機会が増えたな」
「ああ、なるほど…」
 曜子がいつまでも元気に社長業をしてくれるわけではない。いずれは自分で仕事をとれるようにならなくてはならない。それには人脈が不可欠だ。
「スーツ着て名刺作って…。結局は事務所やオケ所属の雇われ人の方が楽だよな」
「ああ、かずさも大変だよな」
 そう言う春希に千晶が突っ込む。
「そんなかずさ様が貴重な時間を費やしてバンドの面倒見てくれるんだから、いくら感謝してもし足りないぞ〜」
「いや、本当にありがとう。感謝してるよ」
「本当にかずさにはお世話になるよね。ありがとう」

 それを聞いてかずさはなにやら口ごもった。
「いや、感謝はいくらしてくれてもいいが、それより…」
「うん?」
「…ああ、そうそう。雪菜の方はハネムーン先決まったんだっけ?」
「うん。アイスランド」
「…温泉があるんだっけ?」
「あと、今年はオーロラの当たり年なの」
 そんなたわいもない会話を続けるかずさたちを、武也は目を細めて見ていた。




 午後の練習が終わってその日はお開きとなった。
「じゃ、冬馬さん。また来週」
「かずさ、またね」
「またな」

 雪菜たちが帰って、かずさと千晶の2人になった時の事だった。
 機材の片付けなどをしつつ、千晶が出し抜けにかずさに聞いてきた。
「ねえ、かずさ。かずさ、何か春希に何か言いたいことあったんじゃね?」
 聞かれたかずさが意表を突かれたように聞き返す。
「な、なんでそう思うんだ?」
「そりゃ、丸分かり。何か言いかけてやめての繰り返し。鈍い春希はともかく、飯塚君とかも不審に思ってたよ。あれ」
「む…」
 かずさは口をつぐむ。

 若干態度を固くしたかずさを諭すように千晶は尚も聞いてくる。
「ねえ、何企んでるのかわたしにだけ教えてちょ。絶対他言しないから」
「企んでなんかいない! まあ、できたらいいな、というか。そう、できもしないことを勝手に妄想しているだけだ…」
「いいね。夢みたいなものじゃん。聞かせてよ」
 しつこい千晶にかずさもたじろぐ。
「いや、夢というにはあまりに小さく、陰険で、しかも自己満足的だし…何より、雪菜に悪い」
「いいじゃん。聞くだけ。かずさも話した方がすっきりするよ」
 引き下がらず食い下がり続けるかずさもとうとう根負けした。第一、この女は黙っておくと次に何をするかわからない。
「わかったよ。でも、笑ってもいいが春希たちには言うなよ…」
 かずさは自分の思い描いていた事を語り出した。

 千晶は大爆笑した。
「あはははっ。くくっ。ひ、ひいっ、おかしい…」
「…好きなだけ笑えよ」
 かずさは憮然と腕を組んで屈辱に耐える。
「いや、かずさ。そんな一晩限りのことで満足できるの? そんな、ひととき雪菜の座を奪うだけみたいな真似で」
「…悪いかよ」
「いいや、悪くない。全然。むしろ応援する。わたしのメリットとか度外視で」
「応援も何も、春希がその気になってくれなきゃ無理な話。はいはい、この話はお終い」
 自分の汚物を捨てるような口調で話を打ち切ろうとするかずさに千晶は語りかける。
「軽音楽同好会が解散した時の春希はどうだったのかな?」
「…何が言いたい?」
「いや、どう考えても説得できなさそうなあんたを引き込まなきゃ舞台は成り立たないって、無理ゲーに直面してさ」
「ふん。あの堅物に口説かれたわけじゃない。雪菜に…」
 そう言いかけて、かずさは口をつぐむ。

 千晶はやや大振りな演技を交えつつ言う。
「ぶっちゃけ、あなたは雪菜を見返してやりたい。一時でもいいから春希を引き込みたい。でも、自分じゃ出来そうにないからあきらめかけてる。違う?」
「…だいたい当たり。でも、わたしは春希や雪菜と違って…いざという時味方してもらえるような…人徳がある女じゃ…」
 言いかけるかずさを千晶は遮る。
「へっへ〜。そんな風に思ってるのはあんただけかもね。あんた、雪菜や春希の影響受けまくりだし」
「そんなこと…」
「試してみる? あんたに味方がいないか? まだ近くにいるはずだし」
 そう言って、千晶は携帯を取り出す。
「何する気だ?」
「賭けてみる? これから連絡する男が味方になるか否か」




「驚いた。こんな馬鹿げた非道な話、真に受けてくれる奴がいるなんて…部長、雪菜の味方じゃなかったのかよ?」
 かずさは目の前の男、武也に言った。武也は嬉々として答える。
「え〜。軽音楽同好会の部長としては、えこひいきしたりはしません。むしろ、一生に一、二度くらいは春希もそういった感じで、ハメを外す日があるべきと思うくらいで』
 そこを千晶が冷やかす。
「ハメ外しまくりの男に言われると重みが違うね〜」
「うるせえよ。ま、ともかく。それを実現できる日は決まってるな」
「? いつ?」
「式の前日。この日なら雪菜ちゃんも家族と過ごすことになってるし、手出しはできない」
「バチェラー・パーティーとかいうやつだよね〜。『ベリー・バッド・ウェディング』とかに出てきた」
 千晶が超不吉な映画の名前を口にするが、武也はスルーして話を続ける。
「それでもってこの日は…」

 バチェラー・パーティー
 元は英米の習慣で、花婿の親友の男(ベストマン)が式前日に花婿を独身最後の「悪い遊び」に連れ出す習慣だ。日本でも独身サヨナラパーティーとして悪名高い。たいてい、酒池肉林の馬鹿騒ぎが相場だが。

 続いて武也が提案した青写真にかずさは目を丸くする。
「そ、そんなの、すぐ雪菜に丸分かりじゃないか! いったい、何人の人間に雪菜を裏切らせればいいんだよ!」
「なあに、春希一人裏切らせる時点で、何人裏切らせても同じさ。次の日甲斐甲斐しく働いてくれる女だし、働きと相殺ってことで」
「わかってて言ってるのか? あの子、そういうことすごく嫌うぞ」
「じゃ、やめとく? どのみち、春希説得するには外堀埋めなきゃならないし、俺ではそれは無理だし」
 武也とかずさのやりとりを聞いていた千晶が面白そうに武也をからかう。
「にっひっひ〜。飯塚君も悪友だね〜。こんな悪だくみ思いつくなんて」
 それには武也もため息一つついて答える。
「仕事の影響かな? 『企んで画を描く』と書いて『企画』なりとはよくいったものでね」
「部長も何かと苦労してるんだな」
「やっぱ化粧品会社の女のドロドロで苦労してるの?」
「まあそんなとこ。だから女のストレスは最低限にしたい、とは思う」
「………」

 かずさは眉をひそめて言う。
「まあ、部長のアイデアはありがたい。でもさ、外堀埋めなきゃって言うけど、わたしにはあの子に黙認してもらうのは無理だと思う。あの子、真っ先に反対する雪菜派の最先鋒に思えるんだが」
「違うな」
「違うの?」
「あの子も一点、お前さんと似てる事情があるんだよ」
「?」
 憐れみを浮かべた目で宙を見る武也にかずさは訳の分からないといった顔をした。
 しかし、千晶の方は納得しているようだ。
「あ〜。ま、そうだよね」
「いったい、どういうこと?」
「あなたが雪菜たちの結婚で演奏披露してくれる甲斐甲斐しい女であるのと同じ、ってこと」
「?」
「まあ、当たって砕けろで話してみなよ。その時はね…」
 続いて、千晶はかずさに悪知恵を与えた。

 こうして、かずさの計画はゆっくりと回りだした。



<目次><前話><次話>

このページへのコメント

かずさの計画の詳細は今しばしお待ち下さい。
アニメの#7話面白かったですね。最後のキスシーンと置いてある帽子にはぞくりとしました。
自分は他に普段アニメをそれほど見てないので「止め絵ばかり」なんて言われないと気付きませんでしたね(笑)
てか、千晶見つけた人すごい! 千晶派の自分ですら見つけられなかった(笑)

0
Posted by sharpbeard 2013年11月20日(水) 19:29:39 返信

今回の話だけでは計画の細かい所は分かり兼ねますが、春希の結婚前、最後に二人きりで過ごす時間を作りたいと願うかずさのいじらしい気持ちの伺える楽しい話でした。
因みに、作者様はアニメ#7はご覧になりましたでしょうか?某巨大掲示板のアニメスレではステージシーンで色々批判がいつもより多い気がしました。個人的には、あれはそれなりに良かったと思います。

0
Posted by tune 2013年11月19日(火) 23:42:41 返信

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