昨年の続きです

「で、どうしてこういうことになってるんだ?」
「んー…わたしが『かずさのピアノ聞きたい! 独り占めしたい!』って言ったからかな?」
「あのな……」

不機嫌そうなかずさの表情。それとは裏腹に、その指先から紡ぎだされる旋律は
甘く、甘く。まるで十年来の想いを語りかけるかのように、雪菜の聴覚を包み込む。

「思えば、さ。わたしのためだけにピアノ弾いてくれるなんてとっても贅沢だよね。
 今やだれもが認めるピアニスト、【世界の冬馬かずさ】だもん。
 ああ、こんな誕生日を迎えられて幸せ……」

雪菜は、体中の感覚をその耳に集中するかのように目を閉じて、聞き入っていた。

「あたしのピアノは、春希との対話ツールだったんだ。…いや、そんな痛いことを思ってた時期があった。
 そう言った方が正確かな。それがまさか、雪菜のためだけに弾く未来が来るだなんて
 その時はこれっぽっちも思ってなかったな」

   舞い落ちる雪のように、きらきらと降り落ちてく。

「雪菜。あたしは、今でもきっと心のどこかでお前を憎んでる。お前を妬んでる」
「…うん」
「でも今は、それ以上に。お前には…あとついでに、お前の旦那と。幸せになって欲しいって思ってる」
「かずさ…ありがとう」

   いつかは、雪のように。
   跡形もなく溶けてしまえばいいと。

「きっと、もうちょっと時間が必要だ。心の底から、お前たちを祝福してやれるって気になるのは」
「……」

   胸の中で、消えることは――。

「こればかりは、どうしようもない。だけどな、雪菜」
「うん」
「こんなあたしでも……お前たちのこと、好きでいても、いいよな?」
「かずさ…ぁ。当たり前だよ…わたしも、かずさのこと色々いやな気持ちで想ったこともあったけど
 それでも嫌いになんてなりきれなかった…!」
「ああ。ありがとな、雪菜」
「…なんか今日はかずさに泣かされてばかりかも」
「お前が涙もろくなっただけだろ。そういえば歳取ると涙腺が弱くなるって言うらしいな?」
「ちょっとぉ〜! わたしが歳なら、同い年のかずさも歳ってことになるけどわかってる?」
「さぁな、あたしはピアノさえ弾いていれば歳は取らないぞ。いやむしろ、幼女にも老婆にもなれる」
「何その屁理屈〜」
「屁理屈じゃない、事実だ」
「…ぷっ」
「…くくっ」

二人は笑いあった。今だけは…いや、きっとこれからは。
こうして、二人で笑いあえる。それが日常になると、心からそう思える穏やかな時間だった。

「せっかくかずさのピアノがあるんだから、歌いたいなぁ」
「好きにしろ…だけどヘタクソなギターがいないから、調子狂うんじゃないのか」
「相変わらず春希くんには厳しいなぁ…あ、そう言えばそのヘタクソなギターを電話越しに聞きながら
 泣いちゃってたかずさちゃんを思い出しちゃった」
「ばっ…! おい雪菜、今すぐに忘れろ!!」
「えー? 嫌だよ。わたしとかずさの、あと、春希くんの大事な思い出だもん」
「この…」
「わたしを、かずさの世界にもう一度戻して貰えた。
 また『三人』になれた瞬間の、大事な…とても、大事な」
「……雪菜」

泣いてるような、笑ってるような。どちらともとれない表情で二人は見つめあう。
しばしの沈黙を破って、雪菜は言った。

「ね、だから。かずさのピアノで、歌わせて? 今日は、ギターなしで歌いたい気分なの」
「…わかったよ、ワガママお姫様」
「ふふ、ありがとかずさ」
「だけど先に言っておく。届かない恋は却下だ」
「あはは…うん、そうだね。あれは、今は、違うかな〜」
「そうだな…じゃぁ、これでどうだ」

逡巡したかずさはそう言って、ピアノを弾き始めた。

「このイントロって…もう、かずさったら」

かずさの弾き始めた曲にピンと来た雪菜は、そう零しながらも嬉しそうに微笑んだ。
そして、かずさのピアノに合わせて歌いだした。その曲は――。



恋のような 〜fin〜
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このページへのコメント

かずさに対する札雪菜の気持ちは「恋のような」ものなのは間違いないでしょう。かずさがこの曲を選んだのはそれを素直に認めて喜んでいるのか。それともかずさも同じような気持ちなのか。
最後の雪菜の台詞から、雪菜は自分の気持ちをからかわれたと思っているのでしょうか。でも、幸せに続く未来を予感させるSSでした。

1
Posted by  finepcnet finepcnet 2020年02月14日(金) 06:20:55 返信数(1) 返信

作者です。
finepcnet様、感想有難うございます!

codaの後は「不倶戴天の敵」でなく「生涯の大親友」でいて欲しいという私の勝手なワガママでこんな妄想となりました笑

あの、もしかして「五年後の再出発」の著者様でしょうか…恐縮です。
あの作品とても好きです。そんな方に目を通して頂けて、コメントまで頂けるなんて感激の極みであります…!

0
Posted by 名無し(ID:xlTv0JVnvA) 2020年02月14日(金) 18:12:48

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