WHITE ALBUM2 SS まとめwiki

「そ……んな……っ。そん、な……っ！」

その表情は、多種多様な感情に彩られていた。
驚愕、呆然、落胆、悲哀。そして……憤怒。

そう、彼女――杉浦小春――は、最後に怒りに満ちた表情を浮かべた。

「そんなの、許せない……許せないよ……っ！」

それが2年前、小木曽家のリビングにて自分が直接見届けた
「3人のうちの2人の終章」から、あまりにも乖離していたから。

更にその数日前、峰城大バレンタインコンサートのステージにて
「2人で奏でた旋律」から、あまりにも想像できなかったから。

そして何より。その数ヶ月前、クラスメイトに見せて貰った
「3年前の、3人の、伝説のライブ」映像から
……その可能性を予想できた、未来だったから。



〜冬馬かずさTrueルートAfter　春雪が導く未来〜



時は4月。場所はグッディーズ南末次店。
杉浦小春は、その端正な顔をこれでもかと言わんばかりに真っ赤にしながら
そこが自分のバイト先だということも忘れ、怒りを顕にし、声を荒げていた。
周囲の客が不審と好奇の視線を彼女と、その同席者たちに送る。

「ちょ、ちょっと小春！　落ち着きなさいよ！」
「小春ちゃん、お願いだからもう少し静かに……」

そんな小春を宥めにかかったのは、峰城大付属の頃からの親友であり
現在も共に峰城大へと通う清水早百合と矢田美穂子。
しかしそんな言葉も、周囲からの奇異の目線も、小春の怒りを
静めることは出来ないようだった。

「そんなこと言われても……っ！　私……私……っ！」

そこに、数ヶ月前は確かにあった「委員長然とした元クラス委員長」の姿はなかった。
普段の小春なら、公共の場で声を荒げるなんて行為、諌める側だったはずだ。
やがて近づいてきたのは、可愛いピンクの制服に身を包んだグラマーな女性店員。

「お客様、大変申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑になりますので
　もう少しお静かに願います……って、どっかのうるさい教育係なら言うと思うよ？」

女性店員――名札には中川と書いてある――は小春たちのいるテーブルに近づき、
前半を毅然とした態度で、後半をやや小春に顔を近づけて小声で注意した。
しかしその表情はまるで「ねぇねぇ小春っち、何があったの〜？」とでも言いたげだ。

ここで一つ、中川は自覚なくミスを犯した。
何故なら、小春の怒りの原因こそがその「どっかのうるさい教育係」に他ならなかったからで……。

「チーフは黙ってて下さい！！」

結局、火に油を注いでしまった。

一瞬たじろぐ中川だったが、今はあくまでホールチーフとしての立場を
優先させねばならない事は自覚していた。

「……こほん。何があったのか判らないけど。ここ、小春っちの
　バイト先でもあるんだし。周りのお客さんの目もあるから。
　怒るな、とは言わないけどさ。声のボリュームだけは抑えて、ね。
　じゃないと小春っちのことだから、次のバイトの時に色々と後悔しちゃうよ？」

中川はホールチーフとして、大声を上げる客を宥めるという目的のために
職場の先輩として、同僚として。的確に助言を送るという手段を選んだ。
それは中川の人並み外れた好奇心を知る者からすると意外なほど冷静な対応だったが
中川は半ば確信していた。今でなくても、聞く機会は必ず来る……と。
それだけ言うと、中川は小春の返事を待たずに次の仕事へ向かっていった。

「あ……」

そんな中川の配慮を察してか、小春は少し冷静さを取り戻せた。
いつの間にかテーブルに両手を突いて立ち上がっていたことに気付き、ゆっくりと腰を下ろす。
けれども、心の中に湧き上がるマグマのような感情が完全に冷却されたわけではない。

「ごめんね、小春。私が余計なこと喋っちゃって……」

そんな小春に謝罪の言葉を投げたのは、園田亜子。彼女もまた、峰城大付属の頃からの付き合いだ。
そして現在、この仲良し4人組の中で唯一の彼氏持ちでもある。
亜子はその「彼氏」から聞いた、この冬の出来事を話題にしてしまったのだ。
それは亜子としては、美穂子が恋をしていた相手の非道さを伝えることによって
美穂子の気持ちの清算をし、次の恋へ進めるようにと思っての友情が起因していた。

だが、密かに美穂子と同じ感情を、同じ相手に抱いていたもう1人の存在は知らなかったのだ。

「でも本当に……北原先生がそんな……小木曽君のお姉さんを捨てて他の女の人と海外にだなんて……」

「どうして小春ちゃんがそこまで怒るの？」という言葉が喉まで出掛かったが
小春の尋常でない様子を見てなんとか押し留めた。代わりに吐き出した
美穂子の現状を再確認するような呟きは、小春の耳に届いていただろうか……。

第1話　了

第2話　回想"届いた恋、届かない恋"