第5話



4-3 かずさ 冬馬邸 1/5 水曜日 早朝






元日の早朝に母さんが宿泊するホテルから帰ってきて以来、
4日ぶりに母さんが会いに来た。
たぶんどう接したらいいか、わからなかったんだろうな。
春希が楽屋を出て行ったあと、自分でも驚くくらい荒れたし。
母さんもあたしの顔を見るのがつらいのかもと思いはしたけど、
そんな杞憂はすぐさま吹き飛んだ。

曜子「何やってるの、こんな早朝から?」

怪訝な顔をして、まるで理解できないっといった態度をしている。
リビングに広げられている新品の荷物の山。
注目するなという方が無理だといえるが、母さんの態度が少し気にいらない。

かずさ「見てわからないのか?」

曜子「朝からハイキング?」

ソファーに置かれた新品の厳寒用ブーツを、恐る恐る突いたりしている。

かずさ「真冬のこの時期に、ハイキングなんか行くわけないだろ。」

曜子「そうよねぇ。」

見るからに温かそうなブーツに興味を持ったのか、実際に自分で履いたりして
「うわぁ、温かい」などと、自分では使うことがない靴に感動を覚えたりしている。
そもそも母さんが寒い外を歩くとは思えない。
外出はするが、車での移動。実際寒い外を歩くのは、車から建物までの数歩のみ。
だから、真冬の登山靴なんて、必要になることなんてないはずだ。

曜子は、テーブルに山積みにされているチョコバーを一つつまみあげ観察する。
コンビニで買いこんできた特別なものではないから、そのままテーブルに
戻すのかと思いきや、おもむろに袋を破り口に運ぶ。

母さんが、あたしを見て驚くのも無理がないと思う。
あたしも母さんの立場だったら、同じことを言うか、見ないことにして
そのまま立ち去っていただろう。
だけど、あたしはいたって大真面目であった。
テーブルには、チョコバーをはじめとするカロリー高めの携帯食。
他には、水筒・ホッカイロ・登山用ダウンジャケットやタイツなどの装備一式。
どうみても、冬山登山か真冬のハイキングに行く挑戦者にしか見えない。

かずさ「寒いから、防寒機能が高い服を買っただけだよ。
    あたし寒がりだし。」

曜子「そうだけど、あなた、外に出ないじゃない?」

たしかに、冬山どころか、近所のコンビニにさえ行こうとしないでいる。
必要なものがあれば、ハウスキーパーに頼めばいいし、
それに、たいていのものは全てそろえられているから、外に出る必要もない。

かずさ「たまには出るから、その時用だ。
    それにしても、母さんこそ、こんな時間にどうしたんだ?」

時刻はまだ、午前4時になったばかり。
こんな時間にかずさが起きていることはもちろん、
曜子が訪ねてくること自体異常だった。

曜子「ちょっと寝付けなくてね。
   それで、かずさどうしてるかなって。」

母さんに心配かけてるな。
それだけのことをやってしまった自覚はあるけどさ。

かずさ「どうしてるって、今から出かけるところだ。
    閉じまりよろしく。」

テーブルに用意した食料などをバッグに詰め込み終わったあたしは、
昨日買ったばかりの防寒具を身に付け、これ以上詮索されるのを
逃げるようにして家を出た。

曜子「ちょっと、・・・どこに行くかくらい言ってくれてもいいのに。
   ・・・・って、行くところなんて、あの子には一つしかないかな。」

かずさが消えていったドアを見つめ、成功を祈り、頬笑みを送った。
床を見てみると、かずさがバッグに入れ忘れたチョコバーが落ちている。

曜子「そそっかしいんだから。」

チョコバーを拾い上げ、封を切ると、中から砕けたチョコクッキーが
こぼれ落ちてくる。

曜子「もう。」

かずさが床に落として踏んでしまったのか、中身はボロボロだった。
曜子は、手に持っていたチョコバーをゴミ箱に捨て、床にぶちまけたほうは
そのままにしして部屋を出る。
かずさが散らかした部屋を含め、あとはハウスキーパーに任せることにした。







昨日は、寒さで凍死する寸前だった。
手足は寒さで感覚が消え去り、帰りのタクシーの中では、運転手が悲鳴を上げるくらい
ガンガンに暖房を強くしてもらったのに、微塵も温かさを感じられなかった。
春希が住んでいるって言っていた最寄駅で春希が来ないか張り込んでいたが、
そう簡単に会えるわけもなく、空振りに終わる。
家を出るときは、コンビニに行くついでと、誰にも言い訳をする必要がないのに、
わざわざコンビニでお菓子類を買い込む。
コンビニを出ると、駆け足で駅まで行ってしまったが、
服装はコートを一枚着ているだけ。
これで長時間冬空のもと張り込みをするのは難しい。

6時間ほど粘ってみたが、寒さで感覚がなり、震えが止まらない。
それよりも、駅前で人通りも多いこともあって、ナンパをしてくる連中が
なによりようざかった。
寒さでいらだちも格段に増しているのに、そこにハエのごとくまとわりつくナンパ。
何度も春希を恨んだことか。
だけど、その数だけ春希に自分の弱い心を詫びた。

ついに寒さとナンパの我慢の限界(主にナンパだが)を迎える。
そこで、明日からの備えをするために御宿まで出て、
登山用の防寒装備一式を用意したわけだった。
もちろん顔を隠す為のニット帽とマフラーも買いこんだ。

さすがにこの服装なら、誰も言い寄ってこないな。
ニット帽を深々とかぶり、マフラーで鼻の上まで顔を隠す。
周りから見れば、怪しさ満点だけど、寒さとナンパ回避には変えられない。
ナンパしてくる奴が50人突破したら、春希が現れるっているんなら
いくらでもナンパされてもいいんだけどな。
それよりも、春希がナンパしてくれたら・・・・・、って
あの堅物がするわけないか。

寒さで思考さえも寒々とした妄想に陥っている事にため息をつく。
温かい息がマフラーで覆った口元に充満するが、すぐさま寒さが忍び寄る。
すでに朝6時前から7時間も張り込みを続けていたんだから、
いくら防寒に気をつけていたと言っても、足もとは寒さに蝕まれている。
見回しがいい場所を選んだおかけで春希を探しやすいが、
その分突き刺さるような冷風の前に体をさらすことになっていた。

疲れを癒そうとバッグの中からなにか食べるものをと探していると、
10メートルほど離れたところにタクシーが止まる。
春希がタクシーで駅までやってくるとは思えないが、一応確かめようと
目を向けると、扉が開かれる。
中からは、楽屋で見たあの春希が降りてきた。
手にしていたバッグが地面に落ち、中からお菓子がばらまかれる。
そんな些細な事は気にせず駆け寄ろうとしたところで、タクシーからもう一人、
綺麗な女性が降りてくる。
そして、その女性は春希を抱きしめた。
力強く、春希を離さないように。
春希の顔は、はっきりとわからない。
だけど、春希が女性の手を包み込むように握りしてたところで
あたしの思考は停止する。
目の前の現実に、心が砕け散っていくのが理解できた。
でも、春希から目が離せない。
これ以上、こんな残酷な現実を見たくないのに。
見てる時間が長引くほど、自分が傷つくって分かってるのに、
愛しい春希から目を離すことなんでできやしなかった。

そして、その綺麗な女性は、春希に寄り添うようタクシーに乗り込み、
タクシーはすぐさま走り出していった。
あたしは、タクシーが視界から消え去っても、
いつまでもタクシーの影を探し続けていた。









4-4 春希 麻理のマンション 1/5 水曜日 昼





タクシーに再び乗車した俺たちの間には会話はなく、沈黙が支配していた。
どんな言葉だろうと、お互い過剰に反応してしまう気がしたからかもしれない。
それだけ感情が静かに高ぶっていた。

マンションに入ると、麻理さんに手を引かれるまま10階最上階にある部屋まで
連れられていかれた。
タクシーに乗ってから、ずっと握られていた手は、支払いの時一度離されているが、
それ以外の時はずっと堅く握られたままでいる。
麻理さんの心遣いが俺の心を溶かし、罪悪感まで溶かしつつあった。


部屋に入ると、麻理さんは、素早く電気をつけ、
部屋を暖めるためにエアコンにスイッチを入れる。
俺が座る場所を確保する為に、ソファーに脱ぎ散らかした服などを
隣の部屋に放り投げた。

麻理「あまり部屋の中を見るなよ。
   帰国して、そのまま編集部に顔を出してるから、掃除していないんだ。」

目につくものを隠すように、散らかった部屋を少しはきれいに見せようと努力している。
しかし、それぐらいでは綺麗になるとは思えない惨状だったが、
言わないほうがいいのだろう。

春希「すみません。俺のせいで。
   ・・・・・・・、
   あのタクシーの運転手の人。年上の魅惑的な女性に捨てられそうになって
   自暴自棄になってる情けない男だって思ってるんでしょうね。」

麻理「そう思ってくれたんなら、光栄だな。
   私としては、その逆だと思ってたんだが。」

春希「そんなことないですよ。
   麻理さんは、魅力的すぎる女性ですから。
   あまりにも眩しすぎて、すがってしまうほどに。」

麻理「気にするな。私が好きでやってることだからな。
   それに・・・、悪かったな。お前が大変な時に、側にいてやれなくて。」

違うんです。
麻理さんが俺の心に住み着いてしまったから、どうすればいいかわからなくなったんです。
それを忘れるために、仕事に没頭しただけ。

春希「それこそ、麻理さんに心配かけさせてしまって、すみませんでした。
   全て俺が招いたことなんですから。」

そんなむなしい努力も、麻理さんを目の前にしては、無駄だったけど。

麻理「部下の心配をして何が悪い。上司は、部下が仕事がしやすいように
   職場環境を整えるのも仕事のうちだ。」

春希「ただの部下のために、ここまでしてくれるんですか?」

卑怯だって、分かってる。
こんなこと言ったら、麻理さんがどういう反応をするかわかってて
言ってるんだから。

麻理「なにがあったんだ?」

その言葉じゃないです。
欲しいのは、もっと俺を求める言葉だから、沈黙で答えるしかない。

麻理「今度は、だんまりか。」

春希「俺の質問の答え、もらってないからですよ。」

麻理さんは、ため息をつきキッチンに向かう。
戸棚からカップを二つ用意し、インスタントコーヒーをいれ、
一つを俺に渡してくれる。

麻理「ブラックでよかったよな。」

うなずき、礼を伝える。
しかし、意図したわけではないが、言葉で礼をしなかったことが、
麻理さんの答えを貰えるまで口をきかないとも受け止められると気がついてしまう。
必要以上に麻理さんにプレッシャーをかけるべきではないと反省したが
麻理さんの方が先に折れてくれた。

麻理「ただの部下じゃい。特別な部下だ。
   お前が私をどう思っているか分かりかねるが、
   お前が一人前になってもらわないと、私が困る。」

春希「じゃあ、その部下が大変な時は、自宅まで連れ帰って、
   面倒みてくれるですか?」

もう引く気はなかった。だって、癒されたいから。

麻理「それは・・・・・・、分からない。
   私だって、混乱しているんだ。」

俺がついに、麻理さんの心の奥に踏み込んでしまった。
俺が麻理さんの心をかき乱してしまってると思うと、
今までの勢いは消失して、罪悪感が俺を支配してしまう。
わからない。なんで急に怖くなったか、わからなかった。

春希「ごめんなさい、麻理さん。こんなはずじゃなかったんです。
   なにやってるんだ、俺?」

持っていたカップが手から離れ、床にシミを作る。
勢いよくソファーから立ちあがり、手で顔を覆い、
情緒不安を垂れ流しながら歩き回る。

春希「ごめんなさい。ごめんなさい、麻理さん。
   こんなとこしちゃいけないって、分かってたのに。
   弱みに付け込んでるだけじゃないか。」

麻理「北原、落ちつけ。
   とりあえず、座って、深呼吸でもしてみろ。」

俺の急変に驚いた麻理さんであったが、落ち着きを装って、俺をなだめようとする。
しかし、俺の変貌には、ついてこれなかった。
麻理さんが俺の肩に手を置き、ソファーに座らせようとしたが、
その手を払いのける。勢いあまって麻理さんが倒れてしまう。

春希「ごめんなさい。・・・・・失礼します。」

麻理「待て、北原!」

見下ろした麻理さんの表情は、困惑しきっている。
俺は、麻理さんを心から追い出す為に麻理さんを振りかえりもせず、
マンションの出口に向かった。
しかし、ドラマみたくかっこよく逃げ出せるわけもなく、
エレベーターが来るのを待っているところで、麻理さんにつかまってしまう。
あまりにも現実的で、情けない。
そのおかげか、とり乱していた心が覚めてしまった。

春希「かっこ悪いですね。映画だったら、このまま逃げ出せていたんですけど。」

麻理「悪いな。これは映画じゃなくて、現実なんだよ。」

二人して見つめ合い苦笑いをする。
苦笑いもいつしか安心からの笑いに溶解していく。

麻理「部屋に戻るぞ。嫌だって言ったら、引きずっていくからな。」

春希「もう逃げませんかよ。」

俺は、麻理さんの手を握ることなく、今度は一人、麻理さんの部屋に向かった。




部屋に戻ると、まずは床にこぼしたコーヒーの処理をするあたり、
落ち着きを取り戻せていると実感した。
ついでに、散らかった部屋も少し掃除しますかと提案したら、
さすがに丁重にお断りされたけど。

麻理「顔色は悪いけど、いつもの北原らしくなってきたな。」

春希「俺にどんなイメージあるか聞きたいですね。」

麻理「いいぞ。今度、今日の礼として飲みに連れてけよ。
   それじゃあ、よくないな。回帰祝いとして、私が奢ってやろう。」

春希「いえ、お礼として俺が奢ります。」

麻理「そうか? ま、どっちでもいいか。」

緊張していた麻理さんから力が抜けていいく。
いくら俺がいつもの通りの行動をしてみても、
実際話してみなければ信じられなかったのだろう。

春希「ありがとうございます。」

麻理さんの目を見て、心からの感謝の意を伝える。
こんな言葉だけじゃ足りないってわかってるけど、俺の手持ちはこれしかないから、
いつか必ず恩返しをしないとな。

麻理「好きでやってるんだから、いいよ。」

春希「麻理さん・・・・・、聞いてもらいたい話があるんです。」

麻理「時間はある。気が済むまで話しなさいよ」

俺は、高校時代のことから、去年のニューイヤーコンサートに起こった出来事で
どう正月を過ごしていたかを全て麻理さんに打ち上げた。
かずさのこと。
雪菜のこと。
そして、麻理さんに対する気持ちまで包み隠さず。


俺が全て話し終わったときには、既に夜になっていた。
明りをつけることもしてなかったので、室内は暗い。
暗闇に目が慣れて、外からの光もあったおかげで、麻理さんの輪郭ぐらいはわかった。
麻理さんは、俺の話を聞き終えた後も、ソファーに座ったまま、動かずにいる。
俺は、怖くないと言ったら嘘になる。
麻理さんに嫌われるんじゃないかって、今も心臓が締めけられながらも
麻理さんの判断を待っている。

黒い影が動き、ソファーから去っていく。
俺は、体を支えていた力が抜け、ソファーに沈んでいった。
しかし、すぐさま部屋に明かりがつき、目の前が白くかすむ。
目の焦点が戻ると、目の前には麻理さんがいた。

麻理「悪かった。お前が苦しい時、側にいてやれなくて。仕事が終わった後
   ヴァカンスなんか行かなければよかったんだ。」

春希「仕方ないですよ。決まってたことなんですから。
   それに、これは自業自得なんですよ。」

麻理「それでも私は、側にいたかったんだ。」

春希「そう言ってくださるだけで、十分です。」

麻理「そうか・・・・・。これから、どうするつもりなんだ?」

春希「まずは、麻理さんへの依存をどうにかすることですかね。」

笑って言おうとしても、うまく笑えない。
演技なんて必要ないってわかってるから、体が拒否反応でもしたんだろうか。

麻理「私は、頼ってくれても・・・うれしいんだけどな。」

麻理さんは、赤くなった顔を一度は隠そうと顔をそらすが、
まっすぐと俺の目を見つめてくる。

春希「このまま頼ってしまったら、麻理さんにおぼれてしまう気がするんです。
   それは、かずさへの裏切りだから、できないんです。」

麻理「そうか・・・・。」

春希「学園祭の後のことを思い出したんです。
   目の前にいくら自分が求める幸せの一つがあったとしても、
   自分が一番大切にしているものを裏切るのなら、手を伸ばしてはいけないって。」

麻理「私は、お前の求める幸・・・・・いや、なんでもない。」

麻理さんは、途中で言うのをやめてしまったが、
なにを聞きたかったかくらい理解できた。
しかし、麻理さんが言わないのならば、俺は答えないほうがいいのだろう。

春希「でも、麻理さんを頼りにしてますよ。
   まだまだ教えていただかないといけないことが、たくさんありますからね。」

麻理「そんなの当然だ。これからだって、今まで以上に鍛えてやるつもりだった。」

演技ではない笑顔ができそうだったのに、麻理さんの言葉にひっかかりがあることに
気が付き、表情が固まってしまう。

春希「だったって?」

俺をまっすぐ導いてくれるはずだった目に、力が失っていく。
でも、目をそらさないでいてくれていることは、どんなことがあっても、
俺から逃げないでくれるんだと信じたい。
麻理さんは、俺の前まで来て、ゆっくりと床に座り、俺を見上げる。

麻理「今回の出張は、NY支部への異動を兼ねてなんだ。
   今、記事をほとんど書いてないだろ? 
   もう向こうでの仕事の準備がメインになってる。
   一応3月からNYってことになってるが、
   準備の関係で向こうに行くことが増えると思う。
   ・・・・・・・こんなときに、すまない。」

春希「大丈夫ですよ・・・・とは、言えないですけど、
   やけにならないでジタバタしてみます。
   これでも、麻理さんに鍛えられてきたんです。
   やれるところまで、やってみます。」

麻理さんを心配させないでNYに送りだすことなんてできやしない。
俺に出来ることなんて、麻理さんを心配させることぐらいだ。
だけど、心配させるんなら、前向きな心配くらいなら、今の俺にもできるはずだ。

麻理「やれるところまでやってみろ。いつだって、電話でなら相談にのってやる。
   あ、でも、ギリギリまで我慢なんかするなよ。
   お前のギリギリは、つぶれる寸前なんだからな。
   そうなると、電話だけでは済まなくなって、
   飛行機に乗って会いにこなければならなくなるんだからな。」

春希「麻理さんが会いに来てくれのでしたら、限界までやってみたくなりますね。」

麻理「そういうことはいうな。
   まるで、お前が私に会いたいみたいじゃないか。」

麻理さんの頬が朱に染まる。麻理さんは、それを隠すように両手で頬を包み込む。

春希「会いたいですよ。」

麻理「なっ。」

麻理さんが、自分の発言に身を悶え、頬だけではなく目まで手で覆う。

春希「ある意味、愛の告白かもしれませんね。」

麻理「はいはい。もういいって。それでも、冬馬かずさが一番大事で
   彼女を傷つけない範囲でってことだろ。」

これ以上赤くはならないってくらい上気した顔で、これ以上は言うなと
訴えかけてくる。
いくら麻理さんを大切に思っていても、
俺からは触れてこないって理解してくれているから。

麻理「何もなくても、電話くらいしてこいよ。
   私の方もガス抜きくらいは必要だからな。」

春希「はい。NYのことも気になりますし、麻理さんに聞いてほしいことだって。」

その後、俺達は色気も何もない仕事のことや、NYでの準備について語り合った。




麻理「なあ北原、聞いてるのか?って、何日も寝てないんだから、無理もないか。」

意識の外から麻理さんの声が聞こえる。温かい陽だまりのようで心地がいい。
瞼が重い。もはや抵抗なんて無駄だ。

麻理「寝るんだったら、ベッドを使え。・・・・ほら。」

意識があまりない中、麻理さんの肩を借り、ベッドに崩れ落ちる。
柔らかい感触と、心地よい臭いが全身に伝わり、抱きしめてしまう。

麻理「私を押し倒してどうする。」

麻理さんは、俺を横に転がせ、俺の拘束から逃れる。
しかし、俺に体重をかけないようまたがり、俺の顔の横に両手をつき、顔を覗き込んできた。

麻理「なあ、北原。
   私は、冬馬かずさの代わりだったのか?」

遠くの方から声が聞こえる。
囁くような静かな問いかけなのに、耳にはしっかり入ってくる。

春希「ちがい・・・ます。麻理さんは、麻理さんでしかないです。」

麻理「冬馬かずさのことを、愛しているのか?」

春希「愛してます。」

麻理「風岡麻理のことが、好きだったか?」

春希「今でも、大好きです。」

麻理「風岡麻理に、側にいてほしいか?」

春希「側にいてください。」

俺は、誰だかわからない彼女の問いに答えていく。
夢の中の彼女は、あまりにもリアルで、温もりや臭いがあるのがわかるのに、
顔だけはわからなかった。
俺は、そんな彼女の問いに本音で答えたと思うが、
俺がなんて答えたのかは覚えてない。

覚えているのは、柔らかな重みが唇に残っていることと、
大好きな彼女の香りが肺に満たされていることだけだった。






第5話 終劇
第6話に続く

このページへのコメント

毎週読んでいただき、ありがとうございます。
『〜coda』の話の構成を骨組み程度作ったのですが、『cc』を含め、
おそらくホワイトアルバム2という要素を前提にして読んでいくと、違和感を覚えるかもしれません。
これからエピソードの肉付け作業がありますが、そのあたりが気がかりではあります。

一応、「with かずさ派」の看板は伊達じゃないってところは、見せつけたいですがw

0
Posted by 黒猫 2014年07月15日(火) 06:00:53 返信

こう来るとは全く予想していなかったので、びっくりしてワクワクしました。と言いながら、かずさ派としては、春希が麻理さんに例のおいたをしたらどうしようかと思って、びくびくしていました。次回も楽しみにしています。

0
Posted by ushigara_neko 2014年07月12日(土) 01:54:35 返信

かずさの見事なストーカー振りと春希と麻里のちょっと危なげないやり取りとで物語が混沌としてきましたね。先が読みづらくなってきました。その方が読む楽しみが増えるので良いですが、後もう一人のヒロインの動向も気になるところですね。次回も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年07月08日(火) 19:46:23 返信

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