12 オフィス経営会議 ／ 2015年4月上旬
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ushigara_neko 2015年06月22日(月) 14:17:06履歴
４月上旬の週中の午前、雪菜と美代子が冬馬宅を訪れた。
ウィーン旅行の強行が祟ったのか、曜子の体調は芳しくなかった。自分の著作権の管理はもとより、タレント二人の企画、スケジュールの企画、立案や著作権の管理を事細かに行える程の体力は無くなりつつあった。
だが、そのタレントのうち、一人は一枚目がミリオン・セラーになったとはいえ、戦場は流行り廃りの激しいJ-POP。もう一人はヨーロッパで実績を積んできたが、ちょっとした壁の前いた。つまりオフィスの未来は、タレント二人の今年の企画に大きく左右されることは間違いない。
メディアを展開するのはナイツ・レコードだが、企画はオフィスが出す、というのが、冬馬曜子オフィスのスタンスだ。二人のタレントの展開について、今後の方針を明確にする必要があった。
かずさ専属のマネージャーだった春希は、帰国後、思いがけず多忙を強いられた。美代子のマネージメントに限界があり、サポートが必要だったからだ。そもそも、美代子は曜子という人間に惚れ込んでいて、曜子の日常生活にも深く関与していた。曜子も、美代子を頼り切っていた。
必然的に、冬馬曜子オフィスを取り回す責任を誰が担うか、という問題と、雪菜のマネージャーをどうするのか、という問題が出現した。
今日は、その辺りの結論を出すために、集まることになった。
曜子、かずさ、雪菜、春希、美代子。五人がリビングに集まった。
「雪菜、いくら何でも、買い過ぎじゃないか」と、春希は指摘する。
「だって、三、三、三、だから、九個で合ってるよ」
「問題は、全部違うってことだな」ケーキを見つめる、かずさの目が輝いている。「三個、どうやって選べば良いかな〜」
「社長は、どれを選びますか？」美代子は、曜子に問いかける。
「フルーツタルトと、抹茶ロールと、モンブランね。チョコベースは、ちょっとヘビーかな」
「えっ、母さん、モンブラン、あたしに頂戴よ」
「あなた元気なんだから、譲りなさい」
「ちぇっ。こういう時だけ病人かよ」
「あはは……」これは、親子だから言える台詞だなと、雪菜は思う。
「雪菜は、イチゴショートだな、たぶん」春希は雪菜に取り分ける。
「そうだね。でもでも、ウィーンで食べたザッハトルテが美味しくて、以来、ちょっとはまってるんだよね〜」
「じゃあ、ザッハトルテ譲るよ。じゃあ、あたしはイチゴショートとクランベリーチーズと……」
「かずさ、俺のクランベリーチーズはやらないぞ。美代子さん、どれにしますか」
「私は残ったので良いです。でも、生クリームたっぷりじゃない方が良いかな……」
「じゃあ、クランベリーチーズ、譲りますよ。俺はタルトタタンでも良いか」
「え、春希酷いよ。どっちも狙ってたのに……」
「かずささん、私から、つまんだら良いですよ」
「ホントに！ 美代子さんは優しいな〜」
「だめです。日中のスイーツは三つまでという約束です」
……女性が四人、ケーキを前にすると、静かになるのにホントに時間がかかる、と春希は思う。
……「さて、みんな、ケーキを堪能したところで、本題に入りましょうか」
騒いでいた割には、曜子は、三つのケーキの半分以上は残していた。かずさが、それを虎視眈々と狙っていた。
「私は、社長を降りようと思うの」
春希は、曜子がそういうだろうと思っていた。
「それで、美代ちゃんに社長就任をお願いしたのだけど」
「私は、絶対にお断りします。私は社長の側にいただけの人間ですから」
「ということなのよ。で、春希君、どうかしら」
「僕も、それはお断りします」
「そう言われると思った。さて、どうしようかしら」
「何故、冬馬かずさを社長に、って意見が出ないんだ？」
「インタビュー一つマトモにこなせない奴に社長職が務まる訳ないだろ。
……時期尚早って話だよ」
「お前って、ホント冗談が通じないよな。時期尚早も何も、あたしがそんな面倒臭い役する訳ないだろ」
「おほん。申し訳ありませんが、社長職については、曜子さんに引き続きお願いします。ただし、美代子さんの勤務については、オフィスの方ではなく、家に来てもらって、社長への取り次ぎ及び相談相手等をお願いする形に徹してはもらってはどうかと思います。パソコン、事務机等は用意します」と春希は話した。
これは、美代子と既に話ができている。
「でも、それじゃ……」
「いえ。まず、その体制を認めて下さい」
「……分かったわ」
曜子は、例のオーバーゼスチャーで肯定する。
「次に、ファン・クラブの問題です。企画はおいおい煮詰めるとしても、会員管理などは外注にまわすべきでしょう。これは、宜しいですね？
雪菜も、良いかな」
「はい。宜しくお願いします」
「かずさの日本でのファン・クラブの設立は、秋のコンサート後と考えています。これはかずさと話がついています」
「あたしはいらないって言ったんだけど、二枚看板としてはあった方が良いってマネージャーが強行にいうから、仕方なく、な」
「一番大きな問題は、雪菜のマネージャーです。これに関して、美代子さんは既に、オーバーワークです。美代子さんは、クラシックとJ-POP、全く異なる業界のマネージメントをこなしてこられました。これは、凄い力量だと思いますが、社長の秘書や庶務的事項をこなしながらの業務は限界です。
次に、雪菜は、今年が売り込み時です。ファースト・アルバムの実力がフェイクでないことを、秋のツアー、来年のセカンド・アルバムで証明しなければなりません。この山場を乗り越えれば、力量の安定したアーティストと見なされ、マスコミ露出を制限し、作品とライヴ・パフォーマンスにもっと力を注ぐことができるようになります」
「それは、分かっているけど」曜子が口を挟む。
「この企画を進めて行くために、雪菜専属のマネージャーを早急に雇うことは決定して良いですね」
「そうなるわね」
「えっと、あたし、自分でマネージングできるよ。ナイツ・レコード時代に、色んなマネージャーさんの仕事見て来たから」
「雪菜は、自分を磨くことと、自分の作品に力を注いだ方が良い」
かずさは、モンブランを盗み食いしながら言う。
「マネージャーの仕事は、結構、削がれるよ。アーティストがする仕事じゃない。それに、雪菜には、あたしとの時間をもっと取ってもらうことにしている」
「えっ。それってどういう」
「セカンド・アルバムの企画の話だよ」
かずさは、抹茶ロールの盗み食いに着手する。
「セカンド・アルバムは、かずさが既に作曲していた分のトラックがフル・アルバム分以上あるから、そこから選んで作ろうって、話はついているの。
あなたからは、時々、アドバイスをもらえれば良いの」
曜子は、かずさの話を制す。
「あたしは、嫌だよ」と、かずさは切り出す。
「あたしはここにいて、今を生きているんだ。昔のあたしのフォローばかり、してらんないよ」
「言い換えますと、全く新しい曲を半分以上は入れて行きたいということです。雪菜の戦場は、流行り廃りの激しい場所です。もちろん、流行に追随はしませんが、同じアプローチは、何度も通じません」
「そういうこと。もちろん、あたしの昔の曲を気に入ってくれている雪菜と、母さんの思いは尊重する。
でも、共作をメインに出すなら、あたしは雪菜と、今の自分を見つめて作曲したい。
そうじゃなきゃ、雪菜と一緒に作る、意味ないよ」
「ちょっと、いいかしら」曜子は言う。
「クラシックの演奏家が、ポピュラーにのめり込むのは、危ないと思うんだけど。練習時間の問題もあるし」
「それに関しては、春希と十分、話し合った結果、将来的には、ジャンルに垣根のない演奏活動を目指すことにした」
「……また、強烈に危ないことを言ったわね」
「危ないのは分かってる。だが、将来的には、自由気ままに演奏して、それで、全ての音楽で冬馬かずさは神だ、と呼ばれる存在になることを目指す。
それに、全ジャンルを統合した、銀河系の歴史に残る交響曲を十曲は書く予定だ」
この発言には、さすがに春希以外の参加者は、どん引きだった。
「やっぱり、社長の娘さんだわ。尊大さに際限がない……」と、美代子がつぶやく。
だが、かずさなら、やるかもしれない。それだけの創造力がある、と雪菜は思った。創造の源泉である、春希が側にいる限りは。
「ただし、あたしが今一番創造的でいられるのは、大好きなのはクラシックだ。まだまだ未熟だとも分かっている。だから、現状、半端に他のジャンルに手を出すことは、音楽の女神達に誓ってしない。
ただし、雪菜とのコラボに関しては、クラシック演奏と同じだけ、力を注ぐことにしたい。今、うちのオフィスで一番稼げそうなのは、雪菜だからな」
かずさは、フォークをかざしながら自慢げに言った。
口の端に抹茶クリームが付いてなきゃ、格好良かったのに……。
「かずさ……、ありがとう」
「分かった。承認するわ。ただし、1日10時間の練習は欠かさないこと」
「当然。寝る前の歯磨きと一緒で、しなきゃ寝れないよ」
「しなきゃ寝れないのは、夫婦の営みでしょ」
「ばっ、おいっ、何言ってんの！」
「……社長、ありがとうございます。次に、もう一つ、小木曽雪菜について、新たな提案します」
「何……」雪菜は、びっくりして春希を見る。
「秋のツアーですが、後半数カ所、大学の学園祭を入れてはどうでしょう」
「何のために？」曜子は、身を乗り出す。
「CDに、かずさの参加していない、雪菜が作詞・作曲した曲がありますよね」
「四曲目の『最高の、最後の日』と七曲目の『ひとりのヴァレンタイン・デー』ね」
「そうです。あのバンド・サウンドは、雪菜のもう一つの魅力です。あれを活かさない手はありません。実際、松岡純夜さんプロデュースのレコ発ライブの演奏も好評だったんでしょう？」
春希は柳原朋からそう聴いていた。
「僕は、クラシックは未だにあまり分かりませんが……」
「困ったことに……」と、フルーツタルトを手に、かずさがため息をつく。
「あの松岡純夜さんのアレンジとギター、杉田三郎さんのソリッドなドラム、雪菜のエッジの効いたサイド・ギターからなるバンド・サウンドが、雪菜の躍動感溢れる、激情的な魅力を上手く引き出しています。ですので、クオリティーの高い曲を歌い上げる小木曽雪菜というイメージと平行して、激しさを纏ったアクティブなバンドを持って、二つのイメージを売り出す、という企画を提案します。
雪菜のファースト・アルバムの購買層は、J-POPとしては比較的高い年齢層に分布しています。ですから、若い購買層の掘り起こしのため、大学の学園祭にプロモートをかけて、バンドで回ってはどうかと思います」
「あなたって人は……、強欲ね」曜子は、あきれた。
「春希は、目の前にある実現可能性のあることは、片っ端から現実にする人間だよ」かずさも、あきれる。
「そうだね……。やっぱり春希くんだね」
雪菜は、感心して春希を見る。
「雪菜、良いのか？ お前、峰城大付学園祭ライブ前の春希と同じくらい、忙しくなるぞ」
かずさは、目の前に六つの皿を重ねた。
「そうだね。もう、笑うしか無いね」
「雪菜、無理か？」春希は、笑う。
「どうかな……」
「俺は松岡さんに会ったことはないが、あの二曲を聴いて、この企画は当たると考えている。それに、今年はできなくてもさ、来年以降、一年ごとに、ソロとバンドと、交互にアルバムをリリースして行く方法もある。そうすれば、雪菜とかずさがもっと腰を落ち着けて、作品に取り組むこともできると思う。商品のヴァリエーションは増える。その布石として、どうだろう」
雪菜は、少し考え込む……。
「少し気になることがあるけど……、進めてもらって良いわ。やってみるよ」
「何か気になることがあったら、俺とかずさに相談してくれ」
「うん。良い企画だわ。婿殿は優秀ね」
「えっと、それじゃ、いくつか条件付けても良いかな？」
「良いよ」
何か言ってくるだろうな、と、春希は思っていた。さて、かずさに対する無茶ぶりか、それとも……。
「一つ目だけど、かずさのコンサートと、わたしのコンサートは、日程が被らないように、かつ、できる限り近い日程で近くの場所で押さえてほしい、って、わたし言ったよね」
「その点は、なんとかなりそうだけど」
「それを前提として、かずさ、アンコールだけで良いから、時々ピアノ、弾いてくれないかな」
「その命は承りました、王女様」
それ位は、予想のつくリクエストだ。
「その代わり、時々アンコールで歌いに来てくれないか」
「ホントに？ ……ホントに行っていいの？」
「親友に、甘えても良いかな」
「嬉しいよ。本当に嬉しい……。ありがとう」
雪菜の頬が上気する。
「あ、それじゃあさあ、時間が合ったら、合間に温泉でも行かない？
そちらの敏腕マネージャーさんも、ぜひ如何ですか？」
「だとさ、春希」
「お誘いいただき、光栄です」
「二つ目に、マネージャーの件、わたしから純夜さんに相談して、探そうと思うんだけれども。
当面、春希くんが兼任してくれるかな」
「えっ」
これには、かずさも、さすがに驚いた。
「いや、春希はあたしの専属で……」
「でも、現状、背に腹は代えられない状況じゃない。それに、経営者サイドから無茶な企画を提案されてるし……。
少しくらいは、わたし、わがまま言っても良いよね？」
「…………」かずさは、黙り込む。
「すまない、雪菜。俺は、かずさと離れて動く訳には」
「かずさの練習時間の間で良いの。
それに、……とって喰いはしないわよ」
「分かった分かった。新しいマネージャー、早く見つけてくれよ」
「うん。分かった」
「夜は、できるだけ、早く返せよ。こいつの不味い飯じゃないと、あたし、ちょっと便秘気味になるんだよ」
「……おい、良いのか、かずさ」
「わたしがベースに回るから、ステージでギター弾くのと、どっちが良い？」
雪菜が軽口を叩く。
「無茶いうなよ。できる訳がないだろ」
「そうかぁ、やっぱり無理かぁ」雪菜は残念そうに言う。
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「二枚看板の間で決まってしまったから、仕方ないわね」
曜子が茶化す。
「三つ目に……」
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「作詞家・北原春希先生と、作曲家・冬馬かずさ先生に依頼です。
セカンド・アルバムのために、二曲、二人に共作してもらいたいのですが。
詩については、一曲は去年までのわたし達のことを、もう一曲はこれからのわたし達のことを、書いてほしいんだ。
どうかな？」
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
ウィーン旅行の強行が祟ったのか、曜子の体調は芳しくなかった。自分の著作権の管理はもとより、タレント二人の企画、スケジュールの企画、立案や著作権の管理を事細かに行える程の体力は無くなりつつあった。
だが、そのタレントのうち、一人は一枚目がミリオン・セラーになったとはいえ、戦場は流行り廃りの激しいJ-POP。もう一人はヨーロッパで実績を積んできたが、ちょっとした壁の前いた。つまりオフィスの未来は、タレント二人の今年の企画に大きく左右されることは間違いない。
メディアを展開するのはナイツ・レコードだが、企画はオフィスが出す、というのが、冬馬曜子オフィスのスタンスだ。二人のタレントの展開について、今後の方針を明確にする必要があった。
かずさ専属のマネージャーだった春希は、帰国後、思いがけず多忙を強いられた。美代子のマネージメントに限界があり、サポートが必要だったからだ。そもそも、美代子は曜子という人間に惚れ込んでいて、曜子の日常生活にも深く関与していた。曜子も、美代子を頼り切っていた。
必然的に、冬馬曜子オフィスを取り回す責任を誰が担うか、という問題と、雪菜のマネージャーをどうするのか、という問題が出現した。
今日は、その辺りの結論を出すために、集まることになった。
曜子、かずさ、雪菜、春希、美代子。五人がリビングに集まった。
「雪菜、いくら何でも、買い過ぎじゃないか」と、春希は指摘する。
「だって、三、三、三、だから、九個で合ってるよ」
「問題は、全部違うってことだな」ケーキを見つめる、かずさの目が輝いている。「三個、どうやって選べば良いかな〜」
「社長は、どれを選びますか？」美代子は、曜子に問いかける。
「フルーツタルトと、抹茶ロールと、モンブランね。チョコベースは、ちょっとヘビーかな」
「えっ、母さん、モンブラン、あたしに頂戴よ」
「あなた元気なんだから、譲りなさい」
「ちぇっ。こういう時だけ病人かよ」
「あはは……」これは、親子だから言える台詞だなと、雪菜は思う。
「雪菜は、イチゴショートだな、たぶん」春希は雪菜に取り分ける。
「そうだね。でもでも、ウィーンで食べたザッハトルテが美味しくて、以来、ちょっとはまってるんだよね〜」
「じゃあ、ザッハトルテ譲るよ。じゃあ、あたしはイチゴショートとクランベリーチーズと……」
「かずさ、俺のクランベリーチーズはやらないぞ。美代子さん、どれにしますか」
「私は残ったので良いです。でも、生クリームたっぷりじゃない方が良いかな……」
「じゃあ、クランベリーチーズ、譲りますよ。俺はタルトタタンでも良いか」
「え、春希酷いよ。どっちも狙ってたのに……」
「かずささん、私から、つまんだら良いですよ」
「ホントに！ 美代子さんは優しいな〜」
「だめです。日中のスイーツは三つまでという約束です」
……女性が四人、ケーキを前にすると、静かになるのにホントに時間がかかる、と春希は思う。
……「さて、みんな、ケーキを堪能したところで、本題に入りましょうか」
騒いでいた割には、曜子は、三つのケーキの半分以上は残していた。かずさが、それを虎視眈々と狙っていた。
「私は、社長を降りようと思うの」
春希は、曜子がそういうだろうと思っていた。
「それで、美代ちゃんに社長就任をお願いしたのだけど」
「私は、絶対にお断りします。私は社長の側にいただけの人間ですから」
「ということなのよ。で、春希君、どうかしら」
「僕も、それはお断りします」
「そう言われると思った。さて、どうしようかしら」
「何故、冬馬かずさを社長に、って意見が出ないんだ？」
「インタビュー一つマトモにこなせない奴に社長職が務まる訳ないだろ。
……時期尚早って話だよ」
「お前って、ホント冗談が通じないよな。時期尚早も何も、あたしがそんな面倒臭い役する訳ないだろ」
「おほん。申し訳ありませんが、社長職については、曜子さんに引き続きお願いします。ただし、美代子さんの勤務については、オフィスの方ではなく、家に来てもらって、社長への取り次ぎ及び相談相手等をお願いする形に徹してはもらってはどうかと思います。パソコン、事務机等は用意します」と春希は話した。
これは、美代子と既に話ができている。
「でも、それじゃ……」
「いえ。まず、その体制を認めて下さい」
「……分かったわ」
曜子は、例のオーバーゼスチャーで肯定する。
「次に、ファン・クラブの問題です。企画はおいおい煮詰めるとしても、会員管理などは外注にまわすべきでしょう。これは、宜しいですね？
雪菜も、良いかな」
「はい。宜しくお願いします」
「かずさの日本でのファン・クラブの設立は、秋のコンサート後と考えています。これはかずさと話がついています」
「あたしはいらないって言ったんだけど、二枚看板としてはあった方が良いってマネージャーが強行にいうから、仕方なく、な」
「一番大きな問題は、雪菜のマネージャーです。これに関して、美代子さんは既に、オーバーワークです。美代子さんは、クラシックとJ-POP、全く異なる業界のマネージメントをこなしてこられました。これは、凄い力量だと思いますが、社長の秘書や庶務的事項をこなしながらの業務は限界です。
次に、雪菜は、今年が売り込み時です。ファースト・アルバムの実力がフェイクでないことを、秋のツアー、来年のセカンド・アルバムで証明しなければなりません。この山場を乗り越えれば、力量の安定したアーティストと見なされ、マスコミ露出を制限し、作品とライヴ・パフォーマンスにもっと力を注ぐことができるようになります」
「それは、分かっているけど」曜子が口を挟む。
「この企画を進めて行くために、雪菜専属のマネージャーを早急に雇うことは決定して良いですね」
「そうなるわね」
「えっと、あたし、自分でマネージングできるよ。ナイツ・レコード時代に、色んなマネージャーさんの仕事見て来たから」
「雪菜は、自分を磨くことと、自分の作品に力を注いだ方が良い」
かずさは、モンブランを盗み食いしながら言う。
「マネージャーの仕事は、結構、削がれるよ。アーティストがする仕事じゃない。それに、雪菜には、あたしとの時間をもっと取ってもらうことにしている」
「えっ。それってどういう」
「セカンド・アルバムの企画の話だよ」
かずさは、抹茶ロールの盗み食いに着手する。
「セカンド・アルバムは、かずさが既に作曲していた分のトラックがフル・アルバム分以上あるから、そこから選んで作ろうって、話はついているの。
あなたからは、時々、アドバイスをもらえれば良いの」
曜子は、かずさの話を制す。
「あたしは、嫌だよ」と、かずさは切り出す。
「あたしはここにいて、今を生きているんだ。昔のあたしのフォローばかり、してらんないよ」
「言い換えますと、全く新しい曲を半分以上は入れて行きたいということです。雪菜の戦場は、流行り廃りの激しい場所です。もちろん、流行に追随はしませんが、同じアプローチは、何度も通じません」
「そういうこと。もちろん、あたしの昔の曲を気に入ってくれている雪菜と、母さんの思いは尊重する。
でも、共作をメインに出すなら、あたしは雪菜と、今の自分を見つめて作曲したい。
そうじゃなきゃ、雪菜と一緒に作る、意味ないよ」
「ちょっと、いいかしら」曜子は言う。
「クラシックの演奏家が、ポピュラーにのめり込むのは、危ないと思うんだけど。練習時間の問題もあるし」
「それに関しては、春希と十分、話し合った結果、将来的には、ジャンルに垣根のない演奏活動を目指すことにした」
「……また、強烈に危ないことを言ったわね」
「危ないのは分かってる。だが、将来的には、自由気ままに演奏して、それで、全ての音楽で冬馬かずさは神だ、と呼ばれる存在になることを目指す。
それに、全ジャンルを統合した、銀河系の歴史に残る交響曲を十曲は書く予定だ」
この発言には、さすがに春希以外の参加者は、どん引きだった。
「やっぱり、社長の娘さんだわ。尊大さに際限がない……」と、美代子がつぶやく。
だが、かずさなら、やるかもしれない。それだけの創造力がある、と雪菜は思った。創造の源泉である、春希が側にいる限りは。
「ただし、あたしが今一番創造的でいられるのは、大好きなのはクラシックだ。まだまだ未熟だとも分かっている。だから、現状、半端に他のジャンルに手を出すことは、音楽の女神達に誓ってしない。
ただし、雪菜とのコラボに関しては、クラシック演奏と同じだけ、力を注ぐことにしたい。今、うちのオフィスで一番稼げそうなのは、雪菜だからな」
かずさは、フォークをかざしながら自慢げに言った。
口の端に抹茶クリームが付いてなきゃ、格好良かったのに……。
「かずさ……、ありがとう」
「分かった。承認するわ。ただし、1日10時間の練習は欠かさないこと」
「当然。寝る前の歯磨きと一緒で、しなきゃ寝れないよ」
「しなきゃ寝れないのは、夫婦の営みでしょ」
「ばっ、おいっ、何言ってんの！」
「……社長、ありがとうございます。次に、もう一つ、小木曽雪菜について、新たな提案します」
「何……」雪菜は、びっくりして春希を見る。
「秋のツアーですが、後半数カ所、大学の学園祭を入れてはどうでしょう」
「何のために？」曜子は、身を乗り出す。
「CDに、かずさの参加していない、雪菜が作詞・作曲した曲がありますよね」
「四曲目の『最高の、最後の日』と七曲目の『ひとりのヴァレンタイン・デー』ね」
「そうです。あのバンド・サウンドは、雪菜のもう一つの魅力です。あれを活かさない手はありません。実際、松岡純夜さんプロデュースのレコ発ライブの演奏も好評だったんでしょう？」
春希は柳原朋からそう聴いていた。
「僕は、クラシックは未だにあまり分かりませんが……」
「困ったことに……」と、フルーツタルトを手に、かずさがため息をつく。
「あの松岡純夜さんのアレンジとギター、杉田三郎さんのソリッドなドラム、雪菜のエッジの効いたサイド・ギターからなるバンド・サウンドが、雪菜の躍動感溢れる、激情的な魅力を上手く引き出しています。ですので、クオリティーの高い曲を歌い上げる小木曽雪菜というイメージと平行して、激しさを纏ったアクティブなバンドを持って、二つのイメージを売り出す、という企画を提案します。
雪菜のファースト・アルバムの購買層は、J-POPとしては比較的高い年齢層に分布しています。ですから、若い購買層の掘り起こしのため、大学の学園祭にプロモートをかけて、バンドで回ってはどうかと思います」
「あなたって人は……、強欲ね」曜子は、あきれた。
「春希は、目の前にある実現可能性のあることは、片っ端から現実にする人間だよ」かずさも、あきれる。
「そうだね……。やっぱり春希くんだね」
雪菜は、感心して春希を見る。
「雪菜、良いのか？ お前、峰城大付学園祭ライブ前の春希と同じくらい、忙しくなるぞ」
かずさは、目の前に六つの皿を重ねた。
「そうだね。もう、笑うしか無いね」
「雪菜、無理か？」春希は、笑う。
「どうかな……」
「俺は松岡さんに会ったことはないが、あの二曲を聴いて、この企画は当たると考えている。それに、今年はできなくてもさ、来年以降、一年ごとに、ソロとバンドと、交互にアルバムをリリースして行く方法もある。そうすれば、雪菜とかずさがもっと腰を落ち着けて、作品に取り組むこともできると思う。商品のヴァリエーションは増える。その布石として、どうだろう」
雪菜は、少し考え込む……。
「少し気になることがあるけど……、進めてもらって良いわ。やってみるよ」
「何か気になることがあったら、俺とかずさに相談してくれ」
「うん。良い企画だわ。婿殿は優秀ね」
「えっと、それじゃ、いくつか条件付けても良いかな？」
「良いよ」
何か言ってくるだろうな、と、春希は思っていた。さて、かずさに対する無茶ぶりか、それとも……。
「一つ目だけど、かずさのコンサートと、わたしのコンサートは、日程が被らないように、かつ、できる限り近い日程で近くの場所で押さえてほしい、って、わたし言ったよね」
「その点は、なんとかなりそうだけど」
「それを前提として、かずさ、アンコールだけで良いから、時々ピアノ、弾いてくれないかな」
「その命は承りました、王女様」
それ位は、予想のつくリクエストだ。
「その代わり、時々アンコールで歌いに来てくれないか」
「ホントに？ ……ホントに行っていいの？」
「親友に、甘えても良いかな」
「嬉しいよ。本当に嬉しい……。ありがとう」
雪菜の頬が上気する。
「あ、それじゃあさあ、時間が合ったら、合間に温泉でも行かない？
そちらの敏腕マネージャーさんも、ぜひ如何ですか？」
「だとさ、春希」
「お誘いいただき、光栄です」
「二つ目に、マネージャーの件、わたしから純夜さんに相談して、探そうと思うんだけれども。
当面、春希くんが兼任してくれるかな」
「えっ」
これには、かずさも、さすがに驚いた。
「いや、春希はあたしの専属で……」
「でも、現状、背に腹は代えられない状況じゃない。それに、経営者サイドから無茶な企画を提案されてるし……。
少しくらいは、わたし、わがまま言っても良いよね？」
「…………」かずさは、黙り込む。
「すまない、雪菜。俺は、かずさと離れて動く訳には」
「かずさの練習時間の間で良いの。
それに、……とって喰いはしないわよ」
「分かった分かった。新しいマネージャー、早く見つけてくれよ」
「うん。分かった」
「夜は、できるだけ、早く返せよ。こいつの不味い飯じゃないと、あたし、ちょっと便秘気味になるんだよ」
「……おい、良いのか、かずさ」
「わたしがベースに回るから、ステージでギター弾くのと、どっちが良い？」
雪菜が軽口を叩く。
「無茶いうなよ。できる訳がないだろ」
「そうかぁ、やっぱり無理かぁ」雪菜は残念そうに言う。
�燹帖直蘆未世茲吻�
「二枚看板の間で決まってしまったから、仕方ないわね」
曜子が茶化す。
「三つ目に……」
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「作詞家・北原春希先生と、作曲家・冬馬かずさ先生に依頼です。
セカンド・アルバムのために、二曲、二人に共作してもらいたいのですが。
詩については、一曲は去年までのわたし達のことを、もう一曲はこれからのわたし達のことを、書いてほしいんだ。
どうかな？」
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