「……んー、出ないな。一応留守電に折り返し連絡くれるようメッセージは入れといたが」

武也は小春の携帯にかけてみたが、出なかった。

「お前、まさか昨夜酔い潰すまで飲ませたんじゃないだろうな」
「俺が女相手にそんなヘマやらかすわけねーだろ。……まぁ小春希と飲むのは初めてだったから
 向こうのペースや許容量までは把握してないけどさ。少なくともタクシー降ろした時点では
 素面同然だったぞ」
「日曜だから大学で講義中、って事も無いだろうし……」

そこで武也は一つの可能性に思い至った。

「小春ちゃんのバイト先を本人の了承なくお前に伝えるのも何だが……依緒だしいいだろ。
 あのコ、昨日から開桜社でバイト始めた、つってたな」
「開桜社……って。春希の……!?」
「ああ、そーゆーことだ。開桜社に入った理由までは昨夜聞いてねぇけどな」
「単純に、将来を見越したスキルアップのため……なんて理由だけで、そこ選ぶと思うか?」

武也は、首を横に振って応えた。

 そうだ、昨日会話の流れの中であのコは開桜社に入ったと言っていた。
 ちっ、なんであの時そこで真意を問わなかったんだ。

武也は自分の凡ミスに歯噛みした。
しかし同時に、聞かなくても判るような気もしていた。

「開桜社に入ったのは、多分、だが……春希のことを知るためだろうな」
「ついでに冬馬かずさの情報も入ることを期待した……?」
「かーっ、ここまで徹底するかよ普通……いや、普通じゃなかったな。小春希だもんな」
「……」

依緒は難しい顔をして、押し黙った。

「どうした、依緒」
「ああ、ちょっとね。あたしは当然、開桜社の業務内容とかバイト内容とか知らない。
 けど、電話に出れないような職種かな、と思ってさ」
「んー、そりゃまぁ今日もバイト中ならまだ2日目だし。小春希のことだ、仕事中に
 私用の電話なんて取らなさそうじゃね?」
「それも確かにそうなんだけどさ、もっと根本的な……あのコ、グッディーズのバイト続けてんのかな」
「あ」



グッディーズ南末次店。
あれから十数分後、武也と依緒の2人はその店の前にいた。
ランチタイムにはまだ早かったが、窓の外から見る限り日曜ということもあってか
そこそこ客が入っているのが見て取れた。……その中で、忙しなく動き回るポニーテールも。

「はぁ……大学3回にもなってバイト掛け持ちとは。大丈夫なのかね」
「いくら小春希だからって、ここまで春希と同じ行動しなくてもいいのに」
「さて、どうする? バイト終わるまで待つか?」
「んー、あたしお腹空いてきた。武也、昼メシ奢れ」
「ちょっと待て! 俺昨夜の飲み代とタクシー代全部出したところなんだぞ!?」
「そんなのあたしにゃ関係ない。というか、お前のこと許せてないって言ってるあたしが
 奢れつってるんだから奢れ。言うまでもないけど、それでチャラにはしないぞ?」
「はぁ……奢っても奢らなくても許されないってどんだけ理不尽なんだよ……」

武也は盛大にため息を吐きながら、依緒を連れてグッディーズへ入店した。

「いらっしゃいませ! お二人様…あっ、飯塚先輩に水沢先輩!
 よかったぁ、早速仲直りしたんで、す……ね……?」

新規2名様をご案内しにやってきた小春は、2人が一緒に来店したことを
仲直りしたのだと思い、我が事のように喜んで笑顔を咲かせた。
が、依緒からの突き刺さるような視線がそれを否定した。

「……武也。お前このコにどこまで喋った」
「全部だよ。俺とお前の仲がこじれてることも含めて全部」
「なにあたしのいないとこで勝手に話進めてんだ」
「おい依緒、それを今更言い出すのかよ」
「『おい依緒』って言うなって何度も言ってるだろ!」
「……こほん。お客様、お煙草はお吸いになりますか?」

店の入り口で痴話喧嘩なぞされてはたまったものではない。
雰囲気を察した小春は、営業スマイルで2人の新規客を席に押し込むことにした。



それからブランチを食しながら、2人は小春のことを目で追っていた。
本当に、一生懸命働いている。ホールスタッフの中では一番動いてるんじゃないだろうか。

「あれがホントに昨夜、終電逃すまで飲んでたコかよ……若いっていいねぇ」
「おっさんくさいコト言ってんなっての。あのコ確か付属時代テニス部だったんだろ?
 ならお前や春希とは基礎体力が違うんじゃないか」
「おーおー。元バスケ部キャプテンにそれ言われちゃ反論できねーな」
「しかし……あのコがバイト終わるまでここでぼーっと待ってるのも正直、時間の無駄遣いだな」

先ほど小春がオーダーを取りに来た時、「依緒が小春と話をしたい」と伝えたところ
小春は「今日は早番なので、17時には終わります」と返した。
5時間以上も今の武也とどう時間を潰せばいいのか……依緒が一旦解散するか、と考え始めたところで

「なぁ、依緒」

武也が口を開いた。

「時間もあるし、またどこか移動するのも正直面倒だ。昨夜小春ちゃんと話した内容、先にお前に伝えておく。
 その上で小春ちゃんから話聞いて、それでどうするか決めろ」

依緒は、真剣な面持ちで頷いて応えた。
それを見た武也は、昨夜の内容を要約せず、覚えてる限り丁寧に、正確に伝えた。
小春に「仲直りしてくれ」と言われたことも含めて。ただ、2ヶ月前。あの居酒屋での件の後
春希と公園で話したこと、冬馬曜子の病気の件には触れなかった。

「雪菜たちのことだけじゃなく、あたしたちの事にまで首突っ込んだっての?」

依緒は怒りとも呆れとも取れる表情で、そう吐いた。

「それすら小春希に取っては『春希らが帰ってきた時のため』の一環でしかないんだがな」
「帰ってくるな。というか、余計なお世話だっての」
「……それを、雪菜ちゃんと春希の仲を取り持とうとお節介やいてた俺らに言う資格あるか?」
「ぐっ……」
「まぁ、前半部分についてのお前の気持ちは判る。……俺も正直、今春希たちが帰ってきたところで
 笑顔で迎えてやれる自信はないし、な」
「武也……」

そう独り言のように言い捨てた武也の表情を見て、依緒はようやく気がついた。
春希との別れが辛かったのは、雪菜だけじゃない。ずっと親友だった、目の前のコイツもなんだ……と。
依緒がそう思っていたところで、武也は少し嘘を吐いた。

「後半部分については、小春希に……というか、誰かに言われたから仲直りする、なんてのも
 おかしな話だと思う。それに実際、お前は俺をまだ許せてないし……俺もお前を許せてない」
「……」
「あの時、お前と朋が春希を必死で説得してくれてたら、とか、そんな仮定の話をしてもしょうがねぇ。
 それでも、俺の親友を追い込んだあの時のお前たちは、許せない」
「……お互い様、か」

武也は、敢えて自分を依緒と同じ位置に置いた。「お互いに」許せない仲という位置に。

 お前を、利用させて貰った。けど、謝らねぇぞ、春希。
 元はと言えば、お前が招いた事態なんだからな……馬鹿野郎。

そう、心の中で呟いた。

「ああ、そうだな。だから、いつまでも昔のことであれこれ言っても水掛け論にしかならねぇ。
 今後のこと……まずは雪菜ちゃんを、どうフォローしていくかを話し合うべきなんだと思う」
「……判った。あたしもそれには反対しない」

ここでようやく、お互いに背を向けていた武也と依緒は同じ方向を向くことが出来た。
お互いに向き合うことを棚上げする、という哀しい条件付で。

第15話 了

第14話 冷たい激情 / 第16話 依緒の査問
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このページへのコメント

トンプソン様
どうでしょう、当SSは筆者の個人的主観と願望により
ただでさえ賢い子キャラの小春が余計に補正かかってるので……w
単純に「春希の本質」という意味だけなら、小春よりは武也の方が理解はしているんじゃないかな、と思います。

また面白いと言って頂けるような話が書けるよう、頑張ります。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月07日(金) 21:50:38 返信

やっぱり武也は春希の本質をわかってないなと思いました。雪菜が「3人の問題」や「春希君は悪くない」と言っている理由がわからないままでは、小春には追いつけないかな。
小春の奮闘劇と一緒にイオタケの成長も楽しみにして続きをまってます。
いつも面白い作品ありがとうございます(^O^)

0
Posted by トンプソン 2014年11月06日(木) 09:36:43 返信

いつもコメントありがとうございます。本当に励みになっております。
次の話をUP後、前の話のコメントに返信する形を取ってきましたが
次話がちょっと仕事やら何やらで難産しそうなので先にお返事させていただきます。

tune様
そこを汲み取って頂けたのは書いた側としては嬉しい限りです。

依緒と小春って本編中でも1vs1が無く、常に武也を交えての関係だったので、こういう形になりました。

N様
私個人の解釈では、少なくとも武也は進歩…というか、codaでは前に進んだと思っています。進みたい、けど進めないのは依緒の方かな、と。

ただかずさT後はcc時代に戻ってしまった、というか。あのエピローグの解釈が難しいんですよね。まぁ本作ではまだ時系列上そこまで進んでないので、今はこれが2人の妥協点というか精一杯、という感じでしょうか。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月06日(木) 09:06:05 返信

イオタケは春希と雪菜を利用することで、10年続く腐れ縁を復活させましたか。
改めて見てこの二人はicからまっっったく進歩してませんね。この後WA展開になるのもむべなるかな。

春希のせいで関係がこじれ迷惑をこうむったと思ってるようですが、自分たちのせいで春希やかずさ側も迷惑を被っていたと気づくことは多分一生ないんでしょうねぇ。

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Posted by N 2014年11月05日(水) 23:56:11 返信

CC編で雪菜が春希との会話のきっかけにかずさを利用した様に、ここでは武也がちょっと引け目を感じていた依緒との関係を対等にする為に春希を利用するというのが因縁めいていますね。
依緒と小春は一対一よりも両者を中立な立場で見られる武也が立ち会うのは彼の賢明な判断でしょう。次回を楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年11月05日(水) 20:00:44 返信

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