澱みなく、きっぱりと決意を語った雪菜を、武也と依緒は悲しそうな、
嬉しそうな、複雑な表情で見つめていた。

「雪菜ちゃんは強いな…今に始まったことじゃないんだが、な」
「っとに、どうしてこんないい女を置いてんだよあのボンクラ」
「わたしのことは大丈夫ってわかってくれたなら、次は依緒たちの話だよ?」

3人ともそれなりに飲んでいるはずだが、まだまだ酔いに身を任せる程ではないようだ。

「ええと、それでは改めて。このように雪菜さんは前を向かれました。
 北原先輩、冬馬先輩。お二人に、戻ってきて欲しい…と。
 念のためですが、飯塚先輩。それに水沢先輩。異存は、ありませんよね?」

そんな3人にそれぞれ視線を送りながら、まるで会議の進行役のように
小春が話を仕切る。

「ああ、雪菜ちゃんがそう言うなら俺がとやかく言うことはないぜ」

武也はそう返したものの、依緒は黙っている。

「依緒? わたしのこと心配してくれてるのは嬉しいけど……」

雪菜に気遣われたと感じた依緒は、

「いや…雪菜がそれでいい、ってんなら。あたしは、それに口出しはしない。
 けど……」

なんとか言葉を紡ぐが、どこか歯切れが悪い。

「あー…なんというか。雪菜のことじゃなくて。
 あたしの方が、ちょっと…な。今更どの面下げて春希を迎えてやれっていうんだ」

どうやら依緒は、春希への激しい糾弾がそのまま別れの光景となっていることに
後ろめたさを感じているようだった。

「依緒……」

この場にいて、かつ、あの場にいた唯一の目撃者たる武也も
それに気付いてか、いつもの軽妙なノリは影を潜めている。

そして雪菜も、覚えていた。
2月。あの冬、春希と、武也と、依緒と、朋。
4人で、話をしたことを。他でもない、朋から、聞いている。

春希に対して武也が、依緒が、朋が。具体的にどんな言葉を投げかけたのかは
わからない。けれど、雪菜にとってそれを推測するのはそう難しいことではなく

「……みんなで、春希くんを、責めたんでしょ? 追い詰めたんでしょ?
 わたしのいないところで」

少し辛そうな声色で、しかし武也や依緒を責めるような口ぶりではなく、そう言った。

「依緒がそんなこと言っちゃうくらい、きっと。
 でも、今なら少しだけわかるよ。わたしのこと、心配してくれてたんだなって
 だから、その時の件については、ありがとう。依緒、武也くん
 そして、もし2人が喧嘩してる原因がその時の話に関係あるのなら、わたしのせいだよね。
 ごめんなさい」
「雪菜……」

そんな雪菜の言葉には微笑みだけ返し、武也は依緒に向けて、切り出した。

「……俺だって、そう思うところはあるさ。
 春希に投げかけた最後の言葉、今でも覚えてる。『一生許さない』ってな」
「武也……」
「武也くん……」
「飯塚先輩……」

依緒は、あの夜のことは。春希と武也と喧嘩別れした後のことは聞いていない。
ただ、武也から「ダメだった」という短いメールが届いただけだった。
だからこそ、驚いた。春希に対する武也の最後の台詞が「許さない」だったことに。

「依緒と朋は、確かに春希を責めた。雪菜ちゃんに謝れ、謝って寄りを戻せって。
 俺だって同じ気持ちだった。けど、あの場で三対一にするのは春希が居た堪れねぇ。
 それに、諦めたくなかったんだ。春希を、『説得』したかった。
 だから、お前らを突き放した。春希と2人で話がしたかった。
 ――けど、ダメだった。俺がもっと頑張って説得できていれば、なんて
 今更言うつもりはねぇ。俺じゃ春希を翻意させることは、出来なかった。それが現実だ。
 情けねぇよな。自分が説得できなかったからって最後が『一生許さない』なんて」

武也はそう一気に話すと、グラスの酒を飲み干した。

雪菜も、依緒も、小春も。ただ黙って武也の話を辛そうな表情で聞いていた。
長年の親友をこんな形で失った男の沈痛さに、ただ胸を痛めながら。

「悪ぃ、湿っぽい話になった。
 けどな依緒。そんな俺でも、雪菜ちゃんが春希たちに戻ってきて欲しい、なんて
 言ってるのを聞いたら、どこか喜んじまってんだよ。
 もちろん、まだあいつを許せたわけじゃねぇ。
 あいつの顔を見たら、一発殴ってやりたくなるかもしれねぇ。
 ……それでも、やっぱり、このまま一生お別れってのは、嫌だ。
 お前はどうなんだよ、依緒。雪菜ちゃんがどうとか、抜きにしてさ。
 お前自身の気持ちはどうなんだよ」
「あたしは……」

依緒は逡巡して、それでもまだどこか悩みが吹っ切れない様子で応える。

「あたしは…正直、わかんない。…少なくとも、今は。
 春希とも長い付き合いだし、こんな別れ方は望んじゃいないのは確かだ。
 あの夜、一方的に責めたことも、時間が経った今じゃすまないって気持ちもある。
 けど、わかんないよ……あいつが戻ってきても、横には冬馬さんがいるんだろ?
 それを見せ付けられる雪菜を、どんな気持ちで見てればいい?
 雪菜がどうとか抜きにしたって、それを許せる自信、正直ない。
 けど……」
「けど?」
「武也の話を聞いてて思ったのはさ、本当に春希を一発殴ってやったら
 あたしはそれで気が済むかもな、って」
「だ、ダメだよ依緒!?」
「冗談だ、って言ってやりたいところだけど今は結構本気、かもな。
 雪菜が春希と冬馬さんが一緒にいるのを見て、辛そうな顔をしてたら春希を殴る。
 雪菜があの2人を祝福してやれる日が来れば……あたしも、認めてやれるのかな。
 すまん、正直わかんない。ただ、前ほど『戻ってくるな』とは思ってないのは確かだな」

それを聞いて、武也がふっと笑った。

「今はそれで充分さ。雪菜ちゃんに続いて、俺もお前も前を向けたんだろ、きっと。
 いつまでも過去にしがみ付いてる時間は終わったんだ」
「……そう、だな。じゃぁ取り敢えず、春希が戻ってきたら2人で一発ずつ殴ってやろう」
「それで水に流せるんなら、春希も恨みはしねぇだろ」

そう言って武也と依緒は、笑った。
雪菜と小春は顔を見合わせ、やはり笑みを交わすのだった。

第38話 了

第37話 雪菜の決意 // 第39話 露見
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このページへのコメント

そろそろ2人が登場しますかねぇ?楽しみにしてます!

3
Posted by 名無し(ID:jIhDdrfvLQ) 2019年01月08日(火) 01:18:24 返信

これで2人が戻ってくる準備?も整ってきましたね
曜子と雪菜の対面もこの先あるのかどうなのか。
たのしみにしてます!

3
Posted by 名無し(ID:B1FusSYAbw) 2019年01月08日(火) 00:00:13 返信

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