クリスマス特別短編


『それでもサンタはやってくる(後編)』


著:黒猫





クリスマスイブ。
クリスマスだからといって都合よく東京の空に雪が降ることなんてまずない。
そもそも東京の雪というと、年が明けてからというイメージさえあるんだから、
だれがクリスマスと雪を結びつけたんだろう。
日本のイベントではなかったんだから、北欧とかその辺かな?
雪を見ている分には綺麗だし、あたしは部屋の中からしか見ないから
雪なんて、あってもなくても別にいいかって思いもある。
寒い雪の日に、外に出るやつの気がしれない。寒いのによくやるよ。
高校だって、自主休講まっしぐらだ。
ただ、来年雪が降っても自主休講は不可能そうだけどさ・・・。
あたしは、来年の1月か2月あたりに雪が降ったときの状況を思い浮かべてしまう。
ぜったいあいつは朝早くうちまで迎えに来るな。
かけてもいい。あいつもあたしが自主休講をするはずだって賭けているはずだ。
まあ、あたしは、せっかく迎えに来てくれた春希の為に、寒い寒い雪の中、
文句を言いながら高校へとついていってしまうのだろう。
春希は春希でお説教していそうだな。
今は受験シーズンで、受験生はただでさえ精神的に不安定なのに、そんな中、
はらはらした思いで電車を待っている受験生の事も考えてみろっていわれそうだ。

春希「どうしたんだ? 俺、なにか面白いこと言ったか?」

かずさ「ううん、別に」

春希「そうか?」

かずさ「ああ、なんかクリスマスに恋人と一緒にいたいっていう気持ちが
    ようやくわかった気がしただけだ。
    今までは、クリスマスなんか関係ないって思っていたし、
    クリスマスなのに、なんで人ごみの中デートしなければいけないんだって
    思ってもいた。でも、今年は違う」

春希「俺は、まったく憧れみたいなのがなかったとは言わないけど、
   こうして初めて経験してみると、TVとかで騒いでいる理由がわかった気がする」

かずさ「だな」

二人の意見と視線が交わったところで、自然と頬笑みが灯される。
一応世間並みに今日のクリスマスデートを期待していた春希は、
いつもよりも幾分服装に気を使っているようだ。
普段はモノトーンで、地味な顔つきをさらに地味な服装で上塗りしているのに、
今日は珍しく、ほんの少し赤を取り入れていた。
グレーのパンツに、白のポロシャツ。
襟と袖のところに赤いラインが入っているのが特徴だと思う。
春希なりの冒険なのだろうが、赤を入れればクリスマスってわけでもないのに、
ちょっとだけ頑張った春希の服装に、あたしはさらなる笑みを春希に送ることになった。
たしかに、あたしもかなり服装には気を使っているけど、
それは、まあ、女としてのたしなみだ。
ピアノの休憩がてら外に出た時に買った春希へのクリスマスプレゼントのついででしかない。
たまたま通りかかった店で、偶然にもあたし好みの服がディスプレイされていただけで、
本当は買うつもりはなかった。
でも、春希が喜んでくれるかなと思うと、やはりちょっとは着飾ってみたくはなるのは
しょうがないよな。
黒のワンピースというところが地味すぎるかもしれない。
あの店員が似合うからって、しつこかったな。
あたしも気にいっているから、いいんだけどさ。
それにしても、肩や背中が露出し過ぎていないか?
今日は外に出る予定がないからいいものの、こんな服着て外に出たら
きっと五秒で家の中に戻ってくる自信があるぞ。

春希「でも、どこにも行かなくてよかったのか?
   今日は練習時間を短縮させたんだから、
   少しくらいは外出してもよかったんじゃないか?」

かずさ「いいんだよ、別に。あたしは春希と一緒ならどこだっていい。
    むしろうちの中にいる方がくつろげるしな」

春希「たしかにな。レストランだって、今さら予約できないし、
   どこにいっても混んでいそうだ。
   しかも、クリスマス価格っていう名の値上げもしているから、
   どこにいっても値段が高いって気がしてしまうよ」

かずさ「そういう細かいところを気にするあたりが、せっかくのムードをぶち壊すんだぞ。
    今日くらいは、日常を忘れろよ」

春希「そうはいってもな。一般庶民の俺からすれば、クリスマスといえども
   財布のひもはしっかり引き締めておかないといけないんだよ」

かずさ「悪かったな。世間の常識が全く通用しないお金持ちのお嬢様で」

春希「それに、料理と掃除も出来ないのも付け加えないとな。
   あと・・・、そうだな。まとめてピアノ以外の生活能力がゼロでもいいか」

かずさ「それは、・・・いいすぎじゃないところが痛いところだけど、
    好きでこうなったわけじゃない」

春希「いいよ、それで。かずさは、今のかずさのままで」

これって、もしかして早坂が言っていたプロポーズへの布石?
そういえば、春希が家に来てから、ずっとそわそわしていたよな。
食事の準備もあるからそれまではピアノの練習しておけってスタジオに押し込まれた時も
なんだか落ち着きがなかったし。
だとしたら・・・・・・。
あたしの鼓動が加速する。あたし達二人しかいない静かな部屋だというのに、
心臓の音が盛大に雑音を撒き散らす。
凍てつく夜の外気がそっと身を寄せ、
街中でかき鳴らされている陽気なクリスマスソングと混ざり合い、
テーブルを挟んで対峙する最愛の彼から、
あたしと同じようにプロポーズを待っている彼女がいるのだろう。
彼女はどうやって、彼の言葉を待っているのだろう。
息が苦しい。瞳も熱っぽくて、ぼやけてきてしまう。
この彼の言葉が告げられるまでの数秒間を、どうやってあたしは待てばいいんだ。
期待してしまう。嬉しいに決まっている。
でも、とても不安なんだ。

春希「かずさ・・・」

かずさ「はいぃ?」

春希の呼びかけに、声が裏返ってしまう。

春希「そのさ、今日の料理はどうかな?」

かずさ「え?」

春希「さっきからずっと上の空だったから、食事が美味しくなかったのかなって」

かずさ「そんなことないよ。美味しいよ」

なんだ。プロポーズじゃなかったのか。
あいつのせいだ。早坂が変な事を吹きこむから意識してしまったんだ。
本音をいえば、かなりがっかりした。
春希と結婚したい。それは、春希からの告白を聞いた学園祭の夜から思っていた事だ。
漠然としていた恋心が、現実まで降りて来たあの日、
あたしはふがいもなく春希の胸で泣きじゃくってしまった。
急ぐ事はない。あたし達はずっと一緒なのだから。
あたしは、とりあえず気分を切り替えようとパエリアを一口分だけスプーンですくう。

かずさ「そんなに見つめられると食べにくいだろ。それに恥ずかしい」

春希「ごめん」

春希は謝ってはいるが、視線はそのままなんだよな。
一応見ていませんって感じで顔はそらしているけど。

春希「どう?」

かずさ「どうって?」

春希「そのパエリア美味しいかって?」

かずさ「美味しいよ。美味しいけど、ちょっと意外なメニューだな。
    柴田さんは、クリスマス特別メニューだって言ってたのに」

春希「気にいらなかったか?」

かずさ「ううん。美味しいし、嫌いじゃないよ。
    このローストチキンは本格的だけど、あとのメニューは、なんだか家庭的だな」

ローストチキン以外にテーブルに展開されているディナーは、パエリア、ポテトフライ、
アサリとホタテの蒸し野菜、コーンスープ。
けっして出来が悪いわけではない。
けれど、柴田さんだったらもっとクリスマスを盛り上げる見栄えがある料理が
できるんじゃないか?

春希「ケーキは買ってきたやつだけど、他のは全部手作りだぞ」

かずさ「うん、美味しいよ。それに、なんだか温かい雰囲気の食事で、
    なんかいいな」

春希「そっか、よかった。もっと食べてくれよ」

かずさ「あぁ・・・、あたしばかりじゃなくて、春希も食べろよ」

春希「大丈夫だって。俺も食べているよ」

春希は食べているっていってるけれど、あたしのことを見てばっかりじゃないか。
今だって一口食べたら、そのまま手が止まって、またあたしの事を見ている。

春希「他のはどうだ?」

かずさ「美味しいよ」

春希「実はさ、今日の料理は俺が作ったんだ」

かずさ「春希が?」

春希「柴田さんに頼んで、ずっと特訓していた」

かずさ「今日の為に?」

ドイツ語の勉強だって忙しいのに、料理の練習までしていただなんて驚きだ。
柴田さんもあたしに内緒にしていたのか。
今日、柴田さんが食事の支度を終えて帰る時、なんだか陽気だったのは、
このことが原因だったのかもしれない。

春希「それもあるけど、ウィーンで日本食食べたくなるかもしれないだろ?
   いくらハウスキーパーを雇うからといって、日本食は無理だろうしさ。
   かずさも曜子さんも料理はできないだろ?」

春希の言うと通りだけど、今までは気にもしなかったな。
母さんはおそらく、まったく気にしていない。
今までも普段の食事に気をつけていないと思う。
もし日本食が食べたくなったら、日本食を提供するレストランに行くし、
それで満足できなければ、日本まで飛行機にのってやってきているはずだ。
日本に来てもあたしに会う事もせずに、そのままウィーンに帰国していただろうけどさ。

かずさ「ありがとう」

春希「俺がしたくてやったんだ。感謝してくれると嬉しいけど、なんだか照れるな」

かずさ「ありがとう」

春希「やめろって。ほら、このプリンも手造りなんだぞ。
   かずさはプリン大好きだろ? でも、いつも食べているプリンはウィーンでは
   売っていないだろうから、柴田さんと協力して再現してみたんだ」

春希が差し出すプリンを一つ頷いてから受け取ると、脇にあったスプーンを手にとった。
耐熱グラスに入ったプリンは、すも入っていなくて、手造りって言われなければ
買ってきたものだと思ったままだっただろう。

春希「どうかな?」

あたしのことをくいるように見つめる春希の視線が気にならないってわけではない。
むしろ食べる姿をじっくり見られるなんて、スプーンを持つ手を震わせる。
けれど、春希が一生懸命作ってくれた。あたしの為だけに作ってくれたんだ。
こんなにも嬉しい事はないよ、春希。

かずさ「美味しい・・・。言われなければ、あのプリンだと思ってしまうよ。
    ううん、あのプリンよりも美味しいって。最高だ」

春希「なに泣いてるだよ。大げさだな」

かずさ「泣いてないって」

あたしは、涙を隠すように下を向いてプリンを食べ続ける。
春希が今日そわそわしていたのは、プロポーズの為じゃなくて、
料理を披露するからだったのか。
だから、あたしが食べるところを気になっていたんだな。
そうだな。春希は、形だけのプロポーズじゃなくて、その先にある未来を
しっかりと考えている。
料理ができれば体調管理もしやすいし、日本食だって食べられて、
食生活のリズムを崩す事もないだろう。
ドイツ語だって頑張ってくれている。
春希は、あたし以上にあたしとの将来を考えてくれていたんだ。
大粒の涙がプリンの中に雫となって落ちてゆく。
もったいないな。でも、ちょっとだけ塩味がついたプリンも悪くはないか、な。
あたしが大泣きしだしたんで、春希のやつ、慌ててるな。
いい気味だ。あたしを感動させた春希が悪いんだ。
こんなにも素敵なクリスマスプレゼントは、初めてだよ。

かずさ「ありがとう、春希。最高のクリスマスプレゼントだ。
    今年だけじゃなくて、来年も、再来年も、・・・もうずぅっと先まで、
    毎年クリスマスを一緒に祝ってほしい。
    あたしには、春希にしてあげられることなんて、ピアノを弾くくらいだけれど、
    それでも、あたしは死ぬまで、・・・ううん、死んでも一緒にいたい」

春希「ずっと側にいるよ。かずさの側にいたいから頑張れるんだ」

かずさ「ありがとう。あたし今、世界一幸せだ」

春希「まるでプロポーズだな」

春希はとくに意識して発言したわけではないのだろう。だけど、あたしはずっと
プロポーズという言葉を意識してしまってたわけで、その言葉に非常に大きく反応してしまう。
あたしは、体を小さく震わせると、体まで小さく縮こまらせてしまう。
だって、春希からのプロポーズを待っていたのに、いつの間にかに、
あたしの方からプロポーズしていたじゃないか。
もちろん無意識にだ。意識していたなら、絶対に、ぜぇったいに言えるわけがない。
春希がクリスマスに淡い幻想ともいえる期待を抱いていたように、
あたしもプロポーズに壮大なる夢を持っていたわけで。
顔に似合わない乙女っぽい理想があるんだなって、笑いたいやつらには笑わせておくし、
他人はもちろん、春希にだって秘密にしておきたい夢でもある。
おずおずと顔をあげると、春希はあたしの顔を見つめてくる。
その真っ赤な顔を見て、あたしは鏡を見ているんじゃないかって疑ってしまった。

かずさ「なあ、春希」

春希「な・・・んだよ?」

かずさ「あたしのプロポーズ。イエスって言ってくれたんだよな?
    ずっと側にいるって、あたしの側にいたいから頑張れるって。
    ・・・・・・その、どうなんだ、よ?」

春希「結婚か・・・」

春希の呟きに、あたしはこくりと頷く。
春希は、あたしが頷くのを確認すると、椅子を座りなおして、姿勢を正した。
ピンと伸ばしたその背中に、まっすぐ迷いがない瞳があたしを射抜く。

春希「俺と結婚してください」

かずさ「はい」

あたしが想像していたプロポーズとはだいぶ違うけど、
これはこれであたし達らしいのかもな。
あと、さっき最高に幸せだって思ったけれど、あれは訂正だ。
だって、今、プロポーズされて、もっと幸せだしな。
そう考えると、春希と一緒ならば、今よりも、明日よりも、
もっともっと幸せな未来を見つけられる気がする。
もちろん楽しい事ばかりじゃないってわかっている。
レッスンや春希の勉強。ピアノに仕事。いつも一緒ってわけにはいかない。
きっとあたしは春希がいなくて、寂しい思いもするはず。
それでも、春希は、いつもあたしの隣にいてくれてると思うと、
それだけで幸せなんだ。






誰だ? まだ眠いって。

?「春希君。春希君、起きて。これに名前書いてくれないかしら?」

ん? 誰かが春希の名前を呼んでいるみたいだけど・・・。
たしか昨夜は、春希と遅くまで騒いでいたような。
・・・そうだ、昨日の分のレッスンは今日朝早くからやるってことにしてあったんだよな。
それにしても、ちょっと寒いぞ。春希動くなって。あたしの暖房役なんだから、
あたしの隣でじぃっとしていろって。

?「それでいいわ。あと、ここは拇印でいいから」

春希「は、・・はぁ。ん・・・んん〜」

春希? 誰と話してるんだ?
あたしは、夢とも現実ともわからないまどろみから抜け出すべく、重い瞼をこじ開ける。
さすがに明け方まで起きていたせいもあって、頑丈すぎるあたしの瞼は、
強制的に開けようとすると激しく抵抗してきた。

曜子「これで完成っと。あとは、かずさの所を記入すればOKね。
   ほらほら、かずさ。起きなさい」

ようやく瞼の抵抗をはねのけると、目の前には、あたしの母さん、
つまり、冬馬曜子がなにやら一枚の紙を持って、あたしを起こそうとしていた。
あたしの隣にいた春希は、先に起こされた事もあり、
あたしより早く脳を再活性化できたようだった。

春希「なんですか、それ? というか、寝ぼけていた俺に何を書かせたんです?」

曜子「婚姻届だけど。証人は、私と美代ちゃんが書いておいたからOKよ。
   それと、春希君のお母さんにあってきて、婚姻の同意書も貰ってきているから
   気にしなくてもいいわよ。未成年だし、同意書も必要だったけど、
   親としては結婚する前にご挨拶しておきたかったしね」
   さあ、区役所に行くわよ」

いきなりの訪問。責任能力なしの状況からの強引な署名。
そして、区役所?
目の前の出来事が、あたしの想像を飛び越えすぎていて理解できない。
婚姻届って、どういうことだよ。

かずさ「いつ来たんだ?」

曜子「メリークリスマス、かずさ。プレゼントは、この婚姻届ね」

かずさ「いつ来たんだって聞いてるんだ」

まったく悪びれもしないで、自分の言いたい事だけ言いやがって。
真っ赤なドレスに、手首や襟元の白いファー。
これって、サンタのつもりか?
こんなサンタがいたら、子供が驚くぞ。いやらしい中年男は喜びそうだけれど、
春希は違うよな?

曜子「昨日の昼頃からよ。春希君が愛を込めて料理をしているあたりかしらね。
   プロポーズのところは、ばっちし録画してあるから、あとで一緒に見ましょうね。
   あ、かずさは録画のコピーが欲しいわよね。ちゃんと用意してあるわよ」

かずさ「ありがとう」

春希「って、違うでしょう。なんなんですか。いつから・・・、って、
   最初からずっといたってことじゃないですか」

曜子「ほら、一応親だし、これから二人は、ウィーンで勉強しなきゃいけないでしょ。
   大人の対応として、春希君には、
   これをクリスマスのプレゼントにしようと思っていてね。
   それと、春希くんのお母さんも、結婚喜んでいたわよ」

母さんは、むき出しの箱を春希に手渡す。
あまりにも直接的なパッケージに、あたしも春希も、顔を赤くするしか選択肢がなかった。
それにしても、いつの間に春希の母親とあったんだよ。
根回しが早すぎるだろ。

春希「コンドームじゃないですかっ」

曜子「今子供ができたら大変でしょ。二人が昨夜、ことをしだしていても、邪魔するつもり
   はなかったから安心してね。その辺の空気は読めるから。
   ちゃんと枕ものとに、そおっとコンドームを置いて、消えるつもりだったのよ。
   でもねぇ、なにもないとは意外だったわ。
   二人とも純粋っていうのか、頭が堅いっていうのかわからないけど、
   二人でいるだけで幸せだなんて、見ている私の方が胸やけしそうだったわ」

そう大げさなジェスチャー付きでほざきやがると、母さんはおもむろに脚を組み直す。
すると、母さんが持っていたペンと何か別の何かが一緒に床に落ちた。
春希は律儀にも、その二つを素早く拾うと、母さんに返そうとしたが。

春希「盗聴器じゃないですか。そういえばさっき、録画したとかいってましたよね?
   今も録画してるんじゃないですか?」

かずさ「娘の情事を盗み聞くつもりだったのかよ」

曜子「そんな悪趣味はないわよ。これはリビングでの会話を聞くのに使っただけ。
   録画の方は、もう撤去してあるわよ。でも、昨夜リビングで始めちゃったら
   どうなってたかわからないけどね」

いやらしい顔で、厭味ったらしい顔をするんじゃない。
ここまでする親だったとは。今まで放任主義だったから油断していた。

春希「やめてくださいよ」

曜子「でもでも、親としては、娘にクリスマスプレゼントを渡したいじゃない?」

かずさ「とんでもないプレゼントを用意していたけどな。
    どこの世界にコンドームをクリスマスプレゼントとして娘に渡す親がいる」

曜子「それだけじゃ悪いと思って、こうやって婚姻届も準備してきたじゃない」

春希「寝ぼけているときに書かせないでください」

曜子「じゃあ春希君は、かずさと結婚する気はないの?」

春希「ありますけど・・・」

曜子「じゃあ、いいじゃない」

春希「結果としては同じかもしれないですけど、過程が間違いまくっていますよ」

曜子「なんか頭が堅過ぎじゃない、春希君?
   しょうがない。そんな春希君には、これをあげましょう」

またもや大げさなジェスチャーで語ると、今度は手のひらに収まる小箱を春希に渡す。
今度の箱は高級そうな装飾もされていて、
さっきのコンドームみたいなことはないと思える。いや、思いたい。
春希は、疑り深く受け取ると、ゆっくりとその蓋を開けた。
その中には、白銀に光る白い輪と、ひと際美しく輝くダイヤが収められていた。

春希「これって・・・、婚約指輪ですか?」

曜子「そうよ。あたしのお古。かずさの父親に貰ったもので、
   たった一日しか、はめてなかったものだけどね。
   でもね、かずさには、私が叶えられなかった幸せを実現してほしくて。
   身勝手な女の押し付けで悪いわね」

春希「そんなことないです。光栄です。でも、いいんですか?
   こんな大切な物を」

曜子「いいのよ。二人が使ってくれるっていうんなら、あの人も賛成するはずよ」

春希「自分は、曜子さんが納得しての決断でしたら、なにもいう事はありません。
   かずさは?」

かずさ「あたしも、なにもないよ。でも、ほんとうにいいの?」

曜子「いいって言ってるでしょ。それとも、あなたの父親の事を聞いておきたい?」

かずさ「それは、どうでもいいよ。母さんが話したくなったら、しょうがないから
    聞いてやる」

曜子「そう? だったら、そのうち聞いてもらおっかな」

春希「本当ならば、俺が用意すべきものなのに、申し訳ありません」

曜子「いいのよ。それに、プロポーズも、この子の暴走がきっかけだったんだし。
   春希君のプランだと、まだ先だったんでしょ?」

春希「そうですけど、早まっても全く問題ありませんよ。
   むしろ光栄です。・・・ただ、なにからなにまで全て曜子さんに用意して頂いて、
   申し訳ない気持ちでいっぱいです。ウィーン行きも、曜子さんの協力なしでは
   実現は難しかったですし」

曜子「あんなのは大したことではないのよ。大変なのはこれからよ」

春希「大した事ですって。俺は今回の曜子さんの協力を一生忘れることはありませんし、
   一生かけても恩返しができないほどです」

曜子「恩返し出来ないほどだったら、素直に受け取っておきなさい。
   それが親孝行っていうものよ。
   親がね、娘と息子の為にしてあげられることなんて、たかがしれているのよ。
   途中で娘をほったらかしにした無責任な親が言うべきではないんだろうけどね」

かずさ「ふんっ。あたしを置いていった時は、頭が真っ白になって、
    どうしたらいいか途方に暮れたさ。でも、今は春希と出会って、
    手をつなぎ、どこへ進めばいいかはっきりしている。
    あのとき母さんがあたしを突き放してくれなかったら、
    いつまでも母さんの背中ばかりおって、成長できないでいたと思うしさ」

曜子「そうね。あなたのピアノ、変わったわ。いい意味でね」

かずさ「でも、感謝はしないからな。怒っていたのも確かなんだし」

曜子「わかっているわよ。いつまでもしつこいのね」

かずさ「悪かったな」

曜子「そう? だったらいいわ」

あたしと母さんとのやり取りがひと段落すると、春希は先ほどの話を蒸し返す。
あたしからすれば、二人の生活を最大限援助してくれるんなら、大歓迎するだけだ。
だけど、春希からすれば、莫大な資金と時間を注ぎ込んでくれる義母に、
感謝だけでなく、多大な困惑を感じてしまうのかもしれない。

春希「いくら親だとしても、俺にまでここまで親切にしてくれるだなんて」

曜子「そうね、もし春希君がかずさを不幸にするんだったら、なにもしていなかったかも
   しれないわね。でもね、かずさも、そして、私も、春希君のことを認めているの。
   あとこれは親のエゴかもしれないけれど、旅に出る娘達には、
   旅に出る前に、出来る限りの援助をしてあげたいのよ。
   いったん旅に出てしまえば、親なんて無力よ。
   コンクールでピアノを弾いている時、私が代わりに弾いてあげることなんて
   できやしないのよ」

春希「それはそうでしょうけど」

曜子「極端な例え話かもしれないけど、私が伝えたい事はわかってもらえたかしら?」

春希「はい」

曜子「かずさは?」

かずさ「わかってるよ」

曜子「だったらいいわ。だから、もう少しだけ、
   あなた達が私の手から離れていってしまうまでの、そのわずかな時間だけでもいいから、
   私の我儘に付き合ってくれないかしら?」

春希「はい、宜しくお願いします」

かずさ「母さんの我儘に付き合うよ」

曜子「ありがとう、春希君。・・・かずさも、ありがとう」

なんだか、照れくさいじゃないか。母さんが、母親らしい事をするだなんて、
これは雪でも降るんじゃないか?

曜子「それじゃあ、区役所に行くわよ。
   外は雪が降っていて寒いから、しっかりと着込んでらっしゃい。
   あ、でも、ハイヤー用意してあるから、車までの距離しか寒くないけどね」

あたしは、そっと窓の外に視線を向ける。
今まで母さんのごたごたに付き合わされていて、外がいつもより白く光っているのに
気がつかないでいた。
いつの間に雪が降ったのだろうか?
降り積もった雪が乱反射していて、目を細めておかないと眩しすぎる。
目の高さにかざした指の隙間からのぞく世界は、今までとは違う。
どこか幻想的で、それでいて現実を突き付けられる世界。
昨日と今日。あたしと春希の関係が一歩進んだだけなのに、それだけなのに
別世界にいるみたいだった。
この日、北原春希は冬馬春希になった。
あたしにとって、これ以上のクリスマスプレゼントはありえないだろう。
・・・・・・これ以上はありえない?
そうじゃない。だって、昨日も最高に幸せだって思っていたら、
数分後には、それを上回る幸せが待っていた。
そして、今日も。
だったら、今日も春希と、そして、母さんと最高の幸せを探しに行こう。
そう心に刻み、母さんに見つからないように、春希にキスをした。





クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる(後編)』 終劇
次週は
『心の永住者』第27話をアップします。









クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる(後編)』あとがき



タイトルにも入っている『サンタ』ですが、もちろん曜子さんの事です。
はた迷惑なサンタですが、最高のプレゼントを届けてくれたはずです。
ただこのサンタ。自分へのプレゼントもしっかりとゲットしているあたりが
曜子さんらしいですかね。
さて、次週からは『心の永住者』を再開させます。
予定としては、千晶編は長くするつもりはありません。
長くするつもりはありませんが、長くなってしまったら、ごめんなさいとしか言えません。


来週も、火曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

休日なんかに一から読み直していくのが最近の楽しみです。無理せずに頑張ってください。次回作楽しみに待っています。

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Posted by じょんd(´ω`) 2014年12月24日(水) 00:48:32 返信

確かに夢オチでは無かったですね(笑)。
恋人と過ごすクリスマスというベタなシュチュエーションとは無縁だったかずさが、春希の手料理とプロポーズで嬉し涙を流すという幸せ満載な展開はなんだか読んでいるこちらも嬉しくなりました。案外曜子さんも2人の見てないところではかずさと同様に嬉し泣きしていたのかも。
次回からの本編再開を楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年12月23日(火) 04:16:22 返信

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