第63話


 空港での短い電話でのやり取りの後、タクシーで指示通りにやってきたマンションは
テレビで紹介されるような高級物件とは言わないまでも、それなりにお高い物件であった。
 マンションについた事を伝え、中に入って進んでいくと品のよさようなコンシェルジュ
がわたしを出迎えてくれる。高級物件に詳しいわけではないけれど、コンシェルジュが
いるマンションなのだから、それなりにお高い物件である証拠だと思う。
セキュリティー面を考えればニューヨークという場所柄も加味すれば、しっかりと管理
されている方がいいに決まっている。日本での無料配布の安全をアメリカで求めてはいけない。
 お金で解決できる事ならば、ケチらずに支払うべきである。
といいたいところだけど、それができるのはそれなりの稼ぎがある人に限るんだけど。
 でも、どうしてこうもお金持ちばっかりと縁があるんだろ?
 わたしはマンション入り口にいるコンシェルジュに頬笑みを送りながらエレベーターへ
と向かっていく。コンシェルジュの男性も特段わたしを不審には思ってはいないようだ。
その証拠に、私の頬笑みを見てほんのわずかだがだらしのない笑みを浮かべていた。ただ、
さすが高級物件のコンシェルジュ。すぐさま背筋を伸ばしてすまし顔を取り戻している。
 こうなると悪戯心がくすぐるっていうもので、わたしは肩にかかるブルネットを髪を
指先で軽く払い落とし、追い打ちとばかりに最上級の頬笑みを立て続けに送る。
 そして、コンシェルジュのぽかんとしただらしのない笑みを確認したわたしは、
今度こそ本来の目的地たる北原春希が現在住んでいる部屋へと向かっていった。

春希「どうぞ中に入って下さい。わざわざ来てもらって申し訳…………ありません?」

 玄関でわたしを出迎えてくれた春希の顔は、さっきのコンシェルジュ以上に
ぽかんとしていて、何とも言えないほどの大量の苦笑いを提供してくれる。
 一応春希の名誉を守るというべきか、それともフォローにもなってもいないフォローを
しておくと、だらしのないスケベ心を垂れ流した笑みを浮かべていないところだけは
誉めてあげよう。
 …………服の上から舐めまわして見るどころか、
春希には裸も見られているんだから今さらって気もしないでもないかな?

千晶「やっほー春希っ。元気してた?」

春希「元気にしてはいたけど、今疲れた」

千晶「それはひっどいんじゃないかな?」

春希「悪かったな」

千晶「わかっているんなら許してあげようかしらね」

春希「訂正するよ」

千晶「うんうん」

春希「これからもっと疲れる予定だ」

千晶「やっぱり春希ってわたしのこと好きすぎだよね」

春希「どうかな?」

千晶「だってわたしに対して遠慮がなさすぎるもの」

春希「…………そうかもな」

 と、春希はここで言葉を切ると、私に一歩近づいて顔を覗きこんでくる。
 せっかく近寄ってきてくれたんだから、
このままむぎゅ〜っっと抱きしめてもいいんだけど、なんだか冷気が漂ってくるのよね。
 どこからかなんて考えるまでもないけれど。
 まっ、見なければいいかな?

春希「…………千晶、だよな?」

千晶「ん? なに寝ボケた事を言っているのよ。和泉千晶ちゃんに決まっている
   じゃない。それとも幽霊かなにかと見間違えたとでも?」

春希「いや、そのさ。だって、その。いや、どうなんだ? いや、えっと……」

 やっぱり春希は面白い。わたしの期待通りの反応を見せてくれる。
 これぞ北原春希。わたしの大好きな春希はこうじゃなくっちゃね。
 たしかにブルネットのロングの髪の毛のかつらをかぶっているし、
メイクで印象も変えてはいるけどさ。

麻理「ねえ春希。とりあえず中に入ってもらえば?」

春希「そうですね」

 私は春希と麻理さんのお許しを貰って、
ようやく玄関の外の客人から玄関の中の客人へと格上げされる。
 でも、なんだか麻理さんは歓迎していないような声色なんだけど、それは最初から
飛ばす過ぎたからかな。一応拒絶はしていないみたいだから大丈夫だよね?

千晶「あっ麻理さんいたんだ?」

麻理「えぇ最初からいたわよ。ここは私と春希の家ですしね」

 しかし、わたしのわざとらしい挑発に麻理さんがのっかってきてくれたおかげで、
玄関の客人でわたしの地位上昇はひとまず棚上げになりそう。
 どうやらリビングの客人になるためにはもうしばらくかかりそう。それとも、
面倒すぎる来訪者はとっとと退場してもらいたいのかな?

千晶「そういえばそうだったよね。春希やるじゃんっ」

春希「はぁ、なにがだよ?」

 とりあえず笑顔いっぱいで春希の肩をばしばし叩いてあげたのに、
やはり春希ののりはやはり悪い。

千晶「しっかりと若いツバメやってるじゃないのってことだよ」

春希「はぁ?」

 麻理さんのほうはしっかりと理解してくれているんみたいだけど、春希はなぁ……。
まっ、麻理さんがしっかりと反応してくれているから、それで満足しておこう。

千晶「なに僕にはわかりませんって顔をしてるのよ」

春希「いや千晶。俺はお前が言っている言葉の意味がまったくわからないんだけど」

千晶「そう? でも、麻理さんのほうはしっかりと理解してくれているみたいだけど? 
   ねっ、麻理さん」

 攻撃対象が春希から麻理さんへと移し、極上のいやらしい笑みを麻理さんに送ると、
可愛い事に麻理さんはピクリと肩を震わせる。
 きっとわたしがもうしばらく春希をからかっているだろうと思っていたようね。
でも、春希も面白いけど麻理さんも十分すぎるほど面白いだな。

麻理「えっと……。どうかしらね」

千晶「もぅっ、麻理さんやるじゃん。春希をうまいことかこっちゃって。年下の彼氏を
   自宅に連れ込むなんで同棲だなんて、麻理さんが大好きなレディコミに出てくる
   展開だよね。一応この前発売した最新刊をお土産として持ってきたんだよ。
   あっでも、もう買ってあるとか?」

麻理「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ。……ちがうわよ。違うから。
   私は読んでないわ。信じて春希。ねっ、ねっ」

 春希が疑惑の目を麻理さんに向けると、いままで赤く染まっていた麻理さんの顔は
青白く沈んでいく。しかも、今にも逃げ出してしまいそうな雰囲気さえ醸し出していた。
 ただ、今逃げたらわたしのいい分を全肯定するここと同義だし、反論というか言い訳を
する為にここから逃げ出せないみたい。いや、それよりも、これ以上わたしがなにか
言ってくるかもしれないという恐怖で逃げられないのかもしれないみたい。

千晶「あれぇ……。でも佐和子さんから聞いた話だと、
   そういう本ばかり読んでいるって聞いたんだけど?」

麻理「佐和子のやつぅ……」

千晶「ねっ。だから白状しちゃったら?」

麻理「読んでませんっ」

千晶「本当に? 正直になろうよ」

麻理「しょ、正直だもの」

 体を小さくしていじけている麻理さんが可愛くて、
抱きしめたい衝動にかられてしまった事はこのさいなかった事にしよう。
 これじゃあ春希も保護欲がなくならないかな。だって可愛すぎるものね。
 仕事は真面目すぎるほどにしっかりとやっていて、春希の目標でもある。プライベート
も一見真面目そうだけど可愛らしい部分もあって、一途で健気で弱々しくて強くもある。
 春希は冬馬かずさと風岡麻理は似ているって言ってたけど、
わたしの印象からすると全く違うかな。
たしかに表面上は似ている部分は多いけど、根っこの部分が全く違う気がするんだよね。
まっ、クローンでさえ同じ人間を作り出す事は不可能だろうし、
春希が似ていると思ったのも、よくて出会ってすぐの印象くらいかな。
 おそらく今春希に冬馬かずさと風岡麻理は似てる?って聞いてみたら、
似ていないってこたえるだろうな。
 あっでも、強いけど弱いってところは似てるか……。ただ、どんな人間も強い部分と
弱い部分があるわけだし、その両方の面をどんな風に人に見せているかが問題なのよね。

春希「なぁ千晶。本当に佐和子さんが言ったのか? もし言ったのなら、
   その時の事を教えてくれないか?」

 さすが春希ぃ、切り返しが早いね。
麻理さんのピンチをさっそうと助けに入るって、男だねぇ……。
 おっと麻理さんの顔色も若干桃色っぽくなってほてってきちゃったかな?

千晶「えっとねぇ……」

春希「どうなんだよ、千晶? 怒らないからちゃんと話せよ」

 怒らないからって言って実際怒らない人っているのかな?
 ほら、今回は春希は宣言通りに怒らないかもしれないけど、お隣にいる麻理お姉様が
お怒りになるんじゃない? その辺の手綱もしっかりと握っててくれる?

麻理「和泉さん。どうなの?」

千晶「どうだったかなぁ……」

春希「千晶」

千晶「わかったわよ」

 春希に睨まれちゃったら言わないわけにはいかないかな。
 といっても、最初から話す予定だったけどさ。

千晶「えっとね、ちょうど舞台があって役作りのためにレディコミ読んでいたのよ。
   見た目は清純そうでお高くとまっている女なんだけど、心の中はえっろいこと
   ばっかり考えている女でさぁ、まっ、どこにでもいる女を演じることになったのよ」

春希「お前の判断基準については今は何も言わないけど、それがどう関係するんだよ」

千晶「ねえ春希」

春希「なんだよ?」

千晶「今は言わないけどって言ってるけど、その言いようがすでに言ってるんだけど」

春希「悪かったよ。謝罪するから話を進めてくれないか」

 わたしがわざとらしく顎の下から詰め寄ると、春希はすいっと顔をそらして私に話を
進めろと促す。今は麻理さんの名誉回復が大切だしね。

千晶「はぁ〜い。……でね、あと一応言っておくけど、役作りのために麻理さんを
   観察していたってことはないからね」

麻理「え?」

やっぱわたしが春希たち3人のことを題材にして台本を書いていたって事は麻理さんには
いってないか。べつに隠さなくてもいいんだけど、こういう気遣いは春希って感じがするな。

千晶「誰もが認めるワーカーホリックなのにレディコミ大好きだってところを役にいかそう
   と麻理さんを観察した事はないっていっただけだって。近くに役を演じるうえで
   参考になる人がいたら観察することがよくあるからさ。
   それで一応麻理さんを参考にはしていないよって言っておいたって事よ」

麻理「そ、そう? 別に私を見て役に活かせるのだったら、参考にしても構わないわよ?」

千晶「うん、今度なにかあったら参考にしてみる。だけどこの舞台、もう終わっちゃったから」

麻理「そうなの?」

千晶「うん。わりとうまく演じられたかな」

 レディコミ自体はいくら読んでもまったく興味はもてなかったけど、
今回は女の醜い部分を演じるだけだったし、今まで集めたストックで十分だったのよね。
 だけど劇団の女連中がレディコミが面白いっていってたから気になったんだよね。
わたしからすると女連中の妄想欲望よりも、男連中が隠している秘蔵コレクションを
こっそり覗き見る方が大変有意義な時間をすごせるんだけどさ。
 あとで色々とおちょくれるしっ。

麻理「和泉さんの舞台、見てみたかったわね」

千晶「今度やるときはみにきてよ」

麻理「そうさせてもらうわ」

千晶「うん」

麻理「………………それよりも私、レディコミなんて読んでないからねっ。レディコミが
   好きなキャリアウーマンって、私を参考にしても役に立たないからっ」

 話が終息していきそうだったのに、ここでまた蒸し返すかなぁ……。
麻理さんが話してほしいって言うんならいいんだけどさ。
 それとも、きっちりと白黒つけておきたいタイプ?

千晶「あぁ……、だから麻理さんは参考にしていないって言ったじゃない」

 だからわたしは苦笑いとともに一応助け船を出しておくことにした。
 でも、最初にわたしが攻撃したせいなんだけど……。

麻理「それもそうね……」

春希「で、千晶。佐和子さんが言ったのかって話はどうなったんだよ?」

 さすが春希ぃ。またもや麻理さんをさりげなくサポートするんだね。

千晶「それね。ちょうどニューヨークに行く為に佐和子さんに相談してたのよ」

春希「そういえば旅行とかするときは佐和子さんに相談してみたらって教えたんだっけな」

千晶「そうそう、それ。麻理さんがせっかく紹介してくれたんだから
   使わない手はないかなって」

麻理「はぁ……。あとで佐和子に電話しておかないと」

千晶「べつにお礼とかはいいって言ってたよ。これも仕事だからって」

麻理「はぁ…………」

 今度はさらに大きなため息をついたけど、麻理さんどうしたのかな?

春希「どうしたのですか? 千晶がいうように佐和子さんも仕事ですし、
   それほど負担にはなっていないと思いますけど?」

麻理「違うのよ、春希」

春希「といいますと?」

麻理「だって和泉さんを紹介してしまったのよ。佐和子に和泉千晶を押し付けてしまったの」

春希「あぁ……、なるほど」

千晶「なにがなるほどなのかな?」

春希「そりゃあ佐和子さんも千晶の相手をするのは災難だったかなって……」

 わたしはわざとらしく柔らかい笑顔を作りだす。
だれもが聖母だと崇めるべく日だまりのような笑顔をわざとらしく形作る。
 すると、今の状況をどうにか理解できた春希は苦笑いを浮かべ、
逃げ場なんてないのに壁に体を押し付けて後退しようとする。
 でもね、春希。もう遅い……。

春希「……ちょっ、無理無理。というか暴れるな千晶っ。玄関だし狭いから」

千晶「大丈夫だって。春希がちょこ〜っと我慢してくれていれば問題ない」

春希「問題ないといいながら、首を絞めるの……、まじで苦しいって」

千晶「なにが苦しいのよ。頭はわたしのおっきな胸で抱きしめてもらえているんだから、
   気持ちのいいの間違いじゃない?」

春希「だぁ……本当に苦しいからっ」

麻理「和泉さんっ。私が悪いのよ。ほんとうにごめんなさい。だから春希を離しなさい」

千晶「うん、わかってる。だから麻理さんが一番ダメージを受けそうな事をやってるの」

麻理「わかっているのなら本当にやめなさいよ。春希に手を出すなんて卑怯よ」

千晶「大丈夫だって。見た目ほど強く絞めてないし」

麻理「そうなの?」

千晶「そうだって。春希も慌てて混乱しているみたいだけど、
   実はこっそりとわたしの胸を堪能してるんじゃないのかな?」

麻理「はるきぃ……」

 あっ、こわっ。
 さっすが麻理さん。春希のしつけをよくわかってらっしゃる。
 鬼の形相とはこういった表情をいうんだね。それにしても男に浮気された女の
表情かぁ。生で見られてラッキーってことにしておこう。

春希「麻理さんっ。違いますよ。違いますって。いや違くはなくてですね……」

麻理「どっちなのよ。はっきりしなさい」

春希「だからですね……」

千晶「わたしの胸が気持ちいいって事でいいんじゃない?」

春希「千晶は黙っててくれ」

麻理「和泉さんは黙ってて」

こういうときも仲がいいんだから。ちょっと見ない間にさらに仲がよろしくなってない?

千晶「はぁ〜い、っと」

麻理「それで春希。どうなのよ?」

春希「だからですね。千晶が言った通りパニック状態に陥ってしまって、
   首を強く絞められているって思ってしまったんですよ」

麻理「ふぅ〜ん。……それで?」

春希「だから千晶の胸がどうとかってこともないんですよ」

麻理「そう。……それで今は冷静さを取り戻したと?」

春希「はい、どうにかやっとってところですかね」

麻理「ふぅ〜〜〜ん」

 麻理さんは春希の言葉を聞いてさらに不機嫌そうになる。
 春希と一緒に真正面から見ているからよくわかる。若干春希より上からだけど。

春希「人ってパニックになったらどうしようもないじゃないですか。
   普段できることもできなくなったりしてですね」

麻理「別にパニック状態の時のことは責めないわ」

春希「ありがとうございます」

麻理「でもね。今の状態の事は別問題かしらね」

春希「だから今こうして心をこめて謝罪しているじゃないですか」

麻理「ふぅ〜ん。謝罪ねぇ」

春希「はい、謝罪です。パニック状態だったとはいえ、
   麻理さんに不快な思いをさせてしまいましたから」

麻理「だから、別にそのときのことは怒ってないわ」

春希「じゃあ、どうしてまだ不機嫌なんですか? 教えてくださいよ」

千晶「ねえ、春希?」

春希「すまん千晶。今は麻理さんのほうを優先したいんだ。せっかくニューヨークに
   きてもらっているところで悪いけど、少しだけ待っていてほしい」

千晶「わたしはべつにいいんだけど、ね」

春希「そうか? だったらあとでな」

千晶「でもね春希」

春希「なんだよ?」

千晶「一応大学でたくさんお世話になった春希にだから教えてあげるんだけどさ」

春希「だからなんだよ?」

 ようやく春希はわたしの声が聞こえる方に顎をあげる。
後頭部を大きな胸にさらに沈め、その柔らかい感触をじかに受けながら。
 つまりは、春希は今までわたしの胸に頭を預けていたってことになる。さらに詳しく
説明すると、わたしは春希を後ろから抱きしめながら床に座っている状態であった。

麻理「ねえ春希。いつまで和泉さんの胸に埋もれているのよ」

春希「えっ?」

千晶「これも一応言っておいてあげるけど、わたしはもう春希の首は絞めていないよ。
   でもさ、春希。いくら首を絞める時床に座り込んだからといって、そのままわたし
   を最高級ソファー代りにして身を埋もれさせるのは最高のアイディアだと思うよ。
   やっぱりわたしの胸が恋しいんだね。
   日本にいた時から春希はわたしの胸が大好きだったからねっ」

 わたしは今まで拘束を解いていた春希を再度両腕で抱き寄せると、
麻理さんに挑発的な笑みとを送る。
 すると麻理さんは予想通りの悔しそうな顔を見せるものだから、
ここぞとばかりに春希を抱き寄せる力を強める。

麻理「ちょっと和泉さん。春希を解放しなさい」

千晶「でもね、麻理さん。春希は自分からわたしの胸を選んだんだよ。
   わたしは春希をおさえつけていなかったじゃない」

麻理「でも今は抑えつけているわ」

千晶「せめて抱きしめてあげてるっていってほしいかな」

麻理「同じ事よ」

千晶「そう? まっいっか。でも、わたしは春希の首を絞めてはいたけど、
   首を絞めるのをやめた後は何もしていないよ」

麻理「そうだけど……」

千晶「春希が自分からわたしの胸に頭を預けてきただけだって。それに、春希って日本に
   いたときからわたしの胸で抱きしめてもらうのが大好きみたいなんだよね。
   いっつも口うるさいのに、胸の中では静かなんだよね」

麻理「春希、そうなの? というか、いいかげん千晶さんから離れなさいよ」

春希「す、すみません」

 今度こそって言うか、わたしは春希をそれほど強く拘束していたわけでもないので、
春希はぱぱぱっとわたしの胸から巣立ってゆく。
 ちょこっとだけ胸のあたりが寂しくなったけど、
春希が立ちあがったのを見た後、わたしものそのそっと立ちあがった。

麻理「もういいわ。とりあえずリビングに移りましょう」

春希「そうですね」

麻理「狭い玄関でなにをやっているのかしらね」

春希「ですよね」

千晶「寸劇ってところじゃない?」

春希「千晶。とりあえず中入ろうか。荷物はこれだけか?」

千晶「うん、それだけかな」

麻理「先行くわね」

春希「はい。……ほら千晶。リビングに案内するから」

千晶「はぁ〜い」

 ちょっとぉ……、ふたりとも冷たいんじゃない?
 たしかに再会と同時に全速力の喜劇は素人にはきつすぎたかもしれないけどさ。
でも、二人ともとっとと中に入っていくので、観客がいない舞台ほど寂しいものはなく、
幕が下がっては次の舞台に行くしかないのよね。
 ちなみに、わたしは空港から春希に電話したときと同じように流ちょうな英語を
話している。アナウンサーばりの滑舌の良い発音は心地よく耳に響き、
せまい玄関の隅々まで響き渡る。
ただ、いくら狭い玄関っていってもここは高級物件らしく、それなりの広さはあるのよね。
 ほんと冗談じゃなくて、春希ってつばめの素質があるんじゃないの?
 麻理さんもお金持っているけど、冬馬かずさはもっとお金持ちなのよね。
春希がねらって近付いているわけでもないんだろうけど、天性のものかな?
 まっ、わたしはどっちでもいいんだけどさ。
 女の話にお金の話。どうして話している内容は下世話なものなのだろうか。
 それが和泉千晶だからといってしまえばそれまでだけれど、綺麗な英語の発音に
下世話な会話の組み合わせって、なんかくるものがあるのよね。
 とりあえずこれで玄関の客人からリビングの客人に格上げかな。




第63話 終劇
第64話につづく




第63話 あとがき


千晶再登場です。千晶は書きやすいですね。
来週も月曜日に掲載できると思いますので、
また読んでくださると大変嬉しく思います。


黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

更新お疲れ様です。
千晶がやって来て早速春希と麻里さんを揺さぶり始めました。おそらく2人に更なる揺さぶりをかけた後で次はかずさもということになるのでしょうか?
次回も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2015年09月14日(月) 18:31:58 返信

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