WHITE ALBUM2 SS まとめwiki

店の入り口をくぐると出迎えるのは喧騒、少し眩さを感じる室内照明、揺蕩う紫煙――。
独特の香りが小春の鼻を擽り、出迎える。バイト先で慣れ親しんだ香りであるはずだが
居酒屋で纏わりつくそれは、なんとなく違うもののように感じながら、

「こんばんは、予約している清水ですが……」
「お待ちしてました、お席までご案内しまーす」

幹事の名前を告げ、しっかりと接遇を学んでいるであろう店員に先導される小春。
同世代であろう、若い女性店員は軽い足取りで小春の前を歩いていく。
店の奥で、勢いよく襖を開けると接客スマイルで振り返り、告げる。

「こちらのお席です」

通されたのは座敷。小春は少々面食らいながら

「えっと…間違っていませんか？　予約は4人だと思うのですが」

と、思わず店員に問いかけた。
それもそうであろう、この瞬間まで小春はてっきり今日の集いは自分を含めて
4人としか思っていなかったのだから。

「いえ、そんなはずは…少々お待ち下さい。清水様、ですよね。
　…はい、やはりこちらですね。ご予約は8名様、とお伺いしてますが」
「倍…早百合いったい何企んでんのよ」

小声で文句を言いながらも、店員に礼を告げて小春は奥の席に座り他の参加者を待った。



今日は早百合に誘われた、小春自身の遅い誕生日祝いと称した飲み会。
――と、小春は思っていたのだが。

「きっと早百合だけじゃない…亜子も、もしかしたら美穂子もグルかな？
　他に4人も誰呼んだのよ…ああ、でも1人は小木曽かもしれないなぁ。
　ったく、亜子と仲良くしてくれるのはいいけど――っ？」

一人でぶつぶつ愚痴を垂れていた小春は、想定外のゲストの1人として孝宏に思い至る。

「まさか…ねぇ」

同じ苗字の、最近お近付きになったひとりの女性の顔が思い浮かぶ。
けれど首をぶんぶか横に振って、自分で自分の想像を否定した。

　亜子が言い出しっぺというなら判る。けれど、早百合と雪菜さんの繋がりなんて。
　それに、大学のカフェテラスで早百合に誘われた時、確か早百合自身が4人でお祝いと言っていたような。
　……あれ、明確にいつもの4人で、なんて言ってたっけ？

良くも悪くも頭の固い小春がうんうん唸りながら記憶を引っ張り出そうとしていると

「あ〜、やっぱり小春ちゃんが一番乗りしてる。お待たせ」

そう言って美穂子がやってきた。
しかし挨拶もすっ飛ばし、

「美穂子？　今日って4人じゃないの？」

8人分の席が用意された空間を見やりながら、小春がむすっとした表情で問いかける。
その鬼気迫るような雰囲気に気圧され、美穂子は盛大にたじろぎながら

「わ、わたしは反対したんだよ〜…4人でやろうって言ったんだけど…
　早百合と亜子が…」
「早百合と？　亜子が？」
「え、えっと…小春ちゃん、目が、怖い…」

まだ上着を脱ぐことも許されない美穂子がしどろもどろしているところ、
そこにいいタイミングでやってきたのは

「おーっす、早いな杉浦、矢田。というかその様子だと杉浦が一番乗りか？　相っ変わらずだなぁ」
「やっぱり小木曽か…」

孝宏を出迎えたのは、小春の盛大なため息と、大げさに肩の高さまで上げられた両手だった。
標的を美穂子から孝宏に変更する小春と、静かに後ずさりして小春の視界の外に出ようと試みる美穂子。

「なんだよそのリアクションは。つーか、やっぱりってなんだよやっぱりって」
「この状況を一番乗りで見た私がどういう風に考えたか小木曽には判らない？」
「『やられた〜！』とかか？」
「私がこういうの苦手って知ってるでしょ」
「周りのヤツは知ってるけど自分だけ知らされてないこういう状況がってことだろ？　わーってるよ。
　けどまぁ、悪く思わないでくれよ。杉浦を騙そうとしたわけじゃないんだ」
「じゃぁどういうつもりで……」
「ほら、杉浦だって、いつぞや俺ん家でギリギリまで隠し事してたじゃんか。おあいこだ」
「あれは……」

想定外の返す刀を突きつけられた小春は、一瞬言葉に詰まる。そのうえ

「小春ちゃん、小木曽くんの家に行ったの？」

美穂子から余計な指摘が飛んできた。
これには小春だけでなく、孝宏も焦った。
別に隠す必要はないのだが、美穂子にきちんと理解させようとするならば
説明に時間と手間がかかるということは2人とも認識していた。
しかし、助け舟と言わんばかりに早百合と亜子がやってきた。

「お待ったせ〜！　さー今日は飲むぞー！」
「ごめんね、遅くなっちゃって。孝弘くん先に着いてたんだね」

早百合と亜子――特に早百合――が来たら、文句を言ってやるつもりだった小春もこの時ばかりは
それをぐっと飲み込んだ。ただし、その代わりに軽く睨み付けて抗議の意を示した。
早百合は一瞬小春と目が合ったが、あからさまに視線を逸らしたところで
孝宏がその場を誤魔化すように食って掛かる。


「遅いぞーお前ら。俺より遅いとはどういう了見だ？」
「うっさいなぁ、アンタは委員長ぶらなくていいの」
「ま、まぁまぁ。ごめんね小木曽くん。ちょっと準備に手間取っちゃって」
「あ、ああ…そういうことなら、仕方ないよな」
「小木曽ぉ、カノジョには甘いねぇ〜」

一気に騒がしくなってきた座敷で、それでも小春は自分の誕生日祝いという名目で
仲間たちがこうして集まってくれることに喜びを噛み締めているのだった。



その頃、同じ居酒屋を目指して歩いている男女3人組がいた。

「雪菜はともかく、なーんでアンタと一緒に飲み屋に行かなきゃなんないんだよ」
「そういう減らず口を叩くんじゃねぇっての。今日は雪菜ちゃんの快気祝いだぞ」
「んもぅ、2人ともさっきからケンカばっかり…それと今日は小春さんのお誕生日のお祝い！
　主役を間違えちゃダメだよ？」
「お前のせいで雪菜に怒られたじゃないか」
「今の俺のせいか！？」
「アンタのせい」
「だ〜か〜ら〜！　まったく、ケンカするほど仲が良いとは言う「「仲良くない！」」け、ど……」

雪菜は引き攣った笑顔を浮かべ。
それでも、久しぶりのこの空気を楽しんでいた。

第34話　了

第33話　現場監督、その名は　//　第35話　「おめでとう」

あとがき
リハビリがてらのお久しぶりです。色々ありましたが生きてます。
学園祭LIVEでWA2脳を叩き起こして貰ってきます。