キンッ……と、グラスとグラスが打ち合い、甲高い音を挙げる。
みなが中の液体に軽く口をつけてから、今日の主役である小春に惜しみない拍手を送る。

「っ…あ、ありがとう、ございます……嬉しいです」

他の席の客たちも一瞬驚きそうな大きなボリュームで、まさに祝砲を上げられた小春は
こっ恥ずかしさや嬉しさや、ここが居酒屋という場であることも忘れ
「いい年した大人が公共の場でそんな大声で騒ぐな」という、まったく場の空気の読めないような
セリフが喉まで出掛かってそれを飲み込む苦慮やらがない交ぜになって
とても複雑な表情を浮かべていた、ように見える。しかし

「あ〜、小春ちゃん照れてるぅ〜」

この中でもっとも長い付き合いの美穂子には、そんな複雑な表情の中でも
どの色が濃いのか、お見通しであった。

「て、照れてなんて…いや、うん。そりゃ、照れちゃうよ…こんなの。
 みんな――えっと、雪菜さんたちも。本当にありがとうございます」

ぺこり、と綺麗なお辞儀をしてみせる小春に、雪菜が応える。

「小春さん、本当におめでとう。わたし…わたしたち? はお邪魔かもしれないけど。
 せっかく20歳になったことだし、楽しくお酒飲もうね」
「いやぁ雪菜ちゃんとついでに依緒がいなかったとしても俺は来てたぜ?」
「やめとけお邪魔虫」

抑揚のない声で武也を制する依緒に、武也は少しむっとした顔で睨み付けるが、
それも一瞬のことで、

「それにしても……まさかこうして小春ちゃんたちと酒の場を設ける日が
 来るとは思わなかったよ」
「そうですね、私も同感です。あの頃は……飯塚先輩たちは20歳超えてらしたから
 こういう飲み会はたくさん経験されてたのかもしれませんが。
 私はこんな日が来るとは……思って、ませんでした。
 誕生日をこんなたくさんの人にお祝いされるなんて、まるで雪菜さんみたい……」

雪菜は、そんな小春を見て優しい笑顔を向けるのであった。



宴は終始、和やかな雰囲気で進んだ。
ペース配分を間違えた早百合が亜子に介抱されたり、まだアルコールに慣れていない
美穂子が何度か春希の名前を出しそうになって小春に口を塞がれたりと
若輩組に若干のトラブルはあったが。
宴もたけなわ、といったところで雪菜が、ふと感じていた疑問を口にした。

「ところでさ」
「どうした雪菜?」
「依緒と武也君って……もしかして、ケンカ中?」
「……」

雪菜は、気がついていた。2人の周囲の空気が、ほんのちょっとだけ違うことを。
そして依緒は、雪菜の振りに乗ってしまったことを軽く後悔した。

「あー…えっと、いや、別にそんなんじゃ…な、なぁ依緒?」

若干だが依緒より酒の回っていた武也は、少し反応が遅れた。

「……」

そんな武也のフォローも、依緒の口を開く切欠にはならない。
ほんの少しだけ、場を沈黙が支配する。

「な、なに言ってんだよ姉ちゃん。飯塚さんも、水沢さんも。
 今日出だしから絶好調じゃんかー。ほら、ケンカするほど仲がいいってやつ?」

孝宏は何も気付かなかった様子であったが、雪菜は追求をやめる気配なく

「なんかさぁ、口げんかばっかりしてるのはいつものことなんだけど。
 なんていうのかなぁ、2人の…温度? というより湿度? が。
 なんか、違うなぁ、って」
「雪菜ちゃん、ちょっと飲みすぎたんじゃ…?」
「えー、そんなことないよぅ。わたしはまだまだ酔ってませーん」
「いやそれ酔っ払いが言うセリフ……」

武也と孝宏が手を焼いているのを見て、小春は意を決したように横槍を入れた。

「こほん。雪菜さん、ちょっと飲みすぎです。
 ――と言いたいところですが、そのお話も大事なことですし。
 どうでしょう、ここもそろそろ時間ですから、場所を変えませんか?
 所謂2次会ってやつです」
「ああ、それならあたしは先に帰らせて貰おうかな」

依緒は小春の提案を拒絶する。しかし小春も譲らず

「僭越ながら、今日は私を主役にして頂けるのですよね、水沢先輩?
 なら、勝手なお願いですがもう少しお付き合い下さい。
 ……いい加減、逃げないで下さい」
「っ……誰が逃げて……」
「そこまでだ、依緒」

声を荒げそうになる依緒を制したのは、武也だった。

「今日は小春ちゃんのための日だ。元々お邪魔虫な俺らが主役に
 もう少し付き合えって言われてんだ。年上らしく諦めろ」
「武也……」
「はーい、さんせーい。わたしもちょっと飲み足りないし〜」
「雪菜さんはまずノンアルコールから始めて下さいね」

早百合と美穂子は、亜子と孝宏が送っていくことになり、
小春、雪菜、依緒、武也の4人は2次会とのことで場を変えることになった。
孝宏は2次会参加組に立候補したが

「早百合と美穂子、2人も亜子1人で面倒見ろって言うの小木曽?」

との小春の一言で却下された。



帰宅組4人を見送った2次会組。

「さてと、どこ行きますかねぇ」
「飯塚先輩、前に案内してくれたショットバーとかどうですか? 落ち着いて
 お話できる雰囲気のお店だと思うのですが」
「おお、いいねぇ小春ちゃん。それじゃ、そうしますか」
「ええー、武也くん小春さんと飲みに行ったの〜?」
「そこは突っ込まないで欲しいんだが……」

3人がわいわいやってる中、依緒は思い悩んでいた。
自分たちのことで雪菜にいらぬ心配はかけたくない。
……けど、このまま誤魔化せる相手じゃないのはよくわかってる。
さてどうしたものか、と思い悩んでいると見知らぬ女性にそっと声をかけられた。

「あの、楽しそうなところ突然お声がけしてすみません」

依緒は咄嗟に、客引きかと思った。が、すぐにその考えを頭から振り払う。
颯爽とレディススーツを身にまとった妙齢の女性。とてもそんな人間ではない。
武也たちはこちらに気付いていないようだ。

「……なにか?」

それでも警戒心を解かず、依緒は女性に応える。

「いきなりで厚かましいお話なのですが……これを杉浦さんにお渡しいただけませんか?」

そう言って差し出されたのは小さめの、色とりどりの花束だった。

「これを?」
「はい。ああ、わたし決して怪しい者では…と言っても怪しいですよね、申し訳ありません。
 そちらの杉浦さんのお誕生日祝いをこちらでなさっていると聞きまして。
 つまらないものですがお祝いの……わたしの雇い主から預かって来たのですが」
「……ふぅん。杉浦さんに渡せばいいのね、わかった。
 けど、すぐそこに本人いるんだから直接渡せばいいのに」
「ごもっともなんですが、わたしも立て込んでおりまして。すぐに戻らねばならなくて」
「なんか怪しさしかないんだけど……まぁいいや、承ったよ」
「ありがとうございます。それでは、わたしは失礼します」

女性は花束を依緒に託すと、あっというまに雑踏の中に消えてしまった。
依緒は依緒で、「自分たちへの話題逸らしになるかな」と考えていたせいか

「……しまった。誰からの贈り物か聞くの忘れた」

と、普段ではまず犯さないだろうミスに気がついたが、それもすぐ判明することになる。
顛末を説明し、花束を小春に渡した。ついていたメッセージカードを見た小春たち4人は、送り主が
すぐに判ったからだ。カードには、こう書かれていた。

Happy Birthday KOHARU 〜YOUKO.T〜

第36話 了

第35話 「おめでとう」 // 第37話 雪菜の決意
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このページへのコメント

続ききましたか!
気づくのが遅れてしまいました

1
Posted by 名無し(ID:/IIQT5FrUw) 2018年12月04日(火) 17:00:26 返信

今回も楽しませて頂きました!
ありがとうございます。

2
Posted by 名無し(ID:E/wO5143ww) 2018年11月26日(月) 20:08:26 返信

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