大晦日のコンサートに向かったら 第十二話

「ふーん、で、冬馬に嫌われようとして無理矢理襲ってはみたけど全然抵抗されなくて、冬馬はあっちで彼氏も作らずピアノだけ弾いてた、それも春希の事を想いながら。
冬馬は春希の事を忘れられず、春希も冬馬のことを忘れられない。それでこれからどうしたらいいのかと……」

「――そうだ」

かずさと依緒が出て行ったから30分、あれから武也は春希の話を聞いていたのだが、わざと的を外しているのかと思ってしまうような彼の考えに武也は大きなため息を吐いた。

「はぁ……春希って他の男と違う考え方なのな?」

「どういう…ことだ?」

「普通好きな女相手に嫌われること覚悟でやる行動ってさ。自分の本心でやりたい行動をやるもんなんだよ。好きな女の子がラブラブな彼氏がいるのに告白してみたりさ。
それなのに春希は、嫌われること覚悟で自分がしたくないことやるんだもんな。冬馬とはヤリたいだろうけど、そんな無理矢理な形ではしたくないだろ?」

「そんなの当たり前だ」

「即答か、かなり体調良くなってきたな。つまり俺が言いたいのはさ、嫌われる覚悟ができてんなら、本音を言って嫌われろってことだよ」

「本…音?」

「そう、本音。今の話を聞いている限り、お前は冬馬に自分の本音を伝えられていない」

「…………」
春希は武也の言葉にただ押し黙る。

「そしてなぁ春希。お前の本音が、お前の本当の願いが叶う環境は今しかないと思うんだけどねぇ。冬馬とこの環境の中で再会できたのは奇跡だよ」

「環境ってどういう意味だ?」

「大学卒業まで一年ある。就職先が決まっていない。雪菜ちゃんにも拒絶されているって環境のことだよ。
例えばな、冬馬と再会したのが一年とか二年後だった時を考えてみろ。日本で就職していて、雪菜ちゃんともしかしたらヨリが戻っているかもしれない。
今の状態から雪菜ちゃんとヨリを戻していたとしたら、お前たちが相当深いところでの約束を交わした後だと思うんだよ。
そんな中、お前の冬馬への願いを叶えるために必要な覚悟は、本当に血反吐を吐くような修羅場を乗り越えるようなものだと思うぜ」

「…………」
もしも、もしも雪菜と関係が修復されるとしたら、これからの人生で雪菜しか見ないと言うことを証明することが出来た時だろう。
その証明は自分と雪菜だけの問題では無い。小木曽家をも巻き込むことになる社会的にも認められるような証明…
その証明を破棄し、かずさの元へ走る。
そんな不義理極まりない自分の姿を想像して春希は吐き気を覚えた。

「正直言って、俺はあんなおっかない女より、雪菜ちゃんとくっついてもらいたいところなんだが…お前のこんな冬馬べったりな姿見せられたら、お前は冬馬と一緒にいるしか無いって思うしかないね」

「――これから…かずさと…一緒に…」

「冬馬ってさ、日本にずっといられるって事は無いのかな? 日本の音大に編入ぐらい余裕だろ?」

「それは駄目だ!」

「何でだ? それがお前たちが一緒にいられる最短ルートだろ?」

「かずさはようやくウィーンで曜子さんと一緒に親子らしい生活を送れてるんだ、それを壊すなんてできないよ。それにな、あいつのピアノの才能を俺も素人なりに理解してる。その才能を最高の環境で育てて欲しいんだ。俺と一緒にいるために、あいつの才能を埋めさせるなんて、申し訳が立たないよ」

「そんなことになったら、また罪悪感でいつこんな感じになったもんか分かったもんじゃ無いもんな」

武也は笑いながら、冷えピタを貼りベッドに寝ている春希を眺める、そして…

「じゃあ、答えはでてるわけだ」
と、寂しそうにぼそりと呟いた。

「……ああ」

春希は頷く。それは自分の将来を大きく左右することになる決断。

その決断を、かずさは認めてくれないかもしれない。

それでも……

「もう、後悔はし尽くしたよ…」

「そうか…親友と離ればなれになんのは辛いが、まぁ仕方ないな。俺と離ればなれになるからってボロボロになったりはしないだろうし」

「俺が武也と別れてぼろぼろになったらどうする?」

「……確かアメリカのどこかの州が同性での結婚を認めてたな」

俺たち二人がくっつく場合も日本を捨てることになるんだなと、二人は大笑いした。

笑いが引き、話題は再び春希がかずさに自分の本当の気持ちを語った時の事に戻る。

「俺が気持ちを伝えたって、かずさが何て返事してくれるか分からないよ」

「あーそうでしたね、『拒絶』されちゃうかもしれませんからねー。俺にはその光景がまったく思い浮かばないけどな」
武也は答えなんて分かりきってるだろと言わんばかりの口調で話した。

「そんな簡単にいくわけが…。でもありがとう、武也。俺の背中を押してくれて」

「いいってことよ、まぁ後は…雪菜ちゃんに何て言うかだな」

「雪菜…」

「お前があっちにいつ行くのかは分からないが、さすがに雪菜ちゃんに一言も言わずに行く何て無いよな?」

「――分かってる。でも今は、俺の気持ちをかずさに聞いてもらうのが先だよ」

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