雪菜Trueアフター「月への恋」第四十七話「練習中?」


10/12(日) 岩津町駅


 かずさの家に練習に向かう雪菜は、駅で偶然小春を見つけた。
「小春ちゃん? 珍しいね。こんな所でなにしているの?」
 小春は若干驚いた様子で答えた。
「わ、雪菜さん。奇遇ですね。かずささんの所ですか?」
「そうなの。今日は午後から練習なの」
「はい、かずささんの所にいた和泉さんから聞きました。わたしも別件、1.5次会の件でかずささんに用事があったので…あれ? 北原さんたちが来るのは2時すぎじゃなかったんですか?」
「和泉さんはローディで手伝ってもらってるの。和泉さんそんなに早く来てるんだね。わたしは用事が早く終わったから早めに来たんだけど…」
「そうなんですか。かずささん、『春希たちが来るまで時間あるから千晶と昼飯に行くか』なんて言ってました。まだ1時前ですし…もしよろしかったらちょっとだけお茶しません? わたし、1.5次会の件で聞きたいこととかあって」
「うん、わたしもちょっと早く来すぎてたし、いいわよ」




 小春は喫茶店に入ると、ギターケースを置いて雪菜の向かいに座った。スマホを操作して、名簿を見たりしつつ話をする。
「開桜社にけっこう1.5次会に出たいという方が多いんですよ。先輩各部署で人望熱いんで。借りるパーティールームの容量にはまだまだ余裕ありますが、一応現時点でだいたいの人数把握しておきたくて」
 案内の返信で人数が把握できる結婚式と異なり、「結婚を祝う会」のような1.5次会はちょっとした知り合いが口約束で来たりすることもあるので、人数の見積と参加者の確認をしないと大変な目に遭う。
「開桜グラフのみなさんは編集長以外全員参加ですね。フィオリーレはわたし除いて2人、あと、ニューヨーク支社から風岡麻理さんという方が一時帰国されます。この方は…」
 麻理の名を聞いたとたん、なぜか雪菜の目が一瞬殺気を帯びたので、小春は麻理について詳しく話すのを止めた。
「え〜と、他にはアンサンブルから吉松編集長含め5名も来られます。あとは本部等7名…仕事関係だけで20名超ですね」
「わたしの方も仕事関係で結構来るよ。あと、お友達も」

「バンド仲間の方とか多いですよね。森本さんとか」
「やすこちゃんね。やすこちゃん経由でけっこう来てる?」
「はい。その方のお声かけでちょっとした知り合いのような方でも来てるみたいですけどいいですか?」
「うん。にぎやかな方がいいもの」
「…面白がって呼んじゃいけない人に声かけちゃってる人いますが」
「?」
「大学時代のお知りあいの友近さんって方に声かけたいけない人がいました」
「!!!? ごほっ、ごほっ!」
 盛大にむせる雪菜を落ち着けるように小春は言う。
「安心してください。本人から丁重にお断りありましたから。まったく、『結婚式には呼んでくれるな』なんて言ってる人に、1.5次会とはいえ無神経ですよね」
「…そ、そうね」
「男の友情を何と思っているんでしょうね」
「…それは違うと思うんだけど…」
 雪菜は、なぜ小春が友近の件を知ってるのか非常に不思議がったが、友近の件にこれ以上触れられたくないので聞かないことにした。

 そうこう話をしているうちに2時前になった。
「ありがとうございます。おかげでだいたい把握できました」
「うん。こちらこそ。お会計、こちらがもつね」
「…すいません。ありがたくご馳走になります。練習、頑張ってくださいね」
 そう言って、小春は雪菜を見送った。



冬馬邸


 雪菜がかずさの家に着くと、かずさが玄関まで出迎えに来た。
「よっ。雪菜。来たか」
「こんにちは。かずさ。みんな来てる?」
「ああ。ちょうど今みんな着いたとこ」
「さっき、駅で小春ちゃんに会ったの。千晶さん早くから来てたのね」
「ああ、小春ちゃんとは1.5次会の話してた。千晶は早めに準備手伝いに来てくれたから昼飯おごったんだけど…あいつ、先週まで舞台だったとかで滅茶苦茶食いやがったよ。ローディの間の飯代はこちら持ちって約束したの失敗だったな」
「あはは。みんな地下?」
「そう。雪菜も早く来いよ」

 地下スタジオでは春希たちが既に準備を終えていた。
「よっ、雪菜。準備OK?」
「あえいうえおあお〜。OKで〜す」
「じゃ、始めるか」

 全てのパートを合わせた練習が始まる。
 3回目の練習となる今日では皆の練度も十分に上がっており、特に春希の進歩は想像以上だった。
 もとより「ウェディング・ベル」はスローな曲でそれほど難曲でもないが、もうこの時点でほとんど本番並に完成されているように雪菜には思えた。

「素敵…すごいよね、みんな!」
 演奏が終わると同時にはしゃぎまわる雪菜に皆同意する。
「ああ、こっちの完成度は十分だな。春希もよくがんばった」
 珍しく誉めるかずさに春希も絆創膏だらけの手をひらひらさせて答える。
「ねえ、アコースティックの方も録音してみる?」
 千晶の提案に皆うなづく。

 春希がアコースティックに持ち替えて3人バージョンでの演奏を行う。こちらの出来も上々だった。雪菜はうれしくなった。
「春希くん。ずいぶん上達したよね!」
「春希のやつもずいぶん練習したからな」
 武也に言われた春希が手をさすりつつ言う。
「開桜社ギター同好会でもしごかれているしな…」
「向こうはアコギ中心なんだっけ? 小春ちゃんもやってるんだよね?」
「ああ、あと吉松編集長」
 そちらでもずいぶん練習しているのだろう。雪菜は傷だらけの春希の手を見てそう思った。

「じゃ、あとは式までこの完成度を維持できるよう、ちょくちょく集まって練習しよう…あと、各自自主練習を欠かさないように」
 かずさも今日の出来には満足のようだ
「高校の時の軽音楽同好会の時より格段に楽だな、時間の余裕がある」
 そう言うかずさになぜか春希が大きくため息一つついた。




 練習が一段落ついたと見た千晶が休憩を呼びかける。
「さあさあっ。お茶にしよ。糖分補給〜」

 リビングに移動した一同は各自持ち寄った菓子でお茶を楽しむ。
「和泉さん。この紅茶いい香りだね」
「へへ。ありがと、雪菜。葉もいいけど、淹れる人間の腕がいいからね〜」
「千晶…戸棚にあった母さんの貰い物勝手に開けただろ」
「かたいこと言わない言わない。いいものはみんなで楽しんだほうがいいよ」
「…ったく」
 呆れ顔のかずさはパウンドケーキを一切れつまんで文句を飲み込んだ。武也も隣の一切れをつまむ。
「このケーキは孝宏君かい? それとも雪菜ちゃんかい?」
「姉ちゃんです。ホットケーキミックスを適当に混ぜて焼いたやつですね」
「孝宏! バラさない!」
「ははは。いや、おいしいよ。ホットケーキミックスでも簡単にこんなの焼けるんだね」
「お粗末様です。っと、かずさ、洗面所借りるね」
「おう」




「あれ?」
 ベトついた手を洗いに洗面台に行った雪菜は気がかりなものを見つけた。
 コンタクトレンズのケースだ。かずさは視力でも落ちたのだろうか? 雪菜は戻ったときにかずさに聞いてみた。
「かずさ。コンタクトなんてするの? 洗面台にケースがあったけど」
「いいや? 誰のだろ? 千晶か?」
「んにゃ。わたしが来たときからあったよ。お手伝いさんか、美代子さんなんじゃない?」
「…ああ、ヘルパーの渡辺さんかな」
 そのお手伝いさんの名を出したときのかずさの口調が濁っていたので、雪菜は質問してみた。
「どんな人なの? その渡辺さんって」
「もう、最悪。言われたことしかやらないし、やりたくないことは理由付けてやらないし。ほら見ろ」
 かずさはリビングの外を指した。雑草が伸び枯れ葉が散り積もり荒れ放題の中庭がある。
「もう、『作業服がないから』とか言って屋外の掃除もしてくれない。冬も近いのに…」
「そうなの? 困った人だね」

 そこで孝宏が名乗り出る。
「あ、おれ、やりましょうか? 明日なら時間ありますし」
「いいのか?」
「いいの? 孝宏? 明日の晩は亜子ちゃんとデートじゃなかったっけ?」
「ぐ…弟の予定をバラすなよ。昼までOKです。ちゃんと準備して朝からかかれば片付きますよ」
「悪いな、頼めるか? 男手は非常に助かる」
「おやすいご用で」




 練習の後半も余裕と和やかムードで進行した。
「付属の時はお泊まりして練習したりしたよね」
「ああ、今から3、4曲増やせばそれぐらい慌てる事態になるかもな」
「あはは…さすがにそんなに演奏したら、もう、式じゃなくてライブだね」
 そこを武也がからかう。
「雪菜ちゃんも音楽関係者なんだし、それくらいやってもいいんじゃない?」
「ふふ。かずさの1曲、同好会の1曲で十分幸せ。声優の人の結婚式で歌いまくった結婚式聞いたことあるけど、大変そうだったね」
 そこで春希がかずさに聞いた。
「かずさはピアノ、何弾いてくれるの?」
「内緒だ。当日まで楽しみにしておけ」
「ああ。楽しみにするよ」

 そんなこんなで練習終了の時間となった。
「じゃ、本番まで全体練習はあと2回くらい、次は月末だけど大丈夫だな」
「ああ、かずさのおかげで助かるよ。ありがとう」
「ありがとうね。かずさ」
「どういたしまして」
「じゃ、春希たち、おれの車で送るよ」
「頼むわ、武也」
「じゃ、また月末」
「あ、おれは明日朝9時半に来ます」
「よろしく」
「それじゃあ、またね。かずさ」



翌10/13(月・祝)朝 冬馬邸


 孝宏は翌朝、ジャージ姿に掃除用具持参で現れた。
 雑草を刈り、大量の落ち葉とともに何袋ものポリ袋に詰め込み、雨樋や溝も綺麗にする。
 かずさはたまに地下でのピアノ練習から上がってきては、リビングで気分転換を兼ねてヴァイオリンの演奏を楽しみつつ、掃除の様子を見ていた。
 正午には孝宏はあらかたの作業を終了してしまった。

「庭はあらかた片付きましたね。窓でも拭きましょうか?」
「いや、それは渡辺さんにやってもらうからいい。昼、何かとろうか?」
「はは。和泉さんみたいにたかったりしませんよ。姉ちゃんが弁当持たせてくれましたんで。じゃあ、庭の仕上げだけやりますね」
「ありがとう。助かるよ」

 午後まもなく孝宏が仕上げを終え、帰ろうとした時だった。かずさは孝宏に一枚の封筒を渡した。
「孝宏君。これ、お礼だ。とっておいてくれ」
「いや、悪いですよ。買収されているみたいじゃないですか。はは」
「まあ、いろいろ手間かけて悪いとは思っているが、それとは別に今日の働きは支払いの出る仕事だよ。事務所から出すから、ここにサインだけ頼む」
 わざわざ帳面まで作ってこられたのに受け取らなかったらかえって手間、と考えた孝宏はそれ以上深く考えず受け取った。
 帰りの電車内で封筒を開けて驚いた。額を確かめていたら孝宏はけして受け取らなかっただろう。



10/29(水) 峰城大


「おう、小木曽。いるか?」
 教室のドアを開けてアイドル研究会の奈良橋、通称「予想屋の奈良橋」が入ってきた。
「いるよ」
 孝宏はいやな奴が来たと思った。もうそんな季節か。

 峰城祭で行われるミス峰城大コンテストは祭りの中でもかなり注目を集めているイベントだ
 水着審査等ステージ審査は数年前に廃止されたが、気軽に参加できるようになったことでかえって参加者数もレベルも上がり、盛り上がりを見せている。
 特に今年春、ミス峰城大の柳沢朋が不死川テレビの女子アナに採用されたニュースは学内で大きく話題になり、コンテストも1ヶ月先だというのにかつてない盛り上がりを見せている。

 一方、このイベントにかこつけて大掛かりな賭け事が裏で行われている。競馬研、アイドル研、幾つかのサークルが合同で行う「ミス峰城予想」がそれだ。
 かなりの金が動いているらしく、毎年大勢の予想屋が学内の男女を煽り、そそのかし、「勝ちミス投票券」通称「馬券」の購入を誘うのが峰城大の晩秋の風物詩となっている。
 孝宏は去年、女装して参加し5位入賞してしまったため、予想屋から「コンテスト荒らし」と目をつけられていた。

「小木曽〜。お前も何口か買っていけよ〜。去年の罪滅ぼしにさ」
 孝宏は気乗りしない様子で既にエントリーした参加者の紹介コピーをめくる。と、すぐに見知った名前を見つけた。
「ん? 杉浦が17番人気だけど…」
「ああ、お前等らコンテスト荒らし『だれとく』は今年も何かやってくれると期待してるやつがちらほらいる。リーダーだし」
「………」
「ん? 期待できるサプライズでもあるの? まさか、今回もお前女装するとか? 実行委は何か隠してるようだけど」
「…女装はしない。何か隠してたとしても言わない」
「ふーん。まあ、お前の口の固さはわかってる。お前も辛いところだろう。わかる、うん。わかってるぞ。…だから、これで示してくれればいい」
 予想屋が手でカネの印を作り馬券の購入を促す。

 孝宏はしばし参加者紹介を眺めた後、万札を取り出した。
「これで杉浦」
 予想屋は驚いた。
「! おい? いいのか? 万馬券だぞ! オッズ見てるか?」
「ばんばけん? オッズ? なに? 杉浦高くて買えないの?」
 孝宏に競馬の知識は皆無だった。予想屋はしばし虚を突かれたが、すぐに気を取り直してこのカモからたかることにした。
「いや、33口買えるが半端だな。あとこんだけ出ないか?」
 欲をかいた予想屋が指を2本立てて『あと2千』を促す。
 孝宏は勘違いした。と、いうよりはこのあぶく銭をいつまでも財布に入れておきたくなかった。
 孝宏はさらに万札を2枚出した。予想屋は顔をひきつらせつつ動揺を悟られないよう、平静を装って金を受け取った。
「…さんきゅー…太っ腹…これで杉浦6番人気になったさ。すぐ最新オッズ刷り直しだわ」
 孝宏は『杉浦小春100口』の馬券を受け取ると無造作に財布に突っ込み、ホクホク顔で去る予想屋を見送った。



<目次><前話><次話>

このページへのコメント

5TZzEM Thanks-a-mundo for the blog article. Cool.

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Posted by stunning seo guys 2014年01月22日(水) 05:04:25 返信

ふふ。そうですね。後輩なので『ちゃん』呼びなのはともかく37話では『杉浦ちゃん』だったのが『小春ちゃん』になってるのは、何かあったのでしょうかね。
8話はタイトルはネガティブですが、内容はどうなのでしょうね。
WA1のアニメの個性的すぎるとの評判見ると、WA2は恵まれたアニメ化をしてるのかもしれませんね

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Posted by sharpbeard 2013年11月23日(土) 01:55:10 返信

今回も楽しく拝見させて頂きました。ゲームでは出番が少なかったキャラ中心の話が読めるのも、こういうssブログの楽しみのひとつですね。今回の話の中で気になった事をひとつだけ、かずさが小春のことを「ちゃん」付けで呼ぶのは少々違和感がありました。
明日のアニメ#8のタイトルが
『やがて冬が始まって』恐らくはもう最後までタイトルはネガティブな感じで行くのでしよう。最後に個人的に今更ですがWAのアニメをYouTubeで何本か見て見ました。何というか色々な意味ですごかったです。

0
Posted by tune 2013年11月22日(金) 21:17:47 返信

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