第45話


4月11日 月曜日



 楽しい時間は、大切にしたい時間はあっという間に過ぎ去り、終わりをむかえてしまう。
昨日も俺が帰国しても当分の間は食べていけるようにと大量の食材を買いこんで
一緒に料理をしていた。その前にちょこっとただけ街を散策したが、
どうも俺はニューヨークに来たという意識が薄いようである。
 その理由はわかっている。俺はニューヨークに来たのではなく、麻理さんの元に来ただけだから。
その意識がある限りここは異国ではなく、麻理さんがいる街であり続ける。
 なんて考えながら麻理さんと二人歩いていたが、あてもなくいろんな店を冷やかし、
大いに楽しむ事が出来た。但し、ランジェリーショップだけは勘弁してください。
男の俺が入っていい場所ではないでしょうに。
たしかに恋人につれられて入店している男性もいることはいましたよ。
それも人目をはばからずに適度なスキンシップをはかりながら堂々としていました。
 でも、こればっかりは俺に要求しても無理なリクエストだ。俺にはハードルが高すぎますって。

麻理「痩せてしまったし、ちょっと覗いてみたいんだけど、だめかしら?」

春希「駄目、駄目じゃない以前に、俺が入るべきではないですよ」

麻理「そうかしら? ときには男性の意見も聞きたいものよ」

春希「いやいやいや・・・、俺には無理ですって。
   お願いしますからここは今度ゆっくりと一人で見に来てください」

 うろたえる俺に笑みを浮かべる麻理さんに、俺はただただ冷や汗を垂れ流すしかなかった。
今になっても冷や汗ものの思い出にしかなってはいないけれど、
楽しい時間であった事はたしかであった。

春希「もうそろそろ搭乗時間ですね」

麻理「ええ・・・そうね」

 俺が起きる前から起きていた麻理さんは、早朝だというのに元気に俺にちょっかいを
出してきていた。こそばゆくって、くすぐったい。
心地よい目覚めとはいえないけれど、気持ちがいい朝ではあった。
朝食だって楽しく食事ができたはずだ。それなのに空港に来てからの麻理さんの口数は少ない。
俺が問いかければしっかりと返事はくれる。
しかし、麻理さんの方からなにか言ってくる事はなかった。
なにか言おうと何度もチャレンジしてはいるようだが、どうしても口から声が響く事はなかった。
 その代わり俺の手をしっかりと握りしめ、腕を絡めて身を寄せてくるその姿に
俺は大学を辞めてこのまま側にいたいとさえ思ってしまってもいた。もちろん実行する事もないし、
一時的な麻酔の為に今まで積み上げてきた手はずを放り捨てる気もなかった。
 それは麻理さんもわかっているはずだけど、このニューヨークでの数日が
あまりにも輝きすぎていた為に、俺と離れてからの反動を恐れているようでもあった。

春希「わざわざ見送りにまで来てくれてありがとうございます」

麻理「いいのよ、私が好きでしているんだし。編集部の方も急ぎの予定はないから問題ないわ。
   今日は予め出社が遅くなる事は伝えてあるから、よっぽどの事がなければ何も問題ないはずよ。
   その分しっかりと働いておいたから誰も文句を言わないわよ」

 って、笑いながら言っていますけど、きっと麻理さんの事だから俺が来るまでの間は
いつも以上に働いていたんだって簡単に想像ができてしますよ。
普段だって誰も真似できないほどの仕事量を抱え込んでいるのに、
今回はどれだけやってきたんですか。
まあ、同じ編集部員としてはどのくらいハードに働いていたかについて興味はあった。
 でも、麻理さんの隣にたつ俺からすれば、もっと体を大切にしてほしい。
俺の為になんて言ったりはしない。だから、俺の為に体を大切にしてほしかった。

春希「働き過ぎないでくださいとは言いませんけど、体を壊す働き方だけはしないでくださいよ」

麻理「体にガタがきている私が言っても信じてもらえないかもしれないけど、
   その辺のさじ加減は経験で理解しているはずよ」

春希「信じていないわけではないですけど、心配なんですよ」

麻理「それこそ私の方が北原の事が心配よ。編集部だけじゃなくて大学の方もあるし、
   けっこうスケジュールのやりくりが大変なんじゃないかしら」

春希「大丈夫ですよ。ニューヨークに来たらもっと大変になる予定ですから。
   ニューヨークには頼りにはなるけど仕事には厳しい上司がいますからね。
   その予行演習と考えれば物足りないほどです」

麻理「言ってくれるわね。たっぷりと仕事を用意しておいてあげるから日本でしっかりと
   準備運動してきなさい」

春希「そうさせていただきます。麻理さんに教わった通りいつも・・・」

麻理「あっ・・・・・・」

春希「・・・・・・・そろそろ時間みたいですね」

 俺の手を握りしめる力が増していき、聞き逃してしまいそうであったアナウンスに
気が付いてしまった。きっと麻理さんは俺の事を抱きしめることにほぼ全神経を
集中させながらも、耳だけはアナウンスが流れるのを恐れて見張っていたのだろう。
 俺を見上げるその顔からは笑顔がぎくしゃくと歪んでいき、
いつも心力強い印象を与えてくれるその瞳は涙で曇っていく。

麻理「ええ、そう、ね」

春希「麻理、さん? 麻理さん、麻理さん。麻理さん」

麻理「きた、はら?」

春希「麻理さん、待っていてください。少しの間だけです。
   今このまま残るっていう選択肢もあります。でもそれはきっと間違いだっています」

麻理「何言ってるのよ。ニューヨークに来る選択肢は、どれをとっても間違いに
   決まっているじゃない。だったらもう一つくらい間違いを選んでも・・・・・・」

春希「違います。俺が見つけた、麻理さんが作ってくれたニューヨークへの道は、
   たとえ間違っているっていう人がいたとしても、でも、俺と麻理さんにとっては
   間違いではありません。もちろん簡単な道ではないでしょうし、
   麻理さんはたくさん傷ついて苦しむはずです。それでも俺達はそれを選んで、
   選んで悩んで、苦しんで、最後には地獄に落ちるかもしれないですけど、
   それでもきっと救われるはずです。そういう道を選んだんです」

 発言している俺でさえ何を言っているかわからなかった。言葉が横滑りしていき
制御なんてできやしない。心に詰まった感情を無理やり吐きだしても言葉にはならなかった。

麻理「そうね。・・・・・・待ってる。待ってるから。北原を待ってるから、
   だから日本で頑張ってきてね」

春希「はい」

 ほどかれた腕はどこか寒々としていて、人でにぎわうロビーからは音が消えていく。
その原因はわかりきっている。だから俺は別れの挨拶もせずにゲートへと歩み出した。
 何度となく振りかえりたい衝動にかられ、その都度冷たい腕を握りしめ感覚を潰した。
きっと振り返れば、俺と麻理さんの決心は砕け散ってしまうだろう。
それは麻理さんもわかっているはずだ。なにか一言でも発してしまえば
俺を引き止めてしまうとさえ思っているのかもしれない。
それはちょっと大げさかもしれないけど、なんとなくこの時はそう思えてしまった。







4月12日 火曜日



 人間の習慣とは恐ろしいもので、実家に引っ越したというのに今まで住んでいたマンションに
向かって歩いていた。見慣れた景色を片隅に、思考を停止して成田から東京まで来たのだから、
怪我もなくこれた事に感謝したほうがいいかもしれない。
 喪失感ともいうのか、ニューヨークでの時間があまりにも大きすぎて、
その反動が成田に降り立った時から出てしまった。
 もちろん最寄り駅に降りて、マンションまで行く前に帰る場所が違うって気がついてはいた。
また、マンションは大学の側にあるわけで、このまま大学の講義に行く事も可能ではある。
だけどその選択肢は脳裏にさえ浮かんでこなかった。そもそもテキストもないし、
予習さえしてもいない。千晶あたりからすれば、予習なんてする必要はないと一蹴されそうだが。
だから、もう一度電車に乗り、実家がある最寄り駅に行くのが正解なのだろう。
でもこの時は正解を選びたくはなかった。
 目の前にあるマンションのエントランスは、日本をたつ前と同じようにそこにそびえている。
たった数日で壊れるくらいの強度だったら、それの方が興味深い事件ではある。
でも、日本をたつ前と後では、見慣れたマンションの入り口が、
なにか今までとは全く違う異質の物体に見えてしまった。
 俺はどのくらいの間、自分が住んでいたマンションを見上げていたのだろうか。
とくに感慨深い気持ちを抱いたわけでもなく、ただただ立ち止まり、
俺が住んでいた部屋を見上げていた。すると下の方から俺を呼ぶ声が鳴る。

千晶「ねえ、見ていて面白い?」

 声の主を辿っていくと、エントランスの階段に腰掛けている千晶がいた。
俺が知っているいつもの和泉千晶が、いつものごとく軽い声をかけてくる。
重い北原春希に、軽い和泉千晶。ちょうどバランスが取れていたんだなって、
今さらながら馬鹿げたことを考えてしまう。それくらい思考がストップしていたので、
どうも本調子にはほど遠いようだ。

春希「ん? 面白いものなんてないと思うぞ」

千晶「じゃあなんでぼけ〜っと、ほけ〜っと30分も見ているのよ。
   マンションを出入りしていた人なんて、危ない人がいるってもう少しで警察呼びそうだった
   かもしれないかもね。まあ、わたしが側にいたから問題が起きないで済んだようだけどね。
   ほんと感謝してよね。あたしがいなかったら不審者扱いよ」

春希「ありがとな千晶。でもどうして千晶がここにいるんだよ。今日の講義はどうしたんだ?」

千晶「ん? 今日は自主休講なんだ」

春希「まだ新学期が始まったばかりだというのにさぼるなよ」

千晶「さぼってないって。大切な用事があったから休んだだけだって」

春希「そっか。でもせっかく大変な思いをして進級したんだし、しっかりと単位取って、
   卒論も書いて、まじめに大学卒業しろよ。せっかく教授が力を貸してくれたんだからな」

千晶「わかってるって。春希ったら、わたしの顔を見るたびに毎回言うんだもん」

春希「それだけのことを春休みにやったのはどこのどいつだ」

 気が付けばいつもの北原春希と和泉千晶がここにいた。暗いおもりをつけて沈んでいく俺を千晶は
軽々と吊り上げてしまう。釣りあげられながらも、俺は抵抗もせずに千晶に身を任せていた。
 どうも勉強面では千晶の先生でいられるのに、どうしても精神面では千晶の方が一枚も二枚も
上手なのだろうか。社会的には俺の方がしっかりとしているはずなのに、
精神面では千晶の方がずっと大人のような気がする。今までは特に意識してはいなかったが、
どうもこの推理は正しいのだろう。それは俺と千晶の間合いが縮まって、
お互いの顔の輪郭を見る事ができる位置まで近付いたからこそ気が付く事が出来た今さらながらの
事実だと思う。まあ、武也あたりからすれば、初めから気がつけよと言われそうだが。

千晶「それは・・・、わたしがレポートを頑張っていたっていうのに風邪をひいた北原春希くんの
   ことじゃなかったかなぁ」

春希「とぼけるな。俺が風邪をひいたのは千晶がレポートを提出した後だったろ。
   だから俺の風邪は全くレポートとは関係がない」

千晶「そだっけ?」

春希「そうだったんだよ。それにレポート作成中に風邪をひいて寝こんだのはお前だろ。
   しかも俺が看病してやったじゃないか」

 千晶は俺の顎の下から覗き込むように立ち上がってくる。その動作に俺の重心は後ろへと
下がっていく。別に悪い事をしたわけでもないのに、どうも後ろめたい感情が俺を襲う。

千晶「ん? ん? へぇ・・・・・・」

春希「な、なんだよ?」

 なにかありますっていう顔をするんじゃない。ぜったい何か企んでるだろ。
でもこっちはニューヨーク行きで忙しいし、春休みみたいには構ってはいられないぞ。
 だから、ここはきっぱりと拒絶しないとな。

千晶「そんなに身構えなくても、面倒事なんてないわよ」

春希「ほんとうか? ・・・・・・千晶にとっては面倒事ではないっていうのはなしだからな。
   俺にとっては絶対面倒事になるんだろ?」

千晶「そういうのでもないから安心してって。ただね・・・」

春希「なんだよ?」

千晶「だから、風邪をひいている千晶ちゃんが抵抗できないのをいいことに、
   服をひんむいて裸を見た鬼畜が日本に帰ってきたんだなぁって思ってさ」

春希「半分以上が捏造じゃないか。嘘を当然のごとく吐くんじゃない」

 俺が住んでいたマンション前で、しかも大学の近くでなんて言う事を言ってくれているんだ。
それをわかっていて言ってるんだから困ったものだ。俺が困るのを楽しむなんて悪趣味だぞ。

千晶「でも、事実もあるってことでしょ?」

春希「ああ、そうだな。日本に帰ってきたっていうところはあってるぞ」

千晶「それだけ?」

 って、おい。いや待てって。それは事実だろうけど、ここで言うべき内容では・・・・・・。
 自分の姿を見ていなくてもわかってしまう。つまりは自分がうろたえているって、
こいつの子憎たらしい顔を見ていればわかってしまう。
しかも、ニヤニヤと品がいい笑いまで浮かべやがって。

春希「千晶が風邪をひいたっていうのもあってるな」

千晶「それだけぇ?」

春希「そうだな・・・・・・、俺が風邪の看病したっていうのもあってるんじゃないか」

千晶「あれぇ・・・、わたし、そんなこと言ったっけな。わざわざ言ってもいない事を
   持ちだすなんて、案外春希は恩着せがましいのね」

春希「事実だからな。レポートだけじゃなくて風邪の看病に加え、寝床の提供、食事にいたるまで
   全面的なサポートをしたじゃないか。これを恩といわないでなにが恩だというんだよ」

千晶「でも、その恩も、わたしの裸を拝んじゃったんだからちゃらじゃない?」

 千晶の「裸」というキーワードを耳にした瞬間、俺はあたりをせわしなく見渡してしまった。
実際後ろめたくはあるが、事実としては、あれは事故だ。だから俺に非があったとして
も全面的な敗訴ではないはずなのに、どうして本能は正直なんだよ。
 一応あたりには人影はなく、ほっと一息ついてしまう。
それを見た千晶は隠そうともせずにけらけらと笑うものだから、俺は憮然とした態度をとるわけで。

春希「あれは事故だろ。俺が服をひんむいたわけでもないし、お前が見せようとしたわけでもない。
   だから今さら蒸し返さなくてもいいだろうに」

千晶「ん?」

 笑いを打ち消し真顔になる千晶に、俺は意識を集中させる。
きっとまた俺をからかう手立てを打ち出してくるに決まってるのだから、
俺は少しの変化も見落とさないように精神を研ぎ澄ます。
 ただ、頭から熱気が鎮まるにつれてこいつが名女優であることを思い出してしまうわけで、
その名女優相手に駆け引きに勝てるわけもない。そうわかると全身から力が抜けていってしまった。

千晶「だって、わたしの裸、見たよね。しっかりと明るいところで全部。
   もちろんあれは事故だってわかっているけど、それでも無防備な姿を誰にでも
   晒すってわけでもないんだよ。だってさ、風邪ひいているんだよ。弱っているわたしを
   看病して・・・・・・、ううん、レポートを助けてくれて・・・・・・・って、おい! 
   どうしちゃったのよ。せっかく春希をからかってあげようとしていたのに、
   その白けた顔は何? これじゃあわたしのほうが痛い女じゃない」


 俺も予備知識が少ないまま今の台詞を聞いていたならば、いつもとのギャップもあって
戸惑いまくっていたはずだ。でも、俺には数日間共に寝食を過ごした実績と、
大学での1年間の付き合いってものがあるんだよ。

千晶「あぁあ、なんだかわたしのほうもしらけちゃったかも」

春希「俺のせいにするなよ。で、どうしたんだ? 
   わざわざこんなことをするのが大事な用事ってわけでもないんだろ?」

千晶「別に春希に会うことが大事な用事だなんて言ってないけど?」

春希「だったらどうしてここにいるんだよ?」

千晶「それこそわたしの方が聞きたいわよ。だって春希、もうこのマンションから引っ越したじゃない」

春希「だよな。俺もどうしてここにきたかわからない」

千晶「そっか」

春希「千晶こそ、なんでここにいるんだ?」

千晶「ん、ん〜・・・、どうしてかな? そうだなぁ、
   なんとなく春希がここに来るかもって思ったからかな」

春希「だからここに来たってわけか。しかも大学を休んでまで」

千晶「まあね。でも、大学を休んでも、もしここで春希に会えなくても、
   今日中に春希に会っておいた方がいいのかもって思っていたのも事実かもね」

 千晶はひょうひょうと話を続ける。もしかしたら裏があるかもしれないが、事実でもあるのだろ。
でもきっと、なにも考えてはいないはずだ。千晶曰く、長年春希のおっかけをしてきた勘って
やつかもしれないってやつなのかもしれないと思えてきてしまった。
 どこまで信じたらいいかわからないのが傷だけど。

春希「だったらメールくらいくれればよかったじゃないか。もし俺がここにこなかったら
   行き違いになっていたはずだぞ。しかも帰りの飛行機の時間は教えてあっても、
   何時にここに来るかなんてわからないだろ」

千晶「だよね」

春希「おい、千晶」

 俺は冷たく冷え切った千晶の腕を握る。ひんやりとしたその腕は、外気で冷たくなった俺の手で
触れてもなお冷たい事がよくわかってしまう。4月になったからといっても、
いつも温かいわけではない。寒い日と温かい日を交互に繰り返して段々と気温が
暖かくなっていくが、今日は4月としては寒い一日だった。
きっと朝は暖房が必要だったに違いない。
 それなのにこいつったら薄着で何時間待っていたんだよ。
 よく見ると千晶はスプリングコートさえ着てはいなかった。デニムに、白いパーカーを着て、
ちょっとそこまでコンビニに行ってくるっていう服装とさえ見てとれる。
しかも一端部屋の外に出たとしても、「寒っ! ちょっと春希上着貸してよっ」って
部屋に戻ってきそうなほど薄着じゃないか。
それともずっと家に戻っていなくて、昨日の服装のままだったりとか。
一応記憶をたどっても日本の天候は出てはこない。もしかしたら昨日は温かくて、
そのままの服装とかだったのだろうか。

千晶「痛いよ、春希」

春希「ごめん」

千晶「ううん」

 とりあえず俺は着ていたコートは千晶に差し出す。すると千晶は黙ってコートを着込んでいった。
千晶の事だから一言くらい何か言ってくると身構えていたが、やや拍子抜けの部分が否めなかった。

春希「そんなに体冷やして。何時間待っていたんだよ」

千晶「朝からかな?」

春希「13時前に成田なんだから、いくら朝から待ってても帰ってくることはないぞ」

千晶「それくらいわかってるわよ。でも、なんていうのかな。気持ちの整理? 
   なんだか春希、思い詰めてニューヨークに行ったじゃない? 
   だからどんな顔をして会ったらいいのかなってさ」

春希「そっか」

 編集部のみんなはごまかせても、千晶だけは無理だったという事か。さすが千晶ってところかな。

春希「そんなに思いつめてたか?」

千晶「どうかな。なんとなく思っただけだし」

春希「どんだけ鼻が利くんだよ」

千晶「だからなんとなくだって言ってるじゃない」

春希「そうだな」

千晶「でもその様子だと、来て正解だったみたいだね」

 今の千晶に俺がどう見えるか聞く勇気はなかった。それを聞いてもどうしようもないっていうのも
あるが、その事実を認めたくないという思いが強い気さえした。

千晶「じゃ、いこっか」

春希「何も聞かないのか?」

千晶「聞いて欲しい?」

 千晶は駅に向かって歩き出そうとした脚を後ろに戻して振りかえる。
その真っ直ぐと前を見る瞳に俺は何でもぶちまけそうになってしまった。

春希「わからない」

千晶「そっか。じゃあ、言いたくなったらいつでも聞いてあげる」

春希「その時はよろしく頼むよ」

千晶「まっかせなさい。だって半年間一緒に住む間柄だしね」

 そう最後にとびきりの笑顔と、とびきり以上の爆弾発言を投下した千晶は、
今度こそ駅に向かって歩き出す。
 え? 一緒に住む?
聞き間違いではないだろうけど、俺の思考と体は停止する。嬉しそうに再度振り返った千晶は、
先に進んで行った道を引き返してくる。そして俺の荷物を半分奪い取ると、
俺の腕を手に取り歩き出した。
思考を放棄した俺はというと、ただただ千晶にひきつれられて駅へと歩いて行くしかなかった。
寒そうに身を寄せてくる千晶に体の暖だけでなく、どうやら精神まで奪い取られてしまったようだ。



第45話 終劇
第46話に続く






第45話 あとがき


日本編スタートです。この辺はあまり長く書く予定はありませんので、
さらっと書いて、そしたらようやくかずさが登場する予定です。
あくまで予定であって、未定であることだけは念頭に入れていただけると嬉しく思います。
ただあまり簡潔に書きすぎると説明文になってしまうわけで、それなりには書く予定です。


来週も月曜日にアップできると思いますので
また読んでくださると大変嬉しく思います。



黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

更新お疲れ様です。
仕事が忙しく中々読めませんでしたが、アメリカ編終了ですね(*´∀`)かずさまであと少し。楽しみにしています。

0
Posted by バーグ三世 2015年05月09日(土) 21:19:46 返信

更新お疲れ様です。
麻里さんの春希への依存が思っている以上に重症な感じですね。一緒に暮らし始めたら止まらなくなりそう。
千晶はこのssの中では重要なポジションになるのでしょうか?
次回も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2015年05月04日(月) 07:58:20 返信

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