「依緒、お前いい加減に……」
「図星、と言うよりは自分自身ですら自覚なかったみたいだね、その反応は」

そう、この依緒の問いはシミュレートしていなかった。
何故なら小春自身、そのことを微塵も考えて無かったのだ。
ただ、春希と雪菜の関係のためだけに。そう思ってきた。思ってきた、はずだった。

「杉浦さん。あんたの表裏のないその性格は嫌いじゃない。
 けれど今のあんたは、自覚無く雪菜をダシにして春希を帰らせようとしてる。
 それは杉浦さんの希望であって、雪菜のための行動とは言えないんじゃないか?
 本当に、雪菜のためのお節介だって、言い切れる自信はあるか?」

「そ、んな……私は……私、は……」

 私が、北原先輩に戻って来て欲しいから……小木曽先輩を口実にしてるだけ……?

「依緒……どうしたんだよ。雪菜ちゃんのフォローをどうするかを
 話し合うってさっき言ったばかりじゃねぇか。身内を追い込んでどうすんだよ!」
「悪い、武也。そして杉浦さん。あたしはまだ、春希たちが帰ってくるのが雪菜のためになると
 思えないんだ。だって戻ってきたところで、春希と冬馬かずさの仲をぶち壊すのも、
 雪菜とヨリを戻せってのも無理なのは判るだろう?」
「それは……そうだが……」
「雪菜が『3人の問題だ』って頑なに主張したところで、その3人から2人が逃げた現実は
 変わらない。春希と冬馬かずさがイチャついてるところを雪菜に見せ付けろってのか?
 それで傷つくのは雪菜もそうだし、杉浦さん。あんたもそうじゃないのか」
「私……私は……」

小春は先ほどから、ずっと俯いている。それどころか、身体を震わせている。
それだけ、依緒の言葉が思いがけないほどの強い衝撃だった。
 
「真っ直ぐに育ちすぎて、足元が見えなくなってるみたいだね、杉浦さん。
 お節介もいい、雪菜のためって言ってくれたのも友人としては嬉しく思う。
 だけど、一度自分の中で気持ちの整理をちゃんとつけてから、どうすべきか考えた方がいい。
 ……言い方悪いけど、春希を忘れて自分の新しい恋を探す方に注力した方が建設的かもしれないよ」

依緒は冷徹にそう言って、席を立った。

「武也、帰るよ」
「おい、待てよ依緒。お前年下のコにこの仕打ちはねぇだろ」
「年下も年上も関係ない。……今必要なのは、雪菜への気持ちだ。春希への気持ちじゃない」
「っ……」
「ただね……雪菜も春希たちが日本へ帰ってくることを願うのなら。あたしはもう止められない。
 だから杉浦さん。あんたの中できっちり一から考え直して、それでも雪菜のためにって胸を張って言えるのなら。
 一度雪菜と話し合ってみなよ。その時はあたしが責任持って場をセッティングしてやる。
 あんたの希望と、雪菜のためのお節介。利害が一致するってんなら協力するに越したことはないからね」
「依緒……」
「……わかり、ました……少し考える時間を、下さい……」

小春は、そう答えるのがやっとだった。

依緒の一見突き放すかのような台詞は、この中の誰よりも雪菜の味方である依緒だからこその
心からの言葉であり、そして最後に付け加えた小春へのメッセージは、決して小春を拒絶するものではなかった。

依緒は、小春の中で春希への恋慕がまだ燻っていることを見抜いたのだ。
以前、孝宏や武也が小春の春希への想いを過去形で語ったことにある意味安堵したが
この辺りは女性だからこそ、依緒だけが違和感に気がついたのかもしれない。

そしてそれ以上に、依緒には秘めた想いがあった。

 ……今の雪菜に必要なのは、親友でも、朋のような悪友でもなく。
 杉浦さんのような……嘗て同じ想いを同じ相手に抱いた者との共感かもしれない。
 古傷を舐めあうだけの関係にもなりかねないが……雪菜を一人ぼっちにするよりはマシだ。
 だけど、お互いが自分の中の恋心を核にするようじゃ、協力関係は築けないだろう。
 それじゃただの恋敵で終わる。それでは意味がない。

 あたしたちは、雪菜と距離が近すぎる。味方が多いだけじゃ、今の雪菜は癒せない。
 ……これくらいで折れる小春希じゃないって信じてるよ。頼む、杉浦さん……。

だが、武也と共にグッディーズを出た依緒は、その想いを決して口には出さなかった。
武也も、そんな思案気な依緒の表情には何か思うところがあるのだろうとその場はそれ以上追求しなかった。



一方、グッディーズの客席に取り残された小春は必死で考えていた。

 私は、あの3人がもう一度同じ舞台に立つことが必要だと考えていた。
 それが小木曽先輩のためであり、おそらく同じように癒えない傷を抱えた
 北原先輩と冬馬先輩のためでもあると、そう信じていた。

 けれどそれが、「私が」北原先輩に帰ってきて欲しいという本音のための建前だなんて。
 水沢先輩に指摘されるまで、考えたこともなかった。

 私は……私が、北原先輩に帰ってきて貰いたいの?
 ……私は、北原先輩に帰ってきてもらってどうしたいんだろう。
 確かに、小木曽先輩と再びヨリを戻すなんて不可能だろう。
 冬馬先輩との仲を裂くなんて、悲劇の繰り返しでしかない。

 そして、私と北原先輩が結ばれることは絶対に、無い。

 私の、私の一番の望みは何なんだろう……。

 

その夜。小春は自宅の自室にいた。
あの後どうやって帰ってきたか、小春は覚えていなかった。
 
 ……傷ついた小木曽先輩が、もう2人とは会いたくないと思ってるのなら。
 きっともう、私に出来ることは無い。それで終わりだ。

 北原先輩の行動は、間違ってる。それは今でも変わりなく、そう信じている。
 冬馬先輩との想いを小木曽先輩に土下座してでも真っ向から謝罪し、日本で暮らすのが
 病気の母親の事を考えても、ベストとまでいかなくても、ベターだったんだと思う。
 けど、ウィーンへ「逃げた」後の2人にも適用されるとは限らない。
 1度逃げておいて、どの面下げて日本に帰ってくるというのだろう。

 そして何より。水沢先輩に指摘されたとおり、私は小木曽先輩のためと言っておきながらその実、
 自分の希望を押し通そうとしているだけなんだろうか。
 北原先輩への恋は、2年前に終わったはずなのに。終わってないと言うのか。
 そんな自分が許せるはずがない。そんなことは、絶対に認められない。

 だから……自分の日常の中に、北原先輩がいて欲しい。その気持ちは認めよう。
 でも、それと自分の恋が叶わないことは両立できる。
 そう。私の決意は2年前とやっぱり変わらない。
 北原先輩が幸せになってくれて、それを周囲の人たちが優しく微笑んでいて。
 私はそれをちょっとだけ離れたところから、見届けていれればいい。
 
 でも、あの時と違うことは。
 北原先輩と寄り添ってるのは小木曽先輩でなく、冬馬先輩になってしまったということ。
 小木曽先輩が、酷く傷つけられたままだということ。
 ……北原先輩の恋愛感情そのものは否定できないかもしれないけど、
 北原先輩のやり方は、絶対に間違っているということ。



春希と小春はよく似ていると評されるが、お節介の根本が違う。
春希はあくまで事態の解決に主眼を置き、小春は当事者の心境を理解し親身になるところから始まる。
今回の小春のお節介で言うならば、雪菜に対して心から寄り添うところから始めるのが
小春の今までのやり方だ。だが、肝心の雪菜とはまだ言葉を交わしてすらいない。

 ……計画が狂ったけれど。予定より前倒しになったけれど。
 ……小木曽先輩の意思を確認する段階に来たのかもしれない。

小春は依緒の指摘に心折れそうになりながらも、最後の最後で真っ直ぐさを貫こうとしていた。
それは杉浦小春という委員長が最も悲しむ、教室から、たった一人取り残されたクラスメート。
3人の世界から、たった一人取り残された雪菜を見過ごせない。見過ごしてはいけないという自分の
アイデンティティそのものだった。

たとえそのために、自覚なく燻ってた胸の内に秘められていた想いと
今度こそ決別しなければならないとしても。



決断した小春は、今週の自分のスケジュールを確認した。

「んっと……月金は大学とグッディーズ、火木は大学と開桜社……水曜も大学……
 土曜は開桜社で日曜はグッディーズ、か」

ここで小春は愕然とした。自分に休日というものが無いことに。

「……グッディーズのバイト、減らさないとダメ、かな……これは」

慣れ親しんだグッディーズのシフト入りを減らすのは、小春にとっても苦渋の決断だった。
が、ここで過労で倒れるわけにはいかない。そして開桜社を減らすわけにもいかない。
トドメに、大学での講義は学生の本分である、と思ってる小春にとって他に選択肢はなかった。

佐藤や中川に泣きつかれる姿を想像しながら、小春は苦笑いを浮かべた。

こうして今日も、小春は自分の選んだ茨の道を歩き続ける。
小さな傷を、いくつも刻みながら。


第17話 了

第16話 依緒の査問 / 第18話 遭逢と叫号
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このページへのコメント

N様
まぁ、そうなんですけどねw
武也と依緒は自分たちのことより春希と雪菜のことを優先してる、といえば聞こえはいいですが……。

>お節介の根本
私もN様と同じ解釈をしています。

cc時代はかずさの存在自体が無かったですからね、あの時とはちょっと状況が違うかな、と思います。

shinken様
その場面は小春は見てないですからね〜。仕方ないです。
孝宏から小木曽家での出来事を聞く可能性はありますが
孝宏が自分から口にすることは無いでしょうし。
喫茶店での出来事も、雪菜とかずさ(と春希)しか知りませんし。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月10日(月) 20:32:41 返信

いつもコメントありがとうございます。
そして依緒好きな方々、ごめんなさい。
ちょっぴり悪役っぽいかもしれません。
フォロー、というわけではありませんがサブキャラでは
依緒は一番いい女だと思ってます。本当です。

tune様
ちょっと小春に折れて、更に強い信念を持ってもらうため……ですかね。小春ルートの小春をイメージしてますが成功したかどうかは筆者的に微妙ですorz

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月10日(月) 20:32:02 返信

もう春希達は十分すぎるほど謝罪したんですけどねw
春希は雪菜両親に謝りに行き、雪菜本人にも謝罪し出来る事なら可能な限り何でもする
かずさは二度とピアノが弾けなくなっても良いと腕にコップのガラス片を刺そうとしたしな土下座以上の事を二人は既に実行してるんだけどなw
まぁ謝罪も何もなく逃げたと思ってしまったが故なんでしょうがね。

0
Posted by shinken 2014年11月08日(土) 16:39:08 返信

>自覚無く雪菜をダシにして春希を帰らせようとしてる
>春希を忘れて自分の新しい恋を探す方に注力した方が建設的かも
なんというおま言うブーメラン。つくづくダブスタを垂れ流すのが得意なキャラですねぇ。

>お節介の根本が違う
これは両者の家庭環境の違いからくるものでしょうね。親が離婚して以降母子家庭で親子仲が冷えていた春希と、平凡だが温かい中流家庭という雪菜に近い家庭環境で育った小春。
春希のお節介は代償行為に近いもので、小春のお節介はより純粋ということですかね。

>3人がもう一度同じ舞台に立つことが必要
しかし小春は気づいているのでしょうか。3人で解決すれば良かったというならば、ccでかずさ不在の状況のなか春希と雪菜を結ばせようとしたこと自体がそもそも間違いだったということに。

0
Posted by N 2014年11月08日(土) 07:10:05 返信

春希がかずさと寄りを戻すきっかけが曜子の病気であった様に、小春も雪菜の事を本気で心配しながらも無意識の内に自身の欲の為に利用しかけていた事を依緒に気づかされて改めて考え直して行動しようとしているのでしょうか?依緒の発言はCC編で春希と雪菜の仲が戻れば武也との関係も上手く行くのではと思いながらも、そうはならなかった彼女自身の苦い経験からきているものかもしれませんね。

0
Posted by tune 2014年11月08日(土) 03:29:26 返信

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