「友近浩樹くんだよね、ちょっといいかな?」
振り向くとそこには最近気になっている顔があった。
「あたし、和泉千晶っていうんだけど、春希のことでちょっと話を聞きたいんだ」

その女には見覚えがあった。春希が文学部に転部してすぐに、いつもそばにいるようになった女
友近にとって和泉はそういう認識だった。
だからこそ、気になった。春希は小木曽にこだわっているはず…
彼女以外の女と親しくするなんて…
しかし、今となっては春希と話が出来る立場にいない自分にとって
あそこまでして自分を拒絶した春希の小木曽以外の女との関係に文句を言えるわけも無く
日々、訳の分からないイライラを募らせていた。
そこに、当の本人から話しかけてきた。
「ちょうど良かった、俺も君とは一度話がしたかったんだ」

夕方のカフェテリア。店内には学内FMが流されている。
「あんた、春希に殴られてんだって?その理由が聞きたいんだ」
開口一番、和泉はそう言った。
「それが、君に何の関係があるんだ?」
「だってさ、春希ってそんなタイプじゃないじゃん?青春熱血キャラとは無縁というかさ。
そんな春希が人を殴ったなんて、いったいどんな酷いことをあいつにしたの?」
「春希に聞けばいいだろ、そんなこと。俺は、あいつの考えてることは全く分からん…」
「だから〜、教えてくれないんだってば。ひょっとして春希って実は…うわ〜、怖っ!あたしもDVに気をつけないと…」
「あいつはそんなやつじゃない!!自分の事よりも人の事を気遣ういいやつ…」
友近が声を荒げて立ち上がると、
「やっぱ分かってるじゃん♪ だから、あんたの分かる範囲で春希の事を教えてよ」
目の前にはにっこりと微笑む和泉がいた。


「はぁ…?」
「だから、それだけ」
「いや…そんな…え?」
やっぱりそうだ。こんな理由、誰に話したって反応は同じだ。
「だから、俺が春希に殴られた理由は、小木曽に告白したからだ」
「それって、理由になってないんじゃ…」
和泉のあきれた様な声は当然だと思う。
誰だって、こんなこと理解出来ないだろう。
「ホントにそれだけ?実は小木曽さんに相手にされない腹いせに……ごめん」
こっちが睨んでいるのに気づいてさすがに恐縮したようだ。
「俺の言いたいことが分かったみたいだな」
「春希はそんなやつじゃない、誰よりも信頼できるやつだって言いたそうだね」
ぺろっと舌をだして答える。
「あたしも春希の事は良く分かってるつもりだよ。少なくともあんた以上にはね。
なのに、今回ばかりは分からないんだ。情報が少なすぎるのかなぁ?」
「俺が殴られるまでの経緯が知りたいのか?それを話したらあんたは春希の考えてる事を説明出来るのか?」
「人の心の変化ってのはね、一日やそこらで決まるんじゃなくてね、ずっと長い間の積み重ね、歴史って言うのかな?」
「俺と、春希と、小木曽が知り合ってからの事がある程度分かれば…ってことか?」
「そういうこと〜、ん?話してもらえる?」
この、和泉の言うことをそのまま信じるわけではないが、なぜか友近は話してみる気になった。
「俺が春希と知り合ったのは…」



「…それで、小木曽の誕生日に彼女の家に行って、プレゼントを渡して、告白したんだ。
ただ、小木曽はそのプレゼントを受け取ろうとしなかったから、仕方なく彼女の足元に置いて帰った。
帰りに小木曽の家から見える角を曲がったら、そこで春希と会った…というより、全て見られてた」
「で、殴られた訳だ。春希の怒りが爆発した?」
「いや、その時じゃない。それに、あんたに言われてあの時の事を思い出しているうちに気づいたんだが、あいつ、あの時悲しそうだった」
「ふぅ〜ん。」
「その後、あいつとは何度も会ったし、最初はこっちは気まずかったけど、普通に話してた。小木曽にはもう近づかなかったし」
「じゃぁ、殴られたのって…いつ?なんで?」
「実は、暫くして俺のことで問題が起こったんだ」
友近は母親の手術の事、自分の家庭環境や進級、それら全てに対する資金不足。
それを知ってからの春希のおせっかいにも程があるほどの干渉についても話した。
「あはっ、だんだん話が見えてきたよ。そっか〜、春希らしいよねぇ〜」
「俺にはあんたが何を考えているのかさっぱり分からんのだが…」
「で、小木曽さんにはもう近づいていないの?」
「ああ、春希と小木曽の間には俺なんかの入り込む隙間なんか無いみたいだしな。最後に春希に絶交だって殴られたってだけ伝えてな」
「えぇ?小木曽さんにそれ言っちゃったんだ?それ聞いて彼女どんな感じだった?」
「なんかよく分からなかったっていうか、全部聞いたら急にうつむいてなんか困ったふうだったし、でも最後は笑ってたかな」
「ん〜……」
和泉は暫く考えているようだったが、急にいたずらっぽく笑うと
「ねえ、今からあたしにその時小木曽さんに話したことを詳しく話してもらえないかな?」
「何のためにそんな…」
「そうしたら、春希だけじゃなく小木曽さんの考えてたことも分かるかもしれないし」
「いや、そんなことしたって… だいたい俺は…え?」
友近は和泉の雰囲気が突然変わったのを感じた。
「お願い、彼のした事、私に全部話して」
『…?』
友近はゆっくり目を閉じると一度深呼吸し、考えをまとめる。自分が話すべきこと。小木曽雪菜が聞きたがったこと。
やがて、目を開けるとあの時と同じように話し出した。


全てを話し終わると和泉は俯いていた。あの時の小木曽と同じように。
「和泉?」
「……ごめんなさい」
あの時の小木曽と同じ言葉、態度。さすがに友近は声をかけることが出来なかった。
その時、和泉の肩がぴくっと震えた。
「この曲…」
それは、昨年から学内で冬になるとよくかかるようになった曲。付属の生徒のオリジナルにしては完成度の非常に高い学内ではもはや定番の曲。
和泉は急に慌てだした。
「ちょっと…待っててもらえるかな?えと…10分…でイケるかな…とにかく待ってて。ごめんなさいっ!」
「おい…和泉?」
小走りにカフェから出て走り去っていく和泉を呆然と見送っていた。
「?? トイレか?」


「参った…ホントに…」
友近が想像した場所に和泉はいた。友近が想像もしなかった理由で。
「あんなにインパクトの強い話だったなんて…春希ったらもぉ…」
雪菜の気持ちで友近の言葉を聞いていたら、春希の想いが流れ込んできて自分の中から春希への想いが溢れそうになった。
いや…実際にはあの曲が流れてきた時から溢れてしまっていた。多分、あのまま座ってたらスカートにまで滲みてきてしまっただろう。
「もぉ…春希…んっ……っ」
時々水を流す。自分の声が外に聞こえないようにするために、
「あっ…イクっ…っ!」
軽めの絶頂を迎えるとようやく落ち着いてきた。
「小木曽さんは我慢出来たんだ…っていうかあたしが入れ込みすぎ?」
当時の雪菜よりも事前情報は多かった。
「でも、やっぱ原因はあの曲…?」
とにかく彼には感謝しなくちゃ。春希の違う一面が見えてきた。小木曽さんを想う心と友情の折り合いの付け方。
「かなり特殊なパターンだよね。ちょっと自作のシナリオでは思いつかないぐらい」


「お待たせ〜♪ ごめんねぇ」
「大丈夫?もういいの?」
「え?な…なんのことかなぁ…はは…」
「ずいぶん体調悪そうだったから。なんなら途中まで送っていこうか…」
「あ!…あぁ!そ…その……うん、気にしないで」
千晶はあせった。でも、どうやら彼は千晶が体調を崩しているぐらいにしか思っていないみたいだった。
「とってもいいお話を聞かせてもらったわ。ありがとね」
「じゃぁ、春希がどう考えてるのか。君の意見を聞かせてもらえるのかな?」
「ちょっと複雑っていうか、単純っていうか、春希らしいっていうか、らしくないっていうか…」
「意味分からん…」
「まず、春希はあんたに対しては絶大なる信頼を向けている。おそらく春希のまわりでも5本の指に入るぐらい」
「それを、どう信じろと」
「まあ、聞きなって。その信頼があったからこそあいつが望んだ展開があったのにあんたはそこへ持っていけなかった。
そして、そのせいで、あいつが最も救いたかった娘を逆に追いつめてしまった」
「小木曽を俺が追いつめたのか?振られた俺が?」
「そして春希はあんたの努力とかがんばりとかそういった能力を自分と同等と思っていた。
だけど、あんたは春希が考えているより少しだけ弱かった」
「そりゃ、確かにバイト中に何度かくじけそうになって、そのたびにあいつに励まされたり叱られたりしてたが
あの状況であそこまで出来るってこと自体が異常だとも思うんだが…」
「でも、その異常な状態でなければあんたは大学に残れなかった」
「……」
「はっきり言うとね、春希はあんたに小木曽さんを任せたかった、あんたが彼女の心をつかまえてくれることを望んだ」
「そんなはずはない!だって、俺は告白したって理由で殴られたんだぞ?」
「はは!あんた何言ってんの?考えてもみなさいよ。小木曽さんに告白するだけで殴られるってんなら今頃春希は100人ぐらい殴ってるよ?」
「あ……でも、じゃぁ何で…」
「小木曽さんの気持ちよ。多分、他の誰からの告白よりも彼女の心に届いたんでしょ?春希に申し訳なくなるぐらいに。
でもね、彼女の心には春希しかいないの。いちゃいけないの他の誰も。それなのにあんたは入ってしまった。
他の男のように受け流すことが出来なかった。そうなったらもう、彼女は自分を責めるしかなくなっちゃうの。
それが春希には分かったから、小木曽さんを救うにはあんたが悪いんだって彼女に思わせるしか無いの。
あんたを悪者にするための苦し紛れの言い訳ってところね」
「でも、あいつ、そんな態度少しも見せなかったし…なんであんな後になって!」
「それだけでは、告白したってだけではあんたとの関係を切れなかった。大切な親友を切り捨てる理由にはならなかった
だから、春希はずいぶん悩んでたはずよ。しかも、あんたのお母さんの手術とか、あんたの学費とか
逆に助けなくちゃならない、助けずにはいられない問題がいっぱいだし、無我夢中で動いてたらひとつの問題が出てきた。
それが、あんたのために春希が稼いだお金。多分、あんたなら、出来れば1年以内、遅くとも卒業までには返すつもりだったでしょ?」
「当然だろ、あいつの事を大切な友達…いや親友だと思うからこそ、いつまでもだらだらと借りたままでいる訳にはいかない。
ぎりぎりまで頑張って、どうしようもなくなったら大学を辞めてでも返さなくっちゃならない。そう思うのは当然だろ?親友だからこそ…」
「春希にもそれが分かったんでしょうね。でも、春希にはもう一つ分かっていた。あんたには卒業と返済の両立は出来ないって。
あいつってホントにどうしてって思うぐらい他人のこと分析してるよ。ここまで手伝えば出来るとか、いつまでなら一人で頑張らせられるかとか。
全て計算ずくで、春希には全てを解決するストーリーが出来たって訳」
「それが…」
「そう、春希にとっては、小木曽さんを助けるためにあんたを殴り、彼女の心に納得させる。告白した友近が悪いって、春希自身がそう思っているって。
そして、あんたを助けるために、友情を断ち切るために殴る。告白したお前が悪い、金は返さなくっていいから殴らせろってね」
「………じゃぁ、あいつは全て分かってて、いや…でも」
「まだ、納得できないの?もぅ…ひょっとしてあんたも人を殴ったこと無い人?」
「あたりまえだろ、そんな、暴力なんて!」
「あのね、じゃあ言うけど憎い奴を殴る時に手加減なんてすると思う?」
「え?じゃぁ、あいつが手加減を?いや、そんなことないだろ?だって自分の手を逆に傷めるぐらいおもいっきりだったんだぞ?」
「だ〜か〜ら〜、あんたには分かんなかったんだろうね。あのね、怒りで人を殴る時ってのはね、誰でも思いっきり拳を握り締めるもんだよ?
それで、突っ立ってる人間の顔を殴るだけで手を痛める人なんていないよ?
怒ってるふりで実は申し訳なくって腕の振りだけ速くて手首から先の力が無意識のうちに抜けちゃったんなら別だけどね」
「そんな…あいつが……でも、…俺たちはもう、もとには戻れないんだろうな」
「そんなこと無いよ。」
「でも、やっぱり、俺にとっては金を返すまでは元に戻れないだろうし、春希だって一度返さなくっていいって言った手前、受け取らないだろ?
春希にしたって、俺に殴られなきゃだめだって思うだろうけど、俺にあいつを殴る理由なんて…」
そう、金を受け取らせて殴る。それが唯一の解決法。
「春希はお金を受け取ろうとしないだろうけど、でもそれはあんたが考えてる理由でなんかじゃない。
本当の理由は自分にその資格が無いって思っているから。あんたを殴ってまで拘った相手を本当に幸せにするまでは受け取れないって考えてる。
春希が目指す小木曽さんの幸せは…」
「それってもしかして…」

和泉は満足そうに微笑んだ。なんか、こいつには叶わないな。
「もう一つ、教えといてあげるよ。さっきあたしが席を離れる時にかかってた曲を覚えてる?」
「ああ、『届かない恋』だろ。学内で知らない奴いないんじゃないか?冬の定番になっちゃってるし、俺なんか大ファンって言ってもいいぐらいだ」
泉はいたずらっぽい笑みを浮かべながら暫く間をとった後、友近を真正面から見つめて言った。
「あれ歌ってるの小木曽さんだよ。ついでにギターは春希さ。あいつらが付属の軽音楽同好会のメンバーだよ」
「じ…冗談だろ?確かに声似てるけど彼女歌は歌わないって言ってカラオケにも絶対行かないし、春希もギターってタイプじゃ…」
「いずれ分かるよ、彼女が歌を取り戻したらね」
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