まえがき

続きを送ります。
キャラクターの視点が変わっていますが、話の中身は独立していませんので、
純粋に前回の続きと思ってください。
ですのでタグも以降長編表記しかしません。


「いいのか春希、雪菜ちゃんのこと」
「言ったろ。今は雪菜も俺も落ち着いてからの方がいいって」

 あの後あたしたちは、春希の部屋でいつものように酒を酌み交わしていた。
 春希、武也、そしてあたし。
 雪菜がいない今のメンバーでの酒席は、あのバレンタインコンサート以来初めてかもしれない。
 春希と雪菜が擦れ違っていたあの三年間の時には馴染んでいた面子だったけど、久し振りとなるとやっぱり妙に寂しいのは否めない。

「でもさ、ホント最近の春希の台詞は聞いてるこっちの方が恥ずかしくなるよな」
「言うな武也。自覚はあるから反論できないのが悔しいし」
「だってさ、『今の俺のギターは、雪菜に聞かせるためだけのものだから』って。
 周りも思いっきりこっち振り向いてたぜ」
「だからもうやめてくれ。思い出すだけで冷や汗が止まらん」

 でも、こんな会話を聞く限り、やっぱりあの時とは違っているんだな、と感じるのも確かだ。
 今の面子では、昔も今も話題に上るのは雪菜のことだ。昔はそのたびに皆が苦虫を噛んだような表情になってしまい、最後まで重い空気を引き摺ってしまっていた。
 逆に春希がいなくて雪菜を交えて三人で集まっていても、やっぱり話題に上るのは春希のことで、雪菜の重い表情が晴れることがないままお開きになることばかりだった。
 でも今は、春希と雪菜がお互いを避けるようなことはしなくなった。集まる時は昔のようにあたしたち四人で集まることが日常に溶け込み(たまに朋が混じることもあるけど)、二人の表情は目に見えて明るくなっていった。
 今も春希と武也の会話にはからかいと同時に安堵と喜びが滲み出ているのが分かる。
 そう、二人は前に向かっている。付属時代から見守り続けていた二人は、一度は離れてしまい、三年間も擦れ違ってしまっていた。でももう一度勇気を振り絞って向かいあった。そして絆を取り戻し、今の幸せを満喫している。
 そんな二人を見る度に、あたしは肩の荷が下りたような安堵と……。

「ちくしょう、いいよなお前らは。ホント、傍から見てても羨ましいくらいラブラブじゃんかよ」
「まあ、お前には迷惑掛けっぱなしだったからさ、これでも感謝してるんだぜ、マジで」
「なら聞かせろよ。お礼にお前と雪菜ちゃんの激甘ラブラブなピロートークをよ」
「な、何がピロートークだ。お前何を」
「ば〜か、俺が気づいてねえと思ったか?この間だって雪菜ちゃん、前の日と同じ服で大学来た日が」
「ちょ、ちょっと待て、い、一体いつの話だよそれ?いつ雪菜がそんなこと」
「お〜お〜、目に見えて狼狽えてよ。心当たりはあるってことか」
「お、お前、カマ掛けたな」
「いいじゃねえか。お前と雪菜ちゃんなら。ようやく辿り着けたんだから、さ」
「武也……」
「だからさ、参考に聞かせてくれよ。今後の為にも」
「だから、そんなのは……」

 ……新たな肩の荷が圧し掛かったようなプレッシャーを感じるのだった。





「……武也、おい」
「あ〜あ、何やってんだか。もう潰れたか」
「まあ、今日はペース早かったからな」

 案の定、武也は日付が替わる頃には寝息を立てていた。壁に寄りかかり、ゆっくりと舟を漕いでいた。

「まあ、ちょうどいいか」
「……春希?」
「依緒にもちゃんとお礼言いたかったしさ」
「なになに、どうしちゃったの春希?何時になく謙虚だね」
「俺と雪菜のことで、色々迷惑掛けたから」
「そんなことで迷惑だなんて思ってない。だからあんた並にお節介焼いた」
「三年間も、背負わなくてもいい重荷を雪菜だけじゃなくてお前たちにまで背負わせたから」
「だから、あんたたちがそんなことで気使わなくたって。らしくないよ春希」
「……だってそのせいで、お前たち自身のことが後回しになったから」

 ……なるほど、ね。そういうことか。

「なあ依緒、知ってるか?最近の武也のこと」
「ううん、ちっとも」

 あたしは敢えて、素知らぬふりをした。
 春希が何を言いたいのか分かったから。

「最近、こいつの浮いた話、ほとんど聞かなくなっただろ?」
「“ほとんど”だろ?“全然”じゃないだろ?」
「揚げ足を取るなって。“全然”じゃなくたって、一時期ほど飛び交ってる訳じゃないだろ?」
「それでも、ゼロじゃないってのは否定できないだろ?」
「依緒……」

 分かっている。本当は分かっているんだ。
 今年に入ってから、武也の周囲に変化が起きているのは。
 毎週毎日、それこそよくもまあ違う女の顔と名前を憶えてられるな、とある意味感心さえ抱いてしまうほど、武也の女関係は“派手”だった。
 それが今年に入ってからはすっかり鳴りを潜めてしまい、今では夜中に彼女たちに電話をする姿さえほとんど見掛けない。
 確かに、武也は変わった。春希と雪菜ならいい方向に進んでいる、と断言してしまうだろう。でもいまのあたしには、それがあたしたち自身にとっていいのか悪いのかまでは判断できない。
 正直、あたしたちの確執はこの二人よりも長く、そして深い。今まで二人に言われてきたことだけど、それこそあたしたちは『そんなに単純じゃない』関係なのだから。春希たちよりも。

「まあ、武也も最近のあんたたちの幸福感に巻き込まれちゃって、頭の中が花畑になってるのかもね」
「依緒!」
「春希、悪いけどこればっかりはあんたにも口出しはさせられない。
 あんたのギターと同じようにね」
「ここでそれを持ち出すか……」
「まあ、ね。分かりやすい因果応報でしょ?」

 しかし、ここで春希が表情を曇らせた。
 意外だった。あたしじゃなくて、春希がうつむいてしまったのが。

「春希?」
「そんなんじゃ、ないんだ。それだけじゃ、ないんだよ」
「どういう……こと?」
「俺がギターを弾かないのは、雪菜のためだけじゃないってことだよ」
「え?」

 雪菜のためだけじゃ、ないって……。

「なあ依緒。憶えてるか?去年の大晦日」
「え?あ、ああ。確かあたしの携帯で雪菜呼び出して」
「ああ。俺、その時に言ったよな、雪菜に」
「ああ、今でも覚えてるよ。『やっぱり雪菜が大好きだから』って。
 いやあ、あの時はさすがにあたしもびっくりしたよ」
「いや、俺が言いたいのはその前の台詞だよ」
「その前?」
「『かずさのこと、ずっと忘れる訳がないって思う』って」
「あ……」
「俺にとって、かずさとギターは切り離せないんだよ。
 俺のギター、あいつに教わったから」
「……っ!」

 そうだった。付属の学園祭で、目に見えて上達した春希のギター。
 冬馬さんの家で、三人で泊まり込みで練習したあの頃の春希は。
 彼女の指導を受けてメキメキ上達したんだっけ。
 本番のソロを、こともあろうか春希はノーミスで弾ききってしまった。
 あの時ばかりは、武也も、雪菜も、冬馬さんも、あたしの目にもハッキリ分かるほどに、我が事のように喜んでたっけ。

「ねえ春希。やっぱりさ、忘れられないの?冬馬さんのこと」
「ああ。雪菜にとっても、俺にとっても、かずさのことは、な」
「でも。でもさ、今のあんたには」
「ああ。だから決めたんだよ。俺のギターは雪菜のためだけに弾くって。
 かずさと、決別するために」

 そうか。春希もあれから春希なりに考えてるんだね、雪菜とのこと。
 今の自分の中に未だに残ってる冬馬さんへの想いを自覚してるからこそ。
 冬馬さんに教わったギターを、止めるつもりなんだね。
 雪菜のために弾いたギターを、雪菜のために止めようとしてるんだね。

「は〜あ、春希もまだまだだな」
「どういうことだよ?」
「まだまだあたしたちがあんたらを見守る必要があるってこと」
「依緒……」
「だから春希、今はあんたは余計なこと考えないで雪菜のことだけ考えてればいいの」
「う、うるさいな。分かってるって」

 だったらさ、春希。
 もう二度と、雪菜を離さないでくれよな。
 何があっても、絶対に、離さないでくれよな。
 そうしたらさ、あんたたちが無事に幸せを掴むことができたらさ。
 あたしも。あたしたちも。
 ひょっとしたら、前に進めるかもしれないからさ。
 そしたら、その時こそ。
 一度途切れた絆を、もう一度繋ぐ為にお互いに向き合ったあんたたちの勇気を。
 あたしたちに、分けてくれよな。

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