最終更新:ID:M+2BrIvTRQ 2012年03月27日(火) 20:08:11履歴
……自分の部屋に帰り着くまでの時間が、とても長く感じたのは久し振りだった。
雪菜とともに部屋へ入るまでが、これほどもどかしく感じたのも。
「ん、ふぅ、あ……」
「ん、んん……」
唇を重ねながら衣服を剥ぎ取るかのように脱がし、生まれたままの姿でベッドに横たわり。
「ふぁ、あふ、ううぅん……」
「んく、ちゅむ……」
たっぷりと唾液を交換し、お互いの性器を愛撫し、心も身体も昂らせ。
「……いいか?」
「うん。きて」
二人、一つに溶け合って肌を合わせても。
何故か、雪菜は震えたままだった。
「……寒い?」
雪菜が首を横に振る。
「じゃあ、ひょっとして痛い?」
これも否定する。
「……どうしたんだ?」
雪菜の表情は、何故か少し怯えているようだった。
別に、今回が初めてではないのに。
「……怖い、の」
「怖い?俺が?」
だとしたらまずいな。強引に進め過ぎたか?
「……終わっちゃうのが、怖いの」
「終わるのが……怖い?」
「あの時みたいに、楽しかった時間が終わっちゃうのが、すごく怖いんだよ」
『お祭りの後も、ずっと騒いでいたい。三人でいたい。
お祭り前の日常に戻るのは、もう嫌。
だけど、仲間外れは、もっと嫌、なの』
ああ、そうか。
祭りの後に、大切なものを何もかも失ったことが、雪菜にとってとても怖いことなんだ。
中学の時に友人を失ったことが。付属の頃に俺を、かずさを、歌を失ったことが。
雪菜にとって、かけがえのないものを失った過去の数々が、今でも癒えていないんだ。
「雪菜、大丈夫だよ。俺は、ここにいるから……」
「春希くん……」
そしてそれは、かつて俺がつけてしまった傷。
そして、これから癒していかなければいけないもの。
「あ、はぁ、ふあぁ……」
「う、く、つっ……」
でも、それはやり方を間違えてしまえば。
さらに傷口を広げてしまう。
「いぁ、は、春希、くん」
「せ、雪菜」
同情や、憐みではなく。
優しさ、愛しさで包み込まなければ。
「あ、ああ、ああっ」
「う、つぁ、ああっ」
俺には、できるはずだ。
雪菜を世界で一番愛している、今の俺なら。
「は、春希くん、わ、わたし、もうっ」
「あ、ああ、俺、も、もう」
雪菜を、守っていける。
雪菜を、ずっと守り続けたい。
「あっ、あああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」
「くっ、あ、あああああ」
……雪菜も、そんな俺を、信じてくれているはずだから。
「……杉浦が?」
「うん、初日にね。
ね、話してくれない?ステージに出なかった本当の理由」
全く、本当にお節介が好きだな杉浦は。俺にまでこう思わせるなんて、筋金入りだぞ。
でも、確かに今がいい機会なのも事実。ひょっとしたらまた雪菜を悲しませるかもしれないけど、俺の中の一つのけじめをつけるためには避けては通れない。
「じゃあ、聞いてくれるか?雪菜にとっては、嫌な話かもしれないけど」
……それからは、止まらなかった。
俺がギターを弾かない本当の理由。
俺のギターは、雪菜のためだけにある。
他の誰にも、聴かせられない。
だから、もう弾かない。かずさを、引き摺る訳にはいかないから。
……雪菜をもうこれ以上。悲しませる訳には。怖がらせる訳には。寒がらせる訳にはいかないから。
「……」
雪菜はただじっと、俺の話を聞いているだけ。
何も言わずに、ただじっと俺を見詰めるだけ。
「……だから、俺はギターは弾かない。おそらくもう、二度とな」
話が終わり、ようやく俺は一息吐いた。
雪菜は一度目を閉じてから俺の胸に顔を埋め、再び目を開けて俺を見詰めた。
「……春希くん」
「何だ?」
「聞かせてくれてありがとう。話してくれてありがとう」
「……ああ」
「ごめんね。無理なお願いしちゃって、春希くんを困らせちゃったね」
「いいんだよ。雪菜の気持ちも分かるし。
俺の方こそごめんな。雪菜の気持ち分かってたのに結局断っちゃってさ」
雪菜はふと、何かを考えるような仕草をし、腕を俺の首に回して囁いた。
「じゃあ、代わりに今からのわたしのお願い聞いてくれる?」
「ああ、いいよ。何でも言ってくれ」
「じゃあね、最後に一度だけ、もう一度だけ弾いてくれる?」
「え……」
「最後にもう一度だけ、春希くんのギターを聴きたい。
わたしだけのために、もう一回だけ」
「雪菜……」
「春希くんとわたしの、二人で前に進みたいから。お願い」
……二人で、か。
そうだな。二人で前に進むのなら、二人で決めなくちゃいけないか。バレンタインコンサートに出た時みたいに。
「じゃあさ、俺の頼みも聞いてくれるか?」
「弾いてくれるなら、ね」
「俺のギターで、歌ってくれるか?」
「春希くん……」
「俺のためだけに、俺のギターに合わせて、さ」
「うん。もちろん。
わたしも、春希くんのギターで歌いたい」
「よし。じゃあちょっと待ってろ。今準備する」
俺はベッドから起き上がり、ケースからギターを取り出す。
雪菜も起き上がり、ベッドの縁に腰を下ろす。
チューニングを済ませながら俺も雪菜の隣に座る。お互いの肌が触れ合う程の距離に。
「よし、準備できたぞ」
「うん。わたしはいつでもオッケーだよ」
「じゃあ、始めるか」
「隣の人、夜勤なんだよね?大丈夫?」
「ああ、大丈夫。心配ないよ」
「じゃあ、始めよう」
「ああ。観客は俺と雪菜の二人だけだけど」
「うん。やろう?わたしと春希くんだけのコンサートを」
そして、始まった。二人だけの打ち上げが。
もちろん、弾く曲は決まっている。
俺と雪菜の、絆の曲。
「「『届かない恋』」」
……演奏が終わり、再び静寂が訪れる。
雪菜はベッドに上がり、俺の背中から腕を首に回して抱きしめた。
「ありがとう、弾いてくれて」
「雪菜も、歌ってくれてありがとう。
正直、半年以上も弾いてなかったから俺の方は全然だったけどな」
「春希くん」
「何?」
「……本当に楽しかった」
「そうか……」
「やっと夢がかなったよ。春希くんと二人でこうして大学祭回るの」
「そうか」
「こんなに充実した気持ちで終わることできて、本当に嬉しかったよ」
「ああ……俺もだよ」
「そうなんだ……」
「俺も、雪菜と二人で、こうした形で終わらせられて、本当に良かった」
「最初の年はぐだぐだで終わっちゃったもんね」
「ごめんな、あの時は」
「ううん、それはわたしもだから、謝らないで」
「じゃあ、おあいこってことで」
「うん、おあいこ」
お互いに見つめ合い、くすくすと微笑む。
「……終わっちゃったね」
「でも、また始まる。俺たちの一日が」
「うん」
「そうだ、明日……っていうかもう今日かな?皆で集まろうか?」
「皆で?」
「ああ、武也たちも誘って」
「いいね、そうだ、なら朋のミス峰城を祝うのはどう?」
「そうだな。皆が集まるにはちょうどいいな」
「そうだね。そうしようよ」
雪菜の鼓動が、温もりが、背中からしっかりと伝わってくる。
雪菜がそばにいてくれる、そうすれば俺はまた始められる。
そう、終わりじゃない。新しい始まり。
それならまた前に進む力になる。
俺たちは、一人じゃない。二人でいられるから。
そして、そんな俺たちを今まで支えてくれた、これからも支えてくれる人たちがいる。
武也、依緒、柳原。かつての俺たちを知る人たち。
麻理さん、和泉、杉浦。かつての俺たちを知らない人たちも。
俺たちと繋がっている人たちと一緒に、俺たちは生きている。
そんな人たちに俺たちは支えられている。
だから怖がることはない。
俺も、雪菜も、二人で支え合っていけばいい。
今の俺たちは、一番近くにいられるのだから。
だから、大丈夫。そしてこの言葉を自分にではなく相手に伝えられる。
俺たちは、もう、大丈夫なんだと。海の向こうにだって伝えられる。
――俺たちは、大丈夫だよ、かずさ……。
――俺と雪菜は、もう、大丈夫だ……。
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