569 1/6 sage 2012/01/19(木) 23:52:14.71 ID:Ti1PzgTz0

美穂子「小春ちゃん……! ごめんなさいっ……ごめ……なさ……っ!!」

 一年と二ヶ月ぶりの再会は、そんな悲痛な謝罪から始まった。
 それから少しだけぎこちない会話をして、その日は別れて、家に帰ったらどきどきしながらメールして。
 次の日には朝から美穂子の家にお邪魔して、昼には亜子と早百合も誘ってカラオケに行って。
 そうしてわたしたちは、離れていた時間を埋めるように色んなことを話して、遊んだ。
 これは『卒業旅行』を前にした、そんなある日のお話……。

  ◆◆

早百合「ね、小春。あんた、本当に北原さんと『ちゃんと』付き合ってるの? なんか騙されてない?」

 お昼の書き入れ時を少し過ぎて、まったりした空気が漂うグッディーズ店内。
 早百合が突然、そんなことをのたまった。

小春「え、っと……早百合? どういう意味?」
早百合「だーから! やっぱさ、北原さん大学生じゃん? しかも四年だよ四年。絶対何かあるって」
亜子「早百合……」
美穂子「き、北原先生の悪口……っ」

 気色ばむ美穂子をとりあえず制止して、わたしは盛大にため息をついてみせた。
 目の前のオレンジジュースをストローで吸い上げる。

小春「はぁ。あのね早百合。早百合や亜子や、それに美穂子もだけど。
   この一年、先輩と話し合ったんだよね? わたしとの仲直りとか、美穂子の説得とか、色々」
早百合「そうだけど?」
小春「しかもこっそりわたしの知らないうちに。わたしの知らないうちに!」
亜子「ご、ごめんなさい……?」
小春「なのに、どうしてそんなこと思うの?
   先輩は……確かに融通は利かないし細かいし神経質だしめんどくさい人だけど。
   でも、そうやって故意に人を騙して傷つけるような真似、しないよ」
美穂子「そうだよ。北原先生は優しくて頼り甲斐があってかっこよくて!」
小春「うん」
美穂子「頭も良くて人望もあって声も素敵で! 視線が合うだけでわたし……」
小春「う、うん?」
美穂子「っ! と、とにかく、すごい人なんだよ! よく知りもしないのに悪く言わないで」
早百合「わ、分かった、ごめん、悪かったから! ……でも、ねぇ。なんか二股とかしてそうなんだよね」

 なかなか鋭い早百合。
 でも今はもう大丈夫。だってあんな……あんなにつらい決別をしたんだから。一年前に。
 そんなことは流石に今この場じゃ言えないけど。でも、となると早百合の疑念も晴れないわけで。
 さてどうしよう。
 なんて、わたしがカラになったグラスを見つめていたら、美穂子がいきなり変なことを言い出した。

美穂子「じゃあ今から北原先生に来てもらおう! それで気持ちを確かめてみよう?
    そしたら分かるから。先生はそんな詐欺師じゃない、小春ちゃんと本気で付き合ってるって!」
小春「え、えぇっ?」

 かくして謎の査問会が突如開かれることになったのだった。
 ……昼下がりの、グッディーズで。

 ◆◆

 向かいの席には、右から順に美穂子、早百合、亜子。
 わたしの隣には、ひとまず臨時召集の赤紙には応じたものの困惑を隠せずにいる春希先輩。
 先輩は中川チーフにドリンクバーの追加を頼むと、何かあったのかと当然の疑問を口にした。

小春「えっと、その。ごめんなさい、四月に向けて大変なのに……」
春希「いや、それはまあ、就職と言っても職場は今までと変わらないから大変って程じゃない。
   それよりどうした。何かトラブルか?」
美穂子「先生、聞いてください! この女が、この女が先生のこと悪く言うんです!」
早百合「この女って」
亜子「実は……」

 亜子が掻い摘んで事情を説明する。
 先輩はそれを聞いて一瞬顔を強張らせていたけど、それもすぐに苦笑で覆い隠した。
 テーブルの上で両手を組んで、先輩が言う。

春希「つまり俺が小春を弄んでるんじゃないかって?」
早百合「そうです。北原さんは本当に小春のこと好きなんですか?」
春希「付き合うっていうのはそういうことじゃないのかな」
早百合「そういうことってどういうことですか? 何で小春なんですか? 小春のどこが好きなんですか?」
春希「質問する時は一つずつにした方がいいよ……」
早百合「ッ、じゃあどこが好きなんですか!?」
春希「どこ、というか……。
   俺は小春に救われた。だから一緒にいるんだ。ってのは答えになるかな」
早百合「なりません。具体的にはっきりと、あたしの目をまっすぐ見て、お願いします」
春希「具体的? そうだな……」

 ……ごくり。
 何やら思いがけず気になる展開になってきている。困った。どうしよう。止めたいけど止めたくないような。
 で、でもやっぱり先輩の口から言ってもらえると嬉しいし、でもでもこんな所で変なこと言われても……!
 からん、とグラスの氷が音を立てた。
 ……。
 …………。
 ………………っ。

春希「……コーラ、持ってきていいかな」
早百合「えぇえっ!?」
小春「だめです! 何で今なんですか空気読んでください!!」
春希「え、あれ、小春も詰問する側!?」
小春「そんなことどうでもいいです! ほら早く答えてください。わたしのどこが好きなんです?」
春希「……どこが、と言われても。全部、としか答えようがない」
小春「そこをあえて具体的に絞って」
春希「いや、本当に小春の全てが……」
小春「外見でも性格でも、春希先輩がきゅーってなるポイントを言えばいいんです。素直に!」
春希「……し、しっぽみたいな髪?」
小春「――――っ!!」

 何で? 何で何で何で何で!?
 この期に及んで、そんな? そんな部分しか咄嗟に言えないの?
 もう少しあるでしょ、もっと他に……もっと、もっと何か、こう!

美穂子「先生……流石にそれは酷いです……」
早百合「……なんか、ごめん」

 溢れ出しそうな感情を抑え、わたしはキッと隣の馬鹿を睨めつける。
 馬鹿――春希先輩は居た堪れないように視線を外し、咳払いをするばかり。
 先輩の太腿を秘かにつねり上げると、先輩は困ったような曖昧な表情で眉を歪めて冷や汗を流した。
 わたしはテーブルを叩きつけて勢いよく立ち上がると、隣を見下ろして言い放つ。

小春「分かりました、もういいです」
春希「え?」
小春「ですから、もう言わなくて結構です。その代わり態度で示してください!
   わたしのことが好きか嫌いか……。
   本当に好きだったら今すぐこの場で抱き締めるくらいできるはずですよね?」
美穂子「こ、小春ちゃん……?」
春希「えっと、小春? 受験疲れか?」
小春「できるはずですよね?」
春希「こ、この場って……矢田達の他に中川さんとかも見てるんだけど」
小春「だから、何です?」
春希「だ、だから……っ、だったら小春はできるのか? こんな所で。お前だって恥ず……」
小春「できますよ。だってわたしは」

 隣に座る先輩の膝の上に跨るや、息つく間もなく首の後ろに手を回す。
 そして先輩が抵抗するより先に、わたしの唇を先輩のそれに押し付けた。

小春「っ、ん……ちゅ、っ……んん……ふ、ぁ……ん……っ」

 あまりの展開に、見開かれる先輩の瞳。
 周囲から黄色い歓声という名の雑音が聞こえてきたけれど、わたしはそれをすぐに意識の外へ追いやった。
 先輩の唇を押し開き、舌に触れる。わたしが唾液を送ると、先輩は観念したように舌を絡めた。
 吐息が漏れる。歯がぶつかる。先輩の味が舌を伝い、先輩の匂いが鼻腔をくすぐる。
 先輩の全てが、わたしの脳を支配する。 

小春「ん、ぁ……っ、んんっ……らっれ、わたしは……ふぁ、んぅ……。
   っ、へんはいのこと……ん、んっ……ほんとうに……すき、れすから……っ」
春希「っ……こ、はる……っ」
小春「へん……っ、はい……は……ん、ちゅ……わたしの……こと……すき……?」
春希「ぅ……ぁ、あぁ……あい、してる……っ、小春の……意地っ張りなところも……堅物なのも……
   頭の中がそっくりなのも……」

 最後に唇を擦り付けるように震わせて、顔を離す。
 一筋の唾液が糸を引いて消えた。蕩けたような表情で先輩が言う。

春希「……どこかひとつじゃない。ほんとうに、小春の全てを愛してるんだ」
小春「ふふっ、よくできました。わたしも、です」

 満足したわたしは膝の上に乗ったまま肩越しに美穂子たちを見る。
 三人は顔を赤くしてわたしたちの痴態を見つめていた。

美穂子「……ふぁあ……」
早百合「ぅ、その……えっと」
亜子「あ、あの……つ、続けていい、よ?」
小春「どう? 早百合。これでも疑う?」
早百合「……や、あー、……うん、もう、いい。もうおなかいっぱい。うん。はい、ご馳走様!
    あ、あたしが悪かったから、だからさ、小春もその顔やめて。早く委員長に戻って……」

 顔? そんなに変な顔してたのかな、わたし。……びっちの顔、してたのかな。なんて。
 なんとなく勝った気分になったわたしは、そのまま先輩の胸にしな垂れかかろうとして――。

中川「お客様、当店ではいかがわしい行為などはご遠慮頂いているんですよー。
   誰かさんがメスを入れまくった『マニュアル』で」

 面白くて仕方がないといった表情を隠そうともしない中川チーフに、声をかけられた。
 周りを見回すと、お客さんの半分以上が少なからず一度はこっちを見たような雰囲気があった。
 そしてチーフの目は「流石小春っち、恥ずかしげもなくよくやるねー」なんて言葉が聞こえてくるようで、
 途端に妙に居心地が悪くなってくる。

中川「……あ、ただし。
   もしそのような行為に今すぐ及びたい場合は、ぜひ当店の事務所の方でどうぞー」

 徹底的にからかってやるとばかりチーフが畳み掛けてくる。
 だからわたしは、精一杯「女の顔」をしながら言ってやった。

小春「……そうですね。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。さ、行きましょう、春希せんぱいっ」

 再び黄色い声が上がる周囲。
 そんな愛すべき彼女たちを置いて、わたしは先輩の腕を絡め取って立ち上がった。
 ご期待にそえるよう、精々事務所でいちゃついてやる為に……。

 ◆◆

 この後、散々「楽しんだ」わたしたちが事務所を出る時にももうひと悶着あったんだけど、
 それはまた別のお話。
 わたしたちは、こうしてまた一つ一つ新たに幸せを紡いでいく。
 もう二度と、取り返しのつかない後悔をしない為に……。

<了>
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