最終更新: sharpbeard 2013年08月01日(木) 21:03:57履歴
「そらっ、そっち」
「よしきたっ」
「はいっ」
波打ち際に集まった春希たちはほとんど全員で輪になってビーチバレーを始めた。参加しなかったのはパレオの下の水着がきわどすぎて運動ができないかずさとそれにつきそう雪菜、そして、最初『だれとく』皆でやっていたがバテてしまって交代した美穂子の3人だ。
3人はビーチバレーに興じる皆を見つつ貝殻集めを始めた。
「しかし、人数は多いな」
かずさがつぶやく。なにせ、かずさら3人が抜けても8人いるのだ。
「すいません。わたしたちが割り込んできて…」
『だれとく』の美穂子が謝る。
「いや、にぎやかでいい。孝宏君がバンド仲間連れてきたんだっけ?」
「ええ。でも、雪菜さん通じてご一緒お願いしたのは小春ちゃんですね。ほら、向こうのポニテの子です。
北原さんと雪菜さんの結婚式のお手伝いとかしているので、知り合いなんですよ」
「へえ…小春って子が雪菜の知り合いだったんだ」
かずさの誤解を解くために雪菜が補足する。
「ううん。元は春希くんの知り合いだったの。春希くんがグッディーズでバイトしていたときの後輩だったんだって」
「へえ、バイトの後輩か」
「今では開桜社のバイトしてる子なんだってさ」
「…春希の会社にまでバイトで追ってきたわけか…」
そこで、かずさがいぶかしげな顔をして言った。
「…春希に惚れて追ってきたとかじゃないよな?」
それを聞いて雪菜の笑顔がわずかに引きつる。
そこで美穂子がにこにこと笑いながら否定する。
「違いますよぉ。
彼女、トラベルライター志望なんです。出版社の北原さんに就職相談して、今のブライダル誌のバイト始めたんです」
「はは、旅行好きなのか」
かずさの警戒が解ける。
「そうですね。付属の卒業旅行でヨーロッパ周遊してから、よく4人で旅行してます。
オーストリアでかずささんに会いに行こうとか計画してましたよ。公演スケジュールとかわからないからあきらめちゃいましたけど」
「あはは。日本から後輩がファンとして来てくれたら嬉しかったかも…」
かずさはそう言いかけて、少し暗い顔になった。
「いや、どうだろうな…」
美穂子はキョトンとした。
「おじゃまでした?」
かずさは手のひらを見せて謝るように言った。
「いや、すまない。じゃまだとかいう意味で言ったんじゃないんだ。
ただ、わたしって日本離れた理由がちょっと後ろ向きだったからさ。後輩がファンとして来てくれるなんて想像してなかったな…」
それどころか、雪菜や春希が来ることを恐れて連絡を断ち、冬馬曜子オフィスにも自分の情報をほとんど公開させなかった。
後悔とともに少し表情を暗くするかずさに美穂子は聞いた。
「日本に戻ってきて良かったですか?」
かずさに明るい表情が戻った。
「そうだな。わたし、向こうに友達も知り合いもいなかったんだ。
こうして友達もファンもいる日本に戻ってきて本当に良かったよ」
そこで、『春希もいるしな』という言葉を飲み込み、かずさはおどけた口調で言った。
「それに知ってるか? 日本のほうがずっとずっと稼げるんだ。
母さんみたいにフランス語やドイツ語のトークもできてあちこちに共演相手がいるような顔が広いのは例外として、向こうじゃ日本人ピアニストなんてオケで雇われるのも一苦労。競争も激しすぎ。
ましてや、わたしは共演はおろか伴奏すらめったにしないソロ屋だしな。それを日本人ファンは支えてくれるから儲かる…いや、助かるよ」
うっかり口を滑らしたかずさを美穂子はけらけら笑った。
「あははっ。もう、北原さんが編集したアンサンブル特集号から、コンサートのブルーレイから全部買っちゃいました。しかも、4つづつ!」
「4つも? 何に使うの?」
驚くかずさに美穂子は答える。
「鑑賞用と保存用と布教用で〜す」
「? 3つじゃん」
「布教用で人にあげたらキチンと買い足してますから」
「………ありがと…なんだか悪いな」
「いえいえ。ファンとしてしっかり買い支えさせていただきます」
ワザと『買い』支えると言ったのは、『儲かる』なんて口を滑らしたかずさを軽く皮肉ったのだろう。
恥ずかしそうに照れるかずさを雪菜はくすくす笑う。
「あと、アンサンブル特集号は北原さんと雪菜さんも出てますから。もう、付属CD聞いてポップス入ってたのにびっくり、雪菜さんの歌声だとわかってさらにびっくり。編集後記見てまたまたびっくり。主編集北原さんじゃないですか」
「あはは。わかっちゃったんだ。恥ずかしいな、もう」
今度は雪菜が恥ずかしそうな顔をする。
そこで、かずさはふと気がついたように聞いた。
「美穂子ちゃんも雪菜や春希と知り合いだったの?」
「…えっと…」
美穂子は言いよどむ。
「雪菜さんはバレンタインコンサートで歌ってたのを聞きました」
「………」
かずさは先を促す。かずさが気にしてるのは雪菜との関係ではない。『主編集 北原春希』に気付くような、春希との関係だ。
「そうですね。もう昔の話ですし、話しちゃってもいいかな…」
美穂子は少し躊躇したが、やがて口を開いた。
「わたしですね。付属の時、学習塾のバイト講師をしていた北原先生に告ってふられちゃったんです」
「えええええ〜!?」
一瞬の間をおいて、雪菜とかずさの驚きの声がハモる。ビーチバレーをしていた組も何事かと一瞬だけ美穂子たちの方を見たが、すぐバレーを再開した。
「もう、わたしショックでしばらく落ち込んじゃったんですけど、小春ちゃんからその事聞いた北原さん、悪くもないのにわざわざ謝りに来てくれて…いい方ですね、北原さん。悔しいですけど雪菜さんお似合いです。
雪菜さん、幸せになってくださいね」
「あ、ありがとう。美穂子ちゃん」
美穂子は湿っぽくならないうちに素早く話題を変える。
「そういえば、『届かない恋』ってかずささんの作曲なんですね」
「ああ…作詞は春希だが」
「わたしたちの『だれとく』、じつは、バレンタインコンサートであの歌を聴いたのが結成のきっかけだったんです。わたしたちもやってみようって」
「へえ。バンド組む前から友達同士だったんだ」
「はい。でも楽器経験者はエレクトーンやってたわたしだけ。あとの3人は未経験でした」
「3人?」
「あ、ごめんなさい。孝宏君は最初はメンバーじゃなかったんです。
孝宏君もドラム始めたのは同じころだったらしいんですけど」
「素人4人もまとめてよくやったものだなあ…」
かずさは美穂子に共感のようなものを抱き初めていた。音楽家としての共感が半分。あとの半分は…どちらかというと千晶にも感じたものと似ていた。
「峰城祭のホームページでは間奏のところちょっとしか聞けなかったからな。今晩は期待してるよ」
「あははっ。もうそれプレッシャーですよ」
そこで雪菜がちょっと疑問に思ってたことを聞いた。
「そういえば、バンド名はどうして『だれとく』なの?」
美穂子はその質問に、イタズラを見つけられた子供のような顔をして答えた。
「えっとですね。わたしたち純ガールズバンド目指してたんですけど、ドラムだけはどうしても女の子見つけられなくて…
孝宏君入れることにした時『しょうがないからせめて女装させよう』って」
「ぷっ…」
笑いをこらえる雪菜をおいて、かずさは聞いた。
「それで?」
「孝宏君怒りましたよ『それって誰が得するんだよ!』って。
その時、こんな感じになりました」
美穂子は芝居がかった口調でその時の様子を再現した。
『そういや、うちのバンドって誰か得してる?』
『誰も得してないよね』
『うちってそういうバンドだよね』
『そういやバンド名まだ決めてないし。じゃあ、バンド名『だれとく』にしちゃえ!』
かずさと雪菜がいっせいに吹き出した。
美穂子も自分で笑いつつ補足する。
「あと、趣味の範囲でダラダラやってるバンドだから『ダレておく』ってのともひっかけてます」
それを聞き、かずさは少しおどけて言った。
「いいなあ。わたしも趣味の範囲でだらだらピアノやりたいよ」
雪菜と美穂子がツッコむ。
「かずさはダメ! ピアニストでしょ!」
「かずささんはクラシック界の期待なんですよ〜」
「ちぇ〜」
口を不満げにとがらせるかずさであった。
美穂子はそんなかずさを見て、『想像していたより面白い人だな』と思っていた。
美穂子は春希と雪菜、かずさのことを春希から聞いて知っていた。小春が春希を連れて来たとき、春希は『何故美穂子を振ったか。雪菜という彼女がいることを隠していたか』を、バンドの結成から自分の裏切り行為まで全て話してくれていたからだった。
だから、美穂子もまた、かずさに親近感を持っていた。
春希に振られた女として。
波打ち際でバレーをしていた組があがってきた。
「さあさあ、春希〜。罰ゲーム〜」
「わかったよ…ったく」
バレーの結果は春希の一人負け、罰ゲーム行きだった。春希の向かいが依緒に小春、孝宏と運動神経に長けた面子が揃ってた上に、右隣の千晶には巧妙に邪魔され、ミスしまくったためだった。
「罰ゲームは何にする?」
「砂に埋めちゃえ…」
「ちょ、ちょっと? わわわっ!?…」
「やっちゃえ〜」
早百合の提案でたちまち砂に埋められる春希。いつしか貝拾いをしていた組まで参戦してきた。
「北原さんっ、それっ!」
「春希、恨むなよ…」
「って、かずさ! なんでショベルなんて持ってるんだぁ!…」
「…やりすぎたね」
「そだね…」
「お前ら…」
気がついた時には春希は大きな砂山の下になっていた。
重さと暑さに春希の顔が歪む。
「大丈夫です、北原さん。これ、お使い下さい」
亜子がストロー付きのペットボトルを持ってくる。
「ありがとう…って、助けてくれないのかよ!」
そこで、千晶が思い出したかのように言い出した。
「あ、忘れてたよ! すいか割り! 次はすいか割りするんでしょ? 早くやろう!」
「…この状況でって、まさか…」
まもなく武也たちか持ってきたスイカを、千晶は身動きが取れない春希の頭の横に置く。
「じゃじゃ〜ん。設置完了!」
「おい、やめろ! おまえ、シャレにならないぞ!」
春希の抗議に孝宏があいづちを打つ。
「そうですよ、和泉さん」
「おお、孝宏君、みんな、助けてくれ…」
孝宏はスイカを春希の頭の横から拾いあげる。春希はほっと一息つく。
しかし、孝宏は小脇に抱えたビニールの敷物を春希の横に広げて、その上にスイカを乗せる。
「?」
不安げな表情の春希に孝宏は言った。
「そのまま割ったら食べられなくなっちゃいますから」
「お〜ま〜え〜は〜」
「さっきよりは距離あるし、大丈夫でしょう?」
「いや、危ないから! その棒当たったら大怪我だから! って、雪菜、見てないで助けてくれ!」
その声に応じて雪菜が…早百合から受け取った鍋を持って近づき、春希の頭にかぶせる。
「はい、春希くん」
「………」
「頑張ってね?」
「雪菜…」
小木曽雪菜、その場のノリを重視する女であった。
かくして、ハラハラドキドキのスイカ、以外のものが割れるかもしれないスイカ割り大会が始まった。
トップバッターは依緒だ。
「右、右!」
「そっちじゃない! ちょっと行きすぎ!」
「ああ、危ない危ない!」
「そこそこ!」
「えい!」
ぼふっ
左右によれつつも、スイカの近くまで到達した…が、振り下ろす棒はスイカを大きく逸れ、スイカの下のビニールを大きくへこませた。
目隠しを外しつつ依緒がぼやく。
「結構むずかしいな。これ」
「………」
不安に冷や汗を流す春希。鍋で見えてない分恐怖が倍増だ。
その後も各自チャレンジするも皆大きく左右に逸れ、スイカをかすめた者すら出なかった。美穂子に至っては大きく逸れすぎて春希の砂山につんのめってしまった。
誰も成功者が出ないまま、最後の3人となった。
まずは早百合。
他の者より慎重にすり足で近づく作戦に出る。
しかし、方向はあまり正確ではなく、あろうことか春希の頭のそばに来てしまった。
「そこじゃな〜い!」
「もっともっと左!」
「ちがう! あぶな〜い!」
「やっちゃえ〜、早百合〜」
制止と煽りの声が入り乱れる中、早百合は大きく棒を掲げ…そのまま串を突き刺すように体重をかけ突き下ろした。
どすっ!
…棒はわずかに逸れた。春希の頭を。
安堵のため息とクスクス笑いが入り乱れる。
目隠しを取った早百合は悔しそうに叫ぶ。
「くう〜っ! 惜しい!」
「惜しくない! 今の俺に当たりそうだったぞ!」
鍋の下から春希が猛烈に抗議する。春希には見えてないが、実際今の振り方で当たったら例え砂山の上からでも大きな衝撃がきただろう。
まったく、何考えているんだか。皆はため息をついた。
続いて千晶の番となった。
この人は何かやってくれる。
皆期待した。
「みんななってないねえ。では、千晶ちゃんがお手本を見せてあげましょう」
そう言って千晶はコースをよく確認して目隠しを着けた。
すたすたと進む千晶。他の者に比べ全然迷いがない。
皆息をのんだ。
全く危なげなくスイカの前までたどり着く。
「せやっ!」
ぱこっ
見事な一撃でスイカは2つに裂けた。
「やった!」
「すご〜い! 和泉さん」
「千晶やる〜」
皆の歓声に答えるように千晶は振り返り、目隠しをしたまま駆け出した。
「やったよ、みんな!」
たっ、たっ、ごす、「ぐえ」、たっ、たっ
「あれ? 今の固いの何?」
「………」
「千晶…」
千晶は皆のもとに駆け出すフリをして大きく迂回し、思い切り春希の顔の上の鍋を踏んでいった。
千晶のわざとらしい問いに皆苦笑いする。
「チャレンジ成功の和泉さん。成功の秘訣は何ですか?」
孝宏の問いに千晶は答える。
「まずはコースの特徴の把握だね。さっきかずさがショベルであちこちに窪みつくってるから、それを踏んで左右に逸れないようにすること。
あと、役者は暗闇の中でも舞台の定位置まで移動できるよう訓練しているから」
「…やっぱりわざとかよ。和泉…」
春希の恨みがましい声が鍋の下で響いた。
最後はかずさだ。
新たに孝宏が設置したスイカと春希の頭の位置を確認する。
「コースの特徴の把握と、訓練ね…」
かずさはそうつぶやくと目隠しした。
すた、すた、すた
先ほどの千晶と同じようにかずさはまっすぐ進む…ただし、春希の頭の方角に。
「ずっと左だよ!」
「右、右〜」
「いいぞ〜そのまま〜」
無秩序で無責任な誘導の声が飛び交う中、かずさは春希の頭の位置までついた。
「とうっ!」
こい〜ん
「いてぇっ!」
気持ちの良い金属音と春希の悲鳴が鳴り響いた。
かずさは目隠しを取りつつ言った。
「鍋の下って、呼吸音けっこう響くな」
「思い切り狙ったろう! かずさ!」
春希が抗議の声を荒げる。
「だって、スイカよりこっちのほうが良かったし」
「………」
とぼけたかずさの言い訳に雪菜が突っ込む。
「残念、その中華鍋はこの後焼きそばを作るのに必要なのであげられません」
「ちぇ〜」
口を不満げにとがらせるフリをするかずさであった。
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