「うわ…」
指定された場所についた友近は、暫くただ、立ち竦んでいた。
そこにあったのは、超がつくほどの高級レストラン。今更ながらに後悔した。
彼女の提案は、一般的にはお礼として差し障りの無いささやかな提案。
『お礼に今晩の食事をご馳走させてくれ』
もちろん、あんなことの対価としてはどんな食事でも高すぎるだろうとは思ったが、ここまでとは…
「意外と早かったな、先に来て待っているつもりだったんだが」
不意に後ろから声をかけられた。今日の食事に誘ってくれた相手だ。
「あ……」
言葉が出なかった。そこにいたのは、黒のイブニングドレスに身を包んだ美女
「そんな目で見るなよ、どうせ似合わないのは分かってるんだから。ただ母さんが舞い上がっちゃって。あたしが男と食事するって聞いたらさ」
「いや…似合ってるよ。けど、わざわざこんな高級そうなところなんて、かえって悪いなって思って…」
「いいんだよ。もともと母さんと来る予定だったんだから。なのにあの人は今回も友達と会ったから来れないって
いっつもそうなんだ。約束を守るほうが少ない。だから、予約が無駄にならなくてかえって良かったんだから」
「そうか、それにしても、いつもこんな所で食事を?」
「いや、普段はもっと適当。ファミレスのプリンで済ます事もあるぐらいだ」
「……」
ここは、笑うところなんだろうか?
「このレストランは母さんの知り合いが経営していて、あたしがこっちに来たばかりの頃から、たまに使わせてもらってたんだ」
「そうか、まぁ、わざわざ予約したわけでもないみたいだし、それじゃ、こっちも気兼ねなくごちそうになるかな」
「じゃぁ、こっちだ」
さっそうと歩く彼女の後についていく。歩き方もモデルのようにかっこいいなと思いながら。

「うわ…」
中に一歩入ったところで圧倒された。ふかふかの絨毯に煌びやかな装飾。奥にはステージとグランドピアノが見える。
「ここはたまにディナーショーとかも開催されたりするんだ。でも今日はちょうど良かった。なんの予定も入ってないみたいだ」
ん? 何もショーが無いから? 良かった?
どうも、この『お嬢様』とは会話が微妙にかみ合わない気がする。
席に着くと暫くしてワインが運ばれてきた。いかにも高そうなビンテージワイン。もう、値段は気にしないようにしようと思った。
「乾杯でもするか?」
という彼女の言葉に
「じゃぁ、この出会いをくれた想い出の曲に」
友近のちょっとキザな言葉に、
「想い出の曲に…」
少しだけ寂しそうな微笑をもって彼女は答えた。


「それじゃぁ、あたしはちょっと行ってくる。すぐに料理も出てくるから」
「え?どこへ?」
食事中に席を立つ女性にどこへ行くのかなんて尋ねる男はデリカシーが無いと言われそうだが、つい、口に出てしまった。
しかし、彼女はそんな友近に微笑みながら
「今からが、あたしからの本当のお礼さ」
彼女はステージ横のピアノの前に座った。まわりの客からどよめきと拍手が聞こえた。
しかし、彼女はそれには答えず、こともあろうか、耳にイヤホンを付けてどうやらあの曲を聴いているようだった。
「何やってんだ?あそこは演奏する場所であって、音楽を聴く場所じゃないだろ…」
周りからの注目の中、彼女は数分間沈黙を続けた。
そして、彼女の手が今まで聴いていたプレーヤーの操作を始める。
美しい指が鍵盤へと向かうと演奏を始めた、が、聞こえてくるのはどこかアンバランスな演奏。まわりもだんだんざわつき始めている。
しかし、友近にはすぐに分かった。いや、今彼女の演奏の意図を理解できるのは自分一人だという確信さえあった。
「一緒に演奏しているつもりなのか…」
そう、彼女は耳から聞こえてくる『あの曲』の伴奏をしている。
友近は頭の中で自分の記憶を再生してみた。そう、間違いない。ボーカルの良さを引き出し、ギターの音色も殺さず、
自分の記憶とシンクロさせてみれば、ありえないほど調和のとれた演奏。

演奏が終わった。まばらな拍手、そしてそれとは対照的な満足そうな演奏者の笑顔。
彼女は、耳からイヤホンを外し、椅子に座りなおした。一呼吸置いてまた演奏を始める。
曲は『あの曲』だけど、今度は完全なピアノソロ。ピアノ用に完璧にアレンジされた『届かない恋』
さっきまでざわついていた周りの客も今は誰も声を出さず聞き入っている。
「すごい…」
それ以外の言葉が出てこない。ピアノの音から伝わる想い。その想いが会場中を包み込んでしまったようだった。
「いったい、この曲は…」
演奏が終わると今度は割れんばかりの拍手の嵐。そしてさっきと同じ満足そうな演奏者の笑顔。
彼女はそのまま立ち上がると周りには目もくれず友近の座るテーブルへと向かった。
『いくらなんでも、もう少し愛想良くしたほうがいいんじゃないか?もしかしてあんたプロのピアニストだろ?』
そう言ってやりたかったが言葉がでてこなかった。
『別にあいつらのために弾いたんじゃない。あたしが聴いてほしかったのはたった一人だけなんだから』
なんともいえない表情で彼女がそう言った気がした。

その後暫くどちらも無口だった。ただ、運ばれてくる料理を口に運ぶだけ。
その料理も、このお嬢様は明らかに小食なのだろうと友近は思った。彼女は自分の半分も食べない。
まあ、このプロポーションを維持するんだから、食事にも気を使ってるんだろうと思った。
しかし…そんな友近の考えは最後の最後で根底から覆された。
デザートは、これでもかという量が出てきて驚いていると、そのほとんどを彼女一人でたいらげた。
「さっきのプリンの話…もしかして、本当だったのか?」
「ああ…あれは冗談だよ」
そうだろうな、と、友近がほっとすると
「こっちのプリンは全然ダメだ。とてもじゃないが満足できないね。日本にいた頃は良かったよ。
グッディーズのなめらかプリンが好きなだけ食べられたからな」
以前、バイトしてる頃に店長から聞いた昔話、なめらかプリン3個を毎日のように食べる、常連の附属生の美少女の話を思い出した。
ただ、それを確かめる気にはなれなかった。


「今日はどうもご馳走様」
「ああ…あたしのほうこそ、ありがとう」
食事も終わり、レストランを出た。晩秋の街はすこし肌寒い。
「最後に、教えてくれないか?あの曲はいったい…。そもそも空港で聞き取れたのか?」
これだけは、どうしても聞きたかった。絶対に今日初めて聴いたのではないはず。
あの演奏、込められた想い、それを直に感じた身としてどうしても知りたかった。
「ああ…… ふふ… ピアニストの聴力を侮るなよ…と言いたいところだが、恐らく母さんも気づかなかったんじゃないかな?
あたしにとって、懐かしい声が聴こえたから。いや…聴こえたというより感じたんだ」
かずさは暫く考えて
「あんたになら、話してもいいかな… あれは……」
そしてもう真っ暗になった東の空を見上げながら



「春希が詞を書いて、あたしが曲をつけた、雪菜のためだけの歌、だ」

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