再び場面戻って、武也たち
会員制高級クラブ「クレティシャス」入口


「実は亜子、今日のパーティー会場を従業員割引って言ってすごく安くしてくれたんです。お父さんが経営者というのはあるかも…」

 小春の証言を得たミチコは武也たちを連れて歩き出した。
「いや、榎多が近くにいてくれて助かったよ」
「すぐそこのホテルにいたから」
 ブティックホテルばかりの通りでさらりとそう言ってのけるミチコに依緒たちは驚くが、武也は呆れたようなため息を返す。
「今日の会に来ていた男とか?」
「惜しいわね。違うわ」
「…まさか、社会人になった今もまだ二股とかやってんじゃないだろうな?」
 ミチコは悪びれもせず指を4本立てた。これには皆呆れかえった。武也は心配そうに警告する。
「本命に逃げられても知らんぞ」
「大丈夫。本命は私の性癖了解済み…あの人もひとりに留まるようなオトコじゃないし、あとは別に本命の女いる子ばかりだからWin-Winの関係」
「……」

「それで、どこに向かってるんだ?」
「園田の親御さんのとこ。ここのお店」
 そう言うとミチコは『クレティシャス』と書かれた高級そうなクラブの入口に入った。

「おや? ミチコちゃんじゃない? どうしたの?」
 黒服の男が入ってきたミチコを見て声をかけた。
「園田のオヤジか吟子ママいる?」
「ママなら奥だけど」
「用事があるんだけど」
 黒服はミチコの連れてきた人数の多さに少しだけ顔をしかめたが、すぐ親指で『どうぞ』と奥を指した。

 奥では妙齢の和服の女性がミチコ達を迎えた。
「なあに? ミチコちゃん。ウチで働く気になった?」
 温和な笑顔でそう聞いてきた吟子を制してミチコが質問する。
「園田のオヤジは?」
「何? 悪いけど『愛人は1人まで』がウチの家訓だから」
 笑ってはぐらかす吟子にミチコは詰め寄る。
「ちょっと質問。吟子ママの娘って亜子っていうの?」
「ええ。上の娘ね。あの子が何か?」
「もし、亜子ちゃんが男連れて歩いてたらどうなる?」
「尚美じゃなく亜子が? あの人に見られたら大変ね。尚美の時のような騒ぎじゃ済まないわね」

 それを聞いてミチコの表情がやや厳しくなる。
「園田のオヤジはどこに行ったの?」
「さっき家に戻るって慌てて出て行ったケド…」
 吟子はのんびりした口調でそう答えてはいたが、只ならぬ事情を悟り始めたようだ。
「これ、その男の携帯。すぐそこの4丁目のあたりに落ちてた」
「…あの人の仕業に違いないね」
 千晶の持つ携帯を見せられた吟子はさっきの夫の様子に合点がいった。
「ママ。もう一つ質問。亜子ちゃんが自宅に男連れ込んでるのを園田のオヤジが見たら?」
「尚美の時みたく、その男を窓から叩き出しかねないわね…」
 吟子は慌てて携帯を操作し始めた。

「ダメね。出ないわね。わたし、自宅に戻るわね」
 吟子が立ち上がったのを見てミチコも立ち上がった。
「悪いけどわたし達もついてくよ。亜子ちゃんの彼氏、うちらの知り合いだし。ママの家ってどこ?」
「今は天山ビルのペントハウス。すぐそこよ」
「そこって9階建ての最上階よね…」
 武也たちの表情が険しくなった。



天山ビル


「ここは…携帯の落ちていた場所の近くだな」
 目的地のビルが近づくと、麻理はビルと携帯の落ちていた位置を交互に見た。
 最上階の窓が冬なのに開いており、中に明かりが灯っているのが見えた。

「あの…亜子のお父さんってどういう方なんですか?」
 小春の問いに吟子が急ぎ足のまま答える。
「あの人、普段は大人しいけど、娘たちの事になると見境なくなるからね…」
 それにミチコが突っ込む。
「普段大人しいって…前、娘に手を出した男を裸にひん剥いて窓から放り出したと聞きましたが?」
 吟子が苛立ったように反論した。
「あの時は亜子じゃなくて尚美の方! 手を出した男じゃなくて手を出す前! 裸じゃなくて、パンツ一丁! あと、あの時はここに引っ越す前だったから3階の窓だよ!」
 小春が悲鳴のような抗議の声をあげる。
「それ、どの状況も全然大丈夫じゃありません!! とにかく急いでお父さん止めてください!」
「わかってるよ、まったく。『娘が男連れ込んでも剥いて放り出してはダメ』でなく『窓から放り出してはダメ』を家訓にしとけば良かったかね…」
 とぼけた事をつぶやく吟子に千晶は息を切らせつつ呆れかえる。
「はあはあ…孝弘君がこの携帯電話みたいになってからじゃ遅いよ〜。急いでよ〜」

 ようやく入口からエレベーターにたどり着いた。
 全員がエレベーターに乗ると、吟子はもどかしそうに階ボタンロックを解除にかかる。
「『7、3、1、0、5、6、2、8…』っと、よし」
 優先指令を受けたエレベーターが9階まで一気に上ると、そこはペントハウスだった。応接室の前にいた守衛の制服姿の屈強な男がはっとした顔で吟子たちの方を振りむく。
「奥様…すみませんがここは旦那様が…」
「三平、いいからそこをどきな」
「はい…」
 愚直な守衛は吟子には逆らわず武也たちを通す。

 応接室の中では亜子がすすり泣きつつうずくまっていた。
「亜子!」
 小春の呼びかけに亜子は顔を上げ、立ち上がり駆け寄る。
「小春!? …ああ、孝弘君が、孝弘君が…」
 泣きじゃくる亜子を小春はなだめつつ事情を聞き出そうとする。応接室の外でも武也が守衛の男に詰め寄っていた。
「おい! 孝弘君はどこだ!」
 守衛は怯えて答える。
「だ、旦那様が連れて行かれました…。わたしはお嬢様を見張っておけと言われて…」
「連れて行ったってどこにだ?」
「…わかりません」
「くっ…」
 武也は歯噛みした。
 
「お母さん…小春、千晶さん、飯塚さん…みんな、来てくれたんだ…」
 吟子が亜子を落ちつかせ、事情を聞く。
「大丈夫だよ。さあ、何があったか教えておくれ」
 亜子はすすり上げつつ、話し始めた。


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