雪菜Trueアフター「月への恋」第十一話「かずさの反省会」



 春希たちは皆、翌日仕事があるので帰宅。曜子も薬を飲んで寝室に向かったので、居間に残ったのは千晶とかずさだけになった。

 千晶は、ふたりになったのを見計らい、かずさに意地悪そうに言った。
「はい。反省会〜」
「うう…。千晶ごめん…」
 かずさは机につっ伏して謝った。泣いているようだった。

「だいたい、最初の方から春希につっかかり放しじゃない。武也とかも腫れ物扱いしてフォローしてたけど」
「ほんと…ごめん…」
 かずさの声は消え入りそうだった。

「トドメにわたし陥れてまで春希に食ってかかるって何それ? わたしじゃなきゃ絶交ものだよ」
「ううう…」

 春希と『寝た』なんてのは、かずさと最初に会ったときにからかうために使って、すぐ否定したただのネタであり、そんなことかずさもわかりきっているコトなのだ。

「でも、やっぱりアンタ面白いわ。結婚式の話のトコでは落ち着いて祝福できてたのに、次の話題で思いっきり豹変して…ねぇねぇ、言っていい?」
「………?」
 かずさが僅かに机から顔を上げる。

 千晶は座椅子から立ち、かずさの後ろから覆い被さると、耳元をなめるように囁いた。
「この『色情狂』」
「〜〜〜っ!」
 かずさは返す言葉もなく紅潮する。

 千晶はそんなかずさの表情を、至近距離から舐めるように堪能した。
「いやぁ〜、わたし女で良かったわ。…男だったらガマンできずにあんた押し倒してるわ」
 そういってわき腹のあたりを撫で回してくる千晶に、かずさはたまらず抗議の声をあげる。
「ちょ、ちょっと、やめろよぉ」

「ふふふ…嫉妬したんだよねぇ。式を前に避妊なんてしてる雪菜ちゃんムカついたんだよねぇ」
「…うっ…うっ…ふえぇ…」
 図星を指されかずさは情けない声を漏らす。

 千晶はかずさの下腹辺りに手を回し、子宮に響かせるように声を伝える。
「きっと、雪菜たち。帰ってからえっちしているよ。でも、胎内には出さないんだ…もったいない、自分なら…」
「うう、さわるな…」
 抵抗する声も弱々しく、千晶の手を振り払えない。

「ねぇ…雪菜たちと距離置いたら?」
「!」
 ばさっ
 かずさはそれだけは嫌だといわんばかりに千晶の手を振りほどき、振り返って千晶を睨む。

 千晶はのしかかっていた身体を離すと、事も無げに言った。
「〜♪ 怖くない? じきに、未練と嫉妬と劣情にまみれたあなたを知られるよ? 結婚式の場でも平静でいられる? ピアノならごまかせる?」
「うああ…、苛めるなぁ…、千晶は意地悪だぁ…」
 こてりと千晶の胸に顔を埋めるかずさ。

「…でもね、千晶、逃げ出した後の方がもっと怖い…」
「………」
「5年間、5年間我慢してた。雪菜たちにも残酷なことしてた。それが…」
 かずさは、ここで落ち着いて一息つくと、自嘲するように言った。
「ストラスブールで台無しだ。ひと目で台無し。後に残ったのは5年分の未練をさらけ出して、潰れそうになった情けない女さ。
 …まぁ、逃げていたうちは、我慢できる、いつか忘れられると思っていられたんだけどさ」

「………」
「それにさ、何よりわたし自身も見たいんだ。わたしの代わりに幸せになってくれる2人を。友人として」
「…いいね。今のあなた良い顔してる。春希も惚れ直すよ」
「ありがとう…でもさ、時々雪菜が憎らしくなる自分が抑えられなかったりするさ…ピアノ弾いている時とかもね」
「…ふーん。でも、矛先はいつも春希だよね?」
「…そう、だな。ついつい春希には言葉きつくなるんだよな」
「や〜ん、春希に甘えたがってるの丸わかり〜♪ ああ、いつもの愛のお説教でわたしをいじめて♪」
「やめろよ、千晶」

 そこで、千晶は春希の口調を真似て言った。
「『いつまでも拗ねてるんじゃない! いい加減にしろっ!』」
「あ…」
 かずさは再び千晶の胸に突っ伏した。肩に掛けたその手が震えている。
「どしたの? 似てない?」
「いや、…千晶が女でよかったよ。そんな反則技…」
 かずさの手に力がこもる。千晶は耐えきれず後退して、後ろのソファーに押しつけられるように座り込む。

 千晶の胸に顔を埋めたままかずさが『春希』に返答する。
「誰のせいだと思っている…全部、お前のせいなんだぞ」

 押し倒されつつも、千晶は『春希』の演技をつづける。
  「『そうやって人のせいにするところが子供だっていうんだ! 一体何才なんだ、お前は!』」
「今日で24だよ。24の女がお前忘れられなくて悪いか? 雪菜に嫉妬して悪いか? 未練たらしくて何が悪いっていうんだ!」
「『少しは他人の事情も考えてやれ。お前、春希と雪菜のこと、祝福するって約束しただろう』」
「だからって、わたしの前でのろけてみせるな。そういうところデリカシーないんだよ。昔から二人とも!」

「『だっ…誰が…、う…、あれぐらい普通だろ』って、ごほごほっ。かずさわたしをお〜そ〜う〜な〜」
 いつしかソファーに横倒しにされ、覆い被されたような体勢の千晶がわざとらしく抗議の声を上げる。

「っつ! ご、ごめん!」
「いやあ、やっぱりかずさ女でよかったわ。危うく乙女の純潔汚されるトコだったよ」
「………」
「…この調子で春希襲っちゃえば? 『春希ぃ…やっぱりわたし、お前がいないとだめだよぉ…』って、泣きついてさ」
「…そんなことできるかよ…雪菜に悪いよ」
 今度は、千晶は雪菜の口調を真似る。
「『そんなことないよ、かずさ。わたし、かずさの気持ち知ってるもの…春希くんがそれを選ぶなら…』」
「…はは、あいつならそう言うかもな。でも、春希に悪いよ。あいつ、引きずるやつだから…。例え雪菜が許したとしても、あいつ、自分で自分を責めて駄目になるよ」
「そだね〜。春希が二股かける優柔不断オトコだった方がまだマシだったね。何せ、あんたのせいで3年間引きずってたんだって? あの2人」
「雪菜の方は春希を許そうとしてたらしいんだけどな…」

「いや、春希やっぱり重度のマザコンだね」
「? どうしてだ?」
「彼女裏切って自分の方がめちゃ落ち込むなんてさ。裏切られた母親見てるからでしょ」
「…それもつらいな」

「ついでにあの説教癖も、母親にかまってもらえない裏返しでしょ」
「あ、でも、春希のやつ、母親とは関係改善できたみたいだよ」
「へ? うそ! そりゃめでたい」
「…雪菜のおかげらしいけど」
「ありゃ。そりゃめでたくない」
「? なぜ?」

 千晶はそこでかずさの両頬に手をあてて言った。
「ただでさえ雪菜有利でゴール間近なのに、だめ押しの満塁ホームランくらったみたいじゃん」
 かずさは笑って答えた。
「はははっ。わたし、ぼろ負けだなぁ」

 そこで千晶は手を放して少し険しい顔をして言った。
「…雪菜に負けて、悔しくない?」

「…ないね。わたしが何もしてあげられなかったのは悔やまれるけど、雪菜が代わりにしてくれたのは単純にうれしいよ」

 そこで、かずさは天井を仰いでつぶやいた。
「そういえば、春希や雪菜に何ひとつ借りを返せてないなぁ。結婚式は頑張らないとな。うん」

「…ふぅ。やっぱりあんたにはかなわないわ。なによ『情けない女』かと思ったら『いい女』じゃん」
「なんだか、微妙な誉め方だな」
「いひひ。でも、春希的には『情けない女』の方がツボかも知れないよ」
「やめてくれよ」

「いやあ、あんた参考になるよ…わたしの演劇のね」
「ああ、脚本にでも何でもしやがれ。『いい女』になってやるとも。春希が振ったことを改めて後悔してくれるような、雪菜が友人として誇らしく思ってくれるような、ね」
 そこで、かずさは微笑んでみせた。
 女の千晶も惚れ惚れとするような笑顔だった。

 ホント、参考にさせてもらうよ。あなたの人生。
 先に待っているのが幸せか、平和な日々か、破滅か、地獄のような日々か知らないけどさ。
 ひとまず幕が閉じるまで見届けさせてもらうよ。

 でもね、まだまだわたしという観客を引っ張るんだから、どうせなら美しい話で終わらせて欲しいな。
 千晶はそう願わずにはいられなかった。



 依緒は帰り道でずっと千晶の悪口を言っていた。
「何あの子? 冬馬騙されているんじゃない?」

 しばらくは黙って聞いていた武也だったが、やがて呆れたように口を開いた。
「…いいかげんにしろよ」
「何? あんな女の肩持つの?」
「お前、やっぱわかってないなぁ。あれ、完全にワザと道化やってたぞ」
「何で? そんなこと」
「…わかんないほうがいいよ。わかんないだろ。お前は」
 女の嫉妬なんてさ。

「何それ?」



 一方の雪菜たちも千晶のことを話題にしていた。
「面白い人だったねぇ。千晶さん」
「いや。あまり隣にいてほしくないタイプだ」
「むぅ、春希くん。お友達に冷たいんじゃない?」
「正直、もう友達でもないと思っていた」
「ははは…。でも、かずさの友達だから、もうわたしたちとも友達だよ?」
「そう、だな」
「しかし、春希くんも結構女泣かせだったんだね〜。ふ〜ん。このこの〜」
「ごめん。雪菜」
「うん、許す。でも、条件が一つ」
「? 何? 雪菜」
「彼女の事を許してあげて」

「…うん。わかった」


<目次><前話><次話>

このページへのコメント

キャラ崩壊しすぎ

1
Posted by ああああ 2013年04月20日(土) 20:55:42 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます