曜子の病室


 かずさが席を外すと千晶が茶を沸かして、3人はしばし談笑した。
 そうして雰囲気が和んできた頃合いを見計らい、麻理はおもむろに曜子に言った。
「しかし、冬馬様もお人が悪いですね。かずささんを焚きつけるためだけに記者を同席させて復帰を匂わせるなんて」
 曜子は驚きも悪びれもせずに聞き返してきた。
「あらあら? どうしてそう思うわけ?」
「弊社の吉松はご存知ですよね? つい一昨日も会いまして。
 冬馬様が本気で一時でも復帰考えてらっしゃるのに、マスメディアに何も布石打ってらっしゃらないわけはないでしょうから」
「あらあら。それはタイミング悪かったわね。かずさには内緒にしておいてね。
 ちょっと焚きつけて気合い入れさせる必要あったのよね。イスタンブールでも頑張ってほしいから」
「冬馬様のお気持ちはご理解できます。私や他の社員の生活に影響しない限りでは」
「あらあら? わたしって何か迷惑おかけしたかしら?」
「曜子さん。自覚ないんだ。へー」
 トゲを含んだ麻理の言葉に曜子はとぼけたように返し、千晶はつっこむ。

「それは、冬馬様には今年始めにも夏にも私の元部下をいいように使っていただいた前歴がありますから」
 遠回しに釘を刺すような表現に曜子も感づいた。
「あら、ギター君に海外から入れ知恵してた元上司ってやっぱりあなた?」
 麻理は目上の老獪な妖女の視線に対しても怯むことなく余裕の表情を見せて返した。
「ええ。私としては二股男はもっと苦しんで欲しいところでしたが、昔の部下の『苦境』を楽しむ趣味もないもので」
 麻理が「苦境」にアクセントを入れたのは、かずさを近づけて春希を苦しめた曜子への義憤からであっただろう。
「まあね。自分でやっといてなんだけど、あの後社内的には彼、本当に大丈夫だったかしら? 吉松さんに聞いただけでは心配なのよね」

 麻理はちらりと千晶の方を見る。千晶は耳に手を当ててそっぽを向く。
「わたしは曜子さんが春希にやったこと、かずさと何があったか、春希が何したか知ってるけど、見ざる聞かざる言わざるだよ」
「かずさに聞かれなければかまわないわ。風岡さんの知ってる範囲で教えて」
 麻理はやや渋りつつも、黙っておく方が良くなかろうと口を開いた。
「まあ、他社まで巻き込んでホンを私物化したわけですから、次の異動で配置換えさせようか程度はあったんですけど、ホンが売れたのと、あと、そちらのオフィスが正直に事情話して謝っていただいたのでおとがめなしで収まりましたね。
 あまり問題追及すると、そちらの意図を見抜けず北原に仕事を任せた上の責任の方が重いですから。さすがに社長賞までは取りやめになりましたが。
 ほとぼり冷ましと栄転兼ねてニューヨークに異動させようかとの案もあったんですけど、受け入れ先のデスクが『まだ早い』と強固に反対しましたから。私個人としては北原をこき使えず残念でしたが。
 増刊号の事件について社内評価聞く限りではマイナス1のプラス3、そちらやナイツさんとの今後の関係考えればこの上なくプラスかと。実際、冬馬様の引退ニュースの件では儲けさせていただきましたし」
 そう語る麻理の様子を注意深く観察し、曜子はぼそりと答えた。
「わたしもこの春の事はマイナス1のプラス3、本当にうまくいって良かったと思ってるわ」
「それとは別に、北原は社内的にも人望厚い男ですから。例えあの増刊号を転かそうが放り出そうが、皆北原を庇ったでしょう」
「へえ。ホント?」
「? ええ」

 曜子は半分安心、半分不満げな表情を見せたが、
「そう。それはよかったわ。やっぱりのどから手が出るほど欲しくなる男だわね。カレ」
「それを実行に移さないほうがいいですよ。私を始め、あちこちから恨みを買いますから。
 この夏のツアーでも弊社の北原を『いろいろと』ご贔屓いただいたそうで」
 にこりと作り笑顔で牽制球を投げてきた麻理に、曜子はとんでもない打ち返しをしてきた。
「あら? わたしは社員としてではなくオトコとして欲しいというつもりで言ったんだけど」
「ぶ! ごほっ、ごほっ!」
 曜子の爆弾発言に麻理は盛大にむせかえった。
「あら? あなたもあのギター君、オトコとして狙ってたの?
 ゴメンね。でも、他のオンナを敵に回すなんてコト気にしていたら好きなオトコ手に入らないわよ。」
「ごほっ! …なんであたしまできたはらのことを狙ってるコトになってるんですか!?」
 先ほどまでの余裕はどこへやら、麻理が顔を真っ赤にしているのは茶にむせて苦しいからだけでは無かっただろう。
「だってまだあなた若く独身じゃない」
「北原はもう結婚してしまったし、5歳も離れています…!」
 思わずそう答えてしまった麻理に、黙って聞いていた千晶はとうとう堪えきれず、吹き出してしまった。曜子も調子に乗ってさらに麻理をからかう。
「くくく…」
「まあ、気になるオトコとの年の差くらいはチェックするわよね。
 そう。年下オトコにはありがちよね。こちらは年の差気にしているのに、オトコの方は気づいてもくれないってのは。
 でも、さすがに社内の将来ある年下男に略奪まではしかけられないわね。お気の毒」
「な、何をおっしゃっているのかわかりません!」
 必死に取りつくろう麻理を横目に見つつ、曜子は寂しそうにつぶやいた。
「でも、わたし的にはどんなカタチであれ彼が欲しくてたまらないのよね。ほら、かずさにも家族が必要かな、なんちゃって」

 そこで千晶の方が独り言のように口を挟んできた。
「そっちのほうがホンネでしょ。曜子さんにとっては。
 かずさがひとりで海外行くのが心配でたまらない。
 友人のように家族のように守ってくれる人が欲しい。
 かずさへの一時復帰アピールも、トルコやヨーロッパに付いて行きたいからでしょ? 曜子さん?」
 曜子は寂しげに目を細めつつ答える。 
「…ちょっとだけ外れ。かずさもひとりで行く訳じゃないわ。先生も里帰りついでについて行ってくれるし。
 問題は、どこにでも味方はいる、しかし同時にどこにでも敵になりうる者はいる、ということ。無碍な対応を取ったマスコミとか、食い合ってる同業者とかね。
 あの子、そういうトコ根本的に解ってなくて、ギター君に頼りっきりになってるトコあるからね。若くて良い面してんだから黙ってペコペコしときゃ基本十分なのにね。
 ああ、ちょっとしゃべりすぎて疲れたかな。もう一つ林檎むいてくれない?」
 曜子は疲れたとは口では言いつつ、動きをふることで千晶の発言を促した。
 千晶はそれに乗り、りんごをむきつつ曜子に聞き返す。
「でも、夏ツアーも春希に協力以上のコトさせて、さすがに海外にまで春希引っ張るのは苦しいんじゃないですか? そこのとこ知りたいから、さっきから麻理さんに変化球投げたりして突っついて探りいれてるんでしょ?」
 それが2人の会話の様子を見澄ましていた千晶の結論だった。

 曜子はりんごをゆっくり咀嚼しつつそれに答える。
「難しいも何も、もう海外はおろか次はないぞ的にきっぱり断られちゃってるわよ。ホテルで隣室にかずさ入れた件をバイトか誰かがしゃべって、社内でちょっと問題になって、当分冬馬オフィスの担当から離されることになるみたいね。
 わたしが吉松くんから聞いたのはそんなとこ。
 風岡さんはそんな話は聞いた?」
「え? …いえ、私は聞いてませんね」
 曜子はそう答える麻理の様子をじっくり観察していたが、やがて緊張を解いて言った。
「そう…本当に知らないみたいね。良かったわ。あなたみたいな手強い女性がギター君の担当外しに関わっていたらたまらないものね。
 ついでに、あなたからも事情聞いといてくれるとありがたいかな。なんてね」
 さっきから北原の事をいろいろ聞いてきたのは私の立場をうかがっての事か…。
 理解した麻理は気乗りのしない様子で答えた。春希の担当外しが真実として、麻理には積極的に賛成も反対もする理由はない…仕事上は。
 個人的には賛成する理由も反対する理由も大いにあるのだが。
「…吉松から聞ける以上の情報なんて私にはほとんど入らないでしょう」
「ありがとう」
 明言を避けた麻理の返答を曜子は協力を肯定するものとして捉えた。
「まあ、あれだけの有望株くんなら開桜社さんもメリット追うよりリスクの方を避けて大事に育てたいわよね。
 わたしの引退ニュースを独占してもらうことでギター君とウチとの関係のメリット強調したつもりだったんだけど、さすがに警戒されちゃってますか。そうですか」
 そう語る曜子に麻理は同情したが、あえて言葉を返すことはしなかった。

 千晶はそこにやんわりと追い討ちを入れた。
「春希、ついに担当外されちゃう訳ですか。曜子さん自業自得、と言われても仕方ないとこですケド、かずさにとってはどうでしょう? 要らぬお節介だったかもですよ」
 曜子は少しムッとした。
「親がお節介して何が悪いのよ?」
 千晶は呆れたように返す。
「だって、かずさはこの夏、ツアーの合間に一人でニューヨークにいる外国人の友達と遊んできたりしてるじゃないですか。曜子さん過保護に考え過ぎじゃないですか?」
 そこで曜子は流し目で麻理をにらみつつ言った。
「ああ、あれね…ネタは挙がってるわよ。『ニューヨークの女友達』さん。繋がったのはつい今さっきだけどね。
 メフリってチェリストの子がおしゃべりでね…ホントにかずさが一から十までお世話になってたみたいで」
 麻理はそれに対してイタズラがばれた子供のようにちろりと舌を出しつつ片手で顔を覆った。



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このページへのコメント

ミニアフター楽しみですね。
同時にどんな話が来るか内心びくびくしているところもありますが、こちらも結婚式とお祝い会まで書き上げたので、ミニアフターでどんな話が来ても取り込めるようにしたいと思ってます。
 曜子さん麻理さんと癖のある女性の会話の中心に春希がいますが、会話にありますように春希は少しかずさから遠ざけられることになりそうです。
 作者も少しプライベートでドタバタして更新遅くなってますが、少し助走をつけた後かずさのヨーロッパ編へつなげますので、しばしお待ちあれ。

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Posted by sharpbeard 2014年12月09日(火) 21:00:37 返信

更新お疲れ様です。
一癖も二癖もある女性陣の会話は読んでいて楽しかったです。やはり冬馬曜子が頭一つ抜けている感じでしたが、麻里さんも千晶も一矢報いる所もありました。でもある意味一番すごいのはこれだけの女性陣の会話中心にいる北原春希ですかね。
ミニアフターもジャケットの絵がサイトに載っていましたね、雪景色の御宿をバックにかずさと雪菜というのはいかにもWA2らしいですね。発送はクリスマスらしいので文字通りのクリスマスプレゼントですね。

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Posted by tune 2014年12月09日(火) 01:12:54 返信

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