「――と、いうわけで、母さんがクリスマスイブに帰国することが決定した」

「…………」

 冬馬のかいつまんだ説明を聞いても俺は凍ったままだった。いや、余計に温度が五度ほど下がった気さえした。

「……つまり残り半分の用件ってのは」

「うん。……北原に会うこと」

「…………」

 なんてことだ。熟考に塾考を重ねてきたデートをドタキャンされるならともかく、恋人との初デート、しかもクリスマスデートにいきなり親が同伴……さすがの俺も絶句せざるをえない。

「本当にごめんな。あの後も何度か電話してみたんだけど、母さんがどうしてもって。じゃないとカードも止めるって」

 大人げない……。

「でも実を言うと……あたしも直接会うのは一年ぶりくらいだし、どんな顔して会えばいいのかわからなくて……。むしろ北原がいた方が気が楽なんじゃないかとか考え始めてさ……こんなの恋人失格だよな」

「そんなこと、俺は別に構わないけど……」

 冬馬のために俺ができることがあるなら死力を尽くして協力する。これは本音だ。

……ただ、それがもし冬馬をそう思わせるための冬馬曜子の演技だとしたら……全てが冬馬曜子が用意したチェス盤の上での戦略だとしたら……俺には最終決戦に挑む覚悟が必要なのかもしれない。

「……あのさ北原、もしかして何かの店の予約とかしてたか?」

「いや……」

 学生の身分でそこまでの背伸びはできない。せいぜい映画くらいだ。武也なら『そこまでの背伸び』くらいしてるだろうけど。

 どうやら緻密に組み立てたデートプランは実行不可能になってしまったようだ。耳が垂れた捨て犬のような上目遣いは俺の保護欲をかきむしるほどかわいいが、冬馬にはいつまでも気ままにピアノを弾いていてほしい。だから俺に拒否権なんて最初から存在しない。

 それに俺だって、冬馬を置き去りにした母親に対して僭越ながら一つ二つ言いたいことはある。

 よし。こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか!

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