2月14日バレンタインデー。
世界中で愛の誓いが立てられるこの日、若い男女が集う峰城大学も御多分に洩れず盛り上がりを見せていた。
特に毎年恒例の峰城ブロードキャスト主催バレンタインコンサートが行われる北ホールでは例年にない人集りがあった。
カップルはもちろん男同士や高校生など多種多様な人が集まるなか、それでも男一人では居づらいその場所にある男が一人姿を見せる。

峰城大学・政治経済学部3年・友近浩樹。

周りから真面目、優等生と評価され、また家庭の経済状況によりバイトに明け暮れる苦学生。
そんな友近が後期テスト真っ只中のこの日、北ホールに姿を見せたことを聞いたならば彼を知る多くの人が見間違いだと言うだろう。
それほどこの場所に似つかわしくない彼がここに訪れた理由は一つ、今コンサートでトリを務める峰城大付属軽音楽同好会の存在だった。

「もうあれから1年か…」
ホール端のひとつ空いた席に座り、少し昔を思い出す。

最初、彼女・小木曽雪菜のことを自分が尊敬する友人・北原春希を同じく敬愛する同士のように感じていた。
こんな美人が自分と同じ価値観を共有していることに、何か自分の格までが上がったような思いだった。
しかしそんな思いが彼女に近づけば近づくほどその尊さによって恋心へと昇華されていった。

そして1年前のこの日、彼は生まれてはじめて好きな女性に告白をした。
我ながら分不相応な恋だとはわかっていた。
彼女を困らせることも、友人を裏切ることになることもどこかで理解していた。
しかしどうしても抑えきれなかった。
彼女を愛おしいという気持ちを、そして一番近くに居たいという欲望を。

…けれど結局そうした願いが叶えられることはなかった。
回想がそこまで行き着くと心が、そして友人に殴られた頬が疼いた。

いつしかコンサートは残り3組となり、会場の雰囲気も最高潮に達していた。
しかし友近はステージに集中することなく、今度は手元のパンフレットに目を向けた。

そのパンフレットの最後に記載してある「峰城大付属軽音楽同好会」の文字。
付属出身者には伝説であったが、付属上がりではない友近にとっては何の思い入れもないはずだった。
しかし一度その構成メンバーを聞き、その名前は記憶へと焼き付いた。
そしてその同好会が今回のコンサートで復活すると学食で流れるラジオで聞き、直ぐ様コンサートへ足を運ぶことに決めた。

いよいよ峰城大付属軽音楽同好会の出番となり、改めて自身を振り返る。
バレンタインデーに行われるコンサートに男一人できて、そこで振られた女と縁を切られた男のユニットを見てどうするのかと。
深く考え、しかしその答えは出ることなく最後の幕が上がった。

「皆さん、こんばんは」

ステージの上に雪菜、そしてギターを持った春希が上がる。
この2人にしっかり目を向けたのはいつ以来だろう。
座席からでもその姿は自分が知っていた2人の様子とは大きくかけ離れていることがわかる。
あのお互いを異常に意識しながらも、決して距離の縮まることのなかった2人とは。

「…あの時のことに、決着をつけなくちゃって…」

雪菜は目を背けるのを止め、春希と向かい合う。

「…それは、負けたことから逃げてただけだった。…」

春希も逃げるのを止め、雪菜と向かい合う。

「…ラストナンバーになります。『届かない恋』」

そこには自分が恋した彼女と自分が尊敬した友人の真のユニットがあった。


コンサート終了後、北ホールが帰宅客により喧騒に包まれるなか足早に帰路につく。
友近は今回のコンサートにより1年前返ってくることのなかった告白の返事を貰えたような気がしていた。
それはチョコのように甘いものではなかったが、前へ進むには十分だった。
ふと空を見上げると雪が舞い始める。
しかし決して足を停めることなく、先程まで聴いていた曲を鼻歌で歌いながら友近は駆けて行った。


 他に書いたもの

このページへのコメント

コメントありがとうございます。
ヒロイン達を差し置いてこの友近SSを一番と言って頂けるなんて凄く光栄です。
友近というキャラが魅力的なあらわれなのかもしれませんね。

0
Posted by xsm5AylTfg 2012年02月29日(水) 06:31:19 返信

めっちゃ良いと思います。
個人的にここのSSの中で1番好きです。

0
Posted by 名無し 2012年02月28日(火) 03:37:32 返信

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