第29話


4−2 千晶 3月6日 日曜日




キッチンからの漏れ出てくる人工の光を浴びながら
春希が料理をしている後姿を観察していると、お腹がきゅぅっと悲鳴をあげる。
ぐつぐつと煮える鍋から湧き出てくる香りに、体が自動的に反応してしまった。
最後に食事をしたのっていつだっけ?
風邪をひいてもなお空腹を訴えてくるんだから、相当な期間食べていないのかもしれない。
春希のエプロンがせわしなく揺れ動くのを目で追いながら、
自分の現状を把握しようとしても、いっこうに思いだせないでいた。

春希「冷蔵庫には、俺が用意していた食事がほぼまるまる残っていたから、
   昨日の朝から調子が悪かったんじゃないか?
   それだったら、俺がバイトに行く前に言ってくれればよかったのに」

千晶「朝は、う〜ん・・・、特に問題ないって思ってたんだけどなぁ」

春希「俺もとくに調子が悪いようには見えなかったな。
   じゃあ、昼前くらいから悪くなったのか?
   昼食用の食事は、少しだけしか手をつけられていなかったら、
   たぶんそのあたりからだと思うんだけど」

千晶「ほんとに?」

私は思わず大きな声で聞き返してしまう。
私が楽しみにしていた食事を食べないだなんて、異常すぎじゃない。
たしかに集中しているときは、食事も睡眠も忘れちゃうけど、レポートごときと
天秤にかける必要なんてないし、そもそも春希の食事だけを楽しみに頑張っていたんだから、
食事をしないなんてよっぽどのことが起きない限りあり得ない。

春希「ほんとだって。昨日作ったものだから今日も食べられるけど、
   さすがに病人に食べさせるわけにはいかないから、あとで俺が食べるよ」

千晶「春希が食べなくても、私が食べるって」

春希「無理するなよ。胃が受け付けてくれないぞ」

千晶「もったいないじゃない」

春希「風邪が治ったら、また作ってやるからさ」

千晶「ホントに?」

春希「ほんとだって」

千晶「嘘つかない?」

春希「つかないって」

千晶「条件付けたりしない?」

春希「そんな面倒なことしないよ」

千晶「じゃあ、じゃあねえ・・・」

春希「声かすれきているから、あまり無理して喋るなよ。女優なんだし、喉は大切にしろよ」

千晶「は〜い」

春希はちらりと私が頷くのを確認すると、再び鍋の中に視線を落とす。
ぐつぐつと煮える鍋のお米をゆっくりとかき回して、
とき卵を入れるタイミングをみていた。
そして、とき卵を鍋にたらし終えると、鍋のふたをしっかりとしてガスの火を消す。
低く唸っていた換気扇も消されると、もともと静かだった部屋が重苦しいまでもの
静けさに満たされていった。

春希「・・・・・・ごめんな、和泉」

千晶「ん?」

春希「だから、しゃべるなって。だまって聞いているだけでいいから」

私は、春希の言いつけ通り無言で頷く。背中を向けている春希は、私が頷いたのが
見えないはずなのに、私が頷いたのを確認したかのように話を進めた。

春希「昼食も食べられなかったってことは、昨日の昼前から体調が悪かったってことだよな。
   いつごろ倒れたか覚えているか?」

今度はしっかりと春希は振り返り、あたしの返答を確認しにくる。
だから私は、首を振り、わからないと返事をした。

春希「そっか・・・。昼食の皿はラップをかけ直して冷蔵庫に入っていたから、
   その後倒れたんだろうな。夕食を食べた形跡はないし、昼間のうちに倒れたのかもな。
   それとも、夕方くらいまでは起きていたか?」

私は首を振り、否定する。

春希「だったら、丸一日くらい倒れていたのか。エアコンも眠くならないように
   温度が低めに設定されていたし、しかもお前、薄着だったんだぞ」

春希の発言を確かめるべく着ている服を確認するが、春希がいうほど薄着ではない。
むしろしっかり着込んでいるといえるんじゃないかな。

春希「それは、俺が着させたんだよ。・・・あぁ、もともと着ていた服の上に着させたから
   脱がせてはないからな。変な誤解はするなよ」

するわけないじゃない。熱もあって現状把握事だって大変なのに、
春希をからかうことなんて、できないって。
ん? 丸一日倒れていた?
私は、自分の目で現実を確認すべく窓の外を見ると、しっかりと窓は黒く塗りつぶされていた。

春希「もう夜だよ。午後7時になるところ。昨日は遅くなるって言っておいたけど、
   帰ってきたのが翌日の昼の1時になってしまって、本当にごめんな。
   俺が早く帰って来ていたら、ここまで風邪が悪化しないですんだのに。
   俺が和泉のサポートするって言ったのに、それなのに風邪引いていたのを
   見過ごすなんて、保護者失格だな」

千晶「そんなことないって。春希は、しっかり、ごほっ、ごほ・・・」

急に大声出したものだから、喉に無理がかかって咳が止まらなくなる。
喉はひりつき、咳のせいで酸素がまわってこない。
かすれた咳を繰り返していると、涙で視界がかすんでいった。

春希「ほら、無理するなって」

千晶「無理なんて・・・ごほっ」

春希「それが無理しているんだって」

春希が甲斐甲斐しく背中をさすってくれるものだから、睨みつけて春希は悪くないって
伝えようとも考えたが、ここはおとなしくしておく。

春希「明日までバイトは休みだから、明日中には風邪治してくれよ。
   昨日無理やりバイト時間延長させられたから、明日までの休暇でチャラらしいんだ」

今度こそ本気で睨みつけてしまった。
だって、昨日遅くなる事は伝えられていた。
もしかしたら、今日の昼ごろまでかかるかもしれないってことも伝えられていた。
しかも、今日は昼ごろ戻って来て、再び夜にはバイトに戻らないといけない事も。
そして、明日も昼前からバイトがある事も事前に教えてもらっていた。
だから、今春希が言った事は、嘘だってわかってしまう。

春希「さてと、お前はもう少し柚子茶でも飲んであったまっててくれよ。
   もう少しでおじやできるからな。味噌味に卵を加えたのでいいか?」

春希は、私が春希の嘘を見破っているってわかっているはずなのに、
もう話は終わりだと、一方的に宣言してガス台の前へと戻っていく。
私におじやの味付けを聞いてきたくせに、私の返事をみようともせず戻っていく。
だから、私の記憶は正しいって、春希が示した事になってしまう。

千晶「春希」

春希「もうしゃべるなって。喉痛いんだろ。声がますますかすれてきているぞ」

春希は、黙々と料理を再開する。私にこれ以上しゃべる隙をあたえないように。
春希は、結局料理が出来上がるまで、一度も私の顔を見る事はなかった。
相変わらずキッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくるくせに、
私の食欲だけは衰退していくような気がした。









千晶 3月7日 月曜日




千晶「お風呂入りたいぃ」

春希「駄目だって。熱も完全には下がりきってないだろ。
   今みたいな治りかけの時油断するのが一番よくないんだ。
   お前みたいにちょっとよくなったからって動きだすと、また熱が上がって、
   結局は風邪が長引くんだからな」

春希のベッドを占領している私は、掛け布団から顔と手を出して大きくアピールするも、
即時却下される。
だから、不満たらたらですっていう顔を見せてやっているのに、春希ったら涼しい顔で
私の対応を続けていた。

千晶「それって春希の経験談? いかにも動けるときは多少は無理をしてでも動きますって
   感じだもんね、春希って」

春希「うるさい。病人は黙って寝ていればいいんだ」

千晶「だから、汗かいちゃったせいで服がはりついて気持ち悪いのぉ。
   こんな状態じゃ、気持ちよく寝られないぃ。
   それにぃ、せっかく回復してきているのに、汗で体冷やしたら、
   また悪化するんじゃないの?」

ここで私が折れたらお風呂が遠のくじゃない。
病人だし、見栄っていうか、綺麗な私だけを見て欲しいなんていう乙女チックな感情は
ないんだけど、さすがに汗をかきすぎていて体を動かずたびにねっとりと肌にへばりつく
感触には辟易している。
だから、ここは強きでいくしかない。お風呂を勝ち取る為には。

春希「そうかもしれないけど」

千晶「春希が過保護すぎるんだよ。いくら温かくしておいた方がいいからってさぁ。
   できることなら、ベッドのシーツも変えて欲しいところよ」

春希「シーツくらないならいくらでも交換してやるけど、お風呂はなぁ」

もうひと押し? 春希の場合は、正論で押すのが一番ね。
春希が言っている事も間違いではないんだろうけど、正解が一つとは限らない。
だから、もうひとつの正解の有効性を証明すれば、春希だって納得してくれるはずだ。

千晶「私がゆっくりお風呂であったまっているときにシーツを交換してくれればいいじゃない」

春希「でも、駄目だ。さっきようやく38度を下回ったばかりじゃないか。
   熱が下がれば風呂に入ってもいいけど、高熱で体力が消耗している今は駄目だ」

私は、春希の顔を見て、肩を落とす。こりゃ駄目だ。
春希の決意は堅過ぎる。これを捻じ曲げるには、強引な正面突破しかないだろうけど、
今それをやるだけの体力は、私にはない。
それに、バイトを休んで看病してくれている春希に、これ以上の迷惑はかけたくもないかな。

千晶「わかったわよ」

口をとがらせて渋々納得してあげたのに、なによその自分は正しいでしょっていう顔は。
実際問題として、このままだと汗で体冷えちゃうじゃない。

春希「その代わり、タオルで体拭けよ。今桶にお湯くんできてやるから」

春希はそうぶっきらぼうに告げると、てきぱきと体を拭く準備に取り掛かった。

春希「お湯を絞る時は気をつけてくれよ。こぼしてもいいけど、なるべくだったら
   そっとやってほしい。でも、体は本調子じゃないんだから無理はするなよ。
   あと、体が拭き終わるまで、俺はバスルームに消えているから、終わったら呼んでくれ」

噛みそうなくらい早口で私に注意事項を押しつけてると、くるりと回れ右をして
バスルームに逃げ込もうとする。
だから私がちょっと可愛いなと思ってしまってもしょうがないじゃない。
きっと春希の事だから、顔を真っ赤にして、私にその顔を見られないようにと必至なはず。
うん・・・、少しは具合がよくなってきたし、ここは一ついつもの調子でやってみよっかな。

千晶「ねえ、春希。ちょっと待ってよ」

春希「ん? なんだ? 桶のお湯は熱いといっても、手を突っ込んでも問題ない温度だぞ」

もう明らかに安全地帯たるバスルームに逃げ込みたいっていうオーラが出ているじゃない。
まだ服を脱いでもいないっていうのに、振り返りもしないし、どこまで用心しているのよ。

千晶「そんなことで呼びとめたんじゃないって。
   ちょっとお願いしたい事があってね。どうもこればっかりは私じゃ無理みたいだから、
   悪いんだけど、春希にお願いするしかないかなってね。
   ほんとうは自分でできればいいんだけど、風邪のせいか、うまく体が動かないのよ」

弱々しく、たどたどしく、それでいて力強く、
病気でふせっている感じをにじみ出しながら言葉を吐く。
いくら春希が振り返っていないからって、観客が私を見ていなくても演技は全力で行う。
声だけじゃなくて、目、口、頬、あご、手・・・
体全部を使って病気で困っている和泉千晶を演技していく。
ほら、私って女優だし、風邪をひいていても女優は女優。
とはいうものの、本当に風邪で体のいう事が効かないのよね。

春希「俺に出来る事なら何でも言ってくれてかまわないぞ。
   迷惑だとか、面倒とか思っていないから、風邪をひいている時くらい遠慮するなよ。
   あ、でも、普段は少しは遠慮してくれると助かるんだけどな」

あ〜ら、春希ったら、冗談をいうくらいには余裕があるみたい。
でも、その余裕、いつまで持つかしらね。

千晶「うん、ありがとね、春希。だったら、お願いしたい事があるから
   こっちを向いてくれないかな? まだ服着てるから問題ないよ。
   それとも、脱いでいた方がよかったかな?」

私の方に振り向いた春希を、ニヤリと底意地が悪い笑顔で出迎えると、
可愛い事に、春希はピクリと体を震わせる。
もう、春希ったらぁ、もう余裕がなくなっちゃったのかなぁ?

千晶「そんなに警戒した顔をしなくても、無理難題を押し付けたりなんてしないって」

春希「すでに大学4年進級という難題を押し付けられているけどな」

千晶「それはそれ。これはこれだって」

春希「ふぅ〜・・・。まあ、いいか。で、俺に頼みたい事って?」

千晶「うん、背中拭いてっ」

やばっ。つい春希との会話のノリで明るく言っちゃったじゃない。
ここは力ない声で言わないといけない場面だったのに。
やっぱり本調子じゃないのかな。
と、反省していると、私の相手役たる春希君は、呆然と私を見つめていた。
見つめているというよりは、虚空を見つめている、かな?
そんなに私のお願いが嬉しかったの?・・・・・なわけないか。

千晶「うまく力が入らないんだって。タオルも絞りにくいから、できれば春希に
   しぼってほしいんだけどな」

ここは、背中を拭くだけじゃなくて、タオルもしぼれないのコンボ。
これなら春希だって、折れるしかないでしょ。

千晶「春希? 聞いてる?」

春希「ああ、聞いてる。大丈夫、理解してる」

春希ったら、何度も瞼をぱちくりさせながら落ちつこうとがんばってるじゃない。
でも、どこまで効果があるかしらね。

千晶「そう? だったら、背中拭いてくれない? はい、タオル」

タオルを差し出すと、私の手に吸い寄せられるように春希は手を差し出し、
タオルを受け取る。
タオルを手にしたのはいいんだけど、まだ何故タオルを持っているのか理解して
できていないみたいだった。

千晶「じゃあ、背中拭いてね」

さっそく背中をはだけ出すと、春希はようやく今の状況に理解したみたいで
肩越しで見る春希は、落ち着かない様子であった。

千晶「ほら、早くぅ。いつまでも裸でいると熱が上がっちゃうでしょ」

春希「わかったって」

背中に温かい感触が伝わるのと同時に、タオルで汗をぬぐいさった個所には、
ひやっとする爽快感を残していく。
それと同時に丁寧に痛くしないように配慮する春希の気遣いも伝わってもきて、
お風呂に入れない間にため込んだぬめりも全て取り去ってくれるようでもあった。

千晶「うぅ〜ん、気持ちいぃ〜。首の後ろのあたりもよろしくぅ」

首の後ろのあたりなんて自分で拭けないわけでもないのに、
春希ったら、甲斐甲斐しく文句も言わずに私のリクエストにこたえる。
春希は肩にかかっている髪を左手ですくいとり、優しくタオルを首にあてていく。
あまりの気持ちよさに気がつかないでいたんだけど、ふと前を見ると今は夜であった。
夜って事を忘れていたんじゃないのよ。夜だってことは知っていたしね。
夜って事は、闇によって黒く塗りつぶされた窓は鏡のようになってしまう。
つまり、窓には私が春希に背中を向けて拭いてもらっている姿が写し出されていた。

千晶「あっ・・・」

私が不注意で漏らした声に反応した春希は、私の真意を探るべく顔を上げる。
すると自然と窓に写った私の目とあうわけで。

千晶「あ・・・ぁあ・・・、ひっ!」

ここにきて、春希を挑発しようと胸を隠していない事でしっぺ返しをくらうなんて、
この台本、出来過ぎじゃない。
どこのラッキースケベ主人公なのよ。
私の悲鳴を察知した春希は、視線を徐々に下げてゆき、ぷるんとした胸へとたどり着く。
大きくてもなお重力に逆らって形を崩さないでいる私の胸を、間接的にとはいえ、
春希に見られてしまった。
顔がほてり、体がピンク色に上気しているのさえ、風邪のせいだけとは思えない。
心臓もバックバクで、春希に聞こえてしまっているんじゃないかと焦りも感じてしまう。
焦りが焦りを生み、どつぼにはまっていっているのに、どこか期待している私もいる。
って、何を期待しているっていうのよ。
ここでも、本調子の私だったら、見たいんならいくれも見せてあげるって
軽口を言えるはずなのに、今の私は、可愛い悲鳴を上げるのが精々だった。

千晶「あのさ、春希。いくら私の胸が立派だからといっても、いつまでも見られていると
   恥ずかしいんだけどな」

春希「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。突然の事で驚いてしまって、
   俺も状況判断ができない状態っていうか、つまり、パニクっててよくわからん」

千晶「うん、私もだから落ちつきなさいって」

春希「ごめん」

千晶「私が頼んだこと何だし、春希に落ち度はないよ」

春希「ごめん」

千晶「ごめんって、誤っている割には、いつまで私の胸を見ているつもり?
   春希にだったら見せてもいいんだけど、でも、そんなに凝視されちゃうと
   さすがの私も恥ずかしいかも」

春希「ごめん!」

春希は盛大なごめんをはじけ出すと、
今度こそ安全地帯たるバスルームに逃げ込んでしまった。
ちょっと意地悪しすぎたかな?
でも、ここまでは計算していなかったしなぁ・・・。
とりあえず、このままだと寒くて熱あがっちゃうから、とっとと体拭いて
服を着替えるかな。

千晶「春希ぃっ。恥ずかしがっているところ悪いんだけど、タオルだけは返してくれない?
   早く体拭いて、着替えたいから」

と、私が催促すると、春希は上半身だけバスルームからだして、タオルを私に
投げ渡してくれた。

春希「タオルを催促するんなら、上着くらい着ておけよ!」

あら? 顎を引いて今の服装を確認すると、見事な二つの胸が抜き出しで出迎えてくれた。
つまり、春希ったら、今度こそ直接私の胸を見ちゃったわけか。
さっきは窓に写ったのを見ただけでもあんなに取り乱していたんだから、
今度はさすがにやりすぎたかな?
でもね、春希。今回のは、まじでアクシデントなんだよね。
だって、私の顔も春希と同じくらい真っ赤に染まっているはずだから。







なんとなく気まずい。
体を拭いて、着替えもして、ベッドのシーツまでも交換したっていうのに、
体にまとわりつくもやもや感が私を悩ませていた。
わかってる。何が原因かってわかっているんだけど、どうも風邪をひいてからは、
うまく台本を作れないでいた。
いつもの和泉千晶ならどうすればいいかってわからなくなる。
でも、今いる私も和泉千晶に違いない。
だったら、難しい事を考えないで本能で体を動かすしかないのかな?

千晶「あのさ、春希」

春希「なんだ? 喉でも乾いたか?」

私のレポートを確認しつつ、これから書いていく部分についての要点をまとめていた春希は
いかにも素人くさいなんでもないですよっていう顔を無理やり作って返事をしてくる。
こんなへたれ俳優が舞台に上がっていたら、蹴り飛ばしてやるところだったけれど、
今は春希のへたくそな演技に救われていた。
春希の困っている顔を見ていると、すうっと肩の力が抜けていくんだもの。

千晶「さっき私の胸見た事なら、まったく気にしてないから、春希もとっとと
   オナニーのネタくらいにでもして、忘れちゃってね」

春希「なっ・・・」

千晶「にひひひひ」

私も春希の真似をして、へたくそな笑顔を見せつける。

春希「女性がオナニーとか言うんじゃない」

千晶「それは、私の照れ隠し?」

春希「う・・・んっ」

こういってしまえば、春希も黙るしかないか。
こちらとて、余裕があるわけじゃないのよね。

千晶「それに、レポートだけじゃなくて、風邪の看病までさせちゃって、
   こればっかりは本当に春希に悪いと思ってるんだ。
   バイトだって、休ませちゃったでしょ」

春希「それは」

千晶「私と春希の間には、遠慮なんて必要ないじゃない」

春希「そうかもしれないけど」

千晶「だったらいいじゃない。わざとらしく嘘をつかれるよりも、
   はっきりとお前のせいだって言われた方が気持ちがいいわよ」

春希「お前のせいだとはいってないだろ」

千晶「それは、今頭が働かなくて、言葉が出てこないだけだって。
   でも、私が言いたい事は、春希にならわかっているでしょ?」

私は自然と笑みを浮かべている。
もはや今の私は私がキャラ設定した和泉千晶ではなかった。
春希が見てきた和泉千晶であり、私の中に根付いた和泉千晶であった。

春希「なんとなくだけどな。下手な気を回させるなら、しっかりと真実を伝えて、
   余計な気苦労をかけさせるな。
   俺達の関係では、建前や遠慮なんかするなって事だろ?」

千晶「まあ、だいたいあってるかな」

春希「だったら、和泉も俺に変な気を使うなよ。
   レポートだって、風邪をひいたことだって、何一つ面倒とか思ってないからな。
   さすがにレポートは、もう少し前に言ってくれさえすればスケジュール調整が
   できて余裕を持てたとは思っているけど、関わりたくないとか、
   和泉の側にいたくないとか思った事はないからな」

あまりにも真剣に春希が言うものだから、きょとんとした顔で春希の演説を
聞いてしまった。
多少はうざい奴って思われていたと思ったのに、こんなの卑怯じゃない。
これは、風邪で弱っている女は落としやすいってやつなのかな?
なんて下世話な事を考えている場合ではないか。
うん、まあ、春希らしいかな。
そんな今の私には、この一言を言うのがやっとだった。

千晶「ありがと」

この言葉を聞いた春希の顔は知らなし、知りたいとも思わなかった。
何せ私は、頭まで布団をかけて逃げてしまったのだから。





第29話 終劇
第30話に続く








第29話 あとがき




春希「和泉エピソードも後半パートに入ったな」

千晶「もうちょいで本編に戻れるみたいね」

春希「だな。でも、これも本編を補強する為に必要なエピソードなんだぞ」

千晶「著者に言ってくれって頼まれたの?」

春希「・・・・・・まあ、そのな」

千晶「でもさ、これで『千晶、踊る子猫』の中軸エピソード書いちゃったりしたら
   何週くらいやることになるんだろうね。
   だって、序章的扱いでこの分量よ。
   しかも、著者ったら、プロットからの文章量見積もりがガタガタだしね。
   中軸エピソード書いちゃったら、読者も本編忘れるんじゃない?」

春希「そうかもな。でも、中軸エピソードは書かないってさ」

千晶「へぇ・・・、なんで?」

春希「著者が『〜coda』の本編の設定を忘れてしまうからだってさ」

千晶「だろうね。長編3本も同時に書いていたら、いくら設定まとめてあっても
   書いていないと忘れちゃうだろうしね」

春希「来週も、火曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
   また読んでくださると、大変うれしいです」




黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

風邪引いて看病してもらったり、身体を拭いてもらったりと、春希に世話される千晶はicやcodaのかずさを彷彿とさせますね。
弱って素が出てきたり、胸を見られて照れる千晶の反応は大層可愛かったです。次話以降の展開も楽しみにしています。

0
Posted by N 2015年01月13日(火) 23:28:27 返信

今の話が本編とどう繋がって来るのか想像出来ませんが、千晶だけに原作のイオタケの様な分かりやすいポジションではないのかなあと漠然と思うくらいですね。次回の更新も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2015年01月12日(月) 20:56:42 返信

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