いやらしい・・・

仲間内ではアイアンメイデンとすら評される麻理は、
自分の”女”が目覚めようとする本能と全力で戦っていた。

ニューヨークのオフィス。
数ヵ月後にNY公演を控えた、ある新進気鋭のピアニスト。
思い起こせば浅からず因縁がある彼女のBlu-Rayを見た瞬間
麻理は今更ながら後悔した。

白いその指先が、黒と白二色の鍵盤と交わる。
最初は怯える様に優しく愛撫。
そして少しずつ熱を帯び始めた指先は徐々に大胆に。
まるでウィークポイントを見つけ喜ぶ悪戯っ子のように。
容赦が無くなってゆく。
全力で貪る。
その歓喜の嬌声は鼓膜ではなく、彼女の子宮を・膣を容赦なく侵食し
蹂躙してゆく。



これは駄目だ。
全力で抗っていた筈の理性はいつの間にか吹っ飛び、
管理職特権の個室に感謝しつつ、指先は濡れそぼった
秘肉を弄る。
ピアニッシモ・ピアノ・メゾピアノ
昂ぶりつつ指先に力を込めてゆく。
メゾフォルテ・フォルテ・フォルティッシモ
自分の音とピアノがアンサンブルを奏でる。



codaと共に訪れる絶頂。



amazonで彼女の全てのBlu-Rayと日立のハンドマッサージ器を購入した後も、
麻理は部屋から出ることが出来なかった。

カーペットの滲みをどうすべきか。





数日後麻理は自宅で荷物を受け取った。
ほぼ日常の全てを仕事に捧げ、職場が自宅と化している
彼女にとっては異例の措置である。
しかし今回の麻理は、数日の間に覚悟と決意を固めていた。

流されない。

音楽に関しては確かにほぼ素人の自分。
しかし雑誌の編集を通して、畑違いの人間の人生も共有してきた自負がある。
それを嘲うかの様な圧倒的な陵辱。
あれ程の完敗は人生で初めてである。
不利すぎる勝負である事は重々承知。
ただ、女である事。
その一点で負けた事の方が遥かに悔しかった。

アイアンメイデンである私が、妄想力で負けたのである。
私のアイデンティティを掛けて挑まないと。
そうしない限りあのピアノの本質を、
いや冬馬かずさの本質を見抜く事は出来ない。

流されちゃっても大丈夫なようにハンドマッサージ器もある。

日本に凱旋帰国する以前のヨーロッパで収録された・・・
彼女を一躍時の人にしたトラスティ国際コンクール。
わざわざ作った休日の午後、いつもであれば忙しく働いている時間だ。

麻理は戦地に赴く心持で再生を押した。







・・・なにこれ


そこで繰り広げられた演奏は、麻理の出鼻を挫き
そして全く違うベクトルで再び彼女を叩きのめした。
間違いなくそれは同じピアニスト、冬馬かずさであるにも関わらず
その演奏は前回麻理を陵辱した物とまるで違った。



それは恋。
切なくて尊い、初めての恋。
想い焦がれ苦悩する届かない恋。

甘酸っぱいと一蹴する事すら憚られる、
純粋で強烈な狂気にも似た一途さ。
自分がシンパシーを感じる事すら恥ずかしくなる様な
余りにも純粋すぎる想い。





また負けちゃった。
マッサージ器は使わなかったけど。
泣き腫らした目で敗北を認めざるを得なかった。






アポイントメントのメール。返事ははしかし素っ気無い物だった。
単独のインタビューは不可。

食い下がろうにもドイツ語である。
勿論諦める気は無いけれど。

悔しいが仕方が無い。
アンサンブルの編集部のつてを使う事にした。
しかし東京の冬馬曜子オフィスは実質開店休業状態。
現地とのやり取りしか無い事が分かった。


単独じゃないと・・・
女として彼女を解析したい。
その為には単独じゃないと。



結局実を結んだのは粘り強い交渉では無く
なめらかプリンだった。
突然もたらされた、冬馬かずさ攻略法。
誰が協力してくれたのかは不明であったが、
運が味方している。そう感じた。





芸術家と呼ばれる人種のインタビュー。
編集者泣かせの最たる企画である。
何しろ感性がまるで違う異生物を相手にする事は、
あくまで社会性をベースに商業記事を書く編集者にとって
相容れない事は明白であるし、麻理にも有り余るほどの苦い経験があった。

しかし今回彼女はそれほど気負っていない。
運が明らかに向いているから。
単独インタビューを獲得した麻理に、
現地のマスコミからはあからさまな嫉妬の眼差しが向けられた。

オリエンタルな雰囲気を醸し出す、
絶世の美女にして天才ピアニスト。

しかもマスコミへの露出は近年極端に減り、
鉄のカーテンとも称される敏腕マネージャーが、彼女を忠犬のようにガードしている。
過去にも単独インタビュー成功例は、日本凱旋時のみであった。
他社もそれを知ってか、日本人編集者を用意していたが
全て討ち死にしたらしい。

NYの高級ホテルの一室。
冬馬かずさを待つ麻里は、従って平常心。
ドアがノックされる。




「冬馬曜子事務所の北原春希です。本日は宜しくお願いします。」

平常心は脆くも崩れ去った。








「だから嫌だって言ってるだろっ!お前が居なかったら私がどうなるか知ってるだろ!」

「今更何言ってるんだよ。俺はちゃんと話したぞ?プリン食べるのに夢中だったけど
 構わないって返事しただろう?」

「ぐ・・・それは久し振りのなめらかプリンだったから・・・」

「ほらみろ。大体なめらかプリン5ダースも貰って、一週間持たないってどういう事だよ。」

「それは今言う必要ないだろ。大体ずっと護るって約束はどうなるんだよ?
 二人っきりでマスコミと話すんだぞ。お前は護ってくれないんだぞ?」




んー・・・埒が明かないわね。

痴話喧嘩を暫く眺めていて冷静さだけは取り戻した麻理は、。
折中案を提案することにした。

北はr・・・いえ、マネージャーさんと最初はお二人で構いません。
ただし、彼には途中で退席していただきます。
それで如何ですか?





こうしてインタビューはかろうじて始まり。
そして予想外にも滞りなく終わった。

もっとも殆どは
「春希・・・」
と涙目や上目遣いで縋る情けない芸術家。
そして代わりに理路整然と答える甘やかしすぎるマネージャーといった構図であったが。


マネージャーを追い出した後
狼狽する迷子みたいなピアニストの

「私のピアノはあいつの為の物。
本当は誰にも聞かせたくない。
だけど、沢山の人が熱狂する様をあいつが自分の事の様に喜んでくれるから。
だから聞かせてあげる。」

自己満足かも知れないけれど、自分が一番聞きたかった答えが貰えた気がしたから。
だから考えうる最大級の罵声と皮肉をウィーンの事務所に日本語でメールしようとしたけど、
最大限の賛辞を付け加える事も出来た。

返信は無かったけど。


なめらかプリンの代金とチケットが届いたのは、
”あいつ”がどれだけ彼女を愛し、甘やかしているかの証左だった。


すっかり大人になっちゃって・・・


自分が必要以上に目を掛け、手塩にかけて育てた元部下。
正直最初は面食らい、我儘な芸術家のマネージャーをしている事に
怒りすら覚えていたが・・・

全てを捨てて彼が手に入れた物。
全てを彼に捨てさせて彼女が手に入れた物。
彼が突如会社を辞めたと連絡を受けた時、
麻理なりに全力で情報を集めた、
埋まらなかったピースが埋まった気がした。


ちょっと惜しかったかな。






その夜ハンドマッサージ器を開封した。



あとがき

麻理さんは間違いなくMだと思う。
転載一部改修 Jakob ◆VXgvBvozh2

このページへのコメント

JhXQpL I appreciate you sharing this blog post. Great.

0
Posted by stunning seo guys 2014年01月20日(月) 18:32:41 返信

良いですね。
特にかずさの台詞が。
ちょっと口調が違うきもしますが。

0
Posted by ほよよ 2014年01月02日(木) 18:17:59 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます