大晦日のコンサートに向かったら 第十話

「――ほら春希、うどん」

額に冷えピタを貼り、ベッドにもたれかかっている春希。

かずさはベッドの脇に座り、うどんをふぅふぅして冷ましてから春希の口に運んでいた。

そのうどんは美代子が買ったもので、病人用に薄味で作ったのが依緒。

かずさと再会した二人はその場で色々とかずさに問い詰めたいことがあったのだが。春希が寝込んで居ると聞くと、その話を後回しにして春希の部屋へと向かった。

当然、春希は武也と依緒の姿に驚いた。

しかし二人にかずさとの関係で隠すようなマネをしたくなかった。

そして、隠すような必要ももう無いと思いたかった。

春希は、世話を手伝ってくれるという二人の申し出を素直に受け入れた。

かずさに寄り添われながら食事をする春希、その光景を、こうなっちまったかとどこか諦めの表情を浮かべながら眺めている武也と、納得いかないと言った具合に拳を強く握りしめている依緒。

「――ごちそうさま、依緒。うまかったよ、ありがとう。武也も、溜まってた洗い物片付けさせて悪かったな」

春希はうどんを完食し、薬を飲んだ。かずさは春希が使った食器を流しに運んでいく。

春希の顔色は比較的良くなり、言葉の発音も良くなっている。

「――ねぇ春希」

春希の調子が改善してきたのを見て、依緒は切り出させずにはいられなくなった。

「結局雪菜とはどうなったのよ、クリスマス以来会ってないんでしょ?」

『雪菜』という単語にかずさの顔が一瞬こわばる、しかし先ほどの春希の携帯、雪菜との連絡を全く取らなくなった携帯を思い出し、心を落ち着ける。

「――ああ、会ってないよ。電話も、メールもしてない」

今の春希には自分の罪を隠す気も、逃げる気も無かった。

正面から高校時代の腐れ縁だった二人に向き合い、罵倒され、そして審判を受けよう。

◇◇◇

「――なにそれ…」

「い、依緒…落ち着けって」

春希がクリスマスに雪菜とあった出来事を全て話し終えると、依緒はテーブルを叩いて激高した。武也が何とかなだめようとする。

「なんで今さらそんなこと言うんだよ雪菜は!」

依緒の瞳にわずかに涙が帯びる。

「わかってたじゃんか…わかってたじゃんか春希が冬馬さんのこと忘れてないなんて。ずっと引きずってるなんて、一番わかってたじゃんか!
わかってて、それでも雪菜、春希のこと好きだって。だから、あたしだって力になりたいって思ってたのに…」

「ああそうだな。だから俺たちはずっと雪菜ちゃんの味方でいようって」

「なのに、春希が雪菜に向かい合おうとした途端、そんなわかりきってたこと持ち出して春希の手をはねのけるって、一体どういう了見だよ!」

怒りと情けなさに震える依緒。

武也は依緒には言わなかったが、本当に最悪のパターンとして、雪菜のクリスマスでの行動を予想していた。

春希、かずさ、雪菜の三人と一番長く触れる事になった人間として、春希のかずさに対する思い、そして雪菜の、春希の中にあるかずさへの思いを感じ取っていたから。

だから、クリスマスでの雪菜の行動に対する驚きはそれほど大きいものでは無かった。

まだ春希から、どうしてかずさがこの部屋に来ることになったのか話を聞いていない。

三年間の溝が、どうやって埋まったのか聞いていない。

それでも春希を看病する献身的なかずさの態度。

たった一瞬でもかずさが春希の側を離れたときに見せる春希の切なそうな表情と、かずさが戻ってきた時の安心しきった表情。

その様子から、三年間の溝など簡単に埋まってしまったことが分かってしまった。

三年間、どれだけ自分と依緒が埋めようとしても出来なかった春希と雪菜の溝、それが春希とかずさの場合はたった数時間で溝が埋まってしまっていた。

その状況をみて武也は覚悟を決めた。自分はこれから春希が決めたどんな決断でも応援しようと。

それが親友、北原春希を一番幸せにする選択なのだろうから…

◇◇◇

「――か、かずさ、ちょっと手が痛い」

「あ、ああ、ごめん」

高校時代、かずさと依緒の交流はほとんど無かった。会話をしたのも数えるほど。

依緒は雪菜よりだけど、自分たち三人の事を客観的に見ていた人間。

皮肉なことに、春希から「かずさの事をずっと忘れられなかった」と言われるよりも、三人の関係を客観的にみていた依緒から、『春希が冬馬さんの事をずっと忘れられなかった』と伝えられた方がかずさの心を打った。

春希の自分への想いが第三者によって認められた事が本当に嬉しかった。

嬉しさと、それをみんながいるところで披露されたのが照れくさくて、つい春希の手を握る力が強くなってしまっていた。

「――あのね、冬馬さん」

涙目になりながらかずさをにらみつける依緒。

「な、何?」

「ちょっと場所を変えて、二人で話さない?」

「依緒、かずさは悪くない!」

「悪い悪くないの話じゃ無いの、私は冬馬さんを責めるつもりは無い。ただ、どうしてもはっきりさせなきゃいけないことがあるのよ」

「…………」

「いいよ、春希、あたし行ってくる。部長、春希の事、よろしくな」

「おう、任せろよ」

ドアの閉まる音がする。部屋には今、武也と春希の男二人が残っている。

「この部屋で二人っきりになるのも久しぶりだな、春希君♡」

「気持ち悪い声色使うな、武也」

「どうやら体調良くなってきたみたいだな。それじゃあ聞かせてもらおうか、どこで冬馬と再会したのか、再会した後何があったのか…」

タグ

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます