クリスマス特別短編


『それでもサンタはやってくる(前編)』


著:黒猫






あたしにとっての高校最初で最後の学園祭が終わった夜。
興奮と熱気がおさまらない中、リビングのソファーであのキスの瞬間を思いだしていた。
ひんやりと伝わるなめらかな革の感触がいくらあたしの重みを受け止めようとも、
幾度となく繰り返される寝返りを黙って受け止めてくれている。
あたしは気にも留めていないが、さすが母さんが集めてきた家具といったものらしい。
値段を聞いてもピンとはこないが、それなりの高級品みたいだ。
さすがに成金趣味の家具を買い集められていたら、母さんに黙ってすべて処分して
新たに買い集めていたかもしれないが、母さんのお金を使う姿には力が入っていない。
これは元々母さんの実家の財力の高さと教養によるものだろうが、
落ち着いた雰囲気のリビングに仕上げてくれた事には感謝してやってもいい気がした。
時計を見ると、もう10時をすぎようとしていた。
家に帰って来てしたことといえば、ゆっくりとお風呂に入ったことくらいで、
あとはリビングにいたのだから、ほぼすべての時間で北原のことを考えていたに違いない。
・・・・・・仕方ないか。初めてのキスだったんだ。
あたしから北原に、北原には内緒でキスしてしまった。
いけないことだってわかっている。
だけど、しょうがないじゃないか。だって、この好きな気持ちは抑え込むことなんてできない。
不安と期待を胸に寝転がっていると、時間が過ぎ去っていくのは早い。
再び時計を確認すると10時30分になろうとしていた。
こんな時間に誰だ? インターホンが鳴らされて、不審に思って時計を確認したが
こんな夜中にやってくる訪問者などいない。
いつだって、この家にやってくる奴なんていなかった。
だけど、・・・・北原?
学園祭直前までこの家で合宿していた北原なら、もしかしたら・・・・・・。
あたしは、インターホンの画面で誰が来たかを確認もせずに玄関へとかけていった。







12月に入り、冬休み前の関所をくぐり抜けたつわものたちの顔色は明るい。
今日でようやく期末試験も終わり、誰しもがほっと一息をついていた。
これが一般的な高校であれば、高校三年生の教室であるのだから
これから始まる大学受験にピリピリとした雰囲気で支配されていたはずだ。
しかし、ここ峰城大学附属高校の生徒のほとんどが、その上の峰城大学に
そのまま進むわけで、他大学に進むマイノリティー以外は、
これからやってくる冬休みに心を奪われていた。
一応あたしもマイノリティーの一人ではあったが、いたって平常運転である。
あたしは、来年からウイーンにいる母の元へ行く。
そこで母の師でもあるマーティン・フリューゲルに弟子入りすべく試験を受けるのだが、
大学入試と違ってピアノの実力の身というところはあたしにあっていた。
ピアノを弾くのは嫌いじゃないし、あたしがピアノを弾くのを喜んでくれる彼氏が
いるのだから、他の受験生と一緒にはされたくもなかった。。

親志「春希なら、なんだか担任に呼ばれて職員室行ったぞ」

かずさ「そっか、ありがとう。えっとぉ・・・・・・」

急に呼びとめられてしまい戸惑ってしまう。
同じクラスで、席も近く、今は名前が思い浮かばないが、春希とよく話している男子生徒。
春希を介して何度も話した事があるし、今日みたいに声をかけてくる事もある。

親志「親志だよ。早坂親志。春希ばっか見ているのは止めないけど、
   俺も席が近くのご近所さんなんだから、名前くらい覚えてくださいよぉ」

かずさ「すまない。早坂だろ? 覚えているよ。春希から、早坂に声をかけられたら
    からかってやってくれって頼まれてたんだ」

本当は、突然話しかけられてびっくりして、ど忘れしただけ。
いくら顔見知りであっても、どうしても身構えてしまう。
それだけ人との接点に疎くなってしまったのかもな。

親志「ほんとかよ? 今度春希に文句言ってやる」

かずさ「それは、やめてくれ」

親志「おうおう、夫婦愛が深いねぇ」

かずさ「そういうわけじゃないんだ。さっきのは、・・・・・・・冗談だ」

あたしの冗談発言に、失礼にも笑い転げる早坂親志。
くったくのない笑顔で、くしゅっと笑うその表情は人との壁など作らないって示している。
事実、人付き合いが苦手なあたし相手に、何度ともなくチャレンジしてくるあたりが
早坂の人の良さをよくあらわしていた。
ただ、首に巻いているどぎつい紫色のマフラーはどうにかならないか?
マフラー自体は、悪くはない。巻く人が巻けばおしゃれだと思う。
だけど、この男が巻くと、どう甘く採点してもチンピラにしか見えなかった。

親志「冬馬も冗談を言うようになったか。いい傾向だな。
   学園祭前だったら想像もできなかったしな。これも旦那さんのおかげかもな」

かずさ「春希は、旦那じゃない」

親志「学園祭以降、誰もが認める夫婦漫才カップルじゃないか」

かずさ「誰が夫婦漫才だ」

親志「ボケが冬馬で、つっこみが春希だろ。つっこみっていうよりは、世話係?」

かずさ「あたしは、ぼけてなどいない。でも、春希が世話係っていうのは
    あながち否定できないから痛いな」

親志「だろ?」

面白そうにけらけら笑っているけど、ここだけは事実過ぎて反論できない。
嘘がまじっているんなら、蹴りの一発くらいかましてやったのだが、
しかし、いつも春希の世話になっているしな。
今回の期末試験だって、春希が泊まり込みで家庭教師をしてくれたおかげで
どうにか突破できそうだし、
食事だって、春希による監修が続いている。
作ってくれているのは、ハウスキーパーの柴田さんなんだけど、
食事を作るのを再開してほしいとお願いした時は喜んでくれたっけ。
こちらがお願いする立場なのに、喜んでもらえるなんて思いもしなかった。

親志「そういや、一緒にウィーンに行くんだって?」

かずさ「一緒に行く予定だ。あたしの方としては、向こうでの試験が終わってないのに
    話がどんどん進んじゃって、困っているんだけどな」

親志「フリューゲル先生だっけ? 冬馬のかぁちゃんのお師匠様」

かずさ「そうだよ」

親志「ピアノのことはよくわからないけど、これってすごいことなんだろ?」

かずさ「どうなんだろうな? あたしもその辺の事情はくわしくないからさ」

親志「春希によれば、入門するだけでも難しいらしいっていってたな。
   何人も有名ピアニストを育てているとか」

かずさ「らしいな」

親志「らしいって、自分の先生になる人なんだろ」

かずさ「春希が詳しすぎるんだ。あいつったら、あたし以上に向こうでの事を勉強
    してるんだからな。しかも、ドイツ語だって、すでに日常会話くらいは
    できるようになってるんだぞ」

さすがに春希がドイツ語を少し話せることには、早坂も驚きをみせていた。
なにせ春希ったら、母さんとの初対面以降、あたし以上に母さんと会話をしているもんなぁ。
あたしの知らないところで、どんどんとウィーン行きが決まっていく。

親志「春希ものぼせているな。まっ、しょうがないか。
   結婚はまだだとしても、婚約くらいはしたんだろ?」

かずさ「いや、婚約してない」

親志「そうなのか?」

かん高い声で出すものだから、あたしまで驚いてしまう。
けっして結婚や婚約というキーワードで顔が赤くなったのではない。
あたしは、この男の声に驚いて、顔を赤くしてしまったんだ。

親志「それは意外だな。てっきり婚約だけはしていたと思ったからさ」

かずさ「・・・・・・・あたしはしてもかまわないけどな」

親志「ん? なんだ?」

かずさ「なんでもない。独り言だ」

親志「ならいいんだけど」

あたしの小さな願いを聞き逃した早坂ではあったが、この男の関心は春希そのものへと
向かっていた。

親志「あいつもこのまま上の大学に行くと思ってたら、いきなりウィーンの大学だもんな。
   ドイツ語も覚えなきゃいけないし、高校の成績がいくらいいからといっても
   むこうでの試験とか大変そうだな」

かずさ「らしいな。向こうでの試験日程も、ぎりぎりのタイミングって言ってたな」

親志「俺みたいな凡人がいうのはあれだけど、安全策っていうの?
   いったんこのまま上の大学行っておいて、あまり詳しくは知らないけど、
   大学の留学制度とか使ったほうが安全だろ。
   ウィーンの大学が制度範囲外だとしても、色々とサポートくらいはしてくれるだろうし。
   それを突然上への進学を取り消したんだから、そりゃあ担任も驚くよな。
   さっき担任に呼ばれたのだって、その話だろうし」

かずさ「かもな」

親志「ごめん。冬馬を責めているわけじゃないんだ。
   ただ、春希のことだから、結婚とか、そのくらいの覚悟をしての
   決断だったのかなと思ったからさ」

早坂に言われるまで、考えもしなかった。
あたしは春希と一緒にいられる事に喜びを感じていて、
春希が置かれている状況を確かめもしないでいた。
そうだよな。いくら優秀な春希だといっても、簡単にウィーンの大学に行けるわけじゃない。
もちろん母さんのサポートがあるのだから、来年の進学は無理だとしても、
その次の入学ならば、ほぼ確実に入学出来てしまうと思う。
でも、留学だけじゃないんだよな。
これからさきの春希の人生。あたしとともに進む春希の人生。
きっと春希のことだから、寝ずに考えて、たくさん悩んで決断したんだろうな。

春希「おい親志。かずさをいじめるなよ」

親志「虐めてないって」

春希「だったらなんでかずさが暗い顔してるんだよ」

親志「いやいやいや・・・。世間話していただけだって。
   しかも春希を探していた冬馬に、春希の行き先まで教えてたんだぞ」

春希「そうなのか?」

かずさ「まあ、そんなところだよ」

心配そうな顔で覗き込むなって。
嬉しすぎて顔に出てしまうだろ。こんなにも愛されていて、
こんなにも先の事まで考えてもらっていて、幸せじゃない女がどこにいる。








北風が体温を奪っていく中、あたし達はあたしの家へと歩いていく。
黒い通学用のコートだけでは心もとなく、春希に身を寄せてお互いの熱を補っている。
春希もあたしと同じような黒いコートをきているはずなのに、
どうして差が出てしまうんだ?
通学用のコートなのだから、華美なデザインではない。
それでも、高校生が着れば、寒さの中元気よく闊歩する高校生にみえるはず。
けれど、春希がきてしまうと、どうしても公務員にみえてしまうのは、どうしてだろうか?

春希「どうしたんだ。浮かない顔をして。やっぱり親志となにかあったのか?」

かずさ「ううん、関係ない。関係ないよ」

春希「だったら、どうして暗い顔をしてるんだ。・・・・・・もしかして、
   そうとうテストの出来が悪かったのか?」

かずさ「それもちがうって。テストの方は、春希の頑張りもあって、大丈夫なはず」

春希「だったら、どうしたっていうんだよ」

春希の問いに、春希の腕を掴む手に力が入ってしまう。
春希には、隠し事なんてできないな。だって、あたしのことをあたし以上に見ているから。

かずさ「あたしは、春希の負担になってないか?
    あたしのせいで、春希の人生が駄目になってないか?」

春希「なってないよ」

そう短く答える春希に、あたしは甘えてしまう。
やわらかい笑顔で囁くその声に、あたしはこの男のことをどこまでも信じてしまう。

春希「俺は、かずさと一緒にいる人生を選択したんだ。それに留学自体はプラスだよ。
   元々留学には興味があったし、その選択が早まっただけ。
   だから、かずさがそのことで悩むことなんてないんだよ」

かずさ「だけど、急だっただろ?」

春希「たしかに、曜子さんから話を聞いたときは驚いたし、迷ったよ。
   だけど、曜子さんは進路のアドバイスだけじゃなくて、金銭的なサポートまで
   してくれてるんだから、感謝しているよ」

かずさ「それは、母さんが強引に話をもってきたんだから、
    そのくらいのサポートは当然だ」

春希「それでも、ウィーンで事務所職員見習いとして雇ってくれるのはありがたい」

かずさ「そんなのは、母さんの思い付きだ。
    まあ、春希がドイツ語を覚えるのには、実際使う方がいいだろうっていうのも
    あるみたいだけどさ」

春希「それも含めて感謝してるんだ。
   俺一人で決めたんなら、こうもスムーズにことが進まなかったはずだよ。
   それを曜子さんが俺がやりやすいように軌道修正してくれて、
   感謝って言葉じゃ足りないくらい感謝してるんだ」

かずさ「それって、母さんへの感謝だけか?」

春希「違うよ。俺の側にいてくれるって言ってくれたかずさには、
   一生感謝し続けるよ」

あたしは、返事の代りに、春希の腕を掴む力を強くして、身を擦りつける。
ここは、あたしの場所なんだ。あたしだけの特等席。
これからもずっと。なにがあろうとも、その事実だけは変わらない。




あたしを家まで送り届けた春希は、
今日もうちのリビングでドイツ語の勉強をしている、らしい。
らしいというのは、あたしはその時間、地下スタジオでピアノの練習をしているから
実際春希が勉強している所を見ていないのである。
春希のドイツ語の上達速度をみれば、そうとう集中してやっているのはわかるけど、
同じ家にいるんだから、春希も地下スタジオで勉強すればいいのに。
あたしの練習の邪魔をしないようにとも配慮だろうけど、
あたしだったら全く問題ないのにな。
それでも、同じ家にいるって思うだけで、胸がぽかぽかする。
この気持ち、防音処理された地下からは聞こえないだろうけど、
きっと春希には聞こえているんだと思えてしまう。
さてと、もうちょっとで夕食の時間か。
柴田さんが夕食を作り上げるまでのひとときから、
夕食を食べるまでが一緒にいられる時間だって決めている。
期末試験前の泊まり込みは緊急処置だったんだけど、それ以外はずっと
春希がこの家に泊まることはなかった。
それは、春希との約束。
あたし達が二人でウィーンにいられる為の試練。
あたしはピアノ。春希はドイツ語と大学入試。
けっして強制ではないし、他の選択肢だってある。
でも、二人で決めたんだから、やり遂げる覚悟はあるんだ。
だから、あたしは、春希との食事タイムを楽しみにして、
時間ぎりぎりまで練習に打ち込むことにした。





終業式なんて形だけだし、出なくたっていいんじゃないかって春希に抗議してみたものの、
当然のごとく叱られ、朝早く家まで迎えにまできた。
あたしとしては、毎朝玄関まで出迎えてもらいものなんだけど、
時間節約もあって、通常は駅での待ち合わせだった。
とくに用がないのに学校まで行くんだから、出迎えのご褒美があっても罰は
当らないんじゃないかって、春希にいってやりたい。
まあ、いいさ。数時間ピアノの練習を休んで得られる春希との時間。
通学途中は春希の腕に絡まって温もりを感じ、
電車の中では、その温もりを抱いて仮眠して、
学校での退屈な終業式には、春希を眺めてその姿を目に焼き付ける。
まったく充実した半日だ。
今日で2学期も終わって、冬休みに入る。
休み中は、春希もうちにきて勉強するって約束してくれたし、
楽しい休暇を送れそうだ。

かずさ「色々気にかけてくれて、ありがとう」

親志「なんだよ、いきなり」

あたしの感謝の気持ちに驚くとは失礼すぎるな、こいつ。
せっかく今年世話になったお礼をしようと思ったのに。
終業式も終わり、あとは帰るだけとなった放課後の教室。
二日後に控えたクリスマスイブや年末・年始の予定を立てるべく賑わいを見せている。
この早坂親志もその例に漏れず、なにやら友人たちとの予定を立てようとしていた。
さすがのあたしも、友人達と話しているところに話しかけるなんてできないから、
話すタイミングを探っていたのだが、この男が自分の机にバッグを取りに来たところで
どうにか話すチャンスが巡ってきた。

かずさ「早坂には世話になったからさ。一応な」

親志「別に大したことはやってないぞ、俺」

かずさ「あたしにとっては、大した事なんだよ。
    自分が人見知りだってわかってるんだ。でも、どうしようもなくて、
    つい強く言ってしまう」

親志「そうか? 最近は丸くなってきたと思うぞ。
   それに、学園祭のライブを終えてからファンになったって奴が多いじゃないか。
   とくに音楽科の後輩女子からの人気は絶大で、よくここまで見に来てるし。
   それだけかっこよかったってことだよ」

かずさ「それはそれで大変なんだぞ。したってくれて来てくれてのはわかってるけど、
    どう対応していいかわからなくてだな」

親志「いいじゃないか。けっこううまく相手していたと思うぞ。
   一緒に写真撮ってやってたりもしてたじゃないか」

かずさ「あれは、・・・断れなくて」

今思い返しても恥ずかしすぎる。あたしは見世物じゃないんだぞ。
誰もいないところでなら、まあ、一緒に写ってもいい、かもしれない。
でも、教室の前の廊下で、蹴っても蹴っても蹴り足りないくらいのギャラリーの
目の前で写真だなんて・・・・・・。

親志「色々困ることで、人間成長していくんだよ」

かずさ「できれば、困ることなんて遭遇したくない」

親志「そういうなって。イブは、春希とデートなんだろ?」

かずさ「デートなのかな?」

早坂の問いに、無意識に首をかしげてしまう。
最近のあたしたちは、二人でいることが当たり前すぎるから、
デートの定義がわからない。
そもそもあたしに恋愛について語らせようっていうのが間違いなんだ。
あたしにとっては、同じ家で、しかも違う部屋であっても
お互いがやるべき事に取り組んでいるとしたら、それはデートといってもいい気がする。
春希を感じていられるのなら、春希があたしをみてくれているのなら、
春希と同じ時を過ごしているのなら、それは、奇跡で、すばらしいことなんだ。

親志「いくら春希の奴が唐変木の朴念仁だとしても、彼女とのイブデートは計画してるだろ」

かずさ「一応うちで食事する予定ではあるけど・・・」

親志「かぁ・・・、春希らしいな。羨ましいったらありゃしない」

少々オーバーすぎるリアクションだが、どうもこの男がすると馬鹿っぽくて許せてしまう。
・・・・・・そうだな。こういうやつだからこそ、
あたしから話しかけられるのかもしれない。

親志「最近春希の奴がそわそわしていたのは、この事だったのかもな。
   こりゃあ、何かあるかもな」

かずさ「なにかって?」

あたしの問いかけによって、この男の動きがフリーズする。
どこか明後日の方を向くと、ぎこちない動きでこちらに振り向く。
もしかして、適当に言ってたのか? 
たまにその場のノリで発言するからな、こいつ。
それが悪いって事じゃあないんだけど、今回ばかりは期待してしまったから、責任とれ。
と、内心怒りに燃えてしまい、その炎があたしの瞳に宿ってしまったらしい。

親志「にらむなって、出まかせで言ったんじゃない。
   ほら、プロポーズとかするには最適だろ。イブにプロポーズって定番だし、
   春希なら、やりそうだしな」

かずさ「ほんとうか?」

この男の適当すぎる発言に、心が反応して身を乗り出してしまう。
そんなあたしの反応を見て、早坂は二歩ほど身を引いてしまったが。

親志「なんとなく、だけど、さ」

そんなに慌てるほどあたしが怖いか? そんなに鬼気迫ってる顔をしているかな?
たしかに最近のあたしは、春希絡みになるとリミッターが外れているっていわれてるから
もしかしたら今もそうなのかもしれない。

かずさ「なんだよ、なんとなくとは、ずいぶん適当だな」

親志「まあ、あまり深く考えないで発言したのは悪かった。
   でも、まったくのあてずっぽうってわけでもないと思うぜ」

かずさ「そうかな?」

思わず一段高い声で聞き返してしまう。
喜びに満ちた声を出してしまって、なんだか恥ずかしい。
この男の発言によって、一喜一憂してしまっているとは、なんたる不覚。

親志「春希なりの考えがあってウィーン行きを決断したんだし、
   春希みたいな性格だと、なんらかの区切りとかイベントの時に
   大事な話を切り出すかもなって思っただけさ。
   だから、イブなんてもってこいのイベントだろ?」

かずさ「たしかに・・・」

春希「おい、こら。なんだかお前ら、クラス中から注目されているぞ。
   なにを騒いでいるんだ」

突然声をかけられて顔を上げると、春希がいつの間にやら戻って来ていた。
春希の指摘通り教室内を見渡すと、既に帰宅した生徒が半数近くいるが
残りのほとんどがあたし達を見つめている。
そして、あたしがそれらの視線に気がついたとわからる、みんな一斉に顔を伏せたり、
教室から出ていこうとしていた。
ゴシップ好きの高校生だもんな。
あの堅物の春希がデートするだけじゃなくて、プロポーズだったり、
ウィーン行きだったりとか、普段の春希からは想像できない恋愛劇を展開させていたら
誰だって気になってしまうな。

親志「担任の用事はもういいのか?」

春希「ああ、こういう仕事はクラス委員の仕事なのに、
   どうして引退した俺がやらなくちゃいけないんだろうな? いいんだけどさ」

親志「それだけ信頼されているってことだよ」

春希「それだけだったらいいんだけどな。なんだかいいように使われているだけだって
   最近思うようになることもあるんだけど」

親志「気のせいだって」

春希「だったらいいけど。で、なんで注目されていたんだ」

親志「ああ、それね」

まったく使えない男だな。ここで春希がプロポーズの事を知って、
意識してしまったらどうするんだ。
話をそらすんなら、最後までしっかりやってくれ。
あたしは自分勝手な要求を早坂に突き付けてしまいそうになった。

春希「どうせ俺達のクリスマスデートについて聞いていたんだろ?」

親志「ん? あぁ、そんな感じかな」

かずさ「そうだな、そんなかんじだ」

春希「かずさも親志には、馬鹿正直に教えなくていいんだからな。
   ただでさえかずさは目立ってしまっているんだから、彼氏としては気が気じゃない
   っていうか」

ん? なんだか春希が暴走してくれてる?
見当はずれな方向に話がいってないか。ま、いいか。

かずさ「いや・・・、その」

親志「あの名物委員長様がどんなクリスマスデートプランをたてているか
   気になるのは人のサガだってものよ」

春希「そうなのか? たいしたプランじゃないぞ」

親志「それでも、冬馬は楽しみみたいだぞ」

かずさ「あっ・・・」

ほんとうのことだけど、春希とのクリスマスを心底楽しみにしていたけど、
ここで言わなくてもいいじゃないか。
体が火照って、うまく口が回らなくなる。
 
春希「あまりうちのかずさをいじめるなよ」

親志「わりぃな。邪魔者はそろそろ退散するよ。
   メリークリスマス、春希。楽しんでこいよ、冬馬」

春希「ああ、メリークリスマス。また来年な」

親志「おう、じゃあな」

かずさ「メリークリスマス」

あたしは、肺の中に残ったわずかの空気を絞り出すように小さく呟くのがやっとだった。






クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる(前編)』 終劇
次週は
クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる(後編)』 をアップします。







クリスマス特別短編『それでもサンタはやってくる(前編)』あとがき


2週にわたってお送りするクリスマス特別短編ですが、これまた増量しまくって
2週になってしまいました。
『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』のクリスマス短編も1週が2週に
なってしまいましたし、プロットからの見積もりが甘いようです。
ちょうどクリスマス直前まで引っ張ることができて、結果オーライでしょうか。

来週も、火曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので
また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

雪菜やイオタケの存在感がないのはそういうことでしたか。
とりあえず春希とかずさの甘いクリスマスが描かれるだろう次話を楽しみに待ってます。

0
Posted by N 2014年12月17日(水) 23:59:21 返信

毎回丁寧なコメントを頂き、大変感謝しております。今回のコメントにおいても、大変嬉しく思っております。
ですから、tune様が気に病む必要などまったくないほどです。
今回何故後編アップ前にコメントを残したかといいますと、タイトルもそうですが、
ミニアフターかずさルートの事もあるからです。
とくにかずさスレにおいては、雪菜の出現を恐れている方が多いようですので、
私の物語においては、そのような危惧を最初から取り除いて、
クリスマスらしい物語を純粋に楽しんでもらいたかっただけなのです。
コメントにおいてもtune様を不安にさせてしまうような書き方をしてしまって、大変申し訳なく思っております。

0
Posted by 黒猫 2014年12月17日(水) 19:00:34 返信


私がもしかしてと思ったのは夢落ちの方です。理由としては冒頭かずさがIC編でのキスを回想していてそこでは北原と言っているのに対し、親志との会話では春希と読んでいて尚且つ原作とは違ってかずさとウィーンへ行く話をしているからです。冒頭の場面と親志との会話場面が同じ物語の中という感じがしなかったので夢落ちもあるのか?と思った次第です。
ただ仮に夢落ちだったとしてもそれはそれでどうなるのか楽しみでありますから特に夢落ちが嫌というわけではありません。
因みに黒猫さんのもう一つの雪菜の登場については全く考えてはいませんでした。コメントを読んでそういう可能性もあるかと初めて思ったくらいです。
黒猫さんの気に障る様なコメントだったとしたら申し訳ないです。これから気をつけます。

0
Posted by tune 2014年12月17日(水) 18:46:01 返信

後編アップ前に言ってしまうのはなんですが、
夢落ちとか雪菜強襲などといったものはクリスマスにふさわしくありませんので、
そのような気苦労は捨てて、
ほんわか雰囲気で楽しんでくださると嬉しく思います。
どのような推測をなされたかわかりませんが、雪菜強襲などに脅えて読まれることほど
悲しい事はないと思います。
私としては、読者の皆さまが楽しんで読まれる事が一番大事だと考えております。
たしかにタイトルが意味深すぎる部分もありますが、tune様の推測が気になってしまったので、
でしゃばりとはわかっていますが、コメントを残させて頂きます。

0
Posted by 黒猫 2014年12月17日(水) 08:21:19 返信

途中から⁇という感じを受けましたがこの話は.....。今は野暮な推測はやめましょう。
IC編が舞台なのがちょっと意外でしたね。この頃は春希もかずさも恋愛に対して初々しいですよね、親志とかずさの会話が面白かったですが思えば彼は春希達の関係を1番冷静に見ていた人物でした。
後編を楽しみにしています。

0
Posted by tune 2014年12月16日(火) 18:39:09 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます