最終更新:ID:h3oo0bNzcA 2014年04月17日(木) 00:21:07履歴
「トマトスパゲティとカルボナーラ上がりました」
グッディーズ南末次店。
南末次駅から徒歩十分のところにあるファミリーレストラン。ついでに言えば、峰城大付属からも徒歩十分のところにあるので、来客の三割くらいはウチや峰城大の学生で占められている。
この、志望理由が筒抜けな店こそが俺の選んだバイト先。まあアルバイトの過半数はウチや峰城大の学生だから、大して珍しくもないし後ろめたい理由でもない。
元旦の前から目星をつけ、正月が過ぎたら面接。日々磨いてきた人当たりの良さとコミュニケーション能力で採用……されたのはいいんだけど。
初出勤でホール、二日目でキッチンの研修、三日目はフル稼働。そして四日目の勤務が終わると店長から研修の証を奪われた。
店長曰く「いやー北原君みたいな人材を拾えるなんてラッキーだったよ」と言われたことは喜ばしい限りだが、その三日間、帰宅後の業務の復習のせいでかずさを不機嫌にした責任は重かった。
「北原さん、今度はこっちお願いします」
「はいただいま!」
そんなわけで、現在俺はホールもキッチンもこなすマルチプレイヤーとして名を馳せていた。
その正体は時給950円のアルバイト。
…………
冬の真っ直中なのに厨房は暑い。手狭な厨房も、四人も入れば身動きがとれなくなって逆に効率が悪くなる。
その理由はきっと調理器具の配置や手順の徹底がなっていないせいだと思っているが、まだ新人で付属生の俺にそんな偉そうなことを言う資格はない。
……でも使ってるスタッフに支障をきたすくらい乱雑しているのはさすがに問題だ。あと一ヶ月くらいしたら店長に軽く進言しようかと心の中では考えていた。
ホント、生意気な新人だな。
「北原さん、半熟オムライスお願いします」
俺に指示を出したのはこの店のキッチンチーフの佐藤さん。店長を除けば最古参で、しかも俺より二つ年上なのに、なぜか俺に敬語を使う、少しばかり弱腰な幹部候補。チーフとしての能力は確かにあるんだけど、今一歩信用にかけるというか……店長に何かあった時は多分この人が代理に回るんじゃないかと思うけど、そうなった場合一人で店を回すとなると、どうしても不安がつきまとう……そんな頼りない先輩。
「あの、それ注文と違いませんか?」
「やりたくないからって嘘をつくのはダメっすよ。ちゃんと……」
「ほら、この伝票」
「うわあああごめんなさい!」
……特にこういう会話をしている時なんかは痛切に感じる。
一癖二癖ある人ばかりだけど、店長もいい人だし、忙しいけどスタッフ間の関係もチームワークも悪くない。友達からバイトについていろんな噂を耳にしたことがあるけど、初バイトにしては当たりを引いたと思う。
「きったはっらくーん。例のお客さんが『なめらかプリン二つ』だって。持ってってくれない?」
と思う……んだけど、
「……フロアチーフ」
「なに?」
峰城大四年――つまり俺の先輩に当たるフロアチーフの中井さんがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。この人がこういう顔をすると急におばさんっぽくなる。今をときめくぴちぴちの女子大生のはずなのに。
「……あの、今ちょっと手が放せないんですけど」
「じゃあ空いてからでいいや」
「それ、サービス業としてどうなんですか?」
「こっちの理由もサービス業としてだよ。だってあのお客さん、北原くんが接客しないと意味ないんだから」
「……」
でも……スタッフ間のからかいが過ぎるのが問題だった。
…………
「お待たせいたしました。なめらかプリンでございます」
「本当に遅い。いつまで客を待たせるつもりだ。こっちはただでさえ時間がないってのに」
夜勤をしていると、こういった悪質なお客様が来店されることもしばしばある。既に店員を貶すことが来店理由の半分になっているけれど、それでも固定客であることに違いないから下手な対応はとれない。
「申し訳ございません」
「全く……水だけでお腹いっぱいになるところだった」
その中でも、夕食という名目でなめらかプリンをいくつも頬張っていく変な客がいる。なめらかプリンは当店オススメメニューであることに違いはないが、他店のそれと比べ甘過ぎてくど過ぎてどう考えても一見さんお断りでどこがオススメなんだよとツッコミたくなるくらいの濃厚さを誇っていた。
それを一度に二つも注文する激甘党のお客様が俺の接客担当。ホストでもキャバクラでもないただのファミレスに”担当”なんて大層な役職が暗黙のうちに作られているのには理由がある。
というのも……
「かずさ、お前また抜け出してきたのか?」
「人聞きの悪い言い方するな。あたしは前からこの店のプリンを贔屓にしてた。そして今日唐突に食べたくなっただけだ。何の不思議も不審も落ち度もない」
それを自分で言うところに落ち度があるんだが……。
かずさは相変わらずピアノ漬けの毎日だ。むしろその時間は更に延び、今では毎日十六時間ピアノに向かいあっている。睡眠時間を六時間と仮定すると残るは二時間。その時間で食事その他諸々を済ませる計算になる。今は通学の時間も惜しみ、学園にも登校していない。
出席率と反比例して、週に一・二度通っていたグッディーズに最近はほぼ毎日足繁く通うようになっていた。
突発的になめらかプリン中毒者になった……わけでは当然ない。学園でも会えず、電話のみのコンタクトに耐えかねて、かずさは電車に乗ってここまで足を運んでいる。
「それじゃあいただくとしよう。春希、お前もひとつどうだ?」
「今は勤務中だ」
「あたしがプリンを人に譲るなんて滅多にないことだぞ。それでもいいのか?」
「自分で言うな」
――そう、俺に会いに。本人は否定したけど。
それもこれも中井さんの成果だった。来店一回目でかずさの目的を目ざとく察知した彼女は持ち前のお節介と乙女心と野次馬根性を発揮し、計らい、シフトを混乱させ、この迷惑なお客様の接客担当を俺に任命したのだった。
この店、大丈夫かな……。
いまのところはまだ新人だし、かずさの精神的な不安もあるから従っているけど、一ヶ月後にはちゃんと進言しようと思っている。
「春希、春希。なあ、バイトいつ終わるんだ?」
「閉店までずっとだよ。人使いの荒い店でな」
「ちょっと抜けられないか? 五分くらいなら休憩とれるんだろ?」
一度俺が休憩時間のときに折りよくかずさが来店したことがあった。その時に物陰であげた”餌”をかずさは学習してしまい、クレーマー度数上昇に拍車をかけてしまった。
ちなみにその現場を中井さんに偶然見られてしまい、勤務後にこっぴどくねちねちイジめられた。
……この店、ホントに大丈夫かな。
「残念ながら休憩はない。ご覧の通り今日は大盛況でスタッフは全員大忙しでな」
「あそこで突っ立ってる女の人は?」
「……」
かずさの指差す方向を見ると、中井さんが不自然に慌てて学生にコーヒーのおかわりを尋ねていた。
……この店、大丈夫なのかな。フロアチーフがあの人で。
「あの人は例外で……でも忙しいのは本当なんだ」
「……春希、もしかしてあたしを避けてないか?」
「避けるわけないだろ、俺が。今日も夜に電話する。俺も早く仕事に戻らないといけないし、それに……」
「それに?」
「迎えも来た」
店の扉が開き、電子音のベルが鳴る。一人だけ暇そうにしていた中井さんが接客に向かった。
「いらっしゃいませー! お客様、何名様ですか?」
「ごめんなさい。ただの待ち合わせなの。ウチの馬鹿娘はどこかしら」
新しく来店したお客様は、入ったなりきょろきょろと店内を見渡した。そして奥のテーブルで身を屈めたかずさをその目にとめると、一瞬鬼の形相になった後にゴルゴンすら固まるような笑顔で接近してきた。
「ごめんなさいね、ギター君。ウチの子がまた迷惑かけちゃって」
「あ、あはは……」
否定も肯定もできない。
「ほら行くわよ、かずさ。せっかく柴田さんが夕食作ってくれたのに抜け出すだなんて。柴田さん、寂しそうな顔してたわよ」
曜子さんがかずさの襟元を掴む。こうなると犬というより猫みたいだ。
「待ってくれよ母さん! あたしはまだプリンを!」
「黙らっしゃい。そんなもの家に持って帰って食べればいいでしょう。あ、これ支払いね」
そそくさと伝票を手に取った俺に曜子さんはクレジットカードを差し出す。
……色が黒い。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
「春希の裏切り者ぉ……」
かずさは曜子さんにずるずると引きずられ、店の前で待っていたタクシーの中へと放り込まれた。窓にへばりついて恨めしく俺を睨むかずさは、名探偵にトリックを暴かれて護送される犯人そのものだった。
ごめんな、かずさ……。でも今はお前のために心を鬼にするよ。
ここ最近、この店の名物になりつつある痛々しい一連の流れ。かずさだって学習してるだろうに、やめる気配は一向にない。俺が折れて「バイト終わりに寄るからやめてくれ」と電話で切り出したことがあるけれど、かずさは嬉しそうに一瞬声を輝かせたが、そのあとすぐに申し出を断り、『そんな理由で来てるんじゃない』とか『なめらかプリンがあたしを呼んでるんだ』とかあからさまな嘘で難癖をつけてきた。
最近のかずさはよくわからない
「北原さん、半熟オムライスとミックスピザとジャンバラヤとペペロンチーノとミックスフライの洋食セットとチーズハンバーグセット、大至急」
遠ざかるタクシーを見送る俺の肩に、佐藤さんの重い手がのしかかる。
「……キッチンチーフ、サボってたのは謝りますけど、それにしたって何で嫌がらせみたいに仕事が回ってくるんですか?」
あと掴むと痛いんでやめてください。
「俺、彼女持ちに対して同情するような、愚かな博愛精神は持ち合わせてないっすから。ちゃんと働いてください北原さん」
「……」
最近この店の名物になりつつある痛々しい一連の流れ。
その度にスタッフ仲間から粘着質な言葉の暴力となま暖かい視線を受ける俺は、契約期間が満了したら絶対に辞めてやると心に誓うのであった。
グッディーズ南末次店。
南末次駅から徒歩十分のところにあるファミリーレストラン。ついでに言えば、峰城大付属からも徒歩十分のところにあるので、来客の三割くらいはウチや峰城大の学生で占められている。
この、志望理由が筒抜けな店こそが俺の選んだバイト先。まあアルバイトの過半数はウチや峰城大の学生だから、大して珍しくもないし後ろめたい理由でもない。
元旦の前から目星をつけ、正月が過ぎたら面接。日々磨いてきた人当たりの良さとコミュニケーション能力で採用……されたのはいいんだけど。
初出勤でホール、二日目でキッチンの研修、三日目はフル稼働。そして四日目の勤務が終わると店長から研修の証を奪われた。
店長曰く「いやー北原君みたいな人材を拾えるなんてラッキーだったよ」と言われたことは喜ばしい限りだが、その三日間、帰宅後の業務の復習のせいでかずさを不機嫌にした責任は重かった。
「北原さん、今度はこっちお願いします」
「はいただいま!」
そんなわけで、現在俺はホールもキッチンもこなすマルチプレイヤーとして名を馳せていた。
その正体は時給950円のアルバイト。
…………
冬の真っ直中なのに厨房は暑い。手狭な厨房も、四人も入れば身動きがとれなくなって逆に効率が悪くなる。
その理由はきっと調理器具の配置や手順の徹底がなっていないせいだと思っているが、まだ新人で付属生の俺にそんな偉そうなことを言う資格はない。
……でも使ってるスタッフに支障をきたすくらい乱雑しているのはさすがに問題だ。あと一ヶ月くらいしたら店長に軽く進言しようかと心の中では考えていた。
ホント、生意気な新人だな。
「北原さん、半熟オムライスお願いします」
俺に指示を出したのはこの店のキッチンチーフの佐藤さん。店長を除けば最古参で、しかも俺より二つ年上なのに、なぜか俺に敬語を使う、少しばかり弱腰な幹部候補。チーフとしての能力は確かにあるんだけど、今一歩信用にかけるというか……店長に何かあった時は多分この人が代理に回るんじゃないかと思うけど、そうなった場合一人で店を回すとなると、どうしても不安がつきまとう……そんな頼りない先輩。
「あの、それ注文と違いませんか?」
「やりたくないからって嘘をつくのはダメっすよ。ちゃんと……」
「ほら、この伝票」
「うわあああごめんなさい!」
……特にこういう会話をしている時なんかは痛切に感じる。
一癖二癖ある人ばかりだけど、店長もいい人だし、忙しいけどスタッフ間の関係もチームワークも悪くない。友達からバイトについていろんな噂を耳にしたことがあるけど、初バイトにしては当たりを引いたと思う。
「きったはっらくーん。例のお客さんが『なめらかプリン二つ』だって。持ってってくれない?」
と思う……んだけど、
「……フロアチーフ」
「なに?」
峰城大四年――つまり俺の先輩に当たるフロアチーフの中井さんがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。この人がこういう顔をすると急におばさんっぽくなる。今をときめくぴちぴちの女子大生のはずなのに。
「……あの、今ちょっと手が放せないんですけど」
「じゃあ空いてからでいいや」
「それ、サービス業としてどうなんですか?」
「こっちの理由もサービス業としてだよ。だってあのお客さん、北原くんが接客しないと意味ないんだから」
「……」
でも……スタッフ間のからかいが過ぎるのが問題だった。
…………
「お待たせいたしました。なめらかプリンでございます」
「本当に遅い。いつまで客を待たせるつもりだ。こっちはただでさえ時間がないってのに」
夜勤をしていると、こういった悪質なお客様が来店されることもしばしばある。既に店員を貶すことが来店理由の半分になっているけれど、それでも固定客であることに違いないから下手な対応はとれない。
「申し訳ございません」
「全く……水だけでお腹いっぱいになるところだった」
その中でも、夕食という名目でなめらかプリンをいくつも頬張っていく変な客がいる。なめらかプリンは当店オススメメニューであることに違いはないが、他店のそれと比べ甘過ぎてくど過ぎてどう考えても一見さんお断りでどこがオススメなんだよとツッコミたくなるくらいの濃厚さを誇っていた。
それを一度に二つも注文する激甘党のお客様が俺の接客担当。ホストでもキャバクラでもないただのファミレスに”担当”なんて大層な役職が暗黙のうちに作られているのには理由がある。
というのも……
「かずさ、お前また抜け出してきたのか?」
「人聞きの悪い言い方するな。あたしは前からこの店のプリンを贔屓にしてた。そして今日唐突に食べたくなっただけだ。何の不思議も不審も落ち度もない」
それを自分で言うところに落ち度があるんだが……。
かずさは相変わらずピアノ漬けの毎日だ。むしろその時間は更に延び、今では毎日十六時間ピアノに向かいあっている。睡眠時間を六時間と仮定すると残るは二時間。その時間で食事その他諸々を済ませる計算になる。今は通学の時間も惜しみ、学園にも登校していない。
出席率と反比例して、週に一・二度通っていたグッディーズに最近はほぼ毎日足繁く通うようになっていた。
突発的になめらかプリン中毒者になった……わけでは当然ない。学園でも会えず、電話のみのコンタクトに耐えかねて、かずさは電車に乗ってここまで足を運んでいる。
「それじゃあいただくとしよう。春希、お前もひとつどうだ?」
「今は勤務中だ」
「あたしがプリンを人に譲るなんて滅多にないことだぞ。それでもいいのか?」
「自分で言うな」
――そう、俺に会いに。本人は否定したけど。
それもこれも中井さんの成果だった。来店一回目でかずさの目的を目ざとく察知した彼女は持ち前のお節介と乙女心と野次馬根性を発揮し、計らい、シフトを混乱させ、この迷惑なお客様の接客担当を俺に任命したのだった。
この店、大丈夫かな……。
いまのところはまだ新人だし、かずさの精神的な不安もあるから従っているけど、一ヶ月後にはちゃんと進言しようと思っている。
「春希、春希。なあ、バイトいつ終わるんだ?」
「閉店までずっとだよ。人使いの荒い店でな」
「ちょっと抜けられないか? 五分くらいなら休憩とれるんだろ?」
一度俺が休憩時間のときに折りよくかずさが来店したことがあった。その時に物陰であげた”餌”をかずさは学習してしまい、クレーマー度数上昇に拍車をかけてしまった。
ちなみにその現場を中井さんに偶然見られてしまい、勤務後にこっぴどくねちねちイジめられた。
……この店、ホントに大丈夫かな。
「残念ながら休憩はない。ご覧の通り今日は大盛況でスタッフは全員大忙しでな」
「あそこで突っ立ってる女の人は?」
「……」
かずさの指差す方向を見ると、中井さんが不自然に慌てて学生にコーヒーのおかわりを尋ねていた。
……この店、大丈夫なのかな。フロアチーフがあの人で。
「あの人は例外で……でも忙しいのは本当なんだ」
「……春希、もしかしてあたしを避けてないか?」
「避けるわけないだろ、俺が。今日も夜に電話する。俺も早く仕事に戻らないといけないし、それに……」
「それに?」
「迎えも来た」
店の扉が開き、電子音のベルが鳴る。一人だけ暇そうにしていた中井さんが接客に向かった。
「いらっしゃいませー! お客様、何名様ですか?」
「ごめんなさい。ただの待ち合わせなの。ウチの馬鹿娘はどこかしら」
新しく来店したお客様は、入ったなりきょろきょろと店内を見渡した。そして奥のテーブルで身を屈めたかずさをその目にとめると、一瞬鬼の形相になった後にゴルゴンすら固まるような笑顔で接近してきた。
「ごめんなさいね、ギター君。ウチの子がまた迷惑かけちゃって」
「あ、あはは……」
否定も肯定もできない。
「ほら行くわよ、かずさ。せっかく柴田さんが夕食作ってくれたのに抜け出すだなんて。柴田さん、寂しそうな顔してたわよ」
曜子さんがかずさの襟元を掴む。こうなると犬というより猫みたいだ。
「待ってくれよ母さん! あたしはまだプリンを!」
「黙らっしゃい。そんなもの家に持って帰って食べればいいでしょう。あ、これ支払いね」
そそくさと伝票を手に取った俺に曜子さんはクレジットカードを差し出す。
……色が黒い。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
「春希の裏切り者ぉ……」
かずさは曜子さんにずるずると引きずられ、店の前で待っていたタクシーの中へと放り込まれた。窓にへばりついて恨めしく俺を睨むかずさは、名探偵にトリックを暴かれて護送される犯人そのものだった。
ごめんな、かずさ……。でも今はお前のために心を鬼にするよ。
ここ最近、この店の名物になりつつある痛々しい一連の流れ。かずさだって学習してるだろうに、やめる気配は一向にない。俺が折れて「バイト終わりに寄るからやめてくれ」と電話で切り出したことがあるけれど、かずさは嬉しそうに一瞬声を輝かせたが、そのあとすぐに申し出を断り、『そんな理由で来てるんじゃない』とか『なめらかプリンがあたしを呼んでるんだ』とかあからさまな嘘で難癖をつけてきた。
最近のかずさはよくわからない
「北原さん、半熟オムライスとミックスピザとジャンバラヤとペペロンチーノとミックスフライの洋食セットとチーズハンバーグセット、大至急」
遠ざかるタクシーを見送る俺の肩に、佐藤さんの重い手がのしかかる。
「……キッチンチーフ、サボってたのは謝りますけど、それにしたって何で嫌がらせみたいに仕事が回ってくるんですか?」
あと掴むと痛いんでやめてください。
「俺、彼女持ちに対して同情するような、愚かな博愛精神は持ち合わせてないっすから。ちゃんと働いてください北原さん」
「……」
最近この店の名物になりつつある痛々しい一連の流れ。
その度にスタッフ仲間から粘着質な言葉の暴力となま暖かい視線を受ける俺は、契約期間が満了したら絶対に辞めてやると心に誓うのであった。
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