まえがき

かずさTrue後です



「なあ、春希」
「ん?」

いつもと変わらない朝食。

「今日はプリンはないのか?」
「だからどうして朝からデザートを食いたがるんだ、お前は」

でもいつもとは少しだけ違う、特別な朝。

「仕方ないだろ、好きなんだから。
それにピアノを弾くってのは重労働なんだ。
糖分を摂っておかないと、途中で息切れする」
「ないよ、今日は」

だって今日は。

「あたしがピアノ弾けなくなってもいいって言うのか?」
「そうじゃないよ、はいこれ」

バレンタインデーだから。

「あ…」
「折角だから作ってみたんだ。
って言っても溶かして型に流し込んだだけだけどな。
あ、でも甘くしようと思って生クリーム多めに入れたし、隠し味にコーヒー入れてみたんだ。
気に入ってくれるといいんだけど…」
「あ、ありが、と…」
「食べないのか?」
「いや、食べるよ、うん…」

さすがに二十センチのハート型は大きすぎたか?
厚みも二センチはあるしな…

「大きすぎたんなら一日で食べなくてもいいぞ。
冷蔵庫に入れておけば溶けることもないし」
「いや、大丈夫。いただきます」

そう言うとかずさはハートの先端を口に含んだ。
割って食べるとか考えないのかお前は。
ま、すぐにボリボリと噛み砕く音が聞こえてくるだろう。

………あれ?

「何やってるんだ?」
「ひょこはべへふひひふぁっふぇふはろ」
「何言ってるかさっぱりわからん」
「チョコ食べてるに決まってるだろ、って言ったんだ」
「大きいんだから割って食べるとか、かじって食べるとかあるだろ?」
「だって割ったら春希の心が割れちゃうみたいじゃないか。
かじっちゃったら春希の心が欠けちゃうみたいじゃないか」

割れないよ。
欠けないよ、俺の心は。
いつまでも、ずっと。

「だから…あたしの熱で溶かしてやるんだ」
「…っ!」

顔が熱くなる…きっと耳まで真っ赤だ、俺。
嬉しそうにチョコをくわえるかずさとは対照的に。

「は、恥ずかしいこと言うな!
そろそろ練習の時間だぞ!」
「もうひょっほ」
「冷蔵庫に入れとけば後でも食えるから!」
「ん…わかった」

そう言ってかずさはチョコから口を離した。

「…おい」
「何だ春希、練習の時間だって言ったのはお前だぞ」
「時間は時間だけど、お前口の周りにチョコついてるぞ…」
「ピアノ弾いてる最中も糖分補給できるな」
「そうじゃない!ちゃんと拭いてから行けよ」
「面倒くさいなぁ、春希が拭いてくれよ」
「ほんとにお前は…。
待ってろ、タオル持ってくるから」
「待て、春希。
そんなものなくても…お前なら…拭けるだろ…

かずさは言うと同時に目を閉じてしまった。
…やれやれ。

「動くなよ」
「ん…」
「れろ…ちゅ…」

かずさの口の周りについたチョコを舌で、唇で丹念に『拭き』取る。

「…んっ…はぁ」
「ちゅぱ…ん…」
「はぁ…春希…」
「動くなって…はぁ…きちんと、拭けないだろ…」
「…ぅぅ…」

唇を合わせようとするかずさの頭を両手で固定する。
だってこれはチョコを拭いてるだけだから。

「はむ…んん…」
「まだ、なのか…?はぁ…」
「…ん…はぁ、よし、綺麗に、なったぞ」
「…はぁ…はぁ」

両手を離してやる。

「練習の前に、顔、洗って…むぐ!」

その途端、かずさはお預けを食らってた犬みたいになった。

「あむ…春希ぃ…れろ」
「…ちゅぶ…はぁ…」
「…ふぅ…春希…んむ…あ…」
「…かずさ…っちゅ…はむ」
「…春希…もっと…ちゅっ…んぅ…」
「…んむ…かずさ…ちゅば…」
「はぁ…ん…」


………

……



結局かずさは普段よりも三十分遅れて練習に向かった。

『そのチョコ、冷蔵庫に入れといてくれ。
明日の朝また食べるから』

と言い残して。

…俺は明日から朝食を三十分早めることに決めた。


………

……



そして、毎朝の儀式となったそれが終了したのは、三月も第二週が終わろうとした頃だった…。

あとがき

かずさ「(甘いものを)むしゃむしゃしてやった。後悔はしていない」っていうイメージから出来ました。
雪菜については無視しました、ごめん。

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