「きょうはあたし、ひとりでねるからね!」
「えー。いいよ、おはなしよんであげるよ?」
「いいの! ゆきちゃんもうじきねんちょうさんのおねえさんなんだから、ひとりでだいじょうぶなの! おねえちゃん、したにおりて!」
 雪音はそういうと、さっさと二段ベッドの上段、すでにうさちゃん(大)やくまちゃんが待っている自分のベッドによじ登り、ふとんをかぶってギュッと目をつぶった。春華はしばらく呆然としていたが、気を取り直して部屋の明かりをおとしてダウンライトだけにして、自分も『おともだちがほしかったルピナスさん』とうさちゃん(小)と一緒に下段のベッドに入った。そしてもう一度頭上に向けて一言、
「じゃあ雪音、おやすみ……ね?」
と告げて反応を見た。しかし雪音はうんともすんとも言わない。それで春華もあきらめて、ふとんをかぶって、しかし目はつぶらず、しばし斜め上の天井を見つめた。
 ――今日は、なくなったおかあさんの誕生日。そして、かずさママの新しいアルバムの発売日。そういう特別の日だったから、お客さまも来た。かずさママとおとうさんのつくった歌をおかあさんのかわりに歌ってくれた朋ちゃんが、かずさママとあたしたちにって、おっきなケーキを買ってきてくれた。それで、ごはんのあとみんなでケーキをいただきながら、朋ちゃんの歌う「春の雪」と、それからお母さんの「届かない恋」「時の魔法」のビデオを見た。
 おとなたちはまだ、お酒をのみながらお話してるけど、わたしたち子どもは明日も学校、保育園があるし、夜更かししないで8時過ぎには「おやすみなさい」を言って子供部屋にもどってきた。雪音が「もっと起きてたい」とぐずるかと思ったけど、拍子抜けするほどいい子ちゃんで、さっきもあっさりふとんに入ってしまった。

 ――なんだか、ねむれないな……。

 以前の、雪菜おかあさんが元気だったころに四人で住んでいたマンションに比べると、いまのおうち、曜子おばあちゃんとかずさママの建てたうちは比べ物にならないようなお屋敷だった。その頃も時々遊びに来て、雪音と二人であちこち、広い屋敷の隅々を、使ってない余分のお部屋までをも探検して回ったものだった。

 ――あの時は、このお屋敷に住むことになるなんて、思いもしなかったな……。

 今の子供部屋は、前のおうちの子供部屋に比べると、倍以上の広さで、天井も高い。ほんとは二段ベッドなんか必要がない広さなんだけど、雪音が「あたし、うえのベッドがいい!」と言い張って、前のおうちで雪菜お母さんが選んでくれた二段ベッドを立てることになった。おかげで、元から広いお部屋が更に広い。
 もともと、二段ベッドを買ったのは、雪音が大きくなって、ひとつふとんで姉妹ふたりが寝るのがきゅうくつになったからだ。雪音も、ひとりでひとつのベッドをもらえることを楽しみにしていた。でも、新しいベッドを買ってすぐに、おかあさんが事故で死んでしまって、雪音はまた、ひとりで寝られなくなってしまった。だから結局、新しいベッドも上段はしまいこんだまま。狭い寝床にふたりでぎゅうぎゅうづめで。時にはそこに、まだ「おばちゃん」「かずちゃん」だったかずさママまではいりこんで。
 ――でも、あれからもうだいぶ時間がたって。雪音も、ちょっぴりおねえさんになって。かずさおばちゃんは、かずさママになってくれて。だから、もう、雪音はさびしくない。
 ――さびしく、ないんだけど……。

「……おかあ、……さん。」
 さっきのビデオを思い出しながら、春華はふと、涙ぐんだ。――と、
「――ごめん……な? おかあさん……じゃ、なくて。」
 と、子ども部屋のドアがかすかに開いて、そこから、なんだか恥ずかしそうなかずさママの顔がのぞいていた。

「ママ……?」
 思わず頭をあげた春華に、かずさは黙って首を振り、あのコンサートの時のように、人差し指を唇に当てて「しーっ」とポーズした。それから、音も立てずに子ども部屋にするっと入ってきて、春華のベッドのかたわらにすべりこんだ。
「――ママ……朋ちゃんは? おとうさんは?」
「柳原さんは、さっき、帰ったよ。春希――おとうさんは、おばあちゃんとお話してる。「取材」という名の、年寄りの思い出話さ。……それより、春華こそ、めずらしく夜更かしさんだな?」
「……ご、ごめんなさい……。」
 目を伏せる春華の頭を、かずさはやさしくなでてくれた。
「――ひさしぶり、だな……こうやって、春華のこと、寝かしつけてあげるの……。」
「――ごめん……。」
「あやまることなんかない。春華はおねえちゃんだけど、それでもまだ小さい子どもなんだから、たまには、あまえたっていいんだぞ?」
「――ママ……。」
「――それより、あたしたちの方こそ、ちょっと春華に甘えてたんじゃないか、って、この間もおとうさんと話してたんだからな。あんまりおねえさんで、いい子の春華に。――だいたい春華は、がんばりすぎなんだよ。雪音ばっかりじゃなく、あたしやおばあちゃんのお世話まで焼こうとするんだから……。」
「え、そんなこと、ないよ……。」
「――あるよ。そんながんばりやさんなとこ、春華は、おとうさんと、それからおかあさんに――雪菜にそっくりだ。」
 にこにこしながらかずさは、春華のひたいにそっとキスをした。
「――そう、雪菜おかあさんに、そっくり。あたしにとことん甘くて、世話焼きだった、雪菜にな。――雪菜は、絵じゃなくて、歌が何より好きだったけど。」
「おかあさん……、に?」
「――うん。それから、おしゃまな美人さんなところも、そっくりだ。」
 そう言ってかずさは、春華の眼をのぞきこんだ。
「――それに比べると、血がつながってないんだからヘンな話だけど、雪音のほうはあたしに似ている。ああ見えてあいつ、なまいきそうなふりして、案外あまえ上手なんだよ。あたしやおとうさんにだけじゃない。おばあちゃんなんかもうメロメロだぞ。……だからさ、春華。そんなに、遠慮なんかするんじゃない。」
 その言葉に春華は、黙ってかずさの首っ玉にしがみついて、静かに泣き始めた。かずさはそのまま春華を抱き上げて、一緒のベッドにすべりこんだ。
(明日の朝、雪音が「おねえちゃんずるい!」ってかんかんになるだろうけど、な。)
 かずさはクスリとわらってひとりごちた。






作者から転載依頼
Reproduce from http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&ca...
http://www.mai-net.net/

このページへのコメント

最初から一気読みさせてもらってます。
かずさや子供達でほっこりしました!

続き、楽しみしてます。

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Posted by ユメ 2014年08月08日(金) 00:30:57 返信

直ぐに続きを読む事が出来て嬉しいですね。このssの中で子供が主役の話は初めてではないでしょうか?それだけに新鮮でしたし、かずさがちゃんと母親やっているのが微笑ましく感じられました。次回も楽しみにしています。

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Posted by tune 2014年07月24日(木) 20:58:34 返信

直ぐに続きを読む事が出来て嬉しいですね。このssの中で子供が主役の話は初めてではないでしょうか?それだけに新鮮でしたし、かずさがちゃんと母親やっているのが微笑ましく感じられました。次回も楽しみにしています。

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Posted by tune 2014年07月24日(木) 20:58:15 返信

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