「姉ちゃん相談あるんだけど時間いい?」
うららかな土曜日の午後。珍しく神妙な顔をした孝宏が話しかけてきた。
「どうしたのよ孝宏。私に相談なんて珍しいわね?」
「付属からの同級生の奴らには相談しにくいことなんだけど飯塚さんは就活追いこみで忙しいだろうから
時間取ってもらうの申し訳なくて…」
「ちょっとー、私も武也君と同じ状況なんだよぉ」
「だって姉ちゃん4月だというのに午前中からテレビ見てて暇そうじゃん」
この期に及んでどうしても音楽関係…特に歌に関係できる企業以外には気が向かないのだ。
流石に林中不動産の二次面接を辞退したのは自分でもやりすぎたとは思ってる。
この前もそのことで春希君から久しぶりの説教をされたけどついつい顔がにやけてしまって余計に怒られたっけ。
「ふーん、それが相談を持ちかける相手への態度なんだ」
「う、ごめん。そんな時間かからないと思うしちょっとだけでいいから」
「わかった、わかった。デパ地下のケーキ一つでいいわよ」
「お願いします…」
孝宏のしおれた姿に満足感を覚えつつコーヒーを用意し始める。
「居間でいいの?それとも私の部屋にする?」
「あ、できたら部屋の方がいいや」
「じゃあコーヒー入れたら行くから先行って待ってなさい。特別に部屋入ってていいから」

コーヒーをお盆に載せ階段を上り部屋へと向かう。
「孝宏から相談なんて珍しいわね。一体どんな内容なのかな」
なんだが妙な高揚感を抱きつつドアを開く。弟に頼られるのは結構うれしいものなのだ。
「で、相談ってのはどんな内容なの?」
湯気を立てるコーヒーを置きつつ早速尋ねると孝宏は顔を赤くし俯くなんて可愛い反応を返す。
「…そ、その。好きな子がいるんだ」
「ほんと!?ね、ね、どんな子?同じ学部の子?なんなら家に連れてきちゃいなよ!」
「ちょ、姉ちゃん落ちつけよ…」
思わぬタイミングでふってきた身内の色恋沙汰に一瞬でテンションが上がってしまった。
「あ、ごめんごめん。続けて続けて」
「うん。付属校時代から好きな子なんだけど大学じゃ学部どころか理系文系で分かれちゃって
会える機会がめっきり減っちゃったんだ。このまますれ違うのは嫌だし想いを伝えようかなと悩んでて…」
「うんうん。で、その子はどんな子なの?」
「えーと…凄いお節介焼きでいろんなとこに首を突っ込んではお説教しながら協力してあげてて。
3年の前期クラス委員やってて、俺が後期クラス委員やったのはその子の影響なんだ。
そういえば北原さんにタイプ似てるのかな。…って姉ちゃんその顔なんだよっ」
「えっ…いや、その、うん。その子の名前って何っていうの?」
孝宏が熱を持って説明するその子に心当たりがある。そしてその想像通りなら孝宏の告白が失恋に終わることも
予想出来てしまった。こと春希君に関してなら私の直感が外れるわけがないのだ。
「名前は相談に関係ないだろ!」
「いいから!」
「う…。杉浦…小春…。2月にやったパーティーに来てた子の一人だよ。」
孝宏の口から伝えられたその名は予想通りだった。
詳しくは知らないが私と春希君のために手を焼いてくれた一人だということは聞き及んでいる。
でもパーティーで春希君を追う瞳には身に覚えのある感情がこもっていた。
そういえばあのときいた眼鏡の子も同じような瞳をしていたっけ…
「って姉ちゃん結局さっきの変な顔は何だったんだよ」
「そのね、私たちって昔から似たもの姉弟ってたまに言われてきたじゃない。どうしてそうなるのか今まで
ピンとこなかったけど今日初めて実感が湧いちゃって…」
初恋の人のタイプがここまで同じで、おまけに片思いってところまで同じで。
「ねぇ孝宏。あんた真剣なの?」
「真剣に決まってんだろ!」
「駄目。ちゃんと姉ちゃんの目見ながら言いなさい」
「…っ。真剣だよ」
孝宏の本気を感じた私はお茶を濁すような真似はできなくなってしまった。
「今告白しても成功の可能性は低いと思う」
「なんで姉ちゃんにそんなことが分かるんだよっ!」
「女の勘って奴」
「一度しか会ったこと無いのにわかるのかよ」
「一度でも十分なの。それにキャンパスでも会うし何度かお話してるわよ」
「まじかよ」
「それに彼女春希君のバイト先の後輩でもあるんだよ。もうやめちゃったけどこの前ヘルプ頼まれて働くっていうから
春希君見に行ったときにも話したよ」
そういえば友近君から春希君がグッディーズの後輩に告白されて振ったという話を聞いたのも思い出す。
春希君って実は凄い後輩キラーだったりするのかな。胸がもやもやするので今度いじわるしてやると心に留める。
「姉ちゃん付き合いたてでもあるまいしまだそんなことやってるんだ。それでバイトって?」
「そんなの私たちの勝手でしょ。グッディーズ。南末次駅のとこの。あんたバイト先すら知らなかったの?」
「グッディーズってあの制服が可愛いとこ?」
「そうそう。って今小春ちゃんがきてるとこ想像したでしょう」
「う、うるせー。で、脈なしならやっぱ告白は先延ばしした方がいいのかよ?」
付属最後の冬を思い出す。
いっぱい甘えて、いっぱいわがまま言って気づけば手が届く距離に彼がいた。
そしてあのライブの日、3人でいるために取った手段はどうしようもなく私を歪めてしまって…
孝宏にはこのまま真直ぐのままいて欲しい。
「今から電話して明日デートに誘ってOK貰えたらデート終わりに告白しなさい」
「なっ…」
「そりゃ普段の会話からアピールするとか大事だけどそういうの苦手でしょ?」
「確かに普通に会話する分には問題ないけどそういうの意識するととたんに駄目になるけど…」
「5月からは本格的に授業始まって講義棟離れている分そうそう会えないのよ。
そもそも今月末からはGWで会えないしGWに誘うなら今日誘ってもそんなに違い無いじゃない」
「むぅ…確かに。でもさっき脈なしって言ったじゃん!」
「別に脈なしってわけじゃないの。言うなれば男として見られてないってだけ」
「それって駄目ってことじゃん」
「そうじゃない。今まで機会やらタイミング、つまり運がなかっただけ。
自分から動かないで好きになってもらえるのはただの偶然でしかない。」
「確かに言う通りかもしれないけど…」
「孝宏は自慢の弟だし、お母さんもお父さんも自慢の息子だって思ってる。それにあなたなりに
クラス委員を頑張って務めあげたんでしょ。杉浦さんはそういうとこちゃんと見てる子だよ。自信持ちなさい」
「む…」
「小木曽家の一員なら正面からぶつかってきなさい」
それは自分にも言い聞かせる言葉。歪んでしまったけれどそれでも私は小木曽雪菜なのだ。
今は隣にいる春希君を失う想像だけで恐怖が足をすくませるけれど空いているもう一方は彼女の席だ。
そうなのだ。私はまだ3人を諦めていない!
彼女にとってそれは今でも残酷な願いのままということは確信してるがいつか必ず引きずり込んでやるんだから。

「うん、わかったよ姉ちゃん。俺頑張ってみる!」
しばしの間俯いて考えていた孝宏が顔を上げる。
「デートに着ていく服くらいアドバイスしてあげるから頑張ってきなさい」
「いいよそんなの。ともかくありがとね。ケーキは覚えてたら買ってくる」
さっそうと立ち去る孝宏を見送ると私はかばんの中から面接の対策本を取りだす。
来週には本命であるナイツレコードの最終面接がある。
胸を張って小木曽雪菜であるために今は一歩一歩進んでいかなくては。
しばし本に没頭していると慌てた足跡が聞こえてきた。
「姉ちゃん姉ちゃん!デートってどこ行けばいいの?」
勢いよくドアを開けて孝宏が訊いてくる。
「ちょっとー。ノックぐらいしなさいよ」
「ごめんよ。でも明日誘えたのはいいけど肝心の行き先を考えてなくて…」
「そんなことも考えずに電話したの?待ち合わせ場所と時間どうしたのよ?」
「それを訊かれてから何も考えてなかったことに気づいてとりあえず後から連絡するって…」
「はぁ…。まったくあなたは」




「ねぇお母さん、明日の夕食孝宏の好きな物にしてあげられる?」
「いきなりどうしたのよ。明日は生姜焼きの予定だから別の日にずらしてもいいけど」
「孝宏がね明日好きな子に告白するみたいなの」
「まあ!それはお祝いしてあげないとね。あの子ったらお調子者の癖にそういった方面は奥手で
今までそういう気配なかったけどようやくそういう年になったのねぇ。
でもそういったことなら彼女さんを夕食に招いてあげる方がよくないかしら?」
我が母の思わぬ喜びように驚きつつも重くなった唇を開く
「いやたぶん失敗すると思う…。だからね夕食ぐらいは好きな物用意してあげられたらなって」
「あなたなんでそんなこと分かるのよ?」
「孝宏が好きな子って私の知ってる子なんだけど、その子別に好きな人いるの」
きっと彼女は諦めが悪いところまで春希君に似ているだろう。
「まぁ」




ガチャ…
ドアが開く音とともに無言の孝宏が家に入ってくる。
「おかえり孝宏」
「姉ちゃん…」
「今日の夕飯はあなたが好きな物たくさんあるからいっぱい食べなさい」
「姉ちゃん…っ」
「たくさん食べて、お風呂入って、布団に入って、泣くのはそれからにしなさい」
「うぅっ…」
孝宏をダイニングへと連れていく。
「あら孝宏おかえり。もうすぐ夕飯よ」
「お、今日は随分豪勢なメニューだな。なにかの記念日だったか?」
珍しくお父さんが呼びに行く前から書斎から出てきた。
「どうも孝宏ったら失恋したらしいんですよ。あなたからも声かけてやってくださいよ」
「そうか…。孝宏ももうすぐ成人だな。そのときになったら一緒に飲むか」
「えー、それだけ!?」
思わず文句が口をつく。
「いいんだよ。男には多く語らずとも一緒に杯を傾ければ十分なんだ」
「じゃあ今度春希君と二人でお酒飲んでくれる?」
「そ、それは別問題だ。そもそも彼は小木曽家の一員じゃないだろっ」
「むー。いつかちゃんと話し合いの場に立ってもらうんだからね」
今回は残念だったけど孝宏は小木曽家の子供として真直ぐに育っていくだろう。
私も負けてはいられない。

でもやっぱり杉浦さんは春希君のこと諦め切れてなかったみたい。もう少しひどいいじわるを考えなくては…

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