「雪菜、春希。結婚おめでとう。忙しいのに呼んでてごめん。時間出してくれてありがとう。
本当はあたしが行くべきなんだけど三人だけで話したかったんだ。それなら家が一番都合がいいから。
これ、余計なお世話かも知らないけど・・・おまけにちょっと早いけど。
ほら、あたしからのプレゼント」

こいつ・・・絶対メモして覚えたのを一気に喋ったな。
こっちから答える間もなく矢継ぎ早に言葉を浴びせるかずさを見てちょっと呆れてしまった。

「わぁ、ありがとう、かずさ!なになに・・・楽譜?
・・・ぁ」
「前から二人のために何かしてあげたかったんだ。で、あたしなりにずっと考えてみたんだけど、
結局あたしにできるのはピアノとこれくらいだったから・・・」
「かずさ・・・お前。この歌詞は・・・」

・・・今までわざわざ口に出して言ったことはないけれど。
届かない恋は俺からかずさへの、片想いの歌だった。
時の魔法は俺たち三人の、新しい明日を祈る歌だった。
今までの俺たちの歌には、必ず「かずさ」がいた。
でもこれは、この手書きの曲は、雪菜と俺の歌。
障壁として漠然と描かれてはいるけど、これはあくまで俺たち『二人』の歌だった。
ここにかずさは、いない。

「実はこの前みたいにあたしたち三人で作るのが一番だったのかも知れないけど。
でもさ、これだけはあたし一人で作ってあげたかったんだ。
二人の結婚を祝う、この曲だけは。
これは・・・これだけは三人の歌にしちゃだめだと思ったから。
でもお前らと一緒に作るとお前らが無理やり三人の曲に作りそうで」
「・・・っ・・・ぁぁ・・・かずさぁ・・・かずさぁあ・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」
「よしよし・・・ったく。
ほんっとうに雪菜は泣き虫だなあ。
いや、これもあたしのせいか」
「かずさ・・・」
「なーんだ、春希?愛する嫁を取られて嫌か?
・・・それとも、自分を振ってさっさと結婚するやつらも祝福してあげられるいい女を、
袖にしたのを後悔してる?」
「っ・・・」
「かず・・・さ・・・ごめん・・・でも、俺が愛してるのは・・・」
「なぁんて。冗談だよ、二人とも。やだなぁ、そんなマジになるなよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・はぁ。余計なこと言ったな。悪かったよ。取り消すよ。ちょっとからかっただけだよ。
・・・そんな傷ついた顔するなよ。まるであたしが悪者みたいじゃないか」
「ごめん・・・ごめんなさい、かずさ・・・っ・・・ぅぅう・・・」
「ああああ雪菜泣くなよ!本当に悪かった!忘れて!本当にあたしはお前たちを祝福してるんだ。
これは誰がなんと言おうと本当だよ!あたしが世界で一番大好きなやつらが一番の幸せを手に取るんだ。
どこであたしが嫌がったり、悲しむ要素があるんだ。頼む。あたしを信じてくれ!」

結局、泣き疲れて眠るまで、俺とかずさは雪菜をあやし続けた。
かずさのベッドで眠る雪菜の濡れた頬をそっと撫でた後、部屋を後にする。
やっぱり雪菜の負い目は、傷はそんな簡単に直ってはくれなかった。
分かってるつもりでも、こうやって目の当たりにする度に申し訳なく思う。
俺は、俺たちは今まで彼女を傷つけ続けた。
もちろん彼女一人だけが傷付いたわけじゃない。
でもやっぱり、苦しんで傷付きながら一番がんばったのは彼女なんだ。
自分も苦しいのに、ことを解決しようと一番もがいたのは彼女なんだ。
そして俺は、これから一生を掛けてそんな彼女を愛し、彼女に愛されたいと思う。

・・・

窓から見える外が暗い。何時間掛かったんだ本当に・・・
・・・そのおかげかそのせいか、あの微妙な空気は綺麗さっぱりになくなってくれた。


「やれやれ。孝広くんにも言われたけど、本当に俺は一生尻に敷かれそうだな」

雪菜が泣き止んでくれるまで他の何も考えられなかったよ。

「本当は・・・さ」
「うん?」
「実は・・・いや、わかってると思うんだけど。というか前にも言ったけど。
あたし、全然吹っ切れてないんだ。今も春希を愛してる。多分一生」
「ぁ・・・」

甘かった。・・・そんなことを考えてるのは俺だけのようだった。
かずさは何時間も前のことをまだ引きずっていた。

「でも、結局あたしは逃げた。そのせいで春希と結ばれなかった。雪菜に取られた。
なるほど、こう言うとあたしは不幸かも知れないな。正直時々どうしようもなく辛い時もあるんだ」
「かずさ。それは・・・」
「でも違う。よく知りもしないやつらがもし今のあたしを不幸だなんて言うなら蹴ってやるね。
今のあたしには母さんがいる。雪菜がいる。春希もいる。・・・そして、たくさんの友人ができた。
これは万が一春希と結ばれたら、絶対得られなかった世界。
・・・暖かな、ふとした瞬間泣きたくなるけど、そんなあたしを優しく抱きしめてくれる世界」
「・・・」

今は、何も話すべきじゃない。たぶんかずさは今この瞬間じゃないと、もう一生この話をしてくれないだろう。

「多分・・・雪菜がいてくれなかったら分からなかっただろうな。
愛してる人と一緒にいるけど、愛してる人以外誰もいてくれない、何よりも幸せだけど何よりも悲しい。
・・・そんな世界以外想像できなかっただろうな・・・
後悔してないならそれは嘘なんだ。
実は今だって春希さえいてくれたら雪菜も、母さんもいらないと思うあたしもいる。
悲しいけど幸せな世界を望むあたしは確かにいるんだ。
もしあの時あたしがウィーンに逃げなかったら、
あたしの想像の中の春希じゃなくて本当の春希と一緒にいたら、
絶対に違う未来があたしを待ってたと思うと悔しい。嫉ましい。泣きたくなるし死にそうになる。
でも、これでいいんだ。妥協じゃない。信じてくれないかも知れないけど本当にこれでいいんだ。
母さんの隣で、泣かずにずっと一緒にいてあげられる。
あたしだけの春希じゃないけど春希が傍にいてくれる。
部長、水沢から始まってこの前までは想像もできないほどに友人がたくさんできた。
あたしのピアノを聴きに来てくれた人達に感謝することができるようになった。
皆を幸せにするためのピアノを弾きたくなったんだ。
何より、あたしにもそんな暖かい世界を作れるんだって教えてくれた雪菜が、
春希くらいに大切な、大好きな大好きな雪菜がずっと苦しんできた末にやっと掴んだ幸せなんだ。
今のあたしはそれを素直に祝福できる。自分で言うのもなんだけど本当に強くなったんだ。
これも全部、雪菜のおかげだよ」

それからかずさの話が終わるまでどれだけ掛かっただろうか。空が白くなってきた。
話し疲れたのか、堪っていた言葉を出し尽くしたせいか、妙に満足した顔でかずさも眠りについた。
全くまとまりのない話だった。元々この手の話をするつもりはなかったからだろう。
だから、支離滅裂だけどこれが心から出た本当の言葉だと分かった。
これでよかったと言いながら、妥協じゃないって言いながらそれを後悔したり。
吹っ切れたようで全然吹っ切れてないようで。
心の底から祝福してるようで心の底から恨んでいるようでもあった。
でも、その支離滅裂な言葉の羅列に、それなのに隠せない雪菜への愛情、今の自分に対する誇りが見える。
そして、最後にはやっぱり俺たち二人の幸せな未来を祈ってくれたかずさは、
かつて俺が憧れた、でも実は全然本当の姿じゃなかったあの「格好いい冬馬」だった。
今はちょっと無理してるけど、いずれ本当にこんなに強くて格好いい人間になれると、そう信じられる。
そんな確かな意志を感じられた。本当、強くなった・・・
あの時からそんなに経ってないのに、もうあの時よりもさらに前向きになっていた。
俺には、曜子さんには絶対無理だった。これはひとえに彼女のおかげ。
俺のちっぽけな命を捧げた、最愛の人のおかげ。
本当に、こんなに強くなったかずさも、こんなかずさになれるよう愛してくれて、叱ってくれて、最後は抱きしめてくれた雪菜も
本当・・・こんな俺にはもったいないくらい最高の、理想の女性となった。
俺も、彼女たちにつり合うような男にならないとな。・・・とんでもなく先が長そうだけど。
なれるかどうかすらちょっと微妙だけど・・・
がんばらないと、な。これからもこんな不安定ながら幸せな三人とずっと一緒に歩めるように、強くならないと。
雪菜が不安がらないように、かずさが後悔しないように。
・・・俺も疲れてきた。まずは寝よう。いい夢が見れますように。

「・・・ぅ、うぅ・・・あぁ・・・
ありがと・・・ありがとう、かずさ。わたしたち、絶対に幸せになるよ。
取り返せばよかったとあなたを、後悔させない。
だから、一緒にいて。時々辛くても、わたしたちと一緒にいて。笑って。
わたしたちと一緒に幸せになろう・・・
ワガママなのは知ってる。本当は辛いのも知ってる。
それでも、わたしたちと一緒に幸せになろう・・・
酷いんだよ、わたし。でもあなたが大好きだから、
そしてワガママだから、わたしはあなたを手放さないよ。
ありがとう、かずさ。これからもよろしくね。
おやすみなさい」

だから、俺は彼女が少しだけ開いた扉越しにかずさの話を聞いたことを知らない。
彼女の涙声を聞いたわけもない。
そんな無粋な真似、できない。

・・・おやすみ。雪菜、かずさ。これからも、俺たちはずっと三人で・・・

・・・
そして、時は流れ、運命の日が来た。
もう雪は降ってこない。

「今日はわたしたちの結婚式に来ていただき、本当にありがとうございます。
本当に・・・本当に長かった・・・っ・・・
幸せなことばかりではなかったわたしたち二人ですが、
本当にこの場で言い尽くせないほどいろんなことがあったわたしたちですが、
今日これからは大切な人達と共に、毎日が幸せな日々を過ごせることを信じています。祈っています。
そして、その中でも特に大切な、これからもずっと一緒にいたい人が送ってくれた祝福の歌があります。
今日のこの時のため、結婚式の直前なのに使える時間はずっと三人で練習に注ぎました。
これからもずっとこんな日が続いたらいいなと思うような幸せな時でした。
いきなりですが、そんなわたしたちの練習の成果を聞いてください。

曲名は、『愛する心』です」

~終わり~

あとがき


結婚式に時の魔法より愛する心を歌ってほしい派です。
それと虚勢張るかずさ格好いいよ、いつかこれが素になったらいいね派
三人で曲作りする話を書くつもりだったけど、
愛する心に関してはかずさが二人のために一人で作ったってのがしっくり来たので。
・・・結果かずさの台詞が半分以上になりました。
台詞がえらく長いですが一人でしゃべってる時なので許してください

かずさSSなっちゃった気がするけど三人の、何より雪菜のためのSSを書いたつもりです
こんな駄文に付き合ってくださった方本当にありがとうございます
至らないところも多いと思いますが脳内補正をお願いします・・・

え、愛する心はピアノ+ギターじゃないって?かずさがなんとかしてくれてるよきっと
そして愛する心の最初の二行は何気にかずさの想いでもあるという妄想(書いた本人は気付いてないという妄想)
何かかずさの心境でもめたようなのであげないほうがいいかなと思ったけどせっかくなので・・・

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます