第10話






6-5 春希 大学 1/8 土曜日 15時30分頃





和泉がホールから出ていった後、俺は、しばらく何をすることもなく客席を
眺めていた。
舞台から脚を投げ出し、底冷えする舞台の上で座り込む。
これから何をすべきかなんてわからない。
だから、まずは、わかっていることから整理していくか。
ヴァレンタインコンサートは、去年武也から聞いたことがある。
うちの大学の生徒が参加する、わりと人が集まるイベントらしい。
お金をかけなくても女の子を口説けるイベントだって、武也が言ってたはず。
女の子がそんな裏事情を知ってしまったら、幻滅しそうだけど。
そのイベントで、俺がギターを演奏?
馬鹿げている。最近全く弾いていないのに、人前で弾けるはずもない。
・・・・・今から練習すれば、一曲くらいなら、間に合うか。
って、俺一人がどうしようが、意味がない。
ヴォーカルは、和泉が手配するみたいだけど、雪菜以外のヴォーカルでいいのか?
それに、キーボードのかずさもいないわけだし、一番へたっぴだった俺のギターが
あっても、コンサートなどできるはずもないだろ。
雪菜か・・・・・・。


武也「もう雪菜ちゃんとは会うつもりはないのか?
   その・・・・・・さ。友達として会うこともできないのかなって」

春希「ああ、雪菜が許してくれるなら、雪菜と友達になりたい。
   そうじゃないな。俺は、雪菜と友達になりたいんだ」


さっき武也にえらそうに言っておきながら、何も行動を起こしてないな。
たしかに、冬休みを使って、雪菜への気持ちの整理はできた。
だけど、「雪菜への気持ちの整理」イコール「雪菜との関係」ではない。
いくら俺の中で気持ちの整理ができても、雪菜との関係が改善できたわけではない。
俺と雪菜との関係は、クリスマス・イブの夜から停滞している。
このまま自然消滅でいいのか。
雪菜が俺のことをこのまま忘れ去って、過去のことだと割り切ってくれるのだろうか。
・・・・・・分からない。なにもなかった3年は、長すぎた。
だったら、俺は、
・・・・・・・・・・・友達として、最初からやり直すか。

そうと決まれば、やることは一つだ。
俺は、舞台から飛び降り、ホールの出口に向かう。
出口を開けると、眩しい光が俺を迎え入れる。
暗闇に慣れきった目が、明るい世界になじんでいく。
北風が俺を撫でるが、舞台の冷たさに比べれば、温かいものだ。
俺は、携帯電話を取り出し、冬馬曜子オフィスに連絡をいれた。







美代子「冬馬曜子オフィスです」

春希「私、開桜社アンサンブル編集部員の北原春希と申します。
   先日のニューイヤーコンサート後に楽屋の方に伺った者なのですが、
   その時のことで、一点確認したいことがありまして、
   冬馬曜子さんとお話しすることは可能でしょうか?」

美代子「あのときの方ですね。覚えています」

男性で楽屋に通されたのは、俺一人ってことなのかな。
覚えていてくれたほうが、話を通しやすい。幸先いいな。

春希「無理を言って冬馬さんに話を通してくださり、ありがとうございました」

美代子「いえいえ、あらかじめ冬馬の方から、北原さんがいらっしゃいましたら、
    お通しするよう言われていましたので」

思いがけない発言に体に衝撃が走る。
曜子さんは、俺が楽屋に来るってわかってたのか。
いや、来てもいいように準備をしていたってことか。
つまり、かずさがらみの話を最初からするともりだったととるべきか。

春希「そうだったのですか」

美代子「ええ。北原さんの写真まで渡されていましたから、間違えようもないです」

俺の写真って、どこから手に入れたんだよ。
開桜社からか? それとも高校のときの・・・・。
卒業アルバムって線もあるか。
どうも曜子さんは、俺の数歩先を行ってる。
出し抜こうとかかは考えていないけど、何を考えているかわからないのは
危険かもしれない。
もし、曜子さんが俺とかずさの仲を快く思っていないのなら、
俺がかずさに会うチャンスは限りなく小さくなってしまう。
弾むように軽かった心は鉛のごとく地面に這いつくばり、
携帯を握る手には汗がにじんでくる。

美代子「すみません・・・少々お待ちください」

春希「はい」

電話は素早く保留音に切り替わる。
陽気なメロディーの保留音が鳴り響く。
まだか、まだかと、数秒も経っていないのに、焦る気持ちがかき乱れる。
携帯を持っている方の人差し指で、携帯を何度も小突き続ける。
いらだちの濁音が耳に響き、いらだちを盛り上げる。

曜子「もしもし? 北原君」

俺の名を呼ぶ電話主の声が、先ほどとは違う。
この声は、忘れようもない。

春希「はい、北原です」

曜子「私、冬馬曜子。お久しぶりね」

春希「お久しぶりです。コンサートの後、楽屋にお招きいただきありがとうございました」

曜子「ううん。私もあなたと話してみたかったの。
   だけど、心配しちゃったのよ。だって、あなた、すっごく体調が悪そうだったから」

春希「心配をかけさせてしまい、申し訳ありませんでした。
   でも、もう大丈夫です」

曜子「そう? でも、かずさのことを聞いてから体調が急変したから、
   もしかしてって勘ぐっちゃったわ」

この人は・・・・。
どこまでわかって、なにをたくらんでいるんだ?
下手に小細工をしても、意味なんてないんだろうから、
だったら、まっすぐ突っ込むしかない。

春希「その通りです。かずさに会えなくて、落ち込んでいました」

曜子「え?」

一瞬だが、曜子さんがうろたえる。
俺の正攻法すぎる突撃は、予想していなかったとみえる。

曜子「そっか。今も会いたい?」

春希「会いたいです」

曜子「ふぅ〜ん。・・・・・で、今日はどういったご用件で?」

最後の最後で調子を崩されてしまう。
うまくいってるようで、まったくうまくいかない。
曜子さんの意図なんて、一生理解なんてできないのかもしれない。

春希「はい。今度うちの大学でヴァレンタインコンサートがあるんです。
   そこで自分もギターとして参加する予定です」

曜子「へぇ〜。ギター君復活かぁ」

春希「えぇ、まあそんなところです」

曜子「今でもギター弾いてるんだ」

春希「いえ、最近はまったく。ですから、家にあるアコギで練習再開しようと
   考えていまして」

曜子「エレキギターではなくて、アコースティックギターの方が得意だったの?」

春希「いえ、家にアコギがあるので、アコギにしようかと」

曜子「でも、学園祭の時はエレキだったじゃない?」

春希「あれは、学校の備品でして、自分のではないんです」

曜子「ふぅん」

ピアノはともかく、ギターなど、楽器に癖がついてしまう楽器のレンタルなど
音楽家としては、許せないのだろうか?
まずい受け答えしてしまったかも・・・・・。
曜子さんは、なにやら考え込んでいるらしく、何も言ってこない。

春希「曜子さん?」

曜子「あ、うん。わかった、わかった。じゃあ、こうしましょ」

勝手に一人納得されても、どう対処すればいいかわからない。
そもそも聞いたとしても、真の意図まではわかる気もしないが、
今は黙って聞くしかない。

春希「なんでしょう」

曜子「アコギはやめて、うちにあるエレキにしなさい」

春希「はい?」

しょっぱなから、意味不明の言葉がアクセル全開に駆け巡る。

曜子「だから、私、コンサート終わって、少し暇なの。
   だから、私がギター教えてあげるって言ってるのよ」

これが本当だとしたら、とんでもないことだ。
ピアノではなく、ギターというところは考えものだが、
あの冬馬曜子のレッスンとなれば、世界中から受けたいという申し出がきてしまうはず。
そんなプラチナチケットがただで貰えるのか?
変に勘ぐってしまう。

春希「それは、ありがたいお誘いです。で・・・・・・」

曜子「そう! だったら、話は早いわね。
   来週の月曜時間ある?」

俺の決まりきったビジネス会話はかき消され、曜子さんの決定事項を伝える声が
携帯から流れ出る。

春希「はい、ありますけど」

曜子「そうねぇ、午前10時で大丈夫?」

春希「はい、大丈夫です」

曜子「じゃあ、10時に、うちに来て」

春希「うちって、日本に住んでいた時の家ですか?」

曜子「そうそう。あの家、売りに出したんだけど、買い手がいなくて、
   今使ってるの。だから、ちょうどよかったわ。
   運がいいわね、ギター君」

なにが運がいいのかわからないが、曜子さんが描いた大きな渦に巻き込まれて
しまったのだけは、理解できた。

春希「わかりました。月曜の10時に伺います」

曜子「うん、待ってるから。それじゃあね」

春希「はい、それでは」

って、それじゃあねじゃないって!
一方的に電話を切られてしまった。
月曜日になれば、詳しい事情が聞けるはずだ。
だけど・・・・・・・・・・・・・・・、
俺の方の要件は、まったく話してないじゃないか。
人の要件を全然聞かず、自分の方の要件のみって。
しかも、俺の方から電話したっていうのに、あの人は。
散々文句が頭の中で駆け巡って入るが、
顔は緩み、笑みが浮かんでいると思う。
和泉にしろ、曜子さんにしろ、俺を引っ張り回す人物ばかりだ。
だけど、それが悪いだなんて思いはない。
むしろ、俺の中の価値観を全てひっくり返すほどのパワーを持つ二人に
感謝してもよいほどであった。
武也に知られれば、お前ってマゾ?っておもいっきり引かれそうだけど
今はその名誉、潔く引き受けよう。






澄み渡る空のもと、俺を次の連絡先を携帯から引き出す。
と、その前に、和泉にコンサート了承のメールを一応送る。
勝手に俺のコンサート参加を決められてしまったけど、
今度こそ俺の方から正式に参加了承を告げることにした。

麻理さんのアドレスを表示し、発信ボタンに手をかける。
和泉に、曜子さんときて、麻理さんか。
やっぱ麻理さんも一筋罠にはいかないのかも。
今日は絶対に女難の相が出ているだろ。
でも、それさえも快く引き受けよう。
俺は、えいやって、勢いよく発信ボタンを押す。

数コール後に出た麻理さんは、事務的な口調ですぐに折り返すと述べ、
すぐさま電話をきる。
やっぱり仕事中はまずかったかなと後悔をしだしたが、
麻理さんが仕事をしていない時間を見つける方が難しいかと思い悩んでいると・・・。
その言葉通り、数分も経たないうちに、麻理さんからのコールバックがくる。
その声は、編集部で聞くような頼りになる声色ではなく、
先日一緒に買い物や食事をしたときの、愛らしい声色であった。

麻理「移動したから大丈夫よ。ここなら誰もいないし」

春希「朝食ありがとうございました。
   パンチが効いた朝食だったので、眠気も一発で吹き飛びましたよ」

麻理「あぁ、あれか」

ふざけすぎたのではないかと、後悔でもしてるのだろう。
あの麻理さんが、今日もうろたえている。

春希「マスタード、美味しく頂きました」

麻理「北原が悪いんだぞ。私をいじめるから」

春希「俺は、リクエスト通りにオムライスを作っただけなんですけどね」

麻理「それでもだ。・・・・・北原と一緒にいると、調子を崩されっぱなしだ」

春希「すみません」

麻理「いいのよ。そんな私も、嫌いではないから」

俺だけが知っている麻理さん。
知れば知るほど、俺の想像を裏切り続ける愛しい人。

麻理「ところで、今頃起きたの? さすがに寝すぎではないか?」

春希「いいえ。少し用があって、大学の方へ。今は、大学にいるんです」

麻理「そうか」

春希「それですね、麻理さん」

麻理「なに?」

春希「来週から、編集部のバイト出ようと思ってるのですが、
   その前に一度会えませんか?」

麻理「ひゃい?!」

人がいない場所で話しているって言ってけど、さすがに今の奇声は注目を
集めてしまうんじゃないかって心配になる。
普段の麻理さんしか知らない編集部の人たちならば、麻理さんが知らぬふりを通せば
誰も麻理さんが声の主だって、信じないかもしれないけど。

麻理「私に会いたいの?」

春希「これからも会いたいですけど、今回会うのは、会っておいた方がいいと思いまして」

麻理「それはどういう意味?」

麻理さんは、全然自分の状態を分かっていない。
自分の状態が分かっていないから、何も気にせず編集部に顔を出せるともいえる。

春希「さっきの麻理さんの驚きの声もそうなんですが、編集部でいきなり俺と
   顔を会わせるのって、危険じゃないですか?」

麻理「それは・・・・」

麻理さんも少しは自覚していたのかもしれない。

春希「ひょっとして、今朝早く出社したのも、俺の顔を見るのが照れくさかったって
   ことないですか?」

押し黙っているところを見ると、正解だったみたいだ。
といことは、少しではなく、おもいっきり自覚してたってことになる。
だから、頭がショートして、編集部で俺といきなり会う危険性を考慮できなく
なってしまったってことか。

春希「明日、会えますか? 少しの時間でもかまいませんから」

麻理「あ、・・・・・・うん。今日どうにか仕事を片付けておけば、時間作れると思うわ」

春希「場所は、麻理さんの家でいいですか?
   それとも、俺の家でもいいですけど」

麻理「ふぁい?!」

本日2度目の奇声となると、さすがに編集部の人たちも勘づくんじゃないか。
そこまで、麻理さんを驚かす発言はしてないつもりなんだけどな。

春希「外で会ってもいいんですが、今の俺達の状態を考慮しますと、
   外だと大変気まずい気がしませんか?
   それこそ、他人には見せられないような事態になりかねないかと」

麻理「そ、そうね。それは、まずい。うちにしよう。
   そうだな、お昼も兼ねて12時はどう?」

春希「はい、いいですよ。なにか食べたいもののリクエストありますか?」

麻理「そうだなぁ・・・。どうせ難しいものは作れないんだろ?」

春希「簡単なものだと助かります」

麻理「北原に任せるよ。今は、ぱっと思いつかない」

春希「わかりました。なにか考えておきますね」

料理の勉強始めるか。家に帰る前に、本屋で料理の本でも買っていくかな。
自分が食べるだけの料理だと、エネルギーをとることのみを考えてしまうけど、
人の為に作るとなると、それだけで気持ちが高ぶり楽しくなる。

麻理「期待してるわ」

春希「期待なんかしないでくださいよ」

麻理「いや、期待させてくれ」

春希「わかりました。でも、味の保証はできませんからね」

麻理「別にいいよ。文句だけはいうけど」

春希「それって、意味ないですから」

二人の笑い声が響き渡る。
電話する前は、気まずい雰囲気になるんではないかって不安にもなったが
まったくそんな心配はいらなかった。

麻理「あまり席を離れていると鈴木の奴に勘ぐられるから戻るわ」

春希「はい。では、明日」

麻理「ああ、明日」

電話を切ろうと切断ボタンに手をかけたところで、急ぎ麻理さんに声をかかる。

春希「麻理さん」

麻理「ん?」

間一髪電話は切れていなかった。
電話を切られてもおかしくもない時間は経っていたはずなのに。
ひょっとして、麻理さんは、俺が切るまで待っててくれたのではと、
うぬぼれてしまいそうになる。

春希「朝食は、マスタードたっぷりのサンドウィッチでかまいませんから」

麻理「ほぇ!?」

本日3度目の奇声を耳に、今度こそ切断ボタンを押そうとする。
しかし、一応もう一度確認ということで、携帯を耳にあてる。

麻理「き〜た〜は〜ら〜〜!」

奇声を飛び越えた絶叫がかき鳴らされているが、今度こそ切断ボタンを押す。
麻理さん、もう他の編集部の人たちに気がつかれてますって。
この後、麻理さんが鈴木さんたちの好奇の視線を集めてしまうと思うと、
いたずらしすぎたかなって、ほんのわずかだけど後悔の念が押し寄せる。
ごめんなさい、麻理さん。
マスタードの仕返し、してしまいました。
・・・・・・あれ?
俺がバイトに行った時、俺にも火の粉が降りかかってこないか・・・・・・。
俺は、甘い係争を思い浮かべ、ほくそ笑んだ。










7-1 麻理 麻理マンション 1/9 日曜日 午前3時






午前4時。あと数時間経つと朝になってしまう微妙な時刻。
北原が来る前に準備する時間が欲しいから、あまり睡眠時間はとれないか。
でも、気持ちが高ぶっていて寝むれそうにはないか。

玄関の扉を開けると、自分の部屋ではない。
脱ぎ散らかした靴は一足もないし、
読みもしないで放り投げているダイレクトメールの山も消え去っている。
部屋の鍵はあっているわけだから、部屋を間違える訳もない。
玄関を出て、部屋番号を確認もしたが、たしかに自分の部屋であった。

なるほど。これが汚部屋ビフォーアフターってやつか・・・・・。
たしかに掃除はしてなかったけど、人を呼べないほどじゃないよな?
北原も、何も言ってなかったし。
だけど、自分の部屋じゃないって思うほど綺麗に掃除されてると
感謝よりも女としてのプライドが傷つけられるって事をあの馬鹿は知らないんじゃないか。
この掃除の仕方、北原らしいな。

麻理は、部屋の掃除具合を確かめるために、玄関から確認していく。
別に、難癖つけようと言うわけではない。
むしろ、北原が頑張って掃除している姿を思い浮かべたいほどである。
革靴は、新品のまま隅に追いやられていた靴墨を使って磨きあげられ、
向きをそろえて並べられている。
玄関の床など、ワックスで磨いたのではないかと見受けられた。
うちにそんな掃除用具はないから、買いそろえたのかもしれない。
そして、バス・トイレ・キッチン・リビング・・・・・と、北原の足跡を辿るように
北原の影を追っていった。

私だったら、大掃除をやっても、こんなには綺麗にできないわよ。
いや、私だったら、ハウスクリーニングを頼んで終わりか。
本当に北原の主夫力は、すさまじいな。
あいつがいてくれたら、プライベートも充実するのかな?
いやいや、掃除をしてほしいってわけじゃなくて、一緒にプライベートも楽しめて、
・・・・・・・・・そうではない・・・・・な。
北原には、冬馬かずさがいるんだし。
はぁ・・・・・・・・・・・・・・・。

麻理は、独りで喜び、勝手に落ちこみながらも、部屋の確認を進める。
最後に寝室に入ると、ベッドのシーツは変えられ、
昨夜までいた北原の痕跡を一つも残してはいなかった。
麻理は、ベッドに倒れ込み、あるはずもない彼の温もりを探し始める。
冷え切ったベッドは、麻理から体温を奪うばかりで、温もりなど与えてはくれない。
臭いくらいはと、大きく吸い込みはしたが、柔軟剤の香りしかしなかった。

どこまで私をいじめれば気が済むんだ、あいつは。
はぁ・・・・・・、ん。すぅ〜・・・・・。

もう一度再確認のためと大きく息を吸いはしたが、やはり柔軟剤の臭いしかしなかった。
どこかに一つくらいは、痕跡はないかと室内を見渡すと、服の山を発見する。
ベッドから降り、服の山を確認すると、脱いだままにしておいた服と下着が・・・。
クリーニングに出さなければいけないものは、畳まれて別に置かれていたが、
下着は、服の山の下の方に隠すように置かれている。これは女としては痛い。

北原。主夫力は高いかもしれないけど、もう少し女心をわかってくれないか。
まあ、洗濯までしてあったら、今日どんな顔をして会えばいいかわからなかったはず。
いや、会えないだろ。
はぁ・・・・・・。
今日何度目になるかわからないため息をつくと、洗濯ものを抱え、
洗濯機に放り込む。とりあえず乾燥までやっとけば、あとで畳むだけだし。
そこまですると、大した労力をつかったわけでもないのに、疲労感が押し寄せる。
とりあえず、水を飲もうと冷蔵庫を開けると、ラップにかけられた食事が鎮座していた。
ハンバーグにポトフ。それにサラダ。
しかも、こっちは朝食用なのかサンドウィッチまで用意されていた。
テーブルに、レンジで温めるだけのご飯が置いてあった。
最初はなんだろって疑問に思いもしたが、これでようやく疑問が解ける。

私に依存してるだって?
私を北原に依存させようとさせてるのは、あいつの方じゃないか。
やばいって。もう、抑えきれなくなる。
駄目だって、わかってるのに。辛いだけだってわかってるのに、引きかえせなくなる。

冷蔵庫から、冷え切ったおかずを取り出し、レンジで温め直す。
その間にお茶の用意を済ませ、全てが温もりを取り戻したころには、
食欲をそそる香りが部屋に充満されていた。

麻理「いただきます」

さっそく箸をとり、ハンバーグを口に運ぶ。今度はスプーンに持ち替えて
ポトフを食べてみるが、美味しいはずなのに、味がわからない。
サラダを食べても、なにを口にしているのかわからず、
市販のご飯を食べてもただ熱いということしかわからない。
あいつが作ってくれただけで、とてもうれしいはずなのに、
いくら食べても味がわからなかった。






第10話 終劇
第11話に続く

このページへのコメント

かずさが心配になるくらい麻理さんが皆様に愛されて嬉しく思っております。
おそらくかずさ好きの方が圧倒的に多いと思いますので、
どれだけ麻理さんを可愛らしく描くかが問題でした。

0
Posted by 黒猫 2014年08月19日(火) 06:46:41 返信

麻理さんのSSとして見てもよくできてると思います。
ゲーム本編の麻理さんルートでもこれくらいのイチャイチャがあっても良かったです。

展開がどう転ぶか予想がつかず楽しみです。

0
Posted by N 2014年08月13日(水) 23:11:27 返信

お疲れ様です。
拝見させていただきました。

個人的にはこのまま麻理さんが幸せに
なる物語も見てみたかったりする今日この頃です。

とはいえ次回作品を心待にしております。

0
Posted by ギア 2014年08月13日(水) 21:43:55 返信

お疲れ様です。一体どうなる事やら…。
かずさが、幸せになりますように…。

0
Posted by 名無し 2014年08月13日(水) 00:30:36 返信

冬馬亭に曜子さんが何を用意して春希を待ち受けているのか興味深いですね。おそらくかずさ絡みである事は間違いないでしょうが、そこは次回を楽しみにしてます。春希は曜子さんに翻弄されっ放しですが、その春希も風岡麻里を同じく翻弄しているのが面白いところですね。

0
Posted by tune 2014年08月12日(火) 05:51:50 返信

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