第17話




1-3 麻理 空港 3月29日 火曜日





麻理「はぁ・・・・・・・・」

今日何度目のため息だろうか。
いくらため息をつくこうが佐和子がやってきてしまう。
渡米を先延ばしにしてもらおうとも考えはしたが、結局は来てしまう。
それだったら、少しでも体調がいいときに来てもらったほうが
佐和子は気がつかないかもしれない。
しかし、それも気休めにもならないって自分でもわかっていた。
ため息と同じように何度も確認している服装を再びチェックに入る。
やっぱり首元までしっかりと隠れているのにした方がよかったかも。
でも、普段あまり着ないような服装の方が、
かえって佐和子に気がつかれるかもしれない・・・・・・。
今着ている麻理の服装は、いたってシンプル。
ロングダウンを羽織り、パンツスタイルにブーツ。
多少は着膨れしているかもしれないが、この時期のNYであれば、
いたって無難で地味な格好ではある。
しかも、やってくるのは佐和子である。
これが北原だったら、かなり気合が入った服装になるが、今日は佐和子しか来ない。
だから、麻理が服装を気にする必要などないとも言えた。

佐和子「麻理〜。元気してた?」

飛行機は予定通りに到着し、佐和子も予定通りに待ち合わせ場所にやって来る。
ここまではいたって順調。時間通りで予定通り。
このあと、私がいつも通りに軽く挨拶して、佐和子から北原ネタでいじられて、
その後私がちょっと拗ねながらも、マンションに連れて行くだけ。
なにも問題ないし、疑われるような行動もない・・・はず。
でも、その後の事は考えてはいない。
だって、ダウンを脱いでしまったら気がつかれてしまう。
ちょっとくらい先延ばしにする作戦だけど、ちょっとくらいはいつもの佐和子との
気軽な関係を満喫しても罰は当たらないはずだ。
もしかすれば、その場の軽いノリで佐和子もわかってくれるかもしれない・・・・・、
と思いを巡らしながら、ぎこちない笑顔で挨拶をしてしまった。

麻理「まあまあかな。そっちは長旅で疲れたんじゃない?」

私が出迎えの挨拶をするところまでは、ちょっとぎこちなさがあっても、順調だったはずだと思う。
だって、佐和子も笑顔だった。
・・・・・・でも、佐和子は今は、心配そうに私を見つめている。

佐和子「ちょっと、麻理。しっかり食事してる?
    いくらなんでも痩せすぎ・・・・・・・」

佐和子は、持っていた荷物を両足で挟み込むと、
今度は空いた両手で私の顔を挟みこんだ。 
佐和子のしっかりと冬用にハンドケアされて潤いに満ちた指先が
かさかさに乾いた私の頬をなぞり、さする。
そして、指先が首元まで下がってくるころには、佐和子の顔は豹変し、
焦りがにじみ出していた。
私は佐和子にされるがままだった。だって、もうばれたんだもの。
隠したってしょうがない。佐和子の気が済むまで調べてもらうしかないだろう。
最後に佐和子は、私のダウンの袖をまくりあげると、細すぎる腕を見て驚愕した。

佐和子「麻理?」

佐和子が何を知りたいかだなんて、明確すぎる。
私が逆の立場だったら、同じことを気になるはずだ。

麻理「とりあえず、私のマンションに行こうか。ここで話すような事でもないから」

私の薄暗い笑みに、佐和子はぎこちなく頷くだけであった。
佐和子は、私の先導にしたがって後からついてくる。
タクシーに乗り込んでも、マンションについても、一言も言葉を紡がない。
ただ、私の体に触れた手を確かめるように手のひらを見つめているだけであった。






佐和子をリビングに通すと、予想通りいぶかしげな眼で私を見つめてくる。
玄関は綺麗に掃除されており、脱ぎっぱなしの靴など溢れてはいない。
しかも、リビングまでの廊下も拭き掃除がされ、綿ぼこり一つない。
そして、リビングにいたっては、雑誌や書類などは綺麗に整理整頓され、
脱ぎっぱなしの服などは存在していなかった。

佐和子「一応確認しておくけど、ハウスキーパー雇った?」

麻理「雇ってないわ。・・・・・・・コート貸して。掛けておくわ」

佐和子「ありがと」

佐和子からコートを受け取ると、
佐和子の為に用意しておいた部屋のクローゼットにしまいこむ。
佐和子も自分の荷物を部屋に持ってくるが、いくら部屋を見渡したって、
ベッド以外の調度品は存在していない。

佐和子「ねえ、この部屋・・・・・・ううん。これも後で説明してくれる?」

麻理「あとでね」

荷物を部屋の隅に並べると、リビングに戻り、ソファに腰をかける。
本来ならば、コーヒーでもいれるべきなんだけど、
そんなものを用意してしまったら、話などできやしない。
佐和子が何も言ってこないから、このまま話を進めるようかしら。

麻理「全部話すわ」

佐和子「ええ、私が理解できるように話してくれると助かる」

麻理「まず、病気ではないわ。不治の病ってわけでもないから心配しないで、
   って、このありさまじゃ無理か」

佐和子「そうね。病気って言われた方が納得できたかもね」

麻理「一応病気ってことでもあってるんだけどね」

佐和子「一応?」

麻理「心因性の味覚障害」

佐和子「味覚障害って、味が変になっちゃうやつでしょ。
    詳しくは知らないけど、病気じゃないの。
    ん?・・・・・・・心因性って?」

麻理「その名の通り、心の問題・・・・・・・かな」

佐和子「NYでの仕事が原因ってわけではないわよね?」

麻理「仕事の方は、いたって順調よ。順調過ぎて怖いくらい」

佐和子「それって、体調が悪いのを忘れる為に仕事に没頭しているだけでしょ」

さすが佐和子。私の事をよくわかってらっしゃる。
そんなに心配そうに見つめないでよ。こうなるってわかってたけど、
心配されるのには慣れないな。

麻理「まあ、そんな感じかな」

佐和子「笑い事じゃないわ。原因は?」

原因か・・・・・・・。そうよね。心因性ってことなら、理由がはっきりしてくるはず。
このまま目をそらしても、数秒の時間稼ぎにしかならないかな。
私のぎこちない笑顔をみると、佐和子は膝をついて、私に詰め寄ってくる。
けっして責めているわけではない。むしろ心配してるんだろうけど、
私にとっては、大した差はなかった。
だって、どちらにせよ理由をいわなきゃならない。
理由を言ってしまえば、きっと北原がNYに来てしまう・・・・・・・。

佐和子「北原君ね? そうでしょ」

麻理「そうよ。北原が原因。でも、こんなことになってしまったのは私のせいだから」

佐和子「違うでしょ。あなたも言ってたじゃない。
    北原君があなたに依存してきて、それがとても心地よくて、
    いつのまにかに麻理が北原君に依存するようになってしまったって」

麻理「その通りよ。でも、味覚障害までなってしまったのは、私の責任。
   北原は悪くない」

佐和子「でも! ・・・・・・・・今さら責任がどうのとかいってられないか。
    で、具体的には、どんな症状なの? 
    ううん、いつから自覚したか、そこから話してくれないかしら」

麻理「一番最初に自覚したのは、北原が泊まりに来た翌日の夜かしら。
   仕事から帰って来てみると、北原が食事を用意しておいてくれたから
   それを食べたの。すっごくうれしくて、でも、とても悲しかったのを覚えてる」

佐和子「そう・・・・・・」

麻理「でね、食べてみたら味が薄いの。
   北原も料理は得意ではないって言ったし、これからしっかり料理覚えていくって
   宣言もしていたから、今回は失敗したのかなって思ったわ。
   でもね、前の日に作ってくれた半熟のオムライスは美味しかったなぁ。
   また作ってくれないかしら」

佐和子「ゴールデンウィークにNYに予定だし、その時作ってもらえばいいじゃない」

麻理「駄目っ! 今のこの状態の私が会えるわけないじゃない。
   きっと北原の事だから、責任感じちゃうでしょ」

佐和子「麻理が会わなくても、私が帰国したら全部話すわよ」

麻理「そう・・・・・・」

佐和子「その表情見ると、今のあなたの不安定さがにじみ出てて、心配になるわ」

麻理「え?」

佐和子「鏡見なさい。あなた喜んでいるわよ」

佐和子の言葉をやや納得できない私は、壁にかかったインテリアミラーで
自分の顔を確認する。
そこには、佐和子が言うほどではないにしろ、やや口角が上がっている自分がいた。
健康的な笑顔はそこにはない。病的なまでもうつろで、すがるような笑顔。
けっして北原が喜んでくれるような私は既に存在していなかった。

佐和子「ごめん。言いすぎたわ。こっちに戻って、話を続けてくれると助かる」

麻理「ううん。佐和子がいてくれて、助かってるから」

佐和子「私には、いくらだって依存したっていいから、全部話しなさいね」

麻理「ありがと。・・・・・・・どこまで話したのかしら。
   北原がオムライス作ったけど、一つは失敗しちゃって、私がそれを食べようとしたら
   困った顔をして、そのお皿と自分の方に置かれた成功したオムライスと
   とり変えようとした話だったかしら。
   そういう気遣いはできるんだけど、女心がいまいちわかってないところが
   傷なのよね。でも、そういう北原も可愛くて、あたたかいわ」

佐和子「はぁ・・・・・・。今のあなたには、仕事と北原君のことしかないみたいね」

麻理「それは駄目よ。私は北原から独立しないといけないんだから。
   北原には冬馬さんがいるの」

佐和子「そうよね。でも、北原君が冬馬さんと再会するまでに、麻理も元気にならないと。
    そうしないと北原君のことだから、心配して麻理のことを離してくれないわよ」

麻理「そうよね・・・・・・」

佐和子「そこ。うれしそうな顔しない」

麻理「仕方ないのよ。情緒不安定だって、自分でもわかってるんだから」

佐和子「今は仕方ないか。それじゃ、家に帰ってから北原君の料理食べて
    味が薄かったってところから話してくれないかしら」

麻理「その時は、そんなものかなって感じで、特に気にはしなかったわ。
   そして翌朝、といっても、帰ってきたのが朝方だったんだけど、
   仮眠をしようとして、でも眠ることなんてできなくて、
   その日は昼から北原が来るから、とりあえず起きて朝食をとったの」

佐和子「麻理。食事だけじゃなくて、睡眠障害まであるんじゃないでしょうね」

麻理「それは大丈夫。疲れて動けないくらい仕事してるから、家に帰ってきたら
   すぐにぐっすり眠れているわ」

たとえ仕事に集中している理由が、北原を思い出さなくするためであっても。
これだと、仕事に逃げるなって言ったのは私なのに、上司失格ね。
でも、昔とは違うはず。だって、仕事をするのは楽しいもの。
はぁ・・・、変な言い訳ばかりしちゃって、泥沼かな。

佐和子「そっか」

麻理「うん。その日の朝食も北原が作っておいてくれたサンドウィッチだったんだけど、
   今度は全く味がしなかったの。
   見た目はすっごく美味しそうで、北原が作ってくれた料理なら、たとえまずくても
   残さず食べられるのに、全く味がしないとなると変な気分になってしまったのを
   よく覚えているわ。
   まずかったら、それなりのリアクションも取れたはずなのよ。
   でに、なにも味がしないとなると、困ったもので、なにも感じないの。
   だけど、北原が作ってくれたんだから、すべて食べたけどね」

佐和子「その時からずっと味がわからなくなったってことでいいのね?」

麻理「ううん。昼になって北原が来て、その時北原が作ってくれた料理はすっごく
   美味しかったのを覚えているわ」

佐和子「一時的には復調したってことか」

麻理「そうかもね。北原が帰って、一人で食事しても味はあったと思うわ。
   多少は薄味になっていたかもしれないけど、気になるほどではなかったはず」

佐和子「でも、悪化していったのよね?」

麻理「そうね。NY行きが迫ってきて、北原に会えなくなるって考えるようになって
   不安になればなるほど、悪化していったわ。
   その頃北原、お弁当作ってくれるようになってね、お昼は一緒に食べてたのよ」

佐和子「見た目通りまめな男ね」

麻理「お弁当はありがたかったわ。これが唯一の繋がりにさえ思えたから。
   そう思うと、その時は楽しくても、仕事から帰って一人で食事をすると
   味気なかった。おそらくその頃から本格的に悪くなったと思うわ」

佐和子「日本にいた時からか。じゃあ、日本で病院に?」

麻理「ううん。あの頃は引き継ぎとか、NYでの仕事の準備で忙しくて時間がなかったわ。
   病院に行ったのは、佐和子がこっちにくるって言ってきたときね」

佐和子「急に病院に行ったからって、治るような状態でもないでしょ」

麻理「ドクターにも言われたわ。これからはカウンセリングと精神安定剤を使って、
   焦らずに治していこうって」

佐和子「薬は、どう? 効いてる?」

麻理「飲んでないわ。ドクターも調子が悪い時に飲めばいいっていってたし、
   なによりも、精神安定剤を飲んだからって、治るわけでもないのよ。
   ただ気持ちを落ち着かせるだけ」

佐和子「それで大丈夫っていうんなら・・・」

麻理「ううん。たぶん精神安定剤に依存してしまうのが怖いのかもね。
   今は北原に依存しているけど、今度は精神安定剤に依存してしまう自分が
   みじめになるのが怖いの」

佐和子「麻理・・・・・・・」

麻理「もう、十分みじめったらしい女なんだけどね」

佐和子「ついでに重い女よ」

麻理「まっ、悲劇ぶるのは私の性分じゃないから、戦っていくわ。
   ありがとね、佐和子。いつも通りに接しようとしてくれて」

佐和子「違うわよ。他の接し方を知らないだけ」

佐和子は、恥ずかしそうに視線を外そうとしたが、ばっちり照れているのが見てとれる。
佐和子は、こっちを見ないようにして、居心地悪そうに足を組みかえたりもしている。
そして、気分を変えようとありもしないコーヒーカップを取ろうとした。

佐和子「コーヒーもらえないかしら? ちょっと喉乾いちゃって」

麻理「ごめんなさい。できれば、水か炭酸水で我慢できない?」

佐和子「それでいいわ。水お願いするわね」

佐和子の返事を聞いてから、ソファーから腰を上げ、冷蔵庫からミネラルウォーターの
瓶を二つ取り出すと、トレーにコップ二つと布巾ものせ、リビングへと戻る。
瓶のキャップを外し、コップに水を注ぐ。冷たい瓶の感触が、心地いい。
佐和子と話していても、どこか夢のような感触さえあったが、
冷気が私を現実に縛りつける。
覚悟していたことだが、佐和子がいつも通りなのを心から感謝した。

佐和子「ねえ、麻理。もしかして、コーヒーの香りも駄目なの?」

麻理「するどいわね」

佐和子「さすがにね。摂食障害の話なら多少は聞いたことあるわ」

麻理「仕事の時は集中しているから大丈夫なの。でも、外で食べり飲んだりするのは無理。
   だから、食事は自宅でしかしてないわ」

佐和子「それじゃあ、一日二食ってこと?」

麻理「ううん。夜帰ってきても、疲れているから、そのまま寝てしまうことが多いわね」

佐和子「そんなことしていたら、いつか倒れるわよ」

麻理「サプリメントとか栄養ドリンクは飲んでいるから、多少は大丈夫なはずよ」

佐和子「そんなの一時しのぎよ。食事をしなくちゃ、痩せていって・・・・・・。
    今、食事もできないの?」

麻理「できなくはないけど、食べても気持ち悪くなるのよね。
   お腹が痛くなったり、吐きそうになったり。
   味がわからないのは同じなんだけど、食べても気持ち悪くなるとなると
   食事も億劫になってしまうわ」

佐和子「ふぅ・・・・・・。それも症状の一つってことでいいのよね」

麻理「ええ。でも、自宅でなら食事はできるのよ。
   食べた後、気持ち悪くなるのも対処法がわかってきたし、
   だから夜は疲れていて無理でも、朝食はしっかり摂るようにしてるわ」

佐和子「昼食は無理にしても、朝食だけって。夜もしっかり食べないと、
    今度は仕事どころじゃなくなるわよ」

麻理「そんなことは絶対ならないように気をつけてるわよ。
   私には仕事しかないんだから。
   だからね、仕事も土日はしっかり休むようにしてるの」

佐和子「へえ。ワーカーホリックの麻理にしては、すごい決断したわね」

麻理「そういわれると心外なんだけど、土曜は自宅で仕事をするようにして、
   日曜は完全休養にあててるわ。
   だから、土日は、しっかり三食摂ってるわよ」

佐和子の反応も、日本での私を知ってる人なら当然の感想かもしれないか。
だって、休みなんてないも等しかった。
仕事の合間の休憩が休暇で、仕事が入れば休暇は即終了。
どこにいても仕事が最優先だったわね。

佐和子「それで、部屋の中も綺麗なわけか」

佐和子は興味深く部屋を点検していく。
さすがに日本にいたころの部屋を熟知しているだけあって、
この落差にストレートに驚きを見せた。

麻理「それはちょっと違うわ」

佐和子「なぁにかわいこぶってるのよ。あなたのちらかった部屋に何度行ったことか」

麻理「違うのよ。そういう意味でいったんじゃないの」

佐和子「じゃあ、どういう意味なのよ」

麻理「綺麗な部屋じゃないと落ち着かないのよ」

佐和子「はぁ? 体調壊しても、その辺の心境変化はよかったじゃない」

麻理「それも違うわ」

佐和子「だったら何よ?」

麻理「北原が・・・・・・」

佐和子「北原君が綺麗な部屋がいいって?」

麻理「ううん。北原が部屋を綺麗に掃除してくれたの。
   大掃除でもしたんじゃないかってくらい綺麗に掃除していったわ」

佐和子「へぇ・・・。北原君らしいったららしいけど、あんた、掃除までやらせてたの」

麻理「違うわよ。勝手にやってくれたの。家に帰ってきたら、綺麗に掃除してあって
   部屋を間違えたんじゃないかって、驚いたくらいなんだから」

佐和子「そりゃあ、あの部屋が突然綺麗になってたら驚くわね」

麻理「でしょう。よく小説とかでもあるけど、一旦玄関から出て、部屋番号確認
   したんだから」

佐和子「ふふっ。それは傑作ね。でも、あの北原君なんだから、掃除したのも
    一度きりってわけじゃないわよね。実際どうたっだの?」

さすが佐和子。腕を組み、なんでもお見通しですって顔をしている。
その顔、さすがにぐっとこたえるものがあるけれど、我慢我慢。

麻理「私がNYに行ってるときに、部屋の風通しをしてもらってただけよ。
   それに、私がいないんだから、部屋もそんなには汚れていないはずだし」

佐和子「でも、麻理が日本に戻ってきても、麻理は掃除しないんなら、
    結局汚い部屋を掃除するのは北原君じゃない」

麻理「そ・・・それはそうかもしれないけど」

痛いところをついてくるわね。
頼りにはなるけど、隠し事ができないことが難点ね。

佐和子「それで、実際はどうなの?」

佐和子は、早く吐けと詰め寄ってくる。こういう気さくなところはありがたい。
それでも、私にだってプライベートってものがあるのよ。
佐和子からの追及を逃れようと顔をそらそうとしたが、
佐和子の両手が私の頬を挟み込む。
ぐいっと強制的に引き戻された私の顔は、正面から佐和子と向き合うしかなかった。

麻理「ふぁなひぃてくぁあいほぉ、ふぁなせあぃ・・・・・・」

どうにか両手の圧迫で言葉が話せないとわかってくれたのか、頬を解放してくれる。
しかし、一人掛けの狭いソファに強引に割り込んでくてくるものだから、
佐和子は私の腰に体を寄せてくると、ゆっくりとソファーに侵食していき、
私が逃げられないようにと腕を腰に絡めてきた。

佐和子「さあ、白状しなさい」

麻理「別に大したことを頼んだんじゃないわよ。合鍵を渡したことがあって、
   それを返さないでもいいって言っただけよ。
   それで、たまには部屋の風通しをしてって頼んだら、
   掃除もしておきますよって言ってくれたの。
   ね、大したことないでしょ?」

佐和子「大したことあるわよね」

佐和子は、にたぁっと盛大な笑みを浮かべると、頬がくっつくくらい迫りくる。

麻理「な・な・な・・・・・なんでよっ!」

佐和子「だって、麻理もその理由がわかってるから、顔を真っ赤にしてるんでしょ」

麻理「え?」

佐和子「え?って、気がついてないの?」

麻理「だから、なにに?」

佐和子「はぁ・・・・・・。ワーカーホリックをこじらせると、こうまで天然というか
    悪女というか、面倒な女になっちゃうのね」

麻理「なに一人で納得してるのよ。私がわかるように説明しなさいよ」

佐和子「だからね、麻理。北原君に麻理の部屋の合鍵を返してもらいたくないから
    部屋の換気を言い訳に、合鍵返さなくてもいいようにしたんでしょ」

麻理「あっ」

佐和子「あって、今頃気が付いたの。もう、うぶなんだか、天然なんだか、
    このこのぉ」

佐和子は、私の頬を人差し指でぐりぐりと押し込んでくるが、
佐和子にかまっている余裕なんて私にはなかった。
きっと佐和子が指摘したように、私の頬は真っ赤なんだと思う。
耳や首まで赤く染まってるってかけてもいい。
それだけ北原のことを、北原との会話を思い出すと、体が熱くなるほど恥ずかしかった。
逃げ出したいとか、失敗したとかじゃなくて、もっと純粋に北原に私の内面を
知られてしまったことが恥ずかしかった。
もう北原は、私が北原の事を好きだってことは知ってるんだ。
ヴァレンタインの日に、告白したしね。でも、その前から北原には、
わずかな繋がりさえも手放せないほど好きってことを知られちゃってたんだ。
そっか・・・・・・。知られちゃってたのか。

佐和子「なぁ〜に、乙女ぶって、ニコニコしてるのよ。
    見てるこっちが恥ずかしいわ」

佐和子にも、そして、北原にも全て知られちゃったのか。
心因性味覚障害については、これから北原に知らせないといけないけど、
隠す必要なんてなかったのかな。
だったら、あの時無理なんてしなければよかったなぁ。
せっかくのチャンスだったのに・・・・・・。




第17話 終劇
第18話に続く

このページへのコメント

ちょこちょこと『cc編』にしかけた伏線が出てきていますが、
気がついてくれたでしょうか?
春希がサンドウィッチに仕掛けたマスタードに、麻理が気がつかないあたりは
『〜coda』の為に作られた設定ですね。

0
Posted by 黒猫 2014年10月07日(火) 18:00:54 返信

今回も楽しく読ませて頂きました。
何だか麻里さんの可愛さ全開の話でしたね。
本編だけ見ると、かずさは色情狂とか言われていますが、個人的には雪菜も春希もそれに負けず劣らずですが、こうやってみると麻里さんのそれもかなりのものでは…?と思ってしまいました。
次も楽しみにしています。

ところで、失恋による味覚障害というと、全く違う作品になるのですが、おいしいコーヒーのいれ方シリーズという恋愛小説を思い出しました。

0
Posted by TakeTake 2014年10月02日(木) 23:51:45 返信

coda編で春希がNYまで来るのはこのためでしたか。
WA2で味覚障害、摂食障害とくると、雪解けのかずさを思い起こさせますが、あれよりも深刻そうですね。
ではこの続きを楽しみにしています。

0
Posted by N 2014年09月30日(火) 21:15:59 返信

更新お疲れ様です。
結構深刻な話のはずなのに春希を一途に想う風岡麻里の乙女全開な惚気話に感じてしまうのは私だけでしょうか?次回も楽しみにしてます。

0
Posted by tune 2014年09月30日(火) 05:38:12 返信

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