第18話





1-4 春希 春希マンション 4月4日 月曜日 夜




佐和子「って、感じだったのよ。それでね、麻理ったら、
    自分で部屋を綺麗にするようになったきっかけっていうのが、
    綺麗な部屋の方が北原君を感じられるからなんだって。
    もうのろけられまくちゃって、こっちが恥ずかしかったわ」

佐和子さんは、一息にNYでの麻理さんの様子を話しきると、
最後は笑い話で締めようとする。
しかし、その笑い話も笑い話にさえならないって、
佐和子さん自身も気が付いているはずだった。
俺を気遣って、少しでも俺の責任を軽くしようとしてくれているのかもしれないけれど、
俺は気がついてしまう。
だって、話を裏返してしまったら、麻理さんは、自宅であっても
俺を感じ取れない部屋であるのなら、食事ができないってことにほかならない。
もしかしたら考えすぎかもしれないけど、仕事で忙しいのは確かなのだから
掃除をこまめにする時間なんてないはずだった。
仮に食事は関係ないとしても、日常生活で、自宅でも俺を感じられなければ
安らげる場所がないんじゃないかって、大きくうぬぼれてもしまう。

春希「佐和子さん。勘違いならいいんですけど、部屋が綺麗じゃないと
   俺を感じ取れなくなって、食事や日常生活に支障がでてるんじゃないんですか」

俺の指摘に、佐和子さんの顔から作り笑いが崩れ落ちる。
無表情になり、そして、うろたえた表情になりかけたところで
これ以上表情が壊れていかないようにとぐっと我慢していた。

佐和子「まさにその通りよ。別に綺麗な部屋が絶対必要ってわけでもないみたいだけど
    麻理の中での思い出では、上位に位置するものらしいわ」

大学生になって、開桜社にバイトにいき、麻理さんの下で働きだした。
でも、そのただのバイトとしての思い出は多いかもしれないが、
クリスマスイブからNYへ行くまでのたった2ヶ月しかない思い出の方が
価値が非常に高かった。
比較にならないくらい濃密な時間ではあったけど、
時間が少ない分思い出の数も少ない。
だから、麻理さんの拠り所になる思い出も限られてしまうのかもしれない。

佐和子「それとね、3月の初めに日本での最後の引き継ぎに帰ってきたでしょ」

春希「あ、はい。でも、スケジュールが合わなくて、会えませんでした」

佐和子「私も会えなかったわ。でもそれって、
    会わなくてもいいように麻理がスケジュールを調整していたのよ」

春希「それって?」

佐和子「もうそのときには痩せちゃって、私たちが見たら気がつくと思ったんでしょうね。
    食べられないのに、仕事はハードなんだから。
    それは一月もしないうちにガリガリになっちゃうわよ」

春希「そんなにひどいんですか?」

佐和子「今はまだ病的なまで痩せてるわけではないんだけど、
    それでも痩せすぎているって感じかしらね。
    このまま食べないでいるのなら、ガリガリになる前にハードな仕事のせいで
    倒れてしまうでしょうね」

春希「でも、食べないでいるんなら、体がいうことをきかなくなって、
   仕事に支障が出てきますよね? 
   だったら、その時点で仕事に厳しい麻理さんの事ですから、
   質が悪い仕事をしない為にも
   仕事をセーブするようになるのではないでしょうか?」

佐和子「それはないでしょうね」

春希「どうしてです?」

佐和子「だって、北原君の事を思い出す時間を削る為に働いているのよ。
    もちろん麻理だって、仕事をするからには手を抜かないし、
    仕事に逃げているだなんて思われないように、仕事とは真摯に向き合ってるわ。
    それでもね、どう言葉で言い繕っても、結果的には仕事に逃げているって
    思われても・・・・・・、ううん、麻理本人も認めているんでしょうね」

春希「俺がそこまで麻理さんを追い詰めていただなんて・・・・・・」

佐和子「そのあたりについては、麻理も口が堅くて詳しい事は知らないわ。
    まあね、あの子との付き合いも長いし、断片的な話からでもおおよその内容は
    わかっちゃうんだけどね。しかも、本人が無自覚なうちにのろけ話に
    なってるし・・・・・・・、うらやましい」

あぁ、・・・最後の一言だけは、きかなかった事にしよう。
でも、麻理さんが・・・・・・。

佐和子「それで、北原君はどうするつもり?
    あなたの事だけら、麻理の事、ほっとかないんしょ?」

佐和子さんは、姿勢を整えると、まっすぐ俺に向かって問いかける。
それは、お願いでも、プレッシャーでもない。
俺のことをわかった上での事実確認にすぎなかった。
佐和子さんは、俺の決断を尊重し、全力でサポートしてくれるに違いなかった。

春希「具体的に今すぐどうすればいいかだなんてわからないのですが、
   それでもNYへ行こうと思います」

佐和子「開桜社の内定貰ったばかりだし、それに大学はどうするの?」

春希「大学は、卒論の提出時期を7月末までに速めれば、
   後期日程は行かなくても卒業することはできますよ」

佐和子「それって、簡単にいっちゃってるけど、
    本来なら一年かけて卒論を仕上げるものじゃない」
    
春希「普通はそうなんですけどね。俺の場合は、前期日程で卒業に必要な講義って
   2つしかないんですよ。あとはゼミに行って、そして卒論頑張るくらいなので
   卒論を早く仕上げること自体は問題ないと思います。
   一応教授の了承が必要ですが、大丈夫だと思いますよ」

佐和子「それだと8月から行けるってことね。
    でも、麻理が受け入れるかしら」

春希「そこは、これからNYにいって説得してみせます」

佐和子「行く日時決まったら言ってね。チケットとるからさ。
    ホテルはいらないわよ。麻理んとこ泊まればいいんだし」

春希「それは・・・ちょっと、麻理さんがどう思うか」

佐和子「なぁ〜に言っちゃってんの。麻理んとこの合鍵もらっちゃってるくせに。
    もう何度も泊まってるんでしょ?」

春希「それは、そうかもしれませんけど」

佐和子「それに、きっと麻理は北原君の側にいたいはずよ。
    もしホテルを用意してくれていても、断ってくれないかな。
    それは、麻理の精一杯の強がりだから。
    もう倒れそうなくらいボロボロなくせに、こういうところは意地っ張りに
    なっちゃうのよね」

佐和子さんは、じっと自分の爪を見つめ話し続ける。
その見つめる先にある握られた手の中には、俺が知らない麻理さんとの思い出が
詰まっているのかもしれない。
親友だから話せる事。親にだけなら話せる事。恋人にしか言えない事。
だったら、俺は、麻理さんのどのような存在でいられるのだろうか?

佐和子「だからね、北原君。麻理の事、よろしくお願いします」

春希「はい、自分にできる限りの事はやるつもりです。
   今まで受けてきた恩がどうとかじゃなくて、自分が麻理さんには幸せに
   なってもらいたいから、NYへ行きます」

佐和子「ありがとう、北原君」

春希「でも、麻理さんのことだから、ただ身の回りの世話をする為だけにNYへ
   行くと言っても、聞き入れてくれないでしょうね」

佐和子「そうねぇ・・・。それだと自分の為に大学やバイトまで休んで来てもらってるって
    感じてしまうでしょうね。実際、北原君が調整して大学を卒業できるように
    してあっても同じでしょうね」

春希「それでも、今のままでは駄目なんでしょうね」

佐和子「あの子ったら、変な所で頑固なのよねぇ」

春希「だったら、麻理さんがわざとらしい理由だと思ってしまっても、
   それなりに筋が通った道筋を強引に作って、
   もうそれが動き始めてるって教えてあげればどうにかなりませんか?」

佐和子「まあ、このさい強引でもいいから、やっちゃった勝ちかもしれないわね。
    それでも、なかなかいい案なんて都合よく思い浮かばないわよねぇ・・・」

俺に適当な案などあるわけもなかった。
仮に時間をもらったとしても、思い付くか微妙な所だ。
俺は、佐和子さんからの視線を逃れるために、本棚を適当に見つめる。
そこに俺が求める答えなどあるわけもないのに、できもしない問題の為に
時間稼ぎをしてしまう。時間だけが過ぎ去っていく。
佐和子さんであっても、都合がよすぎるあらすじなど、簡単には作れない。
俺もいくつか考えてみたが、あまりにも現実から乖離しすぎている内容であった。
もちろんNYへ行くとしても、バイトしなければ食べてもいけない。
麻理さんに養って欲しいと願い出れば、大学を卒業するまでは面倒見てくれるかもしれない。
でも・・・、俺が大学を卒業するまでに、麻理さんの症状が改善する保証など
どこにもないんだ。
俺が就職して後、麻理さんを見捨てて日本に帰国するのか?
そんなことできない。俺は、麻理さんを見捨てることなんて、できやしない。
・・・・・・・・・・・・・・・だったら、NYで就職するか?
それこそ都合がよすぎる展開じゃないか。
どこで都合よくNYでの仕事を見つけるっていうんだ。
俺は、いらだちを抑えようと、意味もなく本棚に並べられた本のタイトルを読んでいく。
そして、一冊の本の前で目がとまった。
その本は、麻理さんから渡されて、一度だけ読んだ冊子。
内容は、開桜社の規則が書かれているものであって、麻理さんに読めと言われなけば
ろく読みもせず本棚に納めていた自信がある。
バイトの休憩時間に編集部で読んでいると、松岡さんが後ろから覗き込んで
言ったものだ。

松岡「こんなの読んでるやつ、この編集部にはお前くらいしかいないんじゃないか?」

春希「麻理さんに一度は読んでおけって言われたんですよ」

松岡「なら訂正。この編集部には、こんなの読んでいる奴らは、
   お前と麻理さんしかいないよ」

春希「もしかしたら他にもいるかもしれないじゃないですか」

松岡「いいや、わかるって。だって、それもらうのって、新人研修のときだぜ。
   研修で疲れているのに、念仏みたいにぐだぐだと使いもしない規則言われても
   寝てるだけだって。ほら、そこにいる鈴木にも聞いてみ。
   絶対寝てたはずだから」

鈴木「え? なになに。私がどうしたって?」

自分の名前を呼ばれた鈴木さんは、生来の好奇心の強さもあって、話に加わってくる。

松岡「北原がさ、社の規則本読んでるんだよ。
   俺達も新人研修の時聞かされたけど、寝てたよなぁって話」

鈴木「あぁ、寝てた、寝てた。熟睡してた自信あるよ」

春希「新入社員の為に時間を割いてくれているんですから、
   寝ないでまじめに研修受けてくださいよ」

松岡「ならさ、お前は今さら新人研修なんて意味あるとでも思ってるのか?」

春希「え?」

松岡「だって、編集部での実際の仕事と、マニュアル通りの新人研修の教則なんて
   まるで違うだろ」

春希「それは、・・・・・俺は新人研修受けてないですから、わかりませんよ」

松岡「だったら、普通の仕事に慣れてきた入社二年目のペーペーが
   麻理さんのもとで麻理さん並みに仕事していけると思うか?」

春希「それは、無理ですよ。だれだって、不可能です」

松岡「だろ。仕事をただ覚えただけの新人なんて、使い物にならないんだよ」

鈴木「なんとなぁくまっちゃんの言いたい事は理解できるけど、
   少し例え話がずれてる気もするなぁ」

松岡「え? 駄目?」

なんてことも今ではいい思い出か。
ほんとあの時麻理さんに言われて読んでおいて良かった。
必要な時に読むだけでいいはずで、必要なときなんてきやしないのが実情だが、
今、その滅多にない必要な時が訪れようとしていた。
俺は、音もなく立ち上がると、その本を取り出し、目的のページを探りだす。
佐和子さんは、興味深く俺を観察するだけで、俺が導き出す答えをじっと待っていた。

春希「これ見てください」

俺が広げたページには、インターン・入社前研修についての項目が書かれていた。

佐和子「これがどうしたの?」

春希「この項目の制度を使おうと思います」

佐和子さんは、俺が指差す項目を読み終わると、顔を上げて不敵にほくそ笑んだ。

佐和子「これだったら麻理も文句は言わないわね」

春希「ええ、きっと問題ないでしょうね」

佐和子「でも、よく思い付いたわね。ふつうこんな制度なんて知らないし、
    使おうとする人なんていないんじゃないかしら?」

春希「うちだと珍しいと思いますけど、企業によっては、
   最初から予定しているところもあるみたいですよ」

佐和子「へぇ〜、時代も国際化に対応していってるのねぇ」

佐和子さんはもう一度本の項目を眺めると、感心したのかしみじみ呟くのであった。

春希「明日バイトに行ったときに、上司の浜田さんに相談してみます。
   前例がないと難しいかもしれないですけど、これだったら来年入社しても
   NYで勤務できるようになるかもしれませんからね。
   来年の勤務地ばっかりは麻理さんに頑張って引き抜いてもらわないといけませんが
   うまく流れは作っておけるはずです」

希望が見えてはしゃぐ俺をよそに、佐和子さんは冷静に俺を観察していた。
けっして冷たい目で見つめていたわけではない。
むしろ俺にすがっている感じさえ受け取れてしまった。
だから、佐和子さんが探るように俺に問いかけてのも頷けてしまう。

佐和子「ねえ、北原君。来年も、麻理の側にいてくれるの?」

春希「ええ、麻理さんが大丈夫になるまで側にいるつもりです」

佐和子「それって、いつ終わるかわからないのよ。
    もしかしたら、治らないかもしれない。
    ううん、麻理がもっと北原君に依存しちゃって、
    あなたを離さなくなる可能性だってあるのよ。
    それでも、・・・・・それを覚悟しているのかしら」

佐和子さんの疑問も当然だ。一時の感情で動きで、
それで将来を決めてしまう危うさが俺の発言には秘められていた。
だからこそ、佐和子さんはそれを危惧してしまう。
仮に、一時の感情でNYへ行って、そして、
俺が途中で麻理さんを投げ出しなどしてしまったのならば、
今以上に酷い症状になることくらい誰の目でも明らかである。

春希「俺は、逃げ出したりしませんよ。最後まで麻理さんの側にいるつもりです」

佐和子「でも、冬馬さんは、どうするつもり・・・なの?」

春希「それは・・・・・・」

かずさを待つ。かずさがいつきてもいいように準備しておく気持ちは今も変わりない。
しかし・・・・・・、

春希「かずさのことは、大事です。だけど、それ同じように麻理さんの事も大事なんです。
   どちらか片方だけしか幸せにできないとしても、最後まで諦めるつもりはありません」

佐和子「それって、浮気者の言い訳じゃない」

佐和子さんは、心底呆れたように明るく呟く。

春希「いいんですよ。だれがどう思おうとかまいません。
   俺が決めた未来の為に、突き進むまでです」

佐和子「まっ、かっこいいセリフなんだろうけど、しっかりと麻理を自立させて
    くれるんなら文句を言わないわ。
    でもね、北原君・・・」

春希「はい」

佐和子さんは、キッと、俺を睨みつけると、言葉を選びながら慎重に告げてきた。

佐和子「麻理の将来を、壊すことだけは、やめてね。
    もし、麻理を投げ出すのならば、それは・・・、その時期は、早い方が
    立ち直るのが、早いはずよ。その時は、私が麻理の面倒を最後までみるから。
    だから、麻理を捨てるときは絶対に振りかえらないで。
    あなたが振り返ったりしたら、
    絶対麻理の中にあなたへの、未練が、こびり付いてしまうでしょうから」

春希「わかりました。約束します」

佐和子「ありがとね」

春希「でも、この約束は意味をなしませんよ」

佐和子「え?」

驚いたような顔を俺に見せるが、俺はその顔に笑顔で答えを返す。

春希「だって、俺ってしつこいんですよ。しかも、計画的で、押しつけがましくて、
   いくら相手が嫌がっても、粘りに粘って相手に踏み込んで行くんです」

俺の宣言に、佐和子さんの緊張は解けていく。

春希「だから、計画を練ってNYに乗り込んだ時には、
   後に引くことなんてありはしないんですよ」

佐和子さんの顔から緊張は消え去っていた。そして、新たに芽生えた表情は、
ちょっと困ったような、馬鹿な奴を微笑ましく見つめるような、
今の俺の感情に近いものを映し出していた。

佐和子「そうね。そのくらい強引なくらいがちょうどいいのかもね」

春希「8月からの方針は決まったとして、それまでの間はどうしましょうか?
   さすがに何度も日本とNYを往復することなんて、金銭的に不可能ですから。
   しかも、8月からの事を考えますと、出費も抑えたいですね」

佐和子「悪いわね。北原君にばかり負担かけさせてしまって」

春希「いいえ。自分がやりたいからやってるんですから、佐和子さんが気にすること
   ではないですよ。でも、チケットとか、裏工作など助けてもらいますよ」

俺は、ちょっと意地汚い笑いを作り出すと、佐和子さんもそれにのっかって、
悪役さながらの笑みを浮かべる。
それは、今後の方向性が見つかり、少し気持ちが軽くなったせいでもあるのだろう。
一度動きだしてしまえば、止まることはできない。
計画的で、根回しを得意とし、安全重視の防弾列車。
動きだしは悪いが、目的地に着くまでの早さと確実性だけは、他を圧倒している自信がある。

佐和子「そのくらい任しといてね」

春希「ええ、頼りにしています。そうですねぇ・・・・・・・・、
   まずは、ここのマンション引き払います」

佐和子「え? だって、いいの? 実家に?
    お母さんとは・・・どうするつもり? 
    え? それとも、もっと安いアパートに?」

佐和子さんが慌てふためくのも無理はない。
なにせ大学に入って、しばらくして実家を出てからは、
母親とは顔を会わせる事すらしていないもんな。
けっして互いの事を嫌っているのわけではない。
互いに興味がないだけの関係。
その事を知っている佐和子さんならば、俺がこのマンションで暮らす意味を
理解できている。
俺は、落ち着いた口調で、佐和子さんに事情を語り始めた。

春希「実家に帰ります。別に母も問題なく了承してくれるはずです。
   それに8月までの短い期間ですしね。
   だから、5月からと言わないで、今すぐにでも実家に戻る予定です。
   もちろん光熱費などの生活費は渡しますけど、それでも契約期間ギリギリまで
   ここにとどまっているよりは節約できるでしょうから」

佐和子「北原君は、それでいいの? 
    そのくらいのお金だったら私が出してもいいのよ」

春希「大丈夫ですよ。佐和子さんだって、これからNYに行くことも増えるでしょうし、
   なるべく出費を抑えたほうがいいですよ」

佐和子「そうかもしれないけど、私ができることなんて、たかがしれているのよ」

春希「それでもです。それに、高校時代の生活に、ちょっとだけ戻るだけです。
   たった4か月の共同生活・・・・・、というよりも、間借りですかね。
   そんな感じなので、全く問題ないんです」

佐和子「北原君が大丈夫って言うんなら、それでいいけど」

それでも佐和子さんは、まだ言い足りない雰囲気を漂わす。
しかし、俺はこの話題に終止符を打つべく、新たな話題を投下した。

春希「俺の方は、明日から動くとして、麻理さんの方はどうなんです?
   8月に俺がNYへ行くまでの間、どうにかもたせないと意味がないですよ」

佐和子「そうだったわね。その辺のところは、北原君が8月からNYへ来るってことが
    励みになるし、・・・・・あとそれに、どうにかなるかもしれないような
    できないかもしれなくもない・・・・・・・・
    えぇっと・・・、できるかもしれない・・・かな?」

どうも妙な言い回しに俺は首を傾げるしかなかった。
佐和子さんも、視線を泳がし、はっきりと言えないようでもある。

春希「この際隠し事はなしにしましょう。緊急事態なんですよ」

佐和子「そうなんだけど・・・さ。こればっかりは・・・・・・ねぇ」

春希「なにか麻理さんに口止めでもされているんですか?」

俺の問いかけに、肩を震わせ、動きを止める。
ゆっくりと俺に視線を向け、俺の鋭い視線を確認するや否や、
佐和子さんの挙動不審な行動はピークに達する。

春希「佐和子さん」

佐和子「もう・・・麻理も一応女の子って年でもないけど、女なのよ。
    秘密の一つや二つくらいあってもいいじゃない」

春希「そうはいっても、時と場合によります。今は一刻を争う事態なんですよ」

佐和子「そう・・・なんだけど・・・ねぇ」

どうものらりくらりとうやむやにしたい佐和子さんは、要領を得ない。
だから俺は、佐和子さんに一歩詰め寄り、無言のプレッシャーを与え続けるしかなかった。

佐和子「もう、わかったわよ。そんな怖い顔でみないでよ」

春希「俺は何もしていませんよ。怖いと思ったのは、佐和子さんに後ろめたいことが
   あるからじゃないですかね?」

佐和子さんは、小さくため息をつき、NYの方へ一度謝罪すると、俺と向き合った。

佐和子「あとで麻理には北原君が強引に聞き出したっていうからね」

春希「かまいませんよ。いくらでも俺のせいにしてください」

佐和子「なんか開き直り過ぎじゃない? もう怖いもの知らずって感じ」

佐和子さんは、ちょっと俺の行動に引き気味にもなり、俺から一歩体を引く。

春希「怖いものなんてありませんよ。麻理さんの今後が一番怖いですからね。
   それ以上のことなんて、ありえません」

佐和子「そうね、ごめんなさい」

春希「いいんですよ。・・・・・・・・で、話してくれますね?」

佐和子「もう、降参。でも、これをきいて麻理の事引かないでよ」

春希「たいていの事なら受け入れますよ」

佐和子さんは語りだす。
NYでの出来事を、もう一度追体験するように、じっくりと。
それは、俺が思いもしないような光景であった。
嬉しくもあり、そして、なによりも、
俺の想像よりもひどくつらい現実に叩き落とされた瞬間でもあった。






第18話 終劇
第19話に続く

このページへのコメント

今週も佐和子さんが活躍していますね。
振り返ってみると、春希って、主人公なのにあまり活躍していないなぁって気もします。
春希のことを書かない自分が悪いのですが・・・。

0
Posted by 黒猫 2014年10月13日(月) 17:10:37 返信

春希のお節介はかずさ以外の人間には事務的(雪菜には贖罪的)な感じのするものでしたが、風岡麻里には恩返しをしなければならないという使命感に駆られての積極的なお節介でしょうか?それが春希とかずさに何をもたらすのか楽しみですね。そして佐和子さんはこの物語の中で原作のイオタケのポジションになりそうな感じですね。次回も期待しています。

0
Posted by tune 2014年10月07日(火) 19:51:39 返信

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