最終更新:ID:fJjMjAk9NA 2014年01月20日(月) 12:21:39履歴
大晦日のコンサートに向かったら 第七話
曜子に連絡して数時間が過ぎた。かずさは春希を胸に抱きながら、一睡もできなかった。
寝てしまったら、この夢のような時間が終わってしまうような気がして。
「(春希はふざけたことを言っていた。
あたしに自分を振ってほしいだなんて、拒絶してほしいだなんて。
あたしには彼氏ができていんだろうだなんて。
あたしの心の中を勝手に想像するのは春希の悪いクセだ。三年前にも一度、その事で春希に怒ったはずだったんだけど、変わってないな…)」
春希はかずさのお腹に抱きつくように寝ていた。
まるで自分の妻のお腹の中にいる赤ん坊の鼓動を聴くように。
かずさは春希の髪を、寝る前と同じように撫でた。
「――ん?」
春希の髪は汗でしっとりと濡れていた、とっさに額に手をあてる。
「春希! お前ひどい熱だぞ!」
春希の額に汗が滲んでいる、頬も紅く、息も荒い。
「――寒い…」
エアコンもかけてあるし、布団も被っているのに春希は全身に寒気を感じていた。
「(――どうしよう、とりあえず水を飲ませて、それから薬を…いや薬は食後だっけ)」
かずさは水と食料の様子を確認するためにベッドを出てキッチンへ向かった。
冷蔵庫にはまともな食べ物は入っておらず、流しには食器があふれていた。
「(春希…)」
かずさは部屋の中を改めて見渡した。
三年前の優等生、北原春希の部屋とは思えないほど乱れた部屋。
その部屋の乱雑さは、一日二日の短い期間で生じたものではない。
おそらく、一週間前のクリスマスから乱れていったのだろう。
――その原因は雪菜に拒絶されたから。
雪菜に拒絶された原因は、自分、冬馬かずさを忘れることができなかったから。
自分を忘れるために、自分に嫌われるために、どうしたらいいか、考えたくも無いことを考え続けた結果が今の惨状なのだろう。
「本当に不器用だな、春希は…あたしも…そうだけど…」
かずさは素直になろうと思った。今はあれこれ考えずに素直に、春希を看病することに全力を尽くそうと。
時計を見た、朝9時。曜子が来るまであと一時間。
恥ずかしい、母親に男が熱出したから、どんな食事をすればいいか尋ねるなんて本当にはずかしい。
後で何て言ってからかわれるか分かったモンじゃ無い。それでも…
Trrrrr Trrrrr
「母さん…」
「――どうしたの? これからそっちに向かうわよ」
「あの…こっち来る前にスーパー寄ってさ、熱出した人が食べられそうなもの、買ってきて欲しいんだけど…」
顔を真っ赤にしながら話すかずさ、傍目にはかずさの方が熱がありそうだ。
「ありゃりゃんりゃん、ギター君熱出しちゃったの? 昨日も調子悪そうだったモノね。分かった、買っていくわ。熱があるんだからアイスクリームでいいかしら?」
「……食材は美代子さんに選んでもらって。でももしあたしが熱出した時はアイスでいいよ」
「分かったわ、それじゃあね。ちなみに私が熱を出したら冷凍みかん買ってきてね」
「わかったよ…」
かずさは電話を切り春希のもとに戻った。ベッドに入ると、春希は震える手でかずさの体を抱きしめてきた。
春希は震えていた。かずさはそれを熱と寒気のせいだと思った。
その震えは熱と寒気によるものだけではない、春希は怯えていたのだ。
ほんの少し手を伸ばすだけでかずさがいる。
そんな最高の幸福が、いつ終わってしまうか分からないことに。
かずさの事を忘れずにすむことになっても、どこに進んで行けばいいのだろう。
将来、日本を代表し、世界で活躍するピアニストになるであろうかずさに対して、自分はどうすれば共に歩んで行けるのだろう。
春希の答えが出るにはもう少し時間が必要だった。
かずさはうなされている春希を見ながら、高校時代かずさが熱を出したとき、春希が看病してくれた時の事を思い出していた。
「(あたしが熱を出したとき。春希が看てくれたっけ。あいつ雪菜に電話で聞きながら雑炊作ってたよな。
雪菜なら、すぐに食べ物作って、春希に薬飲ませたりできるんだろうな…
雪菜が今の春希の状態を知ったら…すぐに飛んでくるかな?
本当に雪菜は春希を拒絶したのかな?
本当に春希は、あたしのことを忘れずにいてくれたのかな?)」
春希と雪菜の関係を疑いながら、それでも今春希が自分の腕のなかに居ることを幸せに思う。
そんなふうにしていると、10時がすぐに迫ってきていた。そろそろ曜子が外にくる。
「春希、母さん来るからちょっと外出てくるよ」
「また…俺の前からいなくなるのか…」
「ああそうだ、次に会うのは三年後じゃなく、30分後だがな。それと春希、携帯どこだ?」
「…ジャケットのポケット」
「ちょっと借りるぞ、あたしの連絡先入れておくから」
かずさは玄関に脱ぎ捨てられたジャケットから春希の携帯を取り出し、電源を入れた。
明るくなった画面には『不在着信 5件』とあった。
かずさは玄関から春希が寝ているベッドの方を振り向いた。しかしそこからベッドは見えなかった。つまり今、ベッドにいる春希からもかずさの姿を見ることはできない。
「…ちょっと、ごめんな」
かずさは着信があった相手を確認した。武也が四件、依緒から一件入っていた。
「――雪菜は?」
かずさはまだ、昨夜春希が言っていたことを信じられずにいた。
クリスマスに雪菜が春希を拒絶したなど、信じられるわけが無かった。
かずさは通話履歴をスクロールし、最後に雪菜から着信があった日を見つけた。それは12月24日のクリスマスだった。
その日以降、雪菜からの着信、春希からの発信も一件も無かった。
まだかずさの指は止まらない。
次はメールフォルダを開けた。また、最後に雪菜と交わしたメールを探す。最後にメールがあったのは、12月24日だった。
「――本当だったんだ」
雪菜が春希を拒絶したという事を、ようやくかずさは信じることができた。
春希の言っていたクリスマスの出来事は本当で、本当だから今二人は連絡を絶っている。
雪菜が春希を拒絶したのは、春希が自分の事を忘れられていないから。
そして今、春希が忘れる事ができなかった自分は、雪菜が拒絶した春希の家にいる。
かずさの心がふっと軽くなった。
三年前とは違う。
自分は雪菜を裏切っていない。
だって雪菜が春希を拒絶したのだから。
拒絶された春希と、春希を拒絶していない、春希を受け入れたい自分がいることは自然だ。
自分は春希と居ていい、春希に自分の気持ちを伝えることも、春希の気持ちを受け入れることもしていいんだ。
「――ッ」
かずさは自由に気持ちを伝えられる快感に身を震わせる。
「――あ」
履歴を見るのに夢中で、当初の目的だった自分の連絡先を登録するのを忘れていた。
「赤外線ってどうやるんだっけ、まぁいいや」
かずさは自分の携帯を取り出し、三年間忘れることの無かった春希の13桁の数字を入力し、発信する。
春希の携帯に表示されたかずさの電話番号に自分の名前を入れようとする。
「『冬馬かずさ』っと……いや、やっぱり……」
少しの間逡巡し、『かずさ』と春希の携帯の電話帳に登録を済ませて春希のもとに戻る。
「はい、春希、登録しておいたから。何かあったらすぐに電話しろよ」
かずさは春希の携帯を枕元に置いた。
「――早く帰ってきてくれよ…かずさぁ」
「分かった、分かった、すぐに帰ってくるよ」
かずさは辛そうに自分の姿を求める春希の姿を不謹慎にも嬉しく思いながら、玄関へと向かった。
曜子に連絡して数時間が過ぎた。かずさは春希を胸に抱きながら、一睡もできなかった。
寝てしまったら、この夢のような時間が終わってしまうような気がして。
「(春希はふざけたことを言っていた。
あたしに自分を振ってほしいだなんて、拒絶してほしいだなんて。
あたしには彼氏ができていんだろうだなんて。
あたしの心の中を勝手に想像するのは春希の悪いクセだ。三年前にも一度、その事で春希に怒ったはずだったんだけど、変わってないな…)」
春希はかずさのお腹に抱きつくように寝ていた。
まるで自分の妻のお腹の中にいる赤ん坊の鼓動を聴くように。
かずさは春希の髪を、寝る前と同じように撫でた。
「――ん?」
春希の髪は汗でしっとりと濡れていた、とっさに額に手をあてる。
「春希! お前ひどい熱だぞ!」
春希の額に汗が滲んでいる、頬も紅く、息も荒い。
「――寒い…」
エアコンもかけてあるし、布団も被っているのに春希は全身に寒気を感じていた。
「(――どうしよう、とりあえず水を飲ませて、それから薬を…いや薬は食後だっけ)」
かずさは水と食料の様子を確認するためにベッドを出てキッチンへ向かった。
冷蔵庫にはまともな食べ物は入っておらず、流しには食器があふれていた。
「(春希…)」
かずさは部屋の中を改めて見渡した。
三年前の優等生、北原春希の部屋とは思えないほど乱れた部屋。
その部屋の乱雑さは、一日二日の短い期間で生じたものではない。
おそらく、一週間前のクリスマスから乱れていったのだろう。
――その原因は雪菜に拒絶されたから。
雪菜に拒絶された原因は、自分、冬馬かずさを忘れることができなかったから。
自分を忘れるために、自分に嫌われるために、どうしたらいいか、考えたくも無いことを考え続けた結果が今の惨状なのだろう。
「本当に不器用だな、春希は…あたしも…そうだけど…」
かずさは素直になろうと思った。今はあれこれ考えずに素直に、春希を看病することに全力を尽くそうと。
時計を見た、朝9時。曜子が来るまであと一時間。
恥ずかしい、母親に男が熱出したから、どんな食事をすればいいか尋ねるなんて本当にはずかしい。
後で何て言ってからかわれるか分かったモンじゃ無い。それでも…
Trrrrr Trrrrr
「母さん…」
「――どうしたの? これからそっちに向かうわよ」
「あの…こっち来る前にスーパー寄ってさ、熱出した人が食べられそうなもの、買ってきて欲しいんだけど…」
顔を真っ赤にしながら話すかずさ、傍目にはかずさの方が熱がありそうだ。
「ありゃりゃんりゃん、ギター君熱出しちゃったの? 昨日も調子悪そうだったモノね。分かった、買っていくわ。熱があるんだからアイスクリームでいいかしら?」
「……食材は美代子さんに選んでもらって。でももしあたしが熱出した時はアイスでいいよ」
「分かったわ、それじゃあね。ちなみに私が熱を出したら冷凍みかん買ってきてね」
「わかったよ…」
かずさは電話を切り春希のもとに戻った。ベッドに入ると、春希は震える手でかずさの体を抱きしめてきた。
春希は震えていた。かずさはそれを熱と寒気のせいだと思った。
その震えは熱と寒気によるものだけではない、春希は怯えていたのだ。
ほんの少し手を伸ばすだけでかずさがいる。
そんな最高の幸福が、いつ終わってしまうか分からないことに。
かずさの事を忘れずにすむことになっても、どこに進んで行けばいいのだろう。
将来、日本を代表し、世界で活躍するピアニストになるであろうかずさに対して、自分はどうすれば共に歩んで行けるのだろう。
春希の答えが出るにはもう少し時間が必要だった。
かずさはうなされている春希を見ながら、高校時代かずさが熱を出したとき、春希が看病してくれた時の事を思い出していた。
「(あたしが熱を出したとき。春希が看てくれたっけ。あいつ雪菜に電話で聞きながら雑炊作ってたよな。
雪菜なら、すぐに食べ物作って、春希に薬飲ませたりできるんだろうな…
雪菜が今の春希の状態を知ったら…すぐに飛んでくるかな?
本当に雪菜は春希を拒絶したのかな?
本当に春希は、あたしのことを忘れずにいてくれたのかな?)」
春希と雪菜の関係を疑いながら、それでも今春希が自分の腕のなかに居ることを幸せに思う。
そんなふうにしていると、10時がすぐに迫ってきていた。そろそろ曜子が外にくる。
「春希、母さん来るからちょっと外出てくるよ」
「また…俺の前からいなくなるのか…」
「ああそうだ、次に会うのは三年後じゃなく、30分後だがな。それと春希、携帯どこだ?」
「…ジャケットのポケット」
「ちょっと借りるぞ、あたしの連絡先入れておくから」
かずさは玄関に脱ぎ捨てられたジャケットから春希の携帯を取り出し、電源を入れた。
明るくなった画面には『不在着信 5件』とあった。
かずさは玄関から春希が寝ているベッドの方を振り向いた。しかしそこからベッドは見えなかった。つまり今、ベッドにいる春希からもかずさの姿を見ることはできない。
「…ちょっと、ごめんな」
かずさは着信があった相手を確認した。武也が四件、依緒から一件入っていた。
「――雪菜は?」
かずさはまだ、昨夜春希が言っていたことを信じられずにいた。
クリスマスに雪菜が春希を拒絶したなど、信じられるわけが無かった。
かずさは通話履歴をスクロールし、最後に雪菜から着信があった日を見つけた。それは12月24日のクリスマスだった。
その日以降、雪菜からの着信、春希からの発信も一件も無かった。
まだかずさの指は止まらない。
次はメールフォルダを開けた。また、最後に雪菜と交わしたメールを探す。最後にメールがあったのは、12月24日だった。
「――本当だったんだ」
雪菜が春希を拒絶したという事を、ようやくかずさは信じることができた。
春希の言っていたクリスマスの出来事は本当で、本当だから今二人は連絡を絶っている。
雪菜が春希を拒絶したのは、春希が自分の事を忘れられていないから。
そして今、春希が忘れる事ができなかった自分は、雪菜が拒絶した春希の家にいる。
かずさの心がふっと軽くなった。
三年前とは違う。
自分は雪菜を裏切っていない。
だって雪菜が春希を拒絶したのだから。
拒絶された春希と、春希を拒絶していない、春希を受け入れたい自分がいることは自然だ。
自分は春希と居ていい、春希に自分の気持ちを伝えることも、春希の気持ちを受け入れることもしていいんだ。
「――ッ」
かずさは自由に気持ちを伝えられる快感に身を震わせる。
「――あ」
履歴を見るのに夢中で、当初の目的だった自分の連絡先を登録するのを忘れていた。
「赤外線ってどうやるんだっけ、まぁいいや」
かずさは自分の携帯を取り出し、三年間忘れることの無かった春希の13桁の数字を入力し、発信する。
春希の携帯に表示されたかずさの電話番号に自分の名前を入れようとする。
「『冬馬かずさ』っと……いや、やっぱり……」
少しの間逡巡し、『かずさ』と春希の携帯の電話帳に登録を済ませて春希のもとに戻る。
「はい、春希、登録しておいたから。何かあったらすぐに電話しろよ」
かずさは春希の携帯を枕元に置いた。
「――早く帰ってきてくれよ…かずさぁ」
「分かった、分かった、すぐに帰ってくるよ」
かずさは辛そうに自分の姿を求める春希の姿を不謹慎にも嬉しく思いながら、玄関へと向かった。
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