「え〜、こないだの峰城祭で新郎に接吻しちゃいました、不届き者のピアニスト、冬馬かずさです」
 かずさはこの出だしで笑いをとりつつ、曲紹介につなげるつもりであったが、予定していた口上はかずさの脳味噌からすっかり消し飛んでしまっていた。そこでかずさは思い出せる所から言葉を紡ぎ直した。
 しかし、それは失速した飛行機を軟着陸させようとするような危険な軌道修正だった。

「まあ、あの日だけじゃなく…あ、いや、もとい。あの日はあたし以外にも不届き者がたくさんいたようですが」
 ここで観客の一部が「おや?」という顔をした。

 本当はかずさは『幸せになる新郎君がついついうらやましくてキスしちゃいました。わたしにつられて続いてキスした不届き者についても御容赦頂ければ幸いです』と、千晶のフォローも兼ねて言うつもりだった。
 それを千晶以外の存在まで、さらには普段からの春希との関係を疑わさせるような事を言ってしまった。

 司会をしていた小春が虚を突かれたような表情になり、狼狽する。それがますますかずさを焦らせた。
 スコアの間には口上をメモした用紙が挟んであるのに、めくってそれを見直す事すら思いつかなかった。
 続く曲紹介も危ういものだった。語尾や間から漏れ出る嫉妬を隠し切れていなかった。

「あ、あの峰城祭で演った『届かない恋’13』はもともと雪菜や春希とは高校の3年の時、そう、付属祭で演った『届かない恋』が元の曲です。
 雪菜はその付属祭の夜春希に告白して、春希はすぐそれをOKして、そればかりか付き合う事を嬉しそうにわたしに報告しに来やがって…」

 ここでかずさは春希に向き直って言った。その声には恨みがましさすら混じっていた。

「良かったよな、春希。雪菜にモテるように頑張った甲斐あったよな?」
「いいっ!?」
 春希は動揺した声をあげてしまった。もはや、どの客にもこれが打ち合わせた会話では無いことは明らかだった。
 『今日この日に向けて頑張った甲斐ありましたね。高校の時から』程度の皮肉に留めるつもりだったのに。

 会場が気まずい沈黙に包まれた。
 マイクを持つかずさは『しまった』という表情のまま凍りつき、司会の小春も狼狽えるばかりであった。

 そのとき、いきなり一人の男が春希の後ろから現れ、春希の前にあったマイクを掴んで言った。
「おい、春希。正直に言った方がええで。『モテたいが為にギターやりました。すいません』って」
「ええっ!? お、おい」

 現れた男は早坂親志、春希の級友だった男だ。

 春希、かずさをはじめ、客もみな目を丸くして親志に注目した。
 親志はマイクを持ったままわざとらしい関西弁で自己紹介を始めた。
「え〜。どーもー。春希の元クラスメートにして『北原春希被害者の会』代表の早坂親志です」
「はあ?」

 親志は春希の素頓狂な声を黙殺して続ける。
「被告人、北原春希。おまえ高校の時、自作の恥ずかしい歌詞に、世界的ピアニストの冬馬かずさにタダで曲つけてもろたんやって?」
「あ、ああ」
「ケチやな〜! お前! …まさか、今日もノーギャラとか?」
「あ、うん」
「おーまいがっ! アカン、お前…会場のよい子の皆はマネしたらアカンで」
 会場がクスクス笑いに包まれる。

「音楽だけは真面目やった冬馬騙くらかして曲作らせて、それで雪菜ちゃん口説きました、ありがとうは俺でも怒るわ…みんな、冬馬がどれだけ頑張ったか知ってる?」
 ここで、親志は元クラスメートたちの一団の方に目を向けると、まだ呆気にとられたままのかずさの方に向かった。

「冬馬は委員やった春希の口車に乗ってな、『授業中』も一所懸命に曲作りしてな、先生にバレて…『冬馬! なんだこれは! 没収だ!』ってなってな」
 ここで親志はピアノに寄ると、立て掛けてあったスコアをひったくった。
「なっ!」
 かずさはたまらず立ちあがってスコアに手を伸ばした。
「返せ!」

 そこで会場の一角から笑い声が返ってきた。その場を知るさっきのクラスメートの一団だ。
 親志はスコアをピアノに戻し、笑いながらいった。
「そう、ちょうどこんなん。そしてこの春希ときたら、先生怒らせたまま出てった冬馬追いかけたかと思ったらやな、『曲できた!』って喜んで雪菜ちゃん連れて一緒に音楽室にエスケープしててやな。
 本当、舌先三寸で音楽の才能いいように使われた冬馬が可哀想で涙無しには語れへんわ」
 わざとらしくてハンカチを取り出して涙を拭く様子は堂に入って滑稽だった。

「お前、それはちょっと違っ…」
 たまらず立ち上がる春希の胸を軽くマイクで小突いて制しつつ親志は言った。
「春希。友人として一つ忠告しとく。
 高校の時みたいに口車で人使ってもいいけど、もうプロの冬馬にノーギャラはあかんで」
「う、いや、その」
「それじゃ、春希。しっかりやれや」
 しどろもどろの春希に親志は最後にそう一言だけ付け加えてマイクを置き、司会席の方を一瞥した。

 親志の乱入に不意を突かれた会場であったが、いち早く我に帰ったのは小春だった。
 小春はかずさの為に気まずくなった雰囲気を取り繕う為にわざと話を脱線させた親志に感謝しつつ、マイクを手にした。
「えー。ちなみに司会のわたしもノーギャラです」
 会場は爆笑に包まれた。

『うまく笑いをとれた! よし、今度は脱線の修復だ…』
 小春は司会者としての頭脳をフル回転させた。
「さて。冬馬かずささんはギャラは受け取らなかったそうですけど、お二方に注文を出されたそうですね? それは何ですか? 春希さん」
 春希は小春の問いかけに、気を取り直して答えた。
「ええと、『絶対トチるな』です」
「そうですね。ノーギャラで頑張ってくれるプロの冬馬さんに報いるためにも、ここは一つノーミスでお願いします。
 新郎新婦共々、音楽に対して真剣にやってる所を骨を折ってくれているかずささんやお越し頂いた会場の皆さん見せてあげてください…と、プレッシャーかけておきます」
「おいおい…」

 少々乱暴ではあったが演奏に向けての復線はできた。小春はここで雪菜が気合いを入れ直したのを見計らい、雪菜に曲紹介をふった。
「それでは雪菜さん。一曲目の紹介をお願いします」

 雪菜はマイクを持つと大きく響く声で会場に呼びかけた。アドリブでふられた曲紹介だったが、常日頃音楽の紹介を生業としている彼女に、どんな状況であれこの曲の紹介ができないわけがなかった。
「はい! この曲『届かない恋』はわたしたちが高3の時、『軽音楽同好会』というバンドを組んで演奏したオリジナル曲です。作詞は春希くん。作曲はかずさです。
 わたしたちの思い出の曲ですし、今もなお峰城生には冬の定番ソングとして親しまれているそうでちょっびり恥ずかしいです。
 今日は春希くんとわたしが出会った時の事を思い出して演奏させていただきますので、皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、春希くん、かずさ。お願い!」

 かずさと春希が答えて頷く。シンセから前奏が唸りだし、「届かない恋」の演奏が始まった。


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