抑えられたマイクボリュームをものともせず、壇上の雪菜は素晴らしい歌声を聴衆に披露していた。

 流行のポップソング
 切ない恋の歌
 懐かしの青春の歌

 雪菜がいつもにも増して声を高らかに張り上げて熱唱していたのは、けしてルームの片隅でどこかの記者がこぢんまりと開催している「春希・友近・雪菜の愛の三角劇場Snowyバージョン」の熱演を邪魔するためばかりではなかったであろう。

 しかし、何時までも続くように思えたその独演がふいに途切れた。
「えっと、時間かな? 朋、よろしく」
 そう言って、雪菜は朋にマイクを渡してしまった。
「はいはい、どーも。引き続き司会の柳沢でーす。
 皆さん、雪菜さんの歌、楽しんでいただけていますか? 楽しんでますよね? 無理しなくていいですよ?
 …はい! 楽しんでいただけてるようですが新婦のノドの限界もありますので、ここらで趣向を変えて余興をしたいと思います」

 知らされていなかった春希は隣の雪菜を見る。雪菜は小声で「わたしも何始めるかは知らないんだけど」と微笑みを返した。

 朋は静かになった客を前に続ける。
「高校からの長い交際期間を経てやっと結ばれた二人。
 でも、これから新しい生活を始めるにあたって、不安もありますよね?
 今日はそんな不安を吹き飛ばすために、二人の愛をゲームの形式で試したいと思います。お二人ともいいですか?」
 春希たちはうなづく。知らされてはいなかったがこのくらいのサプライズ演出は予想してないわけではなかった。

 朋はテンションを上げてゲームの説明を始めた。
「それでは、まずは新婦の雪菜さんに挑戦してもらいましょう。
 お題は『新郎は誰だ』ゲーム!
 雪菜さんには目隠しした状態で、新郎を当ててもらいまーす。
 まず4人選んで、最初は手を握ってもらいます。雪菜さんは伝わってくる愛で判断して答えを当ててもらいます。
 もし外してしまったら、次はより愛を感じやすい方法にどんどんとエスカレートしていきます。
 いいですね、雪菜さん?」
 雪菜は苦笑しつつ答えた。
「いいよ! 任せて!」

 実のところ春希と雪菜はこのくらいのサプライズは予期していたので、こんな定番ゲームが来た時の対策を講じていた。
 それは「触れる時にこっそり指で4回つつく」という符丁だった。
 今、朋が説明したゲームであれば、手を握る時に春希が雪菜の手を4回つつけばいいだけのことだ。
「ふんふんふ〜ん♪」
 雪菜は鼻歌混じりに目隠しをつけた。
 
「それではいきますよ〜。雪菜さん。ちゃんと愛を感じて判断してくださいね。
 春希さんも他の人もしゃべって教えたりしちゃダメですよ〜」
 そう言うと朋は4人を指名した。選ばれた者を含め、観客がわずかにどよめいた。美しい新婦の手を握る僥倖に思わず笑みをこぼす者もいた。

「さて、ではいよいよ4人に手を握ってもらいます。まずは1人目、スタート!」
 目隠しされた雪菜が伸ばした手を4人が順に握る。
 雪菜は落ち着いて春希の符丁を待った。

 しかし、4人目が終わった時雪菜は青ざめた。誰からも指でつつく符丁が感じられなかったのだ。
 あれ? まさか符丁を見逃しちゃった!?
 もしかすると監視の目が鋭くて符丁を強く出せなかったのかもしれない。雪菜は悩んだ。

「さて、4人目が終わりました。どーですかー、雪菜さん? 答えはわかりましたか?」
「え、えーと…」
 1人目は素っ気ない様子だった。
 2人目はあからさまに女性の手なので論外。
 3人目は力強く長時間握ってきた。
 4人目はちょっとゴツいほかこれといった特徴はなかったが…
 雪菜は悩んだあげく、「強く握られて符丁を見逃したのかも」と考えた。
「さ、3番…」

 しかし、朋の答えは非情であった。
「残念! 3番は十倉さんです。雪菜さん、ちゃんと愛の強さ感じてましたか?
 十倉さんはお疲れ様でした。もう北海道に帰ってくださいね」
 朋にからかわれた十倉氏は照れて頭を掻きつつ壇上から降りた。
「さて、外してしまった雪菜さん。しかし、手を握っただけではさすがに解りませんよね。仕方ないですね。
 そこで、次は『後ろから軽くハグ』です。今度は当ててくださいね」
「えーっ!」
 雪菜は抗議の声をあげるが、朋は笑って続ける。
「さて、今度の4人もわたしの方で選ばせていただきます。同じ人は選びませんよ。さっきとは全く別の4人ですよ。いいですね?
 あ! そこそこ! 十倉さん! 残念そうな顔しないでください!」
 またからかわれた十倉氏が後ろの方に下がったのは春希からの視線が怖かったせいもあるだろう。

 そうして、新たに選ばれた4人が雪菜の後ろに並び、順番に軽くハグをする。雪菜は身を強ばらせてそれを耐えた。

 ぎゅ…
「……」

 春希が恐る恐る見守る中4人のハグが終わったが、雪菜はすぐには答えられない。
「え、え〜と」
「どうですか? 雪菜さん。わかりましたか?」
「……」

 雪菜は焦った。今回も誰からも符丁が来なかったのだ。
 どうして? 春希君? どうして?

 春希はそんな雪菜を祈るような気持ちで見ていた。
 落ち着け、もうヒントは出ているぞ…

「どーしましたー? せーつーなーさん? 答えられませんか〜?
 答えられなかったら次は『ラップ越しにほっぺにキス』ですよ〜。次の4人もまたわたしが別の4人を選んじゃいますよ〜。同じ人はナシですよ〜」
 朋が煽る中、雪菜はようやく結論に至った。
「わかった! 今の4人の中に春希君はいない!」

 観客がどよめいた。
「正解! さすが雪菜さん! 見事に見破りましたね。お見事です」
「も、もう…朋ったら。ヒドいよ…」
 雪菜は目隠しを外しつつボヤいた。
 春希もホッと一息ついた。
「すぐ気づけよ…」

 春希を含んだ4人なら、今もさっきも「全く別の4人」を選ぶことなどできない。それがヒントだった。
 朋は見事クリアした雪菜を意地悪っぽく祝福した。
「こんなに洞察力の鋭い奥さんなら今後の結婚生活も安泰ですよね。新郎さん?」
「ああ、雪菜。よくやったぞ」
「も、もう。春希君ったら…」
「それではどうも。雪菜さん、愛の確かさを見せていただきありがとうございました〜」
 ぱちぱちぱち
 雪菜は軽く手を振り観客の拍手に応えた。

 拍手が終わると、朋は今度は春希に向き直った。
「さて、今度は新郎さんの愛の強さを測りたいと思います。いいですか?」
「ああ、いいよ。目隠しかい?」
「ちっちっち。そんな同じゲームをしたりなんかしません。今回、新郎の春希さんの愛を測るために、新郎の友人、飯塚武也さんが最新のテクノロジーを駆使した機械を用意してくれました。どうぞ!」

 促された武也が向こうから椅子を持ってきた。
 古びているが丈夫そうな背もたれ付きの椅子で、腰のところにはとってつけのシートベルトがついていた。
「武也、なんだそれ?」
 聞かれた武也が答えた。
「ふふふ。これはな、嘘発見器だよ」
「へ?」
 不思議そうな顔をした春希に武也は紙袋からヘルメットを取り出してかぶせた。

 朋が次のゲーム名を告げた。
「それでは行きましょう。『新郎のウソを見破れ!』ゲーム!」



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