最終更新:ID:K02W4vi09Q 2013年11月14日(木) 22:30:57履歴
プレイルームを後にした一行はまずはすぐそこのカーネギーホールを目にする。
「ああ、ここがカーネギーホールだな」
カーネギーホール
鉄鋼王カーネギーにより建てられた世界で最も高名な音楽ホールの一つであり、歴史に残る数々の名演奏会の舞台として知られている。ルネサンス様式のレンガとテラコッタに彩られたこの建物は、すべての音楽家の憧れの地である。
かずさは決意を持って睨むようにカーネギーホールを見ると、出し抜けに他の皆に英語で聞いた。
「すいません。カーネギーホールに行くにはどうすればいいですか?」
「へ? どう行くも何もすぐそこ…」
マヌケな回答を口にしかける春希をよそに麻理とメフリの声がハモる。
「「practice, practice, and practice!」」
定番のジョークを返してもらったかずさは満足げに頷いて言う。
「ははは。ありがとう。じゃあ、わたしはまだまだみたいだし、また今度にするか」
「またいっしょに来られるといいね。カズサ」
一行はカーネギーホールを後にした。
近くのホテルのカフェでランチをとった後は、いよいよ本日のメインイベント、5番街でのショッピングとなった。
トランプタワーを皮切りに、各社有名ブランド、セレクトショップなどなど立ち並ぶ世界のショッピングの中心地を前にしてかずさもメフリもその目の色を変える。
たちまち、春希の両手とカートは荷物で一杯になる。
複数の女性の買い物について行くとどうなるか、春希は身をもって知った。
彼女らは必ずしも同じ店で服を買いたいわけではないから、数々の店に出入りしては携帯で連絡して合流を繰り返す。
たまったものではないのが荷物持ちで、会計となると携帯一つで呼び出され、大荷物とともに駆け回り、彼女らの戦果をまた一つ自らの重荷として積み重ね、新たな召喚に応じる。
しかし、単なる荷物持ちだけならまだいい。ショッピングを楽しむ彼女ら、特にかずさは、選択に迷ったときに頻繁に春希を呼ぶ。
メフリの方が麻理やかずさの方に意見を求めることが多かったのは助かった点ではあったのだが…
さらに春希にとって誤算であったのは麻理だった。当初春希は自分と麻理の2人で手分けして取材や荷物持ちをするものだと思っていたのだが…
「すまん、北原。やはり、さっきメフリさんが入っていた店が気になって…少し外してもいいか?」
その目はうずうずと春希を見上げ、口元は申し訳なさそうにすぼまっている。麻理もこれほどまで楽しいショッピングを目の前で見せつけられては女として我慢できるはずもない。
そして春希も、年上の上司であれこれほどかわいいお願いのされ方をされれば断ることなどできる訳もない。
かくして春希は三正面同時作戦プラス取材という絶望的な戦いを強いられた。
「春希。早く来い! …なあ、春希。どちらの色がいいと思う?」
「ハルキさ〜ん。向かいのH&Mまでお願いしま〜す」
「すまない、北原。また少しだけ外していいか? もうカメラは持っててくれ」
北原春希、初めてのニューヨークがこんな事になるとは思いもしていなかった。
しばらく買い物をしていると、かずさがメフリに何やら耳打ちした。するとメフリが春希の方にやってきて、
「すいません、ハルキさん。次のお店、あたしと少し付き合ってもらえませんか?」
と、お願いしてきた。
春希はメフリに引っ張られてひとブロック先へと向かった。
春希が視界から消えるのを見計らってかずさは麻理を捕まえた。かずさの用事は実に単純なものだった。
「仕事の打ち合わせの時に使えるようなスーツが欲しいんだ」
「うん? どんなものが欲しいんだ」
「『ちゃんと契約や打ち合わせに責任持ってますよ』って感じがするのが欲しいんだ。マネージャー任せだなって、なめられないような」
「ほう」
「今回のサイ氏の問題も、わたしがしっかりしていればなかった話だし。スーツ着てたらどうかという問題ではないが…」
「形から入るというのも大事だからな。
そういうことなら私のお勧めの店を一つ紹介しておこう。この先にある。日本にも代理店があり、直し等のアフターサービスも問題ない」
「ありがたい」
一方、メフリが入ったのは土産物屋だった。
「ここは?」
「あたし、日本に留学している妹がいるの。せっかくだから、カズサにお土産を持って行ってもらおうかなって…それと」
メフリは春希にずいと近づいて悪戯っぽく言った。
「あなたは日本に婚約者さんがいると聞きました。あなたもお土産買わなくちゃダメなんじゃないですか?」
「あ…」
メフリに指摘されて気付いた。そうだ、雪菜に土産を買わないと。
どんなお土産がいいか。甘いものか。小物類か。バッグや財布か…と、考え、見回し始めてからわずか数秒、春希の視線はある置物に釘づけになった。
それはどちらかというと、「買っちゃいけない土産物ナンバーワン」にノミネートされるのではないかと思えるほど陳腐なものだった。
実用性がない、置き場所に困る、別にニューヨークである必要性もない、の三拍子が揃っていた。おまけにこの夏の暑い盛りに季節はずれですらあった。
ある映画の冒頭では、主人公が別の所に行っていた事を隠すアリバイとして使われていたほど「わざとらしい」土産物だった。
しかし、春希はそれ以外に雪菜に買っていく土産物はもう思い浮かばなかった。それをレジに持っていく春希を見て、メフリですら苦笑していた。
春希が土産物として選んだのは大きなスノードームだった。アクリル製の丸いドームの中ではエンパイヤ・ステートビルと自由の女神に白い雪がしんしんと降り積もっていた。
「たくさん買い込んじゃったね。カズサ」
「そうだね」
かずさとメフリが自分たちの戦利品の山とそれを運ぶのに悪戦苦闘する春希を見てしみじみと言う。
「おまえら…」
疲れた声を隠せない春希。一方メフリは心配そうにかずさに聞く。
「カズサ。カズサは今夜空港なんでしょ? 荷物大丈夫?」
「あ、かなりやばいな…」
かずさの戦利品だけ取って詰め直したとしても、どう考えても飛行機の荷物に収まりそうもない。
そこに助け船(?)を出したのは麻理だった。
「心配ない。春希に手伝わせればいい」
「え?」
「春希の飛行機も冬馬さんの帰国に合わせて早め、同じ便にした。春希はほとんど荷物を持ってこなかったから、春希に半分持ってもらえばいい」
「………」
春希はそんな恐ろしい提案を平気で口にした麻理をこれ以上ないほど恨みがましい目で見つめた。
「ええ、ええ。もういいですよ。2人の今日買ったものは品目も値段もまとめて全部記事にしてやるから」
春希はヤケクソになって言った。
「ええ〜。やだ〜。プライバシーの侵害です〜」
冗談混じりに抗議するメフリ。
かずさもさすがに申し訳なさそうに言う。
「すまない。春希。やっぱり…」
「やっぱり?」
かずさもさすがに飛行機での荷物持ちは遠慮してくれるか?、と、春希は一瞬期待したが、その期待はすぐに裏切られた。
「やっぱり晩飯は奢るよ」
「………」
その後は、少しだけ高そうなレストランでディナーとなった。
3人娘は今日のショッピングの成果の話に花を咲かせた。春希がイベリコ豚を頬張るメフリに驚いたりはしたものの、特に何事もなくディナーは終わり、メフリとはレストランの前で別れることとなった。
「じゃ、メフリ。またね」
「うん。またあたしもファイサルやサイさんと一緒に日本に行くよ。その頃には2020年のオリンピックが東京に決まっているかもね」
「はは。イスタンブールになっているかも知れないよ。いや、きっとイスタンブールだよ」
「ふふふ。楽しみだね。いい結果が聞けるといいね。それじゃ、またね」
「またね」
ジョン・F・ケネディ国際空港
「便は同じと聞いたが、なんで席まで隣なんだ!? 麻理さん」
抗議の声を上げるかずさに麻理はニンマリと笑って返す。
「荷物持ちをする代わりに取材との約束だった。飛行機でも荷物持ちに協力するんだし、機内で取材するには席が近くないとな」
「ははは…」
これには春希も苦笑いであった。かずさは憤懣やるかたないといった表情で悪態をついた。
「…ったく…」
春希は麻理に礼を言った。
「短い間ですが、いろいろお世話になりました。本当にありがとうございました」
「うむ。次に会えるとしたらおまえの結婚式だな。おまえの晴れ姿、楽しみにしている」
「どうもありがとうございます。本当は麻理さんとはもっといろいろ、仕事のことや人生のことで御教授いただきたかったのですが…」
「ははは。これから結婚しようという男に、私みたいな独身者が何をしてやれると言うんだい?」
冗談っぽく謙遜する麻理に春希は言い返す。
「そんなことありませんよ。麻理さんは今でもおれの理想ですよ」
「おいおい、北原。何を言っている。お世辞のつもりなら危ういぞ」
「?」
麻理は春希の発言の危うさと、そのことに全く気付いてない様子の春希に苦笑する。
ふと麻理は、春希の発言の危うさに気付いてか、敵意に満ちた視線でこちらを睨むかずさに気付いて、こう考えた。
これから春希を待つのはどんな未来だろう? どんな問題だろう? どんな障害だろう?
麻理はそれに思い至ると、春希を呼び寄せた。
「北原。重要な忠告があった」
「何ですか? 麻理さん」
「確かにお前はこれから結婚するにあたり、いくつか大きな問題を抱えているといえる」
「はい、何ですか?」
「一つはこれだ」
そう言うと、麻理は春希に顔を近づけ、
ちゅっ
と、頬に軽くキスをした。
「なっ!? 何を、するんですか!?」
「にゃ、なにをうっ! ばっ! ばかっ!」
慌てうろたえる春希に、瞬時に激怒して駆け寄るかずさ。
かずさは麻理に一瞬手を振り上げかけるところだったが、残念ながらその資格を有していないことにすんでのところで思い当たり、代わりに春希の腕を取り麻理から春希を引き離すと、狂犬のような凶暴な目で麻理を睨んだ。
麻理はそんな春希たちを後目に飄々と忠告を垂れる。
「一つはこのようにおまえが無防備すぎるということだ。
お前は女性に誤解されやすい言動を平気でとる。
例えば今のように、婚約者がいるのに『あなたが自分の理想です』なんて、他の独身女性に対していけいけしゃあしゃあ口にしてしまうところとかだ」
「…あ」
春希は麻理にさっきの行動をとらせた原因の一つとなった自分の過ちにようやく思い至った。
麻理はさらに「忠告」を続ける。
「もう一つは、お前自身の身の回りには誘惑が非常に多いということだ。
例えば、今からお前はわたしより若く美しく胸の大きい独身女性と10余時間隣同士となる。寝顔にキスしたりするんじゃないぞ」
「んなっ!?」
「しませんよ! そんなこと」
麻理は「やれやれ」といった顔で最後の「忠告」を告げた。
「あとは仕事ばかりにかまけてないで家族サービスをしっかりすることだ。
とくにお前は新婚旅行もまだだというのに、魅力的な女性ピアニストと全国津々浦々温泉旅行した上、ニューヨーク観光までしてしまったんだから、埋め合わせはしっかりしろ」
「………」
「………」
春希たちは最早声も出ない。
「こ、こいつ…もういいだろ! 春希! 行くぞ!」
「おっとっと。麻理さん。それではまた」
「達者でな〜。北原」
強引に手を引くかずさによって春希は手荷物検査所へと吸い込まれていった。
機内
「絶対、雪菜に言いつけてやるからな…」
「ちゃんと自分で謝るよ…」
「いったいどの辺にされたんだ。わたしには唇にされたようにしか見えなかったぞ」
「近かったけど、ほっぺだよ。もう何度も聞いたろ?」
「どうだか…」
機内に入っても、かずさと春希は先程の麻理の件でギスギスしたままだった。
「わたしが寝てもキスとかしてくるんじゃないぞ。したら訴えてやるからな! この浮気者」
「するかよ…」
春希はノートパソコンを取り出し、帰ってからすぐ記事にするための原稿をまとめにかかった。が、不機嫌な取材対象からはろくなコメントが得られなかった。
「今回の旅の目的? ツアーなんて同じ曲ばかりで最後退屈だろ? ダチと一緒に遊んで何が悪い…」
「…。『ツアーも最終公演を迎え、繰り返しから陥りがちな閉塞感を打破し、緊張感を持続しつつ新たなインスピレーションを得るべく、遠い異国で活躍する友人達と切磋琢磨する機会を必要とした』でよろしいでしょうか」
「勝手にしろ。おまえの言葉の錬金術にどうこう言うつもりはない」
春希はよろよろと苦心しつつ原稿を紡ぎ上げた。
やがて、なんとか記事をまとめきった春希が疲れ果てて寝入ってしまうと、かずさは一つ大きな問題に直面した。
なぜ、この男はこうも無防備に眠るのだろうか?
その誘惑は耐え難いものであった。もし、麻理が別れ際に余計なことをしなければ、キスの一つでは済まなかったかも知れない。
しかし、麻理のキスと忠告がちくちくとかずさの後ろ髪を引っ張っていた。
ひょっとして、あの女はわたしへの牽制のために、春希にキスして見せたのではないか? そんな疑念すら思い浮かんだ。
かずさは据え膳の前で悶々と耐えていたが、やがてそのままでは耐えきれず。妄想エネルギーを創作活動に転換するべく作曲ノートを取り出した。
そしてそのまま頭の中でメロディーを紡ぎ上げ、あっという間に一曲書き上げてしまった。
「く…。雪菜への曲をこんな形で…」
創作する者は誰しもみな、創ってしまって後悔することということがままある。つまらないものを創ってしまって後悔するのはまだまし。それはその作品を破棄すれば良いだけだから。
より惨めなのは軽いノリで創ってしまったものの出来が良すぎて棄てるに棄てられないケースだ。今のこの曲がそうだった。
憎しみがしばしば画期的な新技術を生みだし、排泄のようなヤケクソの感情が麗しい詩や画を生み出すことが少なくないように、今かずさが作り上げた曲もなかなかすばらしいものだった。
創ってしまったものは仕方がない。かずさはその曲に『ウェディング・ベル』と名付け、雪菜に捧げることにした。
しかし、かずさの妄念は一曲の創作だけでは済まなかった。かずさは再びノートのページをめくると、瞬く間に更に一曲仕上げてしまった。厳密には、以前自分が創った曲のリメイクを。
かずさがその曲に『届かない恋'13』と題名を書き上げたのは、ちょうど飛行機が日付変更線を越えた時のことだった。
<目次>/<前話>/<次話>
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このページへのコメント
nHx7s4 Awesome blog post.Much thanks again. Fantastic.
N0rh1P Thank you ever so for you article.Really looking forward to read more. Keep writing.
感想ありがとうございます。
これからもWA2関係の時事ネタも交えつつ、笑えるように書いていきますのでよろしくお願いします。
WA2のアニメ放映が始まってからこちらも含めて、WA2ss関連のブログの更新される頻度が増えているようで、読ませてもらう側としてはうれしい限りです。今回の話の曲名は、今現在の状況に合わせて狙って書いたと思いますが、思わずクスリとしてしまいました。