曜子は5年前から遡って、話しはじめた。

峰城大付学園祭の、3人のステージ。曜子は自分がその場にいたことを。
舞台上で、かずさがギターの子……春希に特別な想いを抱いていることは
すぐに見抜いていたし、かずさ本人とも翌晩直接会ってその話をしたことを。
……ヴォーカルの子に、取られてしまったということを。
そしてピアノのためか、春希を忘れるためか。かずさは曜子とともに
ウィーンへ行くことを決断したことを。

それ以降、かずさはずっとピアノを弾き続けていた。
ピアノを通じて春希と言葉を交わしていたのだと。
……春希を忘れるなんてことは、無かったことを。

そして2年半前。奇しくも、春希と雪菜の間に大きな亀裂が生じたその数日後。
御宿で開催された冬馬曜子ニューイヤーコンサートに、かずさも来日していたということを。
だが、自分から春希たちに会おうとはしなかったことを。
当時アンサンブルの冬馬かずさ特集記事を書いた人間宛……つまり春希へ
コンサートのプラチナチケットを曜子の計らいで送っていたことを。
その席は、かずさの隣席だったことを。
けれどもコンサート終了まで、かずさの隣席はずっと空席だったことを。



ここまで聞いて、小春は複雑な想いを胸中に抱いた。

 私は以前、もし北原先輩への恋が成就する可能性があったのだとしたら。
 あのクリスマスイブ後、小木曽先輩に拒絶された直後の北原先輩に
 振り向いてもらう……そのタイミングしか無かったんだ。
 ……そう、考えたことがある。
 そのタイミングに、実は冬馬先輩も日本に、すぐ近くにいただなんて。
 曜子さんが、北原先輩と冬馬先輩を会わせようとしてただなんて。
 北原先輩が何故コンサートに行かなかったのかは判らないけれども
 もし行っていたら。冬馬先輩とそのタイミングで再会していたら。
 きっと、2年前の終章は違った形を見せていたことだろう。
 
 もしそうなっていたら、私は、笑っていられただろうか……。



曜子の話は続く。
去年のクリスマス。春希とかずさは、日本でもなく、ウィーンでもなく。
ストラスブールで偶然の再会を果たしたことを。翌日、改めて春希は開桜社の記者として、
ピアニストとしてのかずさへのインタビューという仕事で曜子も交えて会ったことを。
日本公演を渋っていたかずさが、日本行きを春希との再会後に決めたことを。

来日後、開桜社のかずさ独占密着取材を受けた曜子の計略で、春希が一人暮らししていた
マンションの隣室が空いていることを知り、その部屋にかずさを押し込んだことを。
半同棲生活を送っているうちに、2人の間でお互いへの想いが再燃してしまったことを。
そして、自分の病気のせいで2人を今の道へ走らせてしまったことを。

「結論。全部わたしのせい」

そこまで一気に話し終わると、流石に疲れたのか曜子は「ふぅっ……」と長い息を吐いた。

「社長、大丈夫ですか? 少しお休みになった方が……」

そんな様子を見て、流石に美代子が割って入った。

「大丈夫よ、美代ちゃん。少し疲れたけど、ね」
「……ご病気の中、たくさんのことを聞かせていただいてありがとうございました。
 本当に、大丈夫ですか?」

小春は曜子の話を頭の中で整理しつつ、曜子の容態を気遣った。

「今日は体調いい方だったからね。これくらいなら問題ないわ。
 まぁ今更あなたに言う必要はないと思っているけれど、わたしの病気の件だけは……」
「承知しています。というか、こんな話、誰にも言えません……」

そう言いながら、小春はこの話を伝えるべきか否か迷う相手が一人、思い当たっていた。
それを見抜いてか、曜子は

「小木曽さん……だったわね。彼女には、特に言わない方がいいと思うわ」

そう告げた。

「それもお見通しですか……そうですね。少なくとも今は話す時じゃないと思います。
 ですが、曜子さんの病気のことを小木曽先輩が知れば、今よりはちょっとだけ、
 気持ちが楽になるかもしれません」
「どうしてそう思うの?」
「私の知ってる限り、小木曽先輩という人はご家族を大事にする気持ちを持つ人です。
 北原先輩と冬馬先輩が、今の道を歩まざるを得なかった理由の一つに冬馬先輩の
 母親の病気が起因していた、と聞けば……そんな小木曽先輩ですから
 少しは、2人のこと認めてあげようって気持ちが生まれるかもしれません」
「純粋に、お互いへの想いだけで負けたわけではない、って?」
「それも気休め程度にしかならないかもしれませんけれども、ね」

小春は、最後に自嘲めいた口調でそう言った。
それは小春自身に対しても気休め程度にしかならなかったからだ。

 ……北原先輩。事情はだいたい判った……と思います。
 今のお二人の仲が間違ってるとか、そんなことは言いません。
 5年もの間、お互いの心の奥底で実は想い合っていただなんて。
 私にそれを否定する権利、ありません。

 けれども、それでも。やっぱり、今のやり方は間違ってると思います。
 曜子さんの病気は理由の一つかもしれませんけど。
 もっと他に。もっといい道は無かったんですか……?
 2年半前のクリスマスイブから、一生懸命前向きに頑張ってたじゃないですか。
 後悔して、反省して。それでも小木曽先輩のことが好きだって。

 あの時、私が言ったこと。覚えていますか?
 「前向きな人ならOKです。必死に頑張ってる人なら、嫌いになんかなりません」
 そして美穂子にも直接会って、誠実に相対してくれましたよね。
 ……「杉浦は関係ない」って言われた時は正直ちょっとショックでしたけど。

 今の北原先輩は、必死に頑張って前向きにいられてるんですか……?



「あの、杉浦さん。大変申し上げにくいのですが、そろそろ社長にも
 お休みいただいた方がいいかと思うので……」
「美代ちゃん、わたしならまだ大丈夫よ?」
「もうっ、察して下さい社長。大学生のお嬢さんを夜遅くまで付き合わせるのは
 日本ではあまり褒められたことじゃないんです」

気がつけば、時計はもうすぐ日付が変わることを示していた。

「ああ……それもそうね。小春ちゃん、まだこれからのこと、決まったわけじゃないけれど。
 今日のところはこの辺でお開きにしましょうか。と言うか、気づいたらわたしってば
 初対面なのに『小春ちゃん』なんて馴れ馴れしかったかしら。
 ついつい娘にそっくりなのが嬉しくって……ごめんなさいね」
「いえ、そこは気にしてないので大丈夫です。それでは、そろそろお暇いたしますね」

内心、「初対面で小春っちと呼ばれるのに比べれば」と思いながら
そう言って小春は、席を立った。

「あ、美代ちゃんに送って貰いなさいな」
「いえ、ここから岩津町駅までだいたい判りますから。まだ電車走ってるし大丈夫です。
 お気遣い、感謝します曜子さ……冬馬社長」
「いいわよ、名前で呼んでくれて。しっかしお互い、今更って感じね」
「それもそうですね」

そう言って、二人は微笑みあった。

「これからも、きっとあなたとは長いお付き合いになる予感がするわ。
 美代ちゃん、事務所の連絡先と……あとわたしの携帯とアドレス、小春ちゃんに教えておいてあげて。
 小春ちゃんも連絡先、貰っておいていいかしら?」
「まさか冬馬曜子さんと直接連絡取り合えるなんて、本当に光栄です。
 喜んでそうさせて頂きます」
「ごめんね、ウチのバカ娘のせいで……いや、さっき『結局わたしのせい』って結論づけたんだものね。
 ごめんなさい、わたしのせいで」

そこで小春はこほん、と咳払いを一つ。

「立場上おこがましいとは思いますが一つ言わせていただきます。
 なんでも自分のせい自分のせいと背負い込まないで下さい。
 曜子さんご自身でも言ったじゃないですか。『最終的に決断したのはあの二人だ』って」
「ま、まぁ……そうなんだけどね」
「ですからご自分が悪いなんて思わないで下さい。『病は気から』とも言いますし。
 曜子さんには、あの2人が日本に帰ってくる日までお元気でいて貰わないと困りますから」
「連れ戻せる……いいえ、連れ戻す気なの?」
「最終的には、小木曽先輩の意向を尊重します。ですが、今日お伺いしたお話を聞いて
 やっぱり今のままじゃ皆が傷ついたままだと改めて思いました。
 ……あの2人には、帰るべき場所に帰る必要がある、と個人的には思っています」
「そう……ありがとう、あの2人のことを。小木曽さんのことをそこまで思ってくれて」
「いえ、好きでやってることですから。あ、ただし一つだけ。北原先輩の隣の部屋に
 冬馬先輩を放り込んだのは流石にやりすぎです。そこは反省して下さい。
 それでは、夜分遅くまで失礼いたしました
 ……くれぐれも、お身体のことはご自愛くださいね」

最後に曜子にまで説教した小春はぺこりと行儀よくお辞儀をし、
苦笑いする美代子と連絡先のやり取りを済ませ、冬馬邸を後にした。



「好きでやってること、ねぇ。お節介焼くことが好きなのかしら、それとも……」
「社長。ちょっと喋りすぎたのではないですか? いくらかずささんに似てるからって
 初対面の相手にあんな事情まで……」
「いいのよ。これでもわたし、人を見る目はある方だと思ってるのよ?
 あのコは大丈夫。いくら開桜社にいるからって、今夜のことを口外するようなコじゃないわ」
「社長がそう仰るなら……」
「それに、あの3人の今後にとって大きな力になってくれるかもしれない。母親として
 そういう人間は大事にしたいものなのよ」
「それは判りますが」
「……むしろ心配なのは、あのコ自身の事なんだけど、ね」

曜子は、美代子に聞こえないような声でぼそりと呟いた。



一方、小春は岩津町駅で電車を待っていた。駅までの道すがら、開桜グラフ編集部に
電話をかけて今日の突然の早退を謝罪したが、事情を把握していた浜田から
「冬馬曜子相手なら仕方ないし、気にしなくていい、終わったのなら今日はそのまま
 帰っていいからな。お疲れさん」
との言葉を貰った。松岡に頼まれてた仕事がちょっとだけ気にはなったが。

 北原先輩と冬馬先輩側の事情はこれで揃った、かな?
 あとは小木曽先輩か……今頃どうしてるのかな。
 小木曽先輩は、2人に帰ってきて欲しくないと思ってるのかな。

 それに……私は今、誰の味方なんだろう……。

小春は曜子から聞いた話を頭の中で何度も反芻していた。そして、気づいた。
会ったこともないかずさへの同情、共感という感情が生まれ始めていることに。

第21話 了

第20話 母親だからこそ(後編) / 第22話 十人十色

※本編とまったく関係ありませんが、後書きというカタチで。
 本日は杉浦小春の誕生日でございます。
 小春おめでとー!!
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このページへのコメント

いつもコメントありがとうございます。
ちょっとリアル多忙になりつつあり執筆がだいぶ
遅くなってきました。申し訳ありません。

tune様
うわー、実に羨ましい限りです><

そして常々思っておりますがtune様のご指摘は本当に鋭いですね。
当SSが先が見易いだけかもしれませんがorz

N様
曜子の方も、「すべて」を伝えたわけではありません。
伝える必要があると思った情報を伝えてるだけですね。
あと小春側の事情を曜子に話すターンが時間的に無かったのもあります。

0
Posted by ID:pU7TGRxo+Q 2014年11月24日(月) 12:08:31 返信

おや小春は、かずさがicで「春希」と別れて以降「ホーム」シック状態だったことや、5年間春希や雪菜から連絡もなくウィーンで親しい友人も作らずずっと孤独だったこと等は曜子さんから聞いてないのですね。
それなのにかずさへの同情が芽生え始めているということは、ピアノを通じて春希と話していたというかずさの想いの一端に触れてしまったことが衝撃的だったのでしょうか。
次回以降の小春の心境がどう変わるか楽しみです。

0
Posted by N 2014年11月17日(月) 23:02:50 返信

そういえばTwitterでも小春誕生日関係のコメントが多々ありましたし、この前行われたWAイベントでも某サークルが持ち込んだ約70人前のケーキでちょっと早いお祝いをしました。因みに私もその場にいてケーキをいただきました。美味しかったですよ。
さて今回の話で小春は冬馬曜子から信頼を得る事に成功した様ですね。事情を全て知った小春がこれからどう行動するのか楽しみではありますが、冬馬曜子の思う小春への杞憂は春希達三人の仲を取り戻す事が出来たとして彼女にはなにが残るもしくは何か得るものがあるのかというところでしょうか。
小春自身も何と無く気付いているようですが今は考えない様にしているのでしょう。

0
Posted by tune 2014年11月16日(日) 17:31:02 返信

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