「なあ依緒。まだ時間取れねぇのか?」
「すまない武也。まだバタバタしてて……あたしも早く杉浦さんに
 会いたいとは思ってるんだけどな」

武也と依緒は電話で連絡を取り合う程度には仲を取り戻していた。
勿論、雪菜のためという共通目的があるからこそ成り立っている
危ういバランスを保ったまま、というものではあるが。

「小春ちゃん、開桜社とグッディーズのバイト調整して
 お前との時間確保のために日曜日空けてるんだぞ?」
「それは前も聞いたって。その日曜にウチの会社、新人研修やらなんやら
 詰め込んでくるんだからこっちも参ってんだ」

依緒の勤務先は某スポーツ用品メーカーの人事部。
企画職を希望していたが、彼女が配属されたのはそこだった。
そして社会人二年目ともなると当然、後輩も出来る。
依緒は、新入社員の研修担当という重荷を背負わされていたのだ。

「社会人なんて一年目が肝心とか言うけど……実際やってみると
 二年目の方がよっぽど大変だよなぁ」
「そういうこと。だからすまん、まだ暫く時間取れそうにない」
「判った。小春ちゃんには事情伝えておく。
 ……けど雪菜ちゃん、最近どうなんだ? 前は朋が頻繁に様子見に行ってたみたいだが」
「ああ、けど朋も門前払いだったみたいだけどね。しかも4月からは自分も就職して
 なかなか会いに行く時間取れてないらしい。あたしも雪菜と時々メールするけど、
 会おうって誘いには乗ってくれないね」

武也は「はぁ……」とため息を吐いてから続けた。

「お前、この前小春ちゃんに『責任もって場をセッティングしてやる』とか言ってなかったか?」
「その時は無理矢理引き摺り出すんだよ。……どうせ荒療治になるのは一緒だからね」
「おっかねぇこと考えてんのな。……まぁでも、それしかないか」
「雪菜が『一人でいたい』って思ってるんだろうってのは判るんだけどね。
 いつまでもそれじゃ腐っちまう」
「そこは同意見だな。流石に俺は立場的にも性別的にも強硬手段にゃ出れねぇが」
「当たり前だ。……そこはあたしの出番だ。任せといてくれ」
「ああ、信頼してるよ」
「っと、それじゃそろそろ休憩終わるから切るな。杉浦さんにはすまないって伝えといてくれ」
「了解、お疲れさん」

電話を終えた武也は再度ため息を吐いてから

「……小春ちゃんに会わなくても、あのコがどんな結論を出すか。そして
 それを聞いてお前はどうするか。答えは出てんのな、依緒」

と独りごちながら、今度は小春へ電話をかける。

開桜社でのバイトへ向かう道中に小春の携帯が着信を告げる。
武也からの着信であることを確認し、歩みを止め、歩道の端っこへ移動してから通話ボタンを押す。

「もしもし、杉浦です。こんにちは、飯塚先輩」
「やぁ、小春ちゃん。今日も可愛い声だね〜、本当なら会っ……」
「本題はなんでしょうか?」
「……」

挨拶代わりの軽い台詞をばっさり切り捨てられて武也は一瞬フリーズした。
説教が始まるよりマシだと思ったところで、言われた通り本題を切り出すことにした。

「依緒なんだけどさ、まだダメらしい。日曜に新人の研修とかやってるんだと」
「そうですか……やっぱり社会人ともなると大変ですね」
「小春ちゃんにもすまないって言ってた、伝えておくよ」
「いえ、私は気にしてませんし。むしろ、お勤めの人と時間合わせるのなら
 大学生の私の方が都合つけるべきだと思います」
「小春ちゃんならそういうこと言うと思ったけどさ、春希みたく
 講義もちゃんと出てバイト掛け持ちまでしてんだから、そうそう都合よくいかないって」
「そこで北原先輩の名前まで出さなくても結構です。だいたい、学生なんですから
 勉強が本分なのは北原先輩や私に限った話じゃないはずですが?」

言外に「飯塚先輩はそうじゃなかったんですか?」と痛いところを突かれた気がした武也は

「あ〜、ま、まぁホラ、大学生なんだから勉強だけじゃなくてだね……」
「ふぅ。とは言え、飯塚先輩の言いたい事も少しは判るつもりですけどね。
 早百合は会うと遊びに行くことばっかりだし、小木曽と亜子は楽しくやってるみたいだし。
 そういう大学生活ってのもあるんだな、とは思います。人それぞれですよね」

これには武也も少々面食らった感があった。
まさか小春希が自分の信念を押し付けず、懐の広さを見せるような物言いをするとは思わなかったのだ。

「ん……まぁ、うん。そういうことだよ」
「ともかく、水沢先輩の事情は判りました。私はまだ当分、日曜は確保してますので
 そうお伝え下さい。それとお仕事お疲れ様です、とも」
「ああ、わかった。伝えるよ。小春ちゃんも忙しいだろうけど、身体壊さないようにね」
「お気遣いありがとうございます。それこそ『誰かさん』みたいに無茶はしませんからご安心を。
 それではこれからバイトなので失礼します」

そう言って小春は電話を切った。

 人それぞれ……か。
 ちょっと前までの私なら。多分、飯塚先輩の学生としての態度を
 昔のこととは言いながらも、粛々と咎めていたんだろうな……。

そんな当人でも自覚するような心境の変化をもたらしたのは
春希たちと出会ってから経過した2年半という時間だろうか。
付属の頃からの親友たちの大学生活を間近で目にしたからか。
今回の件でいろんな人の、いろんな事情を目の当たりにしたからか。
そして、小春自身が当事者3人それぞれに思いを馳せているからか。

小春には、まだその答えは判りそうになかった。
そして答えが出ない以上、考えても仕方ないと割り切った小春は
閉じた携帯をバッグに突っ込み、再び開桜社へと足を向けるのだった。



一方、電話を切られた側の武也は、携帯を開いたままぼうっと眺めていた。
心のどこかに、一抹の不安――という表現が的確かどうかも判らない何か――を感じながら。

第22話 了

第21話 曜子の吐露 / 第23話 思わぬ再会
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このページへのコメント

小春が様々な価値観を受け入れる懐の広さを見せていましたが、原作の小春ルートみたいにガチガチの理性と女としての感情・自我が葛藤して価値観が激しく揺さぶられてるような様子や場面は見せてませんね。
今後雪菜や春希、かずさの真実に近づくにつれて葛藤したり苦悩したりすることも増えるのでしょうか。

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Posted by N 2014年11月27日(木) 22:08:33 返信

更新お疲れ様です。
小春とイオタケがなかなかうまく連携出来ないのが申し訳なくて取り敢えず武也がちょっとばかりご機嫌取りも兼ねて小春へ連絡を入れた感じですが、武也の感じた違和感の様な物はおそらく小春の「誰かさんみたいに」無茶はしないという部分なのでしょう。誰かさんは誰なのかは明白ですが、その無茶はかつて誰かさんがバイト漬けで過ごした大学時代の事でなく、愛する人と結ばれる為にそれまで築いてきたもの全てを破壊して海外へ行ってしまった事を指すと思いますが、武也にはいつもと違う小春がその時の誰かさんにちょっと重なった感じがしたのかもしれませんね。

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Posted by tune 2014年11月24日(月) 16:30:37 返信

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