「瀬之内、晶……ですか? すみません、初めて聞きました」

その日、開桜グラフ編集部へ足を踏み入れた小春は、早速鈴木に捕まった。

「そうなのよ、新進気鋭の若手舞台女優兼脚本家でね。まぁ舞台メインで活動してるから
 テレビとかのメディア露出がほとんどなくて、知名度はイマイチなんだけど……小春っちも
 知らなかったくらいだしね。でも業界ではすっごい評判でね。そこで、結構前から
 アプローチ試みてたんだけど梨の礫で。けど今回、ようやくウチの単独インタビュー
 受けてくれることになった……のはいいんだけど」

そこで鈴木は、自分のデスクでPCのキーボードを必死に叩いている松岡を見やってため息を吐いた。

「松っちゃんと行く予定だったんだけど、浜田さんから言われてた原稿の〆切が今日だってこと
 すっかり忘れて放置してたらしくって……あの有様なのよ。
 木崎さんもとっくに出かけちゃったし、そこで小春っちに代打として一緒に来て欲しいの」
「私は構いませんが……いいんですか? バイト風情が舞台女優にインタビューなんて……」

そこに浜田が割って入った。

「杉浦、将来この業界狙ってるんだろ? だったら今できることは経験しておいて損は無い。
 お前の働きぶりはただの一バイトにしとくには勿体無いくらいだ。
 ……まぁ、事の発端は松岡のヤツが悪いんだが……杉浦なら出来ると俺が判断した。
 なに、インタビューと言っても基本は鈴木がやる。杉浦は録音、記録係として鈴木の
 サポートしてくれればいい」

鈴木、浜田の両名に受けた業務指示だ。小春が断る理由はなかった。



数時間後、南末次の某喫茶店。
小春と鈴木は、その店の前に到着した。

「ここ、ですか?」

小春はこの喫茶店をよく知っていた。
そこは、初対面の春希(と武也)を相手に小春が美穂子の件を糾弾した場所で――

「うん、ここがインタビューの場として向こうが指定してきた場所。
 普通所属劇団の事務所とかそういうところだと思うんだけど……なんせインタビュー
 申し込みに対する返答が『この日この時間ならここで食事してるからその間ならOK』って」
「なんか……新進気鋭の若手舞台女優兼脚本家って肩書きからは想像し難い内容ですね……」

小春は苦笑いを浮かべながら、頭の片隅ではここで起こった春希がらみの過去を思い浮かべていた。

 そういえば年の暮れ、美穂子を呼び出して北原先輩が謝ったのもここだったなぁ……。
 「杉浦には関係ない」なんて言われたんだっけ。あれはちょっぴりショックだったな。

「さ、それじゃ早速行こうか小春っち。ボイスレコーダーとメモの準備はOK?」

鈴木に声を掛けられた小春は、頭の中の思考を振り払う。

「はい、大丈夫です。いつでもいけます」
「よーし、じゃ行ってみましょうか」

店内に入る鈴木、それに続く小春。
小春の記憶にある内装そのままの店内が、2人を迎え入れる。

「えっと……あ、いたいた。あそこで食事してるのが瀬之内晶……なんだけど。
 なに、あのテーブルの皿の数……」
「あれ、は……」

瀬之内晶を発見した鈴木は、同時にそのテーブルの惨状を見て絶句した。
そして、小春も言葉を失った。だが小春が絶句した理由は鈴木とは違う。
小春は、瀬之内晶を見たことがあった。それどころか、それこそこの喫茶店で
2人で会話したこともある。

 まずい、鈴木さんと一緒にいる時に昔の話をされるのは――。

しかし、内心焦る小春を他所に鈴木は瀬之内晶のテーブルへと足を進める。
小春は一度深呼吸をし、相手が自分のことを忘れてくれていることを祈りながら後に続いた。

「瀬之内晶さん、ですね。開桜社開桜グラフ編集部、鈴木と申します。
 本日は当社のインタビューをお受けくださり、またお食事中の貴重な時間を割いていただき、
 ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

ぺこり、と丁寧に取材対象へ頭を下げる鈴木。小春もそれに倣って

「同じく、杉浦と申します。本日はどうかよろしくお願いいたします」

とお辞儀した。平静さを必死で保ちながら。

「ああ、ごめんね〜。あたし、舞台終わるとこれくらい食べなきゃダメなのよねー。
 見苦しいかもだけど、気にしないで。こっちこそ、よろしく」

瀬之内晶はまずテーブルの惨状についての説明から切り出した。
鈴木と、小春それぞれに一瞥を投げながら。

 ……特に気づかれた様子は無い、のかな? お願い、私のことは忘れてて――!

小春はそんな思いを胸に、まずボイスレコーダーのスイッチを入れた。
そして鈴木のインタビューが始まる。

現在上演中の舞台について、あらすじや、見所。そして主演と脚本を兼ねる事への思い。
観客へのメッセージ、今後の展望や瀬之内晶としての目標。
鈴木はまさに「マスコミの、役者に対するインタビュー」といった内容を質問していき、
瀬之内晶はそれに対し表情も変えず、淡々と聞かれたことに答えていく。
会話内容は録音しているものの、その時その時の表情や仕草をメモする体勢に入っていた
小春に取って、瀬之内晶のインタビュー中の変わり映えしない態度は記録に困ってしまった。

「ありがとうございます。それではここから、もっと深く『女優・瀬之内晶』を掘り下げ
 させて頂ければと思うのですが……なんでも、峰城大のご出身と聞きましたが学生時代は
 どのような活動をなさっていたのですか?」

小春は自分の心臓がドクン、と脈打つのを感じた。
だが昔の事を問うであろうことは予見していた小春は、表面上は冷静を装っていた。
……装えていた、と本人は思っていた。

「あー、今とあんまり変わらないかな〜? その頃は大学内の劇団ウァトスってとこで
 脚本書きながら舞台やってたよ。そっちにのめりこみ過ぎて卒業は危なかったんだけどね」

にしし、と今日初めて笑顔を見せながら瀬之内晶は答えた。

「学業と舞台の両立ですか、ご苦労なさったのでしょうね」
「まーあたしは別に大学卒業なんて肩書き、なくっても良かったんだけどねぇ。同じゼミに
 お節介なのがいてさー、『大学はきちんと出とけ』なんていらん世話焼いてきたっけなぁ。
 そいつがいなかったら中退して舞台専念してたかもね」
「ほぉ、それは興味深いご関係ですねぇ。その方とは今は?」
「ブー。そっから先はノーコメント。……って言うとマスコミって都合のいい解釈するよねぇ。
 卒業後は会ってもないし連絡もしてないよ。あくまで大学生時代だけの友人」

鈴木は苦笑いを浮かべながら

「あはは……そうですか。では話のついでなので、瀬之内晶さんの現在の恋愛事情などは」
「あなた、転んでもただでは起きないタイプ? まぁそうでなくっちゃマスコミなんて
 やってられないんだろうけど、さ。残念ながらそういう浮ついた話は無いよ。
 有体に言えば、舞台そのものがあたしの彼氏かな? 今は男なんていらないね」

真顔でそう言い切った瀬之内晶に対して、鈴木は少し驚いた。

「それだけの美貌を持ちながらなんと勿体無い……」

ちょっとの羨みが明らかに混ざった鈴木の物言いに、瀬之内晶も小春も苦笑した。



ヴー、ヴー、ヴー……



そこで、インタビュー中なのでマナーモードにしていた鈴木の携帯が着信を知らせる。
発信先を確認し、鈴木は苦い顔をした。

「小春っち、レコーダー一旦止めて。浜田さんからだ……あーヤな予感。
 瀬之内さん、インタビュー中なのに本当に申し訳ありません。職場からなので
 電話に出てもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよー。でもあたし、そろそろ食事終わるからまだインタビューしたいことあるなら
 早めに戻って来ないと帰っちゃうからね〜♪」
「……すみません、すぐ戻りますので」

鈴木は携帯を持って、店の外へ出て行った。
残されたのはレコーダーをOFFにした小春と、食事の〆だろうか、パフェにかぶりつく瀬之内、晶。



なんとなく気まずい沈黙が二人を包む。しかし先に口を開いたのは

「まさか開桜社にいるなんて思わなかったよ、杉浦小春さん……だったよね」

千晶の方だった。
一瞬驚いた後、「やっぱりか…」といった顔で
 
「ふぅ。まさか貴女が今注目の若手女優だなんて思いませんでしたよ……
 北原先輩の『自称』彼女の和泉先輩」

両手を肩の高さまで上げて、大げさにため息を吐いてみせる小春。

「というか、今思えば確かにあの時も女優さんでしたね。見事な名演技でした」
「あっはっは。そんなコトもあったねぇ。……積もる話は後にして。
 さっきの人が帰ってくる前に確認だけど、あたしと顔見知りって事は
 知られない方がいい感じ?」
「私は積もる話なんてありませんが、察していただけてありがとうございます。
 ついでに、北原先輩と私が知人であることも」
「了解。最初の挨拶の時にそんな雰囲気だったからさ。
 まぁこちとら舞台でメシ食ってんだ、その辺は任せといて」
「……本当に、ありがとうございます。助かります」
「ただし、あたしもあなたにちょっくら聞きたいことあるんだけどな」

小春は言葉では答えず、自分の携帯とメールアドレスをメモ用紙に書き、千晶に手渡した。

「ありがと。後でこっちからワンコールとメール入れとくね」
「判りました。……しかし、和泉先輩が瀬之内晶だったのは本当に驚きでした。
 そんな凄い人に覚えてて貰えたのは光栄です」
「まー、そりゃ、ねぇ? 1人の男を挟んで色々あった仲だし、ねぇ?」
「人聞きの悪い言い方しないで下さ……っと」

店の入り口を注視しながら千晶の軽口を非難した小春は、鈴木が戻ってくるのを感じた。
同様に、千晶も口を噤む。それとほぼ同時に、鈴木が姿を現した。

「瀬之内さん、お待たせして申し訳ありません。職場の方でトラブルが発生したようで……
 インタビューが終わり次第、戻ってくるようにとの話でした」
「ありゃま、マスコミ屋も大変だねぇ。まぁでも、あたしも食事終わったし
 他に聞きたいことなけりゃここらで切り上げますか」

鈴木は、あらかじめ用意していた質問内容を書いた紙を見つつ、アドリブで
入れた鈴木個人の質問もだいたい聞いたことを確認し

「判りました。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
 最後バタバタして申し訳なかったです。今後も開桜社をご贔屓にして頂ければ……」
「んー、考えとくよ。ただあたしは舞台やれてりゃそれで満足だし、メディア露出は
 あんま考えてないから期待しないでね。今回のインタビュー受けたのも気紛れみたいなモノだし♪」

そう言って千晶は楽しそうに笑って見せた。



店の前で千晶と別れ、小春と鈴木は駅に向かう。

「鈴木さん、トラブルって?」
「あー、浜田さんの口ぶりからすると多分、たいしたことないんだけど。
 松っちゃんがテンパって木崎さんが帰って来れなくて人手が足りない、くらいなモン?」
「何故疑問系で返すんですか……」
「ほら、ホントにヤバい状況だったらこっち切り上げて帰って来いって言うだろうし。
 ……とは言え、ようやく瀬之内晶にインタビュー取れたんだから帰れって言われても
 帰らないけどね〜」
「あはは……でも着信の時点で実質インタビュー終わってましたよね」
「小春っちそれ言っちゃ台無し……」

とほほ、といった表情で鈴木がため息を吐いたのを見て、小春は微笑んだ。



開桜社に戻った2人。鈴木は浜田の援軍に入り、小春は先ほどのレコーダーを再生し
テープ起こしを始めた。どうやら本当にたいしたトラブルでは無かったようだ。

イヤホンを装着し、鈴木と千晶の会話内容をテキストにしていく。
そんな作業中、小春の携帯が一瞬だけ着信音を鳴らした。きっと千晶だろう。
そう思った小春は、作業を続行する。

千晶のインタビューに対しての返答は、あまり感情の無い、無味無臭のものだった。
実際現場で千晶の表情を見ながらでさえそう感じていた小春は、レコーダーから
流れてくる音声情報のみだと尚更だな、と思った。
ここをどう肉付けし、記事にするかが腕の見せ所である。

よしっ、と小春が気合を入れ……たところで、携帯が今度はメールの着信を知らせる。

「……人がせっかくやる気出したところで……まったく……」

とは言え、千晶からどんなメールが来たのか。それを気にしながらでは作業能率が
落ちると考えた小春は、先にメールを確認した。

【さっきの着信があたしの携帯。んでこっちがアドレスね。今後ともよろしく、杉浦さん。
 早速だけど、あたしが聞きたいのは春希たちのこと。まぁ予想されてるんだろうけど。
 杉浦さんがどこまで知ってるかも判らないから、改めて会えないかな? 今度は2人で】

第23話 了

第22話 十人十色 / 第24話 3人の物語、2人の追っかけ

あとがき

前話からだいぶ時間が空いてしまいました、待って下さってた方がいらっしゃったら申し訳ないです。
年末進行で過労死するところでした(笑)

さて、ミニアフターも皆さん届いた頃でしょうか?
私も既にプレイ済ですが、まだの方へのネタバレ等は避けたいので当面の間は触れないでおこうと思います。
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このページへのコメント

>tune様
小春と千晶って、状況次第(例:かずさTrue後)では案外結託できると思うんですよね、個人的に。
もちろん、ある意味で正反対の2人なので、協力関係を結ぶまでに四苦八苦あるんでしょうが(というか筆者が四苦八苦してますがw)

>N様
ええ、実は私も企画当初は千晶は出さない予定でした。
私の技量では、今でも扱いきれない規格外キャラだと思ってますので…。
ただ今後の展開のため、必要になったので上手く人物描写を原作どおりに出来たか不安いっぱいですが登場して貰うことにしました。

0
Posted by ID:hJgzaiCmCg 2015年01月15日(木) 01:52:47 返信

当事者である雪菜を除けば、かずさとも面識があり、三人の関係を外野ではもっとも理解してる千晶と出会いましたか。
彼女はある意味ジョーカーみたいなキャラだから出てこないかと思ってましたが。

しかし千晶とは小春がもっとも苦手としそうな相手ですね。
小春ルートでは、わたし自分の価値観だけで生きられるほど強い人間じゃない、みんなが正しいと思うこと子供の頃道徳の授業で習ったことから外れていくことできない、と吐露してましたが、千晶はまさに自分の価値観だけで生きられるような、小春とは正反対の人間ですし。
小春とは異質の強さと賢さを持つ千晶と出会ってこれからどんな化学変化を見せるか楽しみです。

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Posted by N 2014年12月29日(月) 00:11:10 返信

小春が開桜社で仕事を続けていれば避けることは出来ない再開ですね。千晶からすれば春希のその後を知ることが出来る良い情報源を手に入れたと言う所でしょうが、小春からすれば過去の事以上に春希の事であれこれ詮索されるのを恐れていたのが現実になってしまいましたが、面白くなって来ました。次回も楽しみにしています。
ミニアフターですが私もプレイしました。どちらも良かったですね。
ここから多少内容に踏み込んだこと書きますが、結婚間近のイオタケや秋菜と春希母の友達付き合いの事や小木曽家に何度も足を運んだ曜子さんの事等をどなたかssで書いてくれないかと期待しています。

0
Posted by tune 2014年12月28日(日) 05:05:06 返信

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