13 かずさの誕生日 ／ 2015年５月28日
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ushigara_neko 2014年05月05日(月) 17:04:31履歴
その日は水曜日だった。家族三人だけで、ひっそりと、冬馬邸でかずさの誕生日を祝う予定だった。
雪菜にも声はかけていなかった。
ビデオ・レターで見た、雪菜の誕生日会は、楽しそうだった。だが、あそこで笑顔を見せていた友人達が、かずさや春希の誕生日に、同じ笑顔を見せてくれることは無いだろうと、二人は考えていた。
春希は高等部と大学時代、武也と依緒が祝ってくれたし、四回生の春からは雪菜と二人の誕生日会も二回程あった。
しかし、かずさは、高等部時代から、友人達はおろか他人と誕生日を過ごしたことはなかった。
だが、二人で過ごすようになってからは、お互いに祝うことができるようになった。それは二人にとって、とても幸せで、十分なことだったのだ。
今年4月の春希の誕生日には、曜子を含めて三人で祝うことができた。ケータリングだが、一流の料理と、最高のワインを楽しむことができた。
春希はそれだけで十分だった。
ただ、曜子の言葉が春希の心に影を落とした……。
「春希君、お母さん、お呼びしなくて良いの？」
「えっ」
「というか、帰国してから、お母さんに連絡したことはある？」
「いえ。ないです。する必要、ないですから」
「そんなこと言っちゃ、ダメよ。私も悲しい気持ちになるわ」
「仕方ないんです。向こうは仕事が忙しいし、峰城大付に入ってからは、お互いに全く興味なかったですよ」
「お仕事は製薬企業の薬剤師、だったわよね？」
「研究に打ち込んでて、滅多に帰ってきませんでした。
というより、実は、大学に入って家を出てから分かったんですが、もう一つ部屋を構えていたみたいで……」
「別宅、ってこと？」と、曜子が問うた。
「そうです。そっちで、不倫相手と幸せに暮らしていて、息子は放置されてた、というわけです」
「春希……」
「なんだ？」
「あたし、初めて聴いた気がするんだけど」
「そうだよ。言ってないからな」
「何故教えてくれなかったんだ」
「こんな下らない話でお前の耳を汚すのが、嫌だったからだ」
「お前なぁ。あたし達、結婚してるんだぞっ」
「かずさ〜、落ち着きなさい。ていうか、何故、今まで質問しなかったのよ」
「……あまり話したそうじゃなかったから」
「そうだよ。話したくなかった。だから、怒らないでくれ」
「訊かないかずさも悪いわよ。ところで春希君」
「はい」
「お互いに興味がなかった、っていう確認は、何時の話？」
「高校を出た時です。実は、家を出る、と話した時以来、顔も見ていませんし、電話で事務的に話したことしかありません。僕は、父親の筋の親戚とは付き合いがないですし、母親も元々親族がいないみたいで……。だから、僕は家を出ると、本当に一人きりです。気楽なもんですよ」
「じゃあ、今のお母さんの生活は知らない、と」
「全く知りません」
「近くに住んでるのに？
親族のいない母親を一人きりにしていると」
「……はい」
「うーん。うちの婿殿は、困った人ね」
「すみません」
「気が進まないかもしれないけど、かずさを連れて挨拶に行ってきたらどう」
「……あんな人をかずさに会わせるのは、恥ずかしくて、無理です」
「こらこらこら……。真剣に怒るわよ。
あなた、お母さんが生んでくれたから、かずさと愛し合えるようになったのよ。どんな確執があるのかしらないけど、母親を尊敬できないような男は、一人の女も幸せにすることはできないわよ」
「…………」
「春希君、高校を卒業して、何年経つの？」
「七年です」
「その間に、何があった？」
「…………」分かりきった、様々なことがあった。
「あなたの七年間に起こったと同じ密度の出来事が、あなたのお母さんにはなかった、と思う？」
「……分かりません」
「分からなくて当然よ。話しあっていないんだから。
でもね、どんな人にだって、等しく時間は流れているの。七年も経てば、お母さんにだって、色々なことがあったに違いないわ。あなたは、それを思いやることのできるべき年齢なのよ。
あなたは、たった一人の息子なんだから、成人して、働いている自分を見せてあげなさい。そして、今のお母さんの気持ちを、ちゃんと受け止めてあげなさい」
「ごめん、母さん。あたしも気が回らなかったんだ。
春希。あたしも会いたいよ。連絡、とってくれよ」
「かずさ、この件に関しては、春希君を甘やかしちゃだめよ。
それとね、春希君。あなたのお母さんの、あなたへの接し方って、私のかずさへの接し方と、何が違うのかしら」
「えっ……」そんな切り口で言われると……。
そういえば、何が違うのだろうか。
「だから、私を肯定する一方で、あなたのお母さんを否定されるのは、私にとって、信用できないことなのよ。
委員長さんとしては、論理的な判断、できるわよね？」
「…………」
「沈黙は肯定なり。
ごめんね、君の誕生日なのに、説教なんかしちゃって」
……だが、気持ちの整理ができない春希は、仕事が忙しいのを理由に、�狆綣蠅�連絡がとれません�瓩髪蛙瓩�つつ、連絡を回避していた。
父親の浮気騒動から、壊れていった母。
別れてからは、別人のように派手になり、子どもに見向きもしなくなった母。
�猝技襪垢襪覆蕁�何故手元に置いたんだよ？��
春希は、自分の母のことが全く理解できなかった。
……そんなことがあった、というくらいの、地味な誕生日会だった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
さて、５月28日、水曜日。その日の朝、二人に朝食を作ってやり、美代子と入れ違いにオフィスに出ようとした春希の携帯に、雪菜から電話が入った。
「今日って、かずさの誕生日、だよね？」
「……そうだよ」
「何か、イベントはある？」
「いや、三人で外食でもしようか、と思っていただけだ」
「もし良かったら、わたし、行っても良いかな？」
「良い、のか」
「ダメなの？」
「来てくれるなら、もちろん、かずさは喜ぶと思う」
�猖榲�は、どんな顔を雪菜に晒せば良いんだ？ って、何時も思う��
「ホントに？ そうだったら良いんだけど」
「当然だ。というか、雪菜、本当にありがとう」
「ホントはね。春希くんの誕生日も、何かお祝いしたかったんだけどな。
……二回しか、一緒にお祝いしたことなかったし」
「俺の誕生日なんか、祝う価値ないよ。……ごめんな、気を使わせて」
「自己否定とか、そういうの、なし」
「……ごめん」
「ごめん、も、なし。春希くんの、ごめん、は、あまり聴きたくない。良いこと、起きないんだもん」
雪菜が湿った声で言った。
「…………」
「パーティーメニュー、作ってあげるよ」
「ミリオン・セラー叩き出したアーティストがすることかよ」
「わたしは、ただの汚い女よ。ちょっと周囲の人達に恵まれただけ」
「……訳分からん自虐は止めてくれ」
「……ごめん」
「それに、現実的に、買い出しも無理だろ」
「わたしの変装テクニックを、舐めてもらっちゃ困るな。今まで見破った人は、一人だけなんだから」
雪菜は、くすくす笑う。その声は、春希の耳を優しくくすぐる。
「まさか、かずさの誕生日だから、オフにしてたのか」
春希は、自社タレントのスケジュールをチェックする。
「ピンポン、正解」
「古いな」
「最近のお気に入りなの。かずさに連絡して、家に伺って、昼間はかずさと、イチャイチャさせてもらおうかな。
春希くんは、ケーキをお願い。あ、それと、千晶と、朋が来るからね」
「千晶は良いとして、……柳原さんは、厳しいな」
「大丈夫。あの子は、口は悪いけれど、本当は優しい子だから。惚れ込んだ人間には、とことん、優しい子だから。春希くんだって、よく知ってるよね。絶対、かずさの良い友達になるよ」
「……雪菜がそういうなら」
「オフィスを出る時、かずさに電話入れてね」
充電期間中の二人の看板アーティストは、今は各々の課題に取り組んでいる。
一番忙しいのは、企画を固めなければならないマネージャーだ。秋のツアーの日程は、二人とも固まった。雪菜の学園祭ツアーは、松岡純夜サイドで調整をしてもらっている。もっぱらメールばかりで未だに会っていない相手との調整は、意外とストレスのかかる仕事だった。
まあ、だが、大体は決定しつつある。課題は、雪菜専属のマネージャーと、春から夏にかけての雪菜の販売戦略だ。
一番の問題は、暖かい季節に相応しい曲がないこと。
雪菜に一度相談したが、「暖かい季節の思い出がないから、今は無理かな」と言って、取り合ってくれなかった。
そういえば、雪菜とは、暖かい季節に遊んだ記憶がない。
大学四回生の頃は、雪菜は遅れた就職活動で走り回っていたし、春希は開桜社の仕事できりきりまいだった。
就職一年目の春、夏も同じようなものだった。
�牴颪┐觧�間が限られていたし、部屋でまったり過ごすばかりだった。まったりというか激しくというか……。
ダメだダメだダメだ！
何を思い出したんだ、俺は。ホント、最悪だな��
春希は、強烈な自己嫌悪にかられた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「あなた、お帰りなさい。ずいぶん遅かったのね。ご飯にする、お風呂にする、それとも……」
「女優さん、ちょっとベタ過ぎじゃないですか」
�爐�い、目を瞑って唇を突き出すなよ��
「春希、遅かったね。あんたの分、食っちゃうところだったよ」
「千晶、ありがとう。今日は、来て良かったのか？」
冬馬曜子邸入口で春希を迎えたのは千晶だった。
「だいぶ前から雪菜に日程を押さえられてたからね。それに、あたしは雪菜の料理の大ファンなんだよね」
「…………」�牴兇癲△修Δ性�
「春希、遅いぞ。あたしの誕生日が、後、五時間しかないじゃないか」
リビングに入ると、金メッキを施した王冠を被った、かずさがむくれていた。
「さあ、食べようか。えっと、春希くん、シャンパングラス出して……」
「ああ、もう出しておいたわ」
雪菜と共に、キッチンに立っていた朋が言う。
「柳原さん、来てくれてありがとう」
「……別に。北原さんのためじゃないですから」
�猜�が自分に対して表情を崩さないのは、仕方がないな。
……しかし、千晶といい、朋といい、えらくこの家に慣れてないか？��
さすがに鈍感な春希も、違和感を感じざるをえない。
テーブルには、和・洋・中の家庭料理が並ぶ。
かずさ、雪菜、千晶、朋、曜子、美代子。そして春希。
美代子は帰る予定だったが、かずさと雪菜が引き止めた。
華やかな誕生日会になって、良かった、と春希は思う。
春希はモエ・エ・シャンドン・ネクター・アンペリアル・ロゼの栓を抜いた。
グラスが行き渡った。雪菜がグラスを持って立ち上がる。
「えー、本日は、冬馬かずさの誕生日会にお集りいただき、ありがとうございます。では、本日の主役のかずさより、一言、申し上げます」
「……雪菜、あたし、食べ終わった後に、話したいんだ」
「そう？
じゃあ、順番を逆にしようか。曜子さん、お願いします」
「それじゃあ、一言。
私は、派手なことが大好きだから、色んなパーティーに出たわ。お城や、一流ホテルの貸し切りとか、船上パーティーもざらにあったわね。あの酒池肉林、乱痴気騒ぎが懐かしい。だから、友達の手料理で誕生日パーティーだなんて、そういう貧乏臭いのは大嫌いだったの。
でも今日、娘の誕生日に友達が何人も来てくれて、祝ってくれて。雪菜と、朋ちゃんが、料理を作ってくれて。
千晶ちゃんが……、千晶ちゃんはガヤか。
ともかく、それがこんなに嬉しいことだとは、今まで知らなかった。
今日来てくれたみんなに感謝するわ。私の娘を愛してくれて、本当にありがとう。これからも、かずさを宜しくね。
かずさ、誕生日おめでとう。友達を大切になさいよ」
�猜譴気鵝△△燭靴呂泙澄△海凌傭�に友達と思ってもらえてるのか、分からないんだよ……��
とは、さすがに、かずさは口にできなかった。
「じゃあ、乾杯！」「乾杯！」
……「どう、お口に合うかな？」
雪菜は春希を見て、言う。
「美味しいよ……」
春希は、複雑な思いを抱きながら、料理を堪能した。
「良かった」
「それに、野菜中心のメニューがありがたい。ハンバーグも豆腐の含有率が高いし、唐揚げも皮を丁寧に剥いであるし、きっちり油抜きされている」
「太っちゃダメな人ばかりだもん。
って、かずさ、野菜も食べなさい！
ほら、朋の作ったラタトゥイユ、美味しいよ」
「あたしは、肉食べないと、元気が出ないんだよ」
かずさは、自分の皿に唐揚げとハンバーグばかり盛っていた。
「八宝菜食べろよ。美味いぞ」
春希はかずさの前に大皿を差し出す。
「白菜メインじゃないか。あたしは虫じゃないぞ」
「二十五歳過ぎたら、食事と健康に気を使わないと」
「お前、あたしが一足先に二十六歳になったからって、途端にアラサー扱いかよ」
「そんなこと言ってないよ。
あ、こらっ千晶、そのパスタ、みんなで食べるんだから、独り占めしちゃダメ！」
「だって〜、この冷製カッペリーニ、めちゃくちゃ美味しいんだもん〜」
千晶は、皿を抱えてがっつり食っていた。口の端がトマトソースで汚れてる。
「なあ、雪菜、このボルシチ、酸っぱいよ。砂糖入れても、良いかな」
「かずさ、あたしのお皿にも入れて」曜子が便乗する。
「春希ぃ、女王様からの命令だ。砂糖とってきて」
「ダメに決まってるだろ！」
「曜子さん、かずさ、その皿に砂糖入れるか、ケーキを我慢するか、どっちかにして下さいね」
「「はいはい。分かりましたよ……」」
「ねえ、雪菜。冬馬さんと千晶さんて、何時もこんなに食べるの？」と、朋は、完全に引いている。
「そう、かな？」
「こんだけ食べて、あのスタイルって……。殺意抱くわ」
「きっと、乳房に蓄積されてるのよ」
「駱駝なの？」
「朋は、相変わらず節制してるの？」
「今日は雪菜の料理を堪能しようと思って、お昼抜いて来たんだけど……。そろそろ限界かも。
そういう雪菜は、食事の量減った？」
「レッスンがきついから、最近、ちょっと増えたかなぁ」
「それで、これなの……。あなた達って、ホント、嫌みよね」
「あはは。……春希くんは、昔から食が細いよね」
「まあ、ずっと文科系だし。たくさん食べた記憶は無いな」
曜子は、美代子と時々話しながら、ずっとニコニコとしていた。春希はその姿を見て、自分の母親なら、友人達にどう接するのだろうか、と考えていた。
やはり、ニコニコとしているのだろうか。
それとも、同席したがらないだろうか。
分からない……。
…………。
一頻り、食事が終わって、まったりとしだした所で、春希が洗い物にとりかかる。
「わたしも手伝うよ」と雪菜がエプロンを着ようとする。
「こっちは大丈夫。ごめん、雪菜。女王様のロウソク・イベントに向けて、ケーキとコーヒーのサーブをお願いできないか」
「了解……」雪菜は、テーブルを拭き、ホールのケーキをテーブルに置く。
「春希！ 手を止めて、こっちに来てくれ！」
かずさが、春希を呼ぶ。
「ごめん。みんな、座ってくれるか？」
かずさが静かに言う。
「美代子さん、もうちょっとだけ、良いかな」
「良いですよ。旦那なら、ほっといても大丈夫です」
「ありがとう、ございます。春希、横に来て。雪菜は、こっちのあたしの横に」
「……うん」
「……バースディ・ソング、歌うんじゃないの？」
「千晶、ちょっと、話した後で良いかな」
「……良いよ」
「えっと」かずさは立ち上がった。そして、頭に被っていた王冠を取り、テーブルに置く。
「今日は、あたしの誕生日に集まってもらって、ありがとう」
かずさが、ばさっと髪の毛の音がする程、強く、お辞儀をした。
「かずさ……」雪菜が驚く。
「えっと、あたしは、自分の思っていることを、ちゃんと伝えることが下手な人間だ。言葉は、鍵盤程、上手く扱えない。だから、今から言うことがみんなを怒らせるかもしれない。その時は、最後まで聴いてから、怒ってほしい。
とりあえずは、あたしの言うことを聴いてほしい」
「…………」
「まず、あたしは、日本で、こんな風に、春希と母さん以外の誰かに、誕生日を祝ってもらえるとは、全く思っていなかった。その……、千晶や、柳原さんや、美代子さんにも、参加してもらえて、本当に嬉しい。
もちろん、雪菜にも」
かずさの声が震えている。
「あたしは、婚約までしていた雪菜を裏切らせて、春希を雪菜から奪った」
「っ、かずさ」
「そのことに関しては、雪菜に本当に申し訳ないと思っている。二年も遠ざかっていたのに、雪菜の方から会いに来てくれて、元気な顔を見せてくれて、キレイな声を聴かせてくれて、そして強くてカッコイイ雪菜でいてくれて、本当に嬉しく思っている。
その雪菜に、今、側にいてもらえることの、ありがたさというか、申し訳なさというか、……本当に申し訳ないというか……」
かずさの頬が赤く染まる。
「かずさ、わたしは……」
「ごめん。雪菜、最後まで、言ってから、ね」
「…………」
「本当に申し訳ないと思っている。
でも、それ以上に申し訳ないが、あたしには春希がいないと、あたしは、あたしは……、本当に、どうしようもない人間で……」
かずさは、目を伏せている春希の肩に手を置く。
「どうしようもないんだ。どうしようも、ないんだよ。あたしを許してほしい、とは言わない。あたしたち二人に怒っている人もいると思う。でも、その気持ちはあたしが受ける。だから、春希のことは、許してほしい」
かずさは、また頭を下げる。
……いたたまれなくなって、春希が立ち上がる。
「すまない……。かずさが悪いんじゃないんだ……。
俺が、悪いんだ……」
……少しの間、静寂が流れた。
�爐海瞭鷽佑蓮∨榲�に、困ったな……。
こんなに、ストレートじゃなきゃ、わたしはもっと黒々と恨むこともできたのに……��
雪菜は心の底から困惑した。
だが、雪菜こそがよく分かっていた。心も体もつながった二人は、こと二人の愛については、誰も騙すつもりはないと。
「ふう」�爛曠鵐函△泙い辰舛磴Δ茲諭帖牒�
雪菜はあきれた。
「北原さん」朋が立ち上がる。
「柳原、さん……」
「少しお訊きしていいですか？」
「……うん」
かずさは、朋を見つめる。
「……付属三年の学園祭の後、雪菜から告白された時、何故断らなかったんですか」
「朋っ」これには、雪菜が叫んだ。「止めてよ」
「どうしてですか」
「…………」答えあぐねた春希は、かずさを見た。
「冬馬さんに、答え方を確認したら、ダメですよ」
「雪菜が……、好きだったから」と、春希は、答える。
「でも、本当に好きだったのは、冬馬さんでしょう？」
「ごめん、としか言いようがない。俺は、その時、恋愛について、自分の本当の気持ちについて、深く考えていなかった、と思う。いや……、上手く言えないな。
というか、俺は、雪菜と触れ合うことでしか、恋愛について、学ぶことができなかったんだ。雪菜には、本当に申し訳ないが、雪菜がいなければ、俺とかずさは、本当の意味で出会うことはなかった。
だから、あの学園祭後の夕方の気持ちに、でも、とか、もしも、は、ない。上手く言えなくて、ごめん」
「次の質問です。あなたは、2011年12月24日のクリスマス、雪菜に酷く振られたにも関わらず、大晦日に、雪菜に告白した。
何故、そうじゃなく、曜子さんのコンサートに、行かなかったのですか？
恐らく、そこに冬馬さんはいた。だから、行けば冬馬さんに会えて、それでハッピー・エンドだったはず。
何故、ですか」
「雪菜が……、好きだったから」と、春希は、繰り返す。
「ほう……。また言いましたか。好きだった、と」
かずさは知っていた。その時、春希がコンサートに行く道を選べなかった理由を。
そのことは、十分話し合って来た。
「次の質問です。あなたは今、雪菜をどう思っていますか」
「……朋、もう止めて」と、雪菜が懇願する。
「雪菜は黙ってて！」
朋は攻撃を緩める気がない。
「今でも好きなんですか」
「……俺はまだ、戸惑っている。雪菜と、どう接したら良いか、迷っている」
「それは……、未練があるということですか。それとも、お情け？」
「好きだよ……、本当に。大好きだ……」
雪菜は、両手で口を覆った。
「……かずささんの前で、よくそんなことが言えますね」
「春希が雪菜を今でも好きなことは、あたしが一番良く知っている」
かずさが、雪菜を見ながら言った。
雪菜は、黙っていた。
「こんな気持ちを理解してもらうことは、難しいと分かっている。それに、昔のような関係に戻ることは、絶対にあり得ない。でも、厚かましい願いかもしれないが、俺は、雪菜と親友でいたい。
君とも、友達に戻りたいよ、柳原、朋。
……でも、俺が仕出かしたことが、二年前、雪菜を深く傷つけ、そしてみんなを傷つけたことは良く分かっている。
俺には、それ、を言う資格はない……。
だから、俺のことはどうでも良いんだ。雪菜がかずさの親友で、みんなが、かずさを理解してくれて、かずさを愛してさえくれれば……。
俺のことは、どうでも良い」
「……。ふんっ」朋は鼻を鳴らす。「北原さん、あなたは馬鹿ですか。ぐだぐだして、はっきりしない……」
「朋ちゃん、それ位にしといたら」
曜子が、助け舟をだす。
「ダメです。……もうダメです。限界だわ……。
絶対に、ダメです！」
突然、朋が泣き叫ぶ。
「朋ぉ」雪菜が立ち上がって肩を抱く。
「私、学園祭のコンサートで、雪菜と、冬馬さんと、北原さんのライブを見てから、ずっと、三人のファンでした。
確かに、雪菜のことが一番好きだったけど、『届かない恋』を作った、冬馬さん、北原さんのことも好きでした。
だから、雪菜と北原さんの確執を知って、それを超えて付き合い始めた日、そう、ヴァレンタイン・コンサートで、二人で『届かない恋』を演奏した時、二人の、いえ、三人の、幸せな結論が出たことを本当に嬉しく思った。
でも、それは幻想だった……。
二年前、北原さんが、冬馬さんと一緒に、ウィーンに逃げた時、私は自分の浅はかさを恨んだ。
どうして、私は、四年前の『アンサンブル・冬馬かずさ特集』を、もっとしっかり読んでいなかったのかを。
どうして、二年前、北原さんの部屋の前で会った、冬馬さんの変装を、すぐ見破ることができなかったのかを。
絶対、絶対、千晶さんなら、見破ることが出来たはずなのに……。どうして、どうして、私は見破ることができなかったのっ。どうして北原さんの部屋に、雪菜と一緒に乗り込まなかったのっ。
乗り込んで、真っ正面から戦うべきだったのにっ」
「朋、もう良い……」雪菜が、朋の袖を引く。
「ダメよっ！
私は、何を分かっていなかったの？
何故、失敗したの？
ねえ、どうして。どうして、二年間、雪菜を愛したの？
どうしてよっ」
……春希が、答えられる訳がない。言葉にできる訳がない。「雪菜が……、好きだったから」という言葉を、繰り返すしかないから。
自分にとって、かずさと雪菜は、かけがえのない友達であり、かつ、一生、他には出会うことができない女性、だからだ。二人に対して、順列があるわけがない。
でも、それを言うことはできない……。かずさにも、雪菜にも、言うことはできない。
魂の底の底で、より強く自分が求めたのが、かずさだ。それ以外に、何も理由はない。
絶対に嘘を付くことができない、根源的な衝動だけだ。
成田空港で、かずさに全力で駆け寄ってしまった、あの衝動だけだ。
だから、春希は黙っていた。
かずさも、雪菜も、黙っていた。
沈黙が、流れた……。
「……あたしは、男性経験がないに等しいから」
千晶が、おもむろに話出す。
「そもそも、男と女の関係に口を出す資格はないかもしれないけれど。
運命の相手が、一人だとは限らない、と思うよ」
「でも、でもっ、たった一人の人以外とは、結ばれないんですよっ」
「制度上の婚姻が、男女の関係の完成型とは思わない。そもそも、婚姻とは、私有財産の散逸を防ぐための、親族と親族の契約であって、個人の魂の契約ではない。
それに、家族で自助、親族で共助してもらうことが、社会保障費を抑制したい公にとっては、望ましい形だから、婚姻が重視されているだけだ」
「千晶さん、あなた、何ぐだぐた言ってんの」
朋は、千晶を睨む。
「……つまりね。婚姻は形式にしか過ぎない。そして、あたし達の人生は、形式に捕われる必要はない。それに、まだまだ途中経過にあり、結論がどうなるかは分からない。
ましてや、結論に絶対の意味がある訳でもない。
早い話が、自分が死ぬ時に、満足して死ねるかどうか。それしかないんだよ」
千晶の目は、恐ろしいくらいに、真剣だった。
「春希と、かずさと、雪菜は、付属三年生の時、出会うべくして出会った。
三人は、特別なんだよ。三人の魂のつながりは、三人にしか分からないことなんだろう。それに、常識を当てはめようとするのは、無理がある。
春希の答えには、嘘がない。春希は、かずさを愛しているし、そして、今でも、雪菜を愛している、はずだ。
ただ、魂の奥の奥の方で、どうしても、かずさを選んでしまった。恐らくは、それだけだよ……。たぶんね。
そして、そのことに、あたし達、外野が、形式的な倫理観で意見するのは、うっざいことだと思うよ」
「千晶……」�爐△蠅�とう�瓩函⊇婀�は思う。
かずさは、複雑な目で千晶を見つめる。
「でも、でも……。何も悪くない雪菜がどうして傷つかなきゃならないのよ。私は、どうしても、それが許せないのよ」
「ありがとう、朋。あのね……」
�猜�は、優しいな�瓩隼廚い覆�ら、雪菜は切り出す。
「それが、恋愛だから、だよ。どうしようもないんだ。
どうしようも、ないんだよ。
でも、ね。どんなことがあっても、わたしが愛した人、わたしが愛した親友が、わたしから離れて行く以上に、わたしにとって辛いことはないんだ……。
そして、二人は帰って来てくれた。そして、わたしの周りには、素晴らしい友達がいる。
それ以上に、幸せなことは、ないんだよ」
雪菜は、朋を抱き、髪を撫でる……。
「ふえーん……。雪菜、ごめん、ごめん……」
「なんで朋が謝るの。おかしいよ……」
……朋が一頻り泣いた後、曜子が小声で言った。
「誕生日会って、誕生日を迎えたことを祝う会じゃないのよね」
「それって、どういう意味ですか」
隣に座った美代子が訊く。
「その人が好きで、その人に会えて良かった、生まれて来てくれて、自分と出会ってくれて、ありがとうって、周りが喜ぶための会なのよ。
まあ、これは、かずさの父親の受け売り……」
「母さん……」耳聡いかずさが反応する。
「まあ、色々と腹立つから、私は絶対、あの男に、かずさの誕生日を祝わせてはやらないけど。
本当の意味で、祝ってもらってるわね、かずさ」
「……ああ。最高の誕生日だよ」
「ケーキ、食べようよ〜。あたし、お腹が減って来た」
「千晶、消化が早すぎるよ」と、雪菜があきれる。
「ちょっと、待って」と、朋が言う。
「まだ、何かあった？」と、千晶が言う。
「北原さんの答えを聴いてない……」
「おっと、まだやるか」
ケーキにロウソクを立てつつ、千晶がつぶやく。
「でも、訊いても仕方ない、ということも、何となく分かった。
何となく分かったけれども……、私も処女だから……、何となく納得できない」
えっ、と、かずさと、春希は思った。
雪菜、千晶、曜子、美代子は、�爐鵑覆海箸蓮∧�かってるよ�瓩箸いΥ蕕弔�をしていた。
「納得できないから、北原さんを、一発、殴りたい」
「……春希君、殴らせてあげなさい」
曜子はけろっと言う。
「母さん……」
「安いものでしょ」�猴�達を、得られるなら、ね��
「分かりました。柳原、こっち来て。親指は、握り込まないで、外に出して」
春希は、殴り方を教える。
「こう……、ですか？」
「そう。しっかり握って。しっかり握らないと、指を痛めるよ。
左足と、左手を前に出して。右手を伸ばすんじゃなく、左手を引きながら、右手の拳に体重を載せて、腰を回転させて、ひねって打つんだ。えっと、お手柔らかに……」
「北原春希の、バカヤローっ」
朋の渾身の打撃は、春希にとって、それほど痛いものではなかった。
それよりも、瞬間に見た朋の両目から溢れる涙が、春希の心を打った。
�爐△蠅�とう……。これからも、宜しくな……��
「うわーんっ。冬馬かずさのバカぁ。
もうこれ以上、雪菜を泣かせたら……、ホントに、怒りますよっ」
そう言いながら、朋は、かずさの胸にも小さな拳を打ち付けた。
「ごめんな……、朋。って、呼んで良いんだよな」
かずさは、朋の背に手を回し、撫でながら、そう言った。
その表情は、複雑な喜びを噛み締めていた。
「ええ。そう、呼ばせてあげますよ。かずささん……」
千晶は、微笑みながら、春希にウィンクした。
美代子は、ケーキのロウソクに火を灯した。
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
雪菜にも声はかけていなかった。
ビデオ・レターで見た、雪菜の誕生日会は、楽しそうだった。だが、あそこで笑顔を見せていた友人達が、かずさや春希の誕生日に、同じ笑顔を見せてくれることは無いだろうと、二人は考えていた。
春希は高等部と大学時代、武也と依緒が祝ってくれたし、四回生の春からは雪菜と二人の誕生日会も二回程あった。
しかし、かずさは、高等部時代から、友人達はおろか他人と誕生日を過ごしたことはなかった。
だが、二人で過ごすようになってからは、お互いに祝うことができるようになった。それは二人にとって、とても幸せで、十分なことだったのだ。
今年4月の春希の誕生日には、曜子を含めて三人で祝うことができた。ケータリングだが、一流の料理と、最高のワインを楽しむことができた。
春希はそれだけで十分だった。
ただ、曜子の言葉が春希の心に影を落とした……。
「春希君、お母さん、お呼びしなくて良いの？」
「えっ」
「というか、帰国してから、お母さんに連絡したことはある？」
「いえ。ないです。する必要、ないですから」
「そんなこと言っちゃ、ダメよ。私も悲しい気持ちになるわ」
「仕方ないんです。向こうは仕事が忙しいし、峰城大付に入ってからは、お互いに全く興味なかったですよ」
「お仕事は製薬企業の薬剤師、だったわよね？」
「研究に打ち込んでて、滅多に帰ってきませんでした。
というより、実は、大学に入って家を出てから分かったんですが、もう一つ部屋を構えていたみたいで……」
「別宅、ってこと？」と、曜子が問うた。
「そうです。そっちで、不倫相手と幸せに暮らしていて、息子は放置されてた、というわけです」
「春希……」
「なんだ？」
「あたし、初めて聴いた気がするんだけど」
「そうだよ。言ってないからな」
「何故教えてくれなかったんだ」
「こんな下らない話でお前の耳を汚すのが、嫌だったからだ」
「お前なぁ。あたし達、結婚してるんだぞっ」
「かずさ〜、落ち着きなさい。ていうか、何故、今まで質問しなかったのよ」
「……あまり話したそうじゃなかったから」
「そうだよ。話したくなかった。だから、怒らないでくれ」
「訊かないかずさも悪いわよ。ところで春希君」
「はい」
「お互いに興味がなかった、っていう確認は、何時の話？」
「高校を出た時です。実は、家を出る、と話した時以来、顔も見ていませんし、電話で事務的に話したことしかありません。僕は、父親の筋の親戚とは付き合いがないですし、母親も元々親族がいないみたいで……。だから、僕は家を出ると、本当に一人きりです。気楽なもんですよ」
「じゃあ、今のお母さんの生活は知らない、と」
「全く知りません」
「近くに住んでるのに？
親族のいない母親を一人きりにしていると」
「……はい」
「うーん。うちの婿殿は、困った人ね」
「すみません」
「気が進まないかもしれないけど、かずさを連れて挨拶に行ってきたらどう」
「……あんな人をかずさに会わせるのは、恥ずかしくて、無理です」
「こらこらこら……。真剣に怒るわよ。
あなた、お母さんが生んでくれたから、かずさと愛し合えるようになったのよ。どんな確執があるのかしらないけど、母親を尊敬できないような男は、一人の女も幸せにすることはできないわよ」
「…………」
「春希君、高校を卒業して、何年経つの？」
「七年です」
「その間に、何があった？」
「…………」分かりきった、様々なことがあった。
「あなたの七年間に起こったと同じ密度の出来事が、あなたのお母さんにはなかった、と思う？」
「……分かりません」
「分からなくて当然よ。話しあっていないんだから。
でもね、どんな人にだって、等しく時間は流れているの。七年も経てば、お母さんにだって、色々なことがあったに違いないわ。あなたは、それを思いやることのできるべき年齢なのよ。
あなたは、たった一人の息子なんだから、成人して、働いている自分を見せてあげなさい。そして、今のお母さんの気持ちを、ちゃんと受け止めてあげなさい」
「ごめん、母さん。あたしも気が回らなかったんだ。
春希。あたしも会いたいよ。連絡、とってくれよ」
「かずさ、この件に関しては、春希君を甘やかしちゃだめよ。
それとね、春希君。あなたのお母さんの、あなたへの接し方って、私のかずさへの接し方と、何が違うのかしら」
「えっ……」そんな切り口で言われると……。
そういえば、何が違うのだろうか。
「だから、私を肯定する一方で、あなたのお母さんを否定されるのは、私にとって、信用できないことなのよ。
委員長さんとしては、論理的な判断、できるわよね？」
「…………」
「沈黙は肯定なり。
ごめんね、君の誕生日なのに、説教なんかしちゃって」
……だが、気持ちの整理ができない春希は、仕事が忙しいのを理由に、�狆綣蠅�連絡がとれません�瓩髪蛙瓩�つつ、連絡を回避していた。
父親の浮気騒動から、壊れていった母。
別れてからは、別人のように派手になり、子どもに見向きもしなくなった母。
�猝技襪垢襪覆蕁�何故手元に置いたんだよ？��
春希は、自分の母のことが全く理解できなかった。
……そんなことがあった、というくらいの、地味な誕生日会だった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
さて、５月28日、水曜日。その日の朝、二人に朝食を作ってやり、美代子と入れ違いにオフィスに出ようとした春希の携帯に、雪菜から電話が入った。
「今日って、かずさの誕生日、だよね？」
「……そうだよ」
「何か、イベントはある？」
「いや、三人で外食でもしようか、と思っていただけだ」
「もし良かったら、わたし、行っても良いかな？」
「良い、のか」
「ダメなの？」
「来てくれるなら、もちろん、かずさは喜ぶと思う」
�猖榲�は、どんな顔を雪菜に晒せば良いんだ？ って、何時も思う��
「ホントに？ そうだったら良いんだけど」
「当然だ。というか、雪菜、本当にありがとう」
「ホントはね。春希くんの誕生日も、何かお祝いしたかったんだけどな。
……二回しか、一緒にお祝いしたことなかったし」
「俺の誕生日なんか、祝う価値ないよ。……ごめんな、気を使わせて」
「自己否定とか、そういうの、なし」
「……ごめん」
「ごめん、も、なし。春希くんの、ごめん、は、あまり聴きたくない。良いこと、起きないんだもん」
雪菜が湿った声で言った。
「…………」
「パーティーメニュー、作ってあげるよ」
「ミリオン・セラー叩き出したアーティストがすることかよ」
「わたしは、ただの汚い女よ。ちょっと周囲の人達に恵まれただけ」
「……訳分からん自虐は止めてくれ」
「……ごめん」
「それに、現実的に、買い出しも無理だろ」
「わたしの変装テクニックを、舐めてもらっちゃ困るな。今まで見破った人は、一人だけなんだから」
雪菜は、くすくす笑う。その声は、春希の耳を優しくくすぐる。
「まさか、かずさの誕生日だから、オフにしてたのか」
春希は、自社タレントのスケジュールをチェックする。
「ピンポン、正解」
「古いな」
「最近のお気に入りなの。かずさに連絡して、家に伺って、昼間はかずさと、イチャイチャさせてもらおうかな。
春希くんは、ケーキをお願い。あ、それと、千晶と、朋が来るからね」
「千晶は良いとして、……柳原さんは、厳しいな」
「大丈夫。あの子は、口は悪いけれど、本当は優しい子だから。惚れ込んだ人間には、とことん、優しい子だから。春希くんだって、よく知ってるよね。絶対、かずさの良い友達になるよ」
「……雪菜がそういうなら」
「オフィスを出る時、かずさに電話入れてね」
充電期間中の二人の看板アーティストは、今は各々の課題に取り組んでいる。
一番忙しいのは、企画を固めなければならないマネージャーだ。秋のツアーの日程は、二人とも固まった。雪菜の学園祭ツアーは、松岡純夜サイドで調整をしてもらっている。もっぱらメールばかりで未だに会っていない相手との調整は、意外とストレスのかかる仕事だった。
まあ、だが、大体は決定しつつある。課題は、雪菜専属のマネージャーと、春から夏にかけての雪菜の販売戦略だ。
一番の問題は、暖かい季節に相応しい曲がないこと。
雪菜に一度相談したが、「暖かい季節の思い出がないから、今は無理かな」と言って、取り合ってくれなかった。
そういえば、雪菜とは、暖かい季節に遊んだ記憶がない。
大学四回生の頃は、雪菜は遅れた就職活動で走り回っていたし、春希は開桜社の仕事できりきりまいだった。
就職一年目の春、夏も同じようなものだった。
�牴颪┐觧�間が限られていたし、部屋でまったり過ごすばかりだった。まったりというか激しくというか……。
ダメだダメだダメだ！
何を思い出したんだ、俺は。ホント、最悪だな��
春希は、強烈な自己嫌悪にかられた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「あなた、お帰りなさい。ずいぶん遅かったのね。ご飯にする、お風呂にする、それとも……」
「女優さん、ちょっとベタ過ぎじゃないですか」
�爐�い、目を瞑って唇を突き出すなよ��
「春希、遅かったね。あんたの分、食っちゃうところだったよ」
「千晶、ありがとう。今日は、来て良かったのか？」
冬馬曜子邸入口で春希を迎えたのは千晶だった。
「だいぶ前から雪菜に日程を押さえられてたからね。それに、あたしは雪菜の料理の大ファンなんだよね」
「…………」�牴兇癲△修Δ性�
「春希、遅いぞ。あたしの誕生日が、後、五時間しかないじゃないか」
リビングに入ると、金メッキを施した王冠を被った、かずさがむくれていた。
「さあ、食べようか。えっと、春希くん、シャンパングラス出して……」
「ああ、もう出しておいたわ」
雪菜と共に、キッチンに立っていた朋が言う。
「柳原さん、来てくれてありがとう」
「……別に。北原さんのためじゃないですから」
�猜�が自分に対して表情を崩さないのは、仕方がないな。
……しかし、千晶といい、朋といい、えらくこの家に慣れてないか？��
さすがに鈍感な春希も、違和感を感じざるをえない。
テーブルには、和・洋・中の家庭料理が並ぶ。
かずさ、雪菜、千晶、朋、曜子、美代子。そして春希。
美代子は帰る予定だったが、かずさと雪菜が引き止めた。
華やかな誕生日会になって、良かった、と春希は思う。
春希はモエ・エ・シャンドン・ネクター・アンペリアル・ロゼの栓を抜いた。
グラスが行き渡った。雪菜がグラスを持って立ち上がる。
「えー、本日は、冬馬かずさの誕生日会にお集りいただき、ありがとうございます。では、本日の主役のかずさより、一言、申し上げます」
「……雪菜、あたし、食べ終わった後に、話したいんだ」
「そう？
じゃあ、順番を逆にしようか。曜子さん、お願いします」
「それじゃあ、一言。
私は、派手なことが大好きだから、色んなパーティーに出たわ。お城や、一流ホテルの貸し切りとか、船上パーティーもざらにあったわね。あの酒池肉林、乱痴気騒ぎが懐かしい。だから、友達の手料理で誕生日パーティーだなんて、そういう貧乏臭いのは大嫌いだったの。
でも今日、娘の誕生日に友達が何人も来てくれて、祝ってくれて。雪菜と、朋ちゃんが、料理を作ってくれて。
千晶ちゃんが……、千晶ちゃんはガヤか。
ともかく、それがこんなに嬉しいことだとは、今まで知らなかった。
今日来てくれたみんなに感謝するわ。私の娘を愛してくれて、本当にありがとう。これからも、かずさを宜しくね。
かずさ、誕生日おめでとう。友達を大切になさいよ」
�猜譴気鵝△△燭靴呂泙澄△海凌傭�に友達と思ってもらえてるのか、分からないんだよ……��
とは、さすがに、かずさは口にできなかった。
「じゃあ、乾杯！」「乾杯！」
……「どう、お口に合うかな？」
雪菜は春希を見て、言う。
「美味しいよ……」
春希は、複雑な思いを抱きながら、料理を堪能した。
「良かった」
「それに、野菜中心のメニューがありがたい。ハンバーグも豆腐の含有率が高いし、唐揚げも皮を丁寧に剥いであるし、きっちり油抜きされている」
「太っちゃダメな人ばかりだもん。
って、かずさ、野菜も食べなさい！
ほら、朋の作ったラタトゥイユ、美味しいよ」
「あたしは、肉食べないと、元気が出ないんだよ」
かずさは、自分の皿に唐揚げとハンバーグばかり盛っていた。
「八宝菜食べろよ。美味いぞ」
春希はかずさの前に大皿を差し出す。
「白菜メインじゃないか。あたしは虫じゃないぞ」
「二十五歳過ぎたら、食事と健康に気を使わないと」
「お前、あたしが一足先に二十六歳になったからって、途端にアラサー扱いかよ」
「そんなこと言ってないよ。
あ、こらっ千晶、そのパスタ、みんなで食べるんだから、独り占めしちゃダメ！」
「だって〜、この冷製カッペリーニ、めちゃくちゃ美味しいんだもん〜」
千晶は、皿を抱えてがっつり食っていた。口の端がトマトソースで汚れてる。
「なあ、雪菜、このボルシチ、酸っぱいよ。砂糖入れても、良いかな」
「かずさ、あたしのお皿にも入れて」曜子が便乗する。
「春希ぃ、女王様からの命令だ。砂糖とってきて」
「ダメに決まってるだろ！」
「曜子さん、かずさ、その皿に砂糖入れるか、ケーキを我慢するか、どっちかにして下さいね」
「「はいはい。分かりましたよ……」」
「ねえ、雪菜。冬馬さんと千晶さんて、何時もこんなに食べるの？」と、朋は、完全に引いている。
「そう、かな？」
「こんだけ食べて、あのスタイルって……。殺意抱くわ」
「きっと、乳房に蓄積されてるのよ」
「駱駝なの？」
「朋は、相変わらず節制してるの？」
「今日は雪菜の料理を堪能しようと思って、お昼抜いて来たんだけど……。そろそろ限界かも。
そういう雪菜は、食事の量減った？」
「レッスンがきついから、最近、ちょっと増えたかなぁ」
「それで、これなの……。あなた達って、ホント、嫌みよね」
「あはは。……春希くんは、昔から食が細いよね」
「まあ、ずっと文科系だし。たくさん食べた記憶は無いな」
曜子は、美代子と時々話しながら、ずっとニコニコとしていた。春希はその姿を見て、自分の母親なら、友人達にどう接するのだろうか、と考えていた。
やはり、ニコニコとしているのだろうか。
それとも、同席したがらないだろうか。
分からない……。
…………。
一頻り、食事が終わって、まったりとしだした所で、春希が洗い物にとりかかる。
「わたしも手伝うよ」と雪菜がエプロンを着ようとする。
「こっちは大丈夫。ごめん、雪菜。女王様のロウソク・イベントに向けて、ケーキとコーヒーのサーブをお願いできないか」
「了解……」雪菜は、テーブルを拭き、ホールのケーキをテーブルに置く。
「春希！ 手を止めて、こっちに来てくれ！」
かずさが、春希を呼ぶ。
「ごめん。みんな、座ってくれるか？」
かずさが静かに言う。
「美代子さん、もうちょっとだけ、良いかな」
「良いですよ。旦那なら、ほっといても大丈夫です」
「ありがとう、ございます。春希、横に来て。雪菜は、こっちのあたしの横に」
「……うん」
「……バースディ・ソング、歌うんじゃないの？」
「千晶、ちょっと、話した後で良いかな」
「……良いよ」
「えっと」かずさは立ち上がった。そして、頭に被っていた王冠を取り、テーブルに置く。
「今日は、あたしの誕生日に集まってもらって、ありがとう」
かずさが、ばさっと髪の毛の音がする程、強く、お辞儀をした。
「かずさ……」雪菜が驚く。
「えっと、あたしは、自分の思っていることを、ちゃんと伝えることが下手な人間だ。言葉は、鍵盤程、上手く扱えない。だから、今から言うことがみんなを怒らせるかもしれない。その時は、最後まで聴いてから、怒ってほしい。
とりあえずは、あたしの言うことを聴いてほしい」
「…………」
「まず、あたしは、日本で、こんな風に、春希と母さん以外の誰かに、誕生日を祝ってもらえるとは、全く思っていなかった。その……、千晶や、柳原さんや、美代子さんにも、参加してもらえて、本当に嬉しい。
もちろん、雪菜にも」
かずさの声が震えている。
「あたしは、婚約までしていた雪菜を裏切らせて、春希を雪菜から奪った」
「っ、かずさ」
「そのことに関しては、雪菜に本当に申し訳ないと思っている。二年も遠ざかっていたのに、雪菜の方から会いに来てくれて、元気な顔を見せてくれて、キレイな声を聴かせてくれて、そして強くてカッコイイ雪菜でいてくれて、本当に嬉しく思っている。
その雪菜に、今、側にいてもらえることの、ありがたさというか、申し訳なさというか、……本当に申し訳ないというか……」
かずさの頬が赤く染まる。
「かずさ、わたしは……」
「ごめん。雪菜、最後まで、言ってから、ね」
「…………」
「本当に申し訳ないと思っている。
でも、それ以上に申し訳ないが、あたしには春希がいないと、あたしは、あたしは……、本当に、どうしようもない人間で……」
かずさは、目を伏せている春希の肩に手を置く。
「どうしようもないんだ。どうしようも、ないんだよ。あたしを許してほしい、とは言わない。あたしたち二人に怒っている人もいると思う。でも、その気持ちはあたしが受ける。だから、春希のことは、許してほしい」
かずさは、また頭を下げる。
……いたたまれなくなって、春希が立ち上がる。
「すまない……。かずさが悪いんじゃないんだ……。
俺が、悪いんだ……」
……少しの間、静寂が流れた。
�爐海瞭鷽佑蓮∨榲�に、困ったな……。
こんなに、ストレートじゃなきゃ、わたしはもっと黒々と恨むこともできたのに……��
雪菜は心の底から困惑した。
だが、雪菜こそがよく分かっていた。心も体もつながった二人は、こと二人の愛については、誰も騙すつもりはないと。
「ふう」�爛曠鵐函△泙い辰舛磴Δ茲諭帖牒�
雪菜はあきれた。
「北原さん」朋が立ち上がる。
「柳原、さん……」
「少しお訊きしていいですか？」
「……うん」
かずさは、朋を見つめる。
「……付属三年の学園祭の後、雪菜から告白された時、何故断らなかったんですか」
「朋っ」これには、雪菜が叫んだ。「止めてよ」
「どうしてですか」
「…………」答えあぐねた春希は、かずさを見た。
「冬馬さんに、答え方を確認したら、ダメですよ」
「雪菜が……、好きだったから」と、春希は、答える。
「でも、本当に好きだったのは、冬馬さんでしょう？」
「ごめん、としか言いようがない。俺は、その時、恋愛について、自分の本当の気持ちについて、深く考えていなかった、と思う。いや……、上手く言えないな。
というか、俺は、雪菜と触れ合うことでしか、恋愛について、学ぶことができなかったんだ。雪菜には、本当に申し訳ないが、雪菜がいなければ、俺とかずさは、本当の意味で出会うことはなかった。
だから、あの学園祭後の夕方の気持ちに、でも、とか、もしも、は、ない。上手く言えなくて、ごめん」
「次の質問です。あなたは、2011年12月24日のクリスマス、雪菜に酷く振られたにも関わらず、大晦日に、雪菜に告白した。
何故、そうじゃなく、曜子さんのコンサートに、行かなかったのですか？
恐らく、そこに冬馬さんはいた。だから、行けば冬馬さんに会えて、それでハッピー・エンドだったはず。
何故、ですか」
「雪菜が……、好きだったから」と、春希は、繰り返す。
「ほう……。また言いましたか。好きだった、と」
かずさは知っていた。その時、春希がコンサートに行く道を選べなかった理由を。
そのことは、十分話し合って来た。
「次の質問です。あなたは今、雪菜をどう思っていますか」
「……朋、もう止めて」と、雪菜が懇願する。
「雪菜は黙ってて！」
朋は攻撃を緩める気がない。
「今でも好きなんですか」
「……俺はまだ、戸惑っている。雪菜と、どう接したら良いか、迷っている」
「それは……、未練があるということですか。それとも、お情け？」
「好きだよ……、本当に。大好きだ……」
雪菜は、両手で口を覆った。
「……かずささんの前で、よくそんなことが言えますね」
「春希が雪菜を今でも好きなことは、あたしが一番良く知っている」
かずさが、雪菜を見ながら言った。
雪菜は、黙っていた。
「こんな気持ちを理解してもらうことは、難しいと分かっている。それに、昔のような関係に戻ることは、絶対にあり得ない。でも、厚かましい願いかもしれないが、俺は、雪菜と親友でいたい。
君とも、友達に戻りたいよ、柳原、朋。
……でも、俺が仕出かしたことが、二年前、雪菜を深く傷つけ、そしてみんなを傷つけたことは良く分かっている。
俺には、それ、を言う資格はない……。
だから、俺のことはどうでも良いんだ。雪菜がかずさの親友で、みんなが、かずさを理解してくれて、かずさを愛してさえくれれば……。
俺のことは、どうでも良い」
「……。ふんっ」朋は鼻を鳴らす。「北原さん、あなたは馬鹿ですか。ぐだぐだして、はっきりしない……」
「朋ちゃん、それ位にしといたら」
曜子が、助け舟をだす。
「ダメです。……もうダメです。限界だわ……。
絶対に、ダメです！」
突然、朋が泣き叫ぶ。
「朋ぉ」雪菜が立ち上がって肩を抱く。
「私、学園祭のコンサートで、雪菜と、冬馬さんと、北原さんのライブを見てから、ずっと、三人のファンでした。
確かに、雪菜のことが一番好きだったけど、『届かない恋』を作った、冬馬さん、北原さんのことも好きでした。
だから、雪菜と北原さんの確執を知って、それを超えて付き合い始めた日、そう、ヴァレンタイン・コンサートで、二人で『届かない恋』を演奏した時、二人の、いえ、三人の、幸せな結論が出たことを本当に嬉しく思った。
でも、それは幻想だった……。
二年前、北原さんが、冬馬さんと一緒に、ウィーンに逃げた時、私は自分の浅はかさを恨んだ。
どうして、私は、四年前の『アンサンブル・冬馬かずさ特集』を、もっとしっかり読んでいなかったのかを。
どうして、二年前、北原さんの部屋の前で会った、冬馬さんの変装を、すぐ見破ることができなかったのかを。
絶対、絶対、千晶さんなら、見破ることが出来たはずなのに……。どうして、どうして、私は見破ることができなかったのっ。どうして北原さんの部屋に、雪菜と一緒に乗り込まなかったのっ。
乗り込んで、真っ正面から戦うべきだったのにっ」
「朋、もう良い……」雪菜が、朋の袖を引く。
「ダメよっ！
私は、何を分かっていなかったの？
何故、失敗したの？
ねえ、どうして。どうして、二年間、雪菜を愛したの？
どうしてよっ」
……春希が、答えられる訳がない。言葉にできる訳がない。「雪菜が……、好きだったから」という言葉を、繰り返すしかないから。
自分にとって、かずさと雪菜は、かけがえのない友達であり、かつ、一生、他には出会うことができない女性、だからだ。二人に対して、順列があるわけがない。
でも、それを言うことはできない……。かずさにも、雪菜にも、言うことはできない。
魂の底の底で、より強く自分が求めたのが、かずさだ。それ以外に、何も理由はない。
絶対に嘘を付くことができない、根源的な衝動だけだ。
成田空港で、かずさに全力で駆け寄ってしまった、あの衝動だけだ。
だから、春希は黙っていた。
かずさも、雪菜も、黙っていた。
沈黙が、流れた……。
「……あたしは、男性経験がないに等しいから」
千晶が、おもむろに話出す。
「そもそも、男と女の関係に口を出す資格はないかもしれないけれど。
運命の相手が、一人だとは限らない、と思うよ」
「でも、でもっ、たった一人の人以外とは、結ばれないんですよっ」
「制度上の婚姻が、男女の関係の完成型とは思わない。そもそも、婚姻とは、私有財産の散逸を防ぐための、親族と親族の契約であって、個人の魂の契約ではない。
それに、家族で自助、親族で共助してもらうことが、社会保障費を抑制したい公にとっては、望ましい形だから、婚姻が重視されているだけだ」
「千晶さん、あなた、何ぐだぐた言ってんの」
朋は、千晶を睨む。
「……つまりね。婚姻は形式にしか過ぎない。そして、あたし達の人生は、形式に捕われる必要はない。それに、まだまだ途中経過にあり、結論がどうなるかは分からない。
ましてや、結論に絶対の意味がある訳でもない。
早い話が、自分が死ぬ時に、満足して死ねるかどうか。それしかないんだよ」
千晶の目は、恐ろしいくらいに、真剣だった。
「春希と、かずさと、雪菜は、付属三年生の時、出会うべくして出会った。
三人は、特別なんだよ。三人の魂のつながりは、三人にしか分からないことなんだろう。それに、常識を当てはめようとするのは、無理がある。
春希の答えには、嘘がない。春希は、かずさを愛しているし、そして、今でも、雪菜を愛している、はずだ。
ただ、魂の奥の奥の方で、どうしても、かずさを選んでしまった。恐らくは、それだけだよ……。たぶんね。
そして、そのことに、あたし達、外野が、形式的な倫理観で意見するのは、うっざいことだと思うよ」
「千晶……」�爐△蠅�とう�瓩函⊇婀�は思う。
かずさは、複雑な目で千晶を見つめる。
「でも、でも……。何も悪くない雪菜がどうして傷つかなきゃならないのよ。私は、どうしても、それが許せないのよ」
「ありがとう、朋。あのね……」
�猜�は、優しいな�瓩隼廚い覆�ら、雪菜は切り出す。
「それが、恋愛だから、だよ。どうしようもないんだ。
どうしようも、ないんだよ。
でも、ね。どんなことがあっても、わたしが愛した人、わたしが愛した親友が、わたしから離れて行く以上に、わたしにとって辛いことはないんだ……。
そして、二人は帰って来てくれた。そして、わたしの周りには、素晴らしい友達がいる。
それ以上に、幸せなことは、ないんだよ」
雪菜は、朋を抱き、髪を撫でる……。
「ふえーん……。雪菜、ごめん、ごめん……」
「なんで朋が謝るの。おかしいよ……」
……朋が一頻り泣いた後、曜子が小声で言った。
「誕生日会って、誕生日を迎えたことを祝う会じゃないのよね」
「それって、どういう意味ですか」
隣に座った美代子が訊く。
「その人が好きで、その人に会えて良かった、生まれて来てくれて、自分と出会ってくれて、ありがとうって、周りが喜ぶための会なのよ。
まあ、これは、かずさの父親の受け売り……」
「母さん……」耳聡いかずさが反応する。
「まあ、色々と腹立つから、私は絶対、あの男に、かずさの誕生日を祝わせてはやらないけど。
本当の意味で、祝ってもらってるわね、かずさ」
「……ああ。最高の誕生日だよ」
「ケーキ、食べようよ〜。あたし、お腹が減って来た」
「千晶、消化が早すぎるよ」と、雪菜があきれる。
「ちょっと、待って」と、朋が言う。
「まだ、何かあった？」と、千晶が言う。
「北原さんの答えを聴いてない……」
「おっと、まだやるか」
ケーキにロウソクを立てつつ、千晶がつぶやく。
「でも、訊いても仕方ない、ということも、何となく分かった。
何となく分かったけれども……、私も処女だから……、何となく納得できない」
えっ、と、かずさと、春希は思った。
雪菜、千晶、曜子、美代子は、�爐鵑覆海箸蓮∧�かってるよ�瓩箸いΥ蕕弔�をしていた。
「納得できないから、北原さんを、一発、殴りたい」
「……春希君、殴らせてあげなさい」
曜子はけろっと言う。
「母さん……」
「安いものでしょ」�猴�達を、得られるなら、ね��
「分かりました。柳原、こっち来て。親指は、握り込まないで、外に出して」
春希は、殴り方を教える。
「こう……、ですか？」
「そう。しっかり握って。しっかり握らないと、指を痛めるよ。
左足と、左手を前に出して。右手を伸ばすんじゃなく、左手を引きながら、右手の拳に体重を載せて、腰を回転させて、ひねって打つんだ。えっと、お手柔らかに……」
「北原春希の、バカヤローっ」
朋の渾身の打撃は、春希にとって、それほど痛いものではなかった。
それよりも、瞬間に見た朋の両目から溢れる涙が、春希の心を打った。
�爐△蠅�とう……。これからも、宜しくな……��
「うわーんっ。冬馬かずさのバカぁ。
もうこれ以上、雪菜を泣かせたら……、ホントに、怒りますよっ」
そう言いながら、朋は、かずさの胸にも小さな拳を打ち付けた。
「ごめんな……、朋。って、呼んで良いんだよな」
かずさは、朋の背に手を回し、撫でながら、そう言った。
その表情は、複雑な喜びを噛み締めていた。
「ええ。そう、呼ばせてあげますよ。かずささん……」
千晶は、微笑みながら、春希にウィンクした。
美代子は、ケーキのロウソクに火を灯した。
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曜子さんが義理の息子とはいえ他人の複雑な親子関係にでしゃばって偉そうに説教までしてるところを見るとイラッときますし違和感を覚えますね。
「母親を尊敬できないような男は一人の女も幸せにすることは出来ないわよ」とか、親との関係に苦しんだことのない人が言う綺麗ごとです。
曜子さん自身娘以外の親族や実家との縁が薄く、娘に父親を与えることもできず私生児としての運命を背負わせるなど、家族を切り捨てて生きてきたキャラなのに、上記のような台詞を他人に本当に言えるんでしょうか？
「どんな確執があったか知らないが仲直りすべき」というなら曜子さん自身、冬馬の実家や親族、別れたかずさの父とも仲直りして、娘夫婦にも引き合わせるべきでしょう。
自分ができない、やってもいないことを他人には押し付けるなんて、それこそ春希にとっては信用できないことでしょうに。
どうしても、一言、言いたくて…。
2014年5月28日、かずさ、25歳の誕生日、おめでとう！