15 共同作業 ／ 2015年６月初旬
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ushigara_neko 2014年05月11日(日) 00:01:51履歴
春希が冬馬邸の扉を内側から開けると、そこには軽く変装した雪菜がいた。
「今晩は、春希くん。この前は、ごめんなさい」
ギターを背負った雪菜は、少し恥ずかしげに、微笑んだ。
「何のことだったっけ？ それより、夕食、食べるよな」
「うん。ありがとう」
�猝曚辰討討�れたんでしょ��
「雪菜〜、待ってたよ。早く春希の作った不味いカレー食べようよ」
リビングから、かずさの声が聞こえた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「しかし、なんなんだろうな、あれは……」
「春希くん、何だか、娘の部屋にボーイ・フレンドが来たみたいな、落ち着きのなさだったね」
かずさが事前に、二人だけで籠るから、と言っているにもかかわらず、プリンとコーヒーをスタジオに運んで来た春希は、ソファーに居座ろうとした。
かずさは、春希に途中経過を見られるのを、嫌がる。ウィーン時代、スタジオで録音していた時も、コントロール・ルームにいられるのが嫌で、別室に追いやって、納得できる録音ができてからしか、呼び入れなかった。
当然、今、居座ろうとした春希には、かずさの左足の蹴りが見舞われ、地下スタジオから追放された。
「でも、あの出汁の効いた和風カレー、美味しかったよ」
「あたしはあんな魚臭いカレーは不満だ。それに、大根とかごぼうとかをカレーに入れるのは、趣味が悪すぎる」
�爐△覆燭里�通じのために、気を使ってるのよ�瓩叛禳擇録瓦涼罎覇佑湛�んだ。
「それで、もう一度、確認したいんだけど、何故十曲に拘るんだ。あと数曲、入れられるだろ」
「LP時代のポップスって、十曲が普通だったんでしょ。それに、わたしの曲って、五分超えることがあるでしょ。十曲に切り詰めても、五十分近くなっちゃうから」
「なるほど。少し年配のファンには、曲が多くても、逆にまとまりのないイメージを与えるかもな」
「そうそう。それに、無理して歌詞が散漫になるのが怖いし。言わなくても良いことまで言っちゃう危険性も出てくるし」
「…………」
「なんてね」雪菜は笑いながら、小首を傾げる。
「えっと、それで、雪菜と一緒に作るのが四曲で、春希と作るのが二曲で、昔のあたしの録音が四曲、という企画なんだな」
「そうそう。ただ、かずさが昔作った四曲のうち、一曲は『届かない恋』の2016年versionを考えているの」
「……拘るな」
「……拘るよ」
「……で、アレンジをし直せと」
「そう。お願いできるかな」
「良いよ。了解。で、後の三曲は、何を入れるんだ」
「かずさ、覚えてるかな。一つは学園祭の時、『White Album』の後、MCのバックでかけてた曲で……」
「『Winter Vacation』……」
「……なんとも痛い、そのまんまの曲名ね」
「うるさい」
「分かった。そういう歌詞を書いてみようかな。そういう楽しい企画って、あんまり経験ないから、書けるかどうか、分かんないけど……。
そういえばさあ、後輪駆動のドイツ車で、雪道を走るという、危ないWinter Vacationがあったね」
「あはは」
「それと、♪…………、というのと、♪…………、というの」
「何となく覚えてる。その二つは曲名つけてないな。で、どんな感じにしたら良い？」
「その三曲のアレンジは、曜子さんにお願いしてる」
「いや、その仕事、あたしが引き受けよう」
「『届かない恋』以外、かずさに過去を振り返らせたりするつもりはなかったんだけど」
「全体のバランスの問題があるから、アレンジャーは一人の方が良い。それに、母さん、張り詰めていた気が抜けたのか、若干体調を崩し気味だから、負担かけたくない」
「了解」
「春希にも話して、一緒に母さんに説明しよう」
「そうね」
「うん」
「じゃあ、後は……、春希くんとの曲は、どんな感じ？」
「まだ……、全然、手をつけてないよ。というか、春希はかなり悩んでるな。歌詞を持ってくる気配がまるでない。さっきも蹴るんじゃなくて、そこで書けと言えば良かったかもな」
「……わたしが、抽象的なことしか伝えてないしね」
「…………」
「……まあ、悩んでもらうか」
�爐任癲△△い弔鯒困泙擦董�何らかの答えを導き出させるのが、お前の目的なんだろう？��
「何？」
「いーや、別に。まあ、頑張って書いてもらおう」
「売れれば、印税も入るしね」
「そうだな。女二人に、貢物を献上できるくらいにはなるだろう」
「うふふ」
「さて、じゃあ、雪菜との作業だけど、こんな曲はどう？
ピアノから始まって、スロー・テンポなのかと思うと、ギターが入ると実は少しハイ・テンポな感じで、メロディはこんな感じ……。
♪ラララララ〜」
かずさは、口ずさんでみせる。
「良い感じだね。楽譜、ある？」
「大まかなスケッチだけど」
�狎禳據△�前……��
「…………。良い曲だね、これも。サビのメロディーがシンプルで大きくて美しい。シングル・カットしたいな〜」
「気が早いよ」
「ねえねえ、かずさ、ちょっと歌ってみてよ」
「……楽譜、読めるようになったんだろ？」
「まだまだ、いい加減だから。だから、お願い」
「分かったよ。じゃ、Ｂメロから」
「待って待って。最初から歌って。録音させてよ」
雪菜は、iPhoneを取り出して、PCM録音用のユニットを取り付ける。
「後で消しとけよ。んじゃ」
�爐�ずさの歌声が、好き。歌うと、何とも柔らかい声なんだよね��
雪菜は、少しうっとりする。
�爛曠鵐箸法△錣燭靴�持っていないものばかり持っている、と思う。
確かに、今でも、少し羨ましく感じるけれど。でも、昔みたいに、嫉妬まみれになることは無くなったかも。
ホントに、帰って来てくれたんだな……��
「……雪菜」
「何？」
「何って、そんな視線で見つめられると、恥ずかしいじゃないか……」
頬をほんのり染めて、かずさがもじもじしている。
「幸せだと思って……。かずさと一緒に過ごせて」
「何言ってんだ。ホント、痛い奴だな……」
かずさは、照れたように、そっぽを向き、髪を耳の後ろにかきあげる。
「♪ 髪かきあげた、細い指先……、ラ、ラ、ラ、ラーラララ、まだ色褪せない〜まま」
「即興？ ……良いじゃない」
「でも、これじゃちょっと、また痛い歌になりそうだよ」
「……良いんじゃない、痛くても。
どんな想いだって、音楽は昇華してくれる。
お互い、出尽くすまでやり切ろう。そして、不安になったら、ぶっちゃけて話し合おう。二人で解決しなかったら、千晶や、朋に、同席してもらって相談すれば良い。
あたし達の時間は、たっぷりある。お互いに気兼ねなく、行き着く所まで行って、そして突き抜けようよ」
「そうだね……。ありがとう」
「うん。じゃあ、もう一度、通しで弾いてみるよ」
♪…………。
「やっぱり良い曲だね。うーん、これはシンセサイザーよりも、生ピアノのバッキングの方が良さそう」
「雪菜もそう思うか？」
「うんうん。サビはさあ、ピアノは刻んでくれて、バッキングのギターは大きく弾いたら、カッコいいと思うよ。ごめん、ちょっと待ってね」
雪菜は、SCHECTERをアンプにつなげる。
「ごめん。もう一度弾いてみて」
「了解。じゃあ、もう一度、Ｂメロから。
one,two,three,four ♪ラ、ラ、ラ、ララララ〜」
雪菜も、かずさに合わせて口ずさむ。
そして、サビで、思い切り、ギターを歌わせる……。
凄く、ワクワクする……。雪菜と合わせている今、かずさは一人でピアノに向かうのとは、全く異なる興奮を味わっていた。
偉大な作曲家と一人で向き合うのは、至上の喜びだ。だが、雪菜と、こんな会話が、演奏ができて、こんな気持ちになる日が来るとは、望外の喜びだった。
これは、雪菜も、同じ気持ちだった。
それに、お互い、和んでいるようで、もの凄く集中している。お互いの一言、一音を逃さないように、しっかり反応できるように……。
雪菜は、短期間で自分をここまで仕込んでくれた曜子に感謝した。そして、自分を尊重してくれているかずさに感謝した。
かずさも、雪菜のクリエイティブな反応の良さに驚きと興奮を隠せなかった。
今後、長く続くことになる、二人のクリエイターによる共同作業の、記念すべき邂逅の時だった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「あ、もう12時か……。そろそろ終わろうか」
「そうだね。……マネージャーさんに声かけようか」
「そうだな」かずさは内線をかける。「春希、終わったよ。悪いけど、コーヒー入れといて」
「あっ、かずさ。わたし、寝られなくなるから、ジャスミン・ティーが良い」
「了解。春希、ジャスミン・ティーに変更な。しかし、雪菜も、コーヒーで眠れなくなるなんて、子供だな」
�爐い笋い筺帖帖�かずさの飲んでるのは、コーヒーじゃなくて薄茶色い砂糖水だってば�疆�というお約束の発言を、雪菜は控えることにしていた。
…………。
「やっと、あたしのツアーの日程も決まったんだ」
かずさは、その温かい砂糖水を飲みながら、雪菜に日程のプリントを渡す。
「えっと……。
8月27日・木曜日、札幌サンプラザコンサートホール、
9月3日・木曜日、多賀城市文化センター、
9月10日・木曜日、御宿芸術文化ホール、
9月17日・木曜日、名古屋・愛知県芸術劇場コンサートホール、
9月24日・木曜日、広島文化学園HBGホール、
10月1日・木曜日、京都コンサートホール、か。
わたしのコンサートの会場と日程と、ホントに近いね」
「雪菜のソロ名義での全国ツアーの日程は、
8月29日・土曜日、札幌市民ホール、
9月5日・土曜日、仙台サンプラザホール、
9月11日・金曜日、御宿芸術文化ホール、
9月12日・土曜日、御宿芸術文化ホール、
9月19日・土曜日、名古屋国際会議場・センチュリーホール、
9月22日・火曜日・国民の休日、神戸国際会館国際ホール、
9月26日・土曜日、広島国際会議場フェニックスホール、
10月２日・金曜日、京都会館大ホール。
わがままなアーティストお二人のリクエストにお答えするため、かなり無理したよ」
「それが春希の仕事」
「お前な……。
まあ、マネージャー一人の状態が続いている以上、二人を遠く離しておく訳にはいかないから、雪菜の申し出に関わらず、こんな感じになってしまったんだ。週末を押さえられなかったのが、ちょっと不本意だがな」
「あたしは良いんだよ。今年のツアーは、挨拶代わりだから。それよりも、練習場所とか、リハーサル・スタジオとかは、大丈夫か」と、かずさは問う。
「俺を誰だと思ってるんだ」
「よろしい。ところで、前に教えてもらった時から思ってたんだけど、雪菜の日程ってさ、初めての全国ツアーにしちゃ、少しハードじゃないか？
機材の移動とか、大道具とか、あるんだろ」
「余裕持たせてあるつもりだが」
「雪菜はどう思っているの」
「そうだね……。正直、少し前までは、ちょっと不安、だったんだ。
でも、この日程なら、ツアー先でかずさにも、春希くんにも会えそうだし、楽しんで頑張れそうだよ」
「そうか。昨日、春希と話していたんだけど、あたしは、どうしても会場のピアノに慣れないといけないし、現地に先乗りしておく必要があるから、先に行って、雪菜を待ってるよ」
「演奏者一人とはいえ、かずさを放っておく訳にはいかないから、……俺はかずさについて行くけど、ツアーまでには、雪菜に専属マネージャーを付けるつもりだ」
「えっと、マネージャーに関しては、純夜さんが探してくれてるんだけど……」
「松岡さんと電話で話したが、……手駒が尽きたそうだ。こっちで探す」
�爐鵑發Α帖帖�もうちょっと、引き延ばしてくれると思ったけど……。さすが、春希くんには、あやふやなことは何時迄も通じないわ��
「いきなり、新人さんを付けられても、お互い困るよ」
「当然、主には俺が取り仕切る。でも、物理的に俺が雪菜の側にいられない時が出てくるから」
�爐修譴蓮⊇婀�くんがかずさを優先するからだよね。
でもまあ、仕方ないか��
「分かった。じゃあ、わたしに心当たりがあるから、面接してくれるかな」
�爐�い、心当たりがあるなら早く言えよ�瓩函⊇婀�は心の中で突っ込んだ。
「どんな人だ？」
「孝宏の、彼女の友達よ」
「ということは、杉浦小春の友達……」
「ピンポン。正解」
「……おい、春希。杉浦小春って、誰だ」
かずさの声が低くなる。
「いやっ、学生時代のバイト先の同僚で、その、高校、大学の後輩だ」
「武也くんに、『小春希』って呼ばれてたくらい、春希くんにそっくりのおせっかい焼きで、春希くんにつきまとってた娘よ。
一時期は、付き合ってるのかと、誤解していたわ」
「はーるーきー」
「いや、だから、雪菜は誤解だって言ってるじゃないか」
「どーせ、美人なんだろ……」
「そうそう。美人だし、ちょっとロリータ入ってて凶悪に可愛いわよ。春希くんを追って、開桜社に入社したのよ」
「はぁーるぅーきぃー」
�爐�い、犬歯を剥くな、犬歯を……��
「いやいやいや、今は杉浦の話はしてないし……。雪菜、勘弁してくれ」
「うふふ」
�爐泙◆△海譴�らいの意地悪はさせてもらわないと��
「あたしも、面接する」
かずさは腕組みして言い放つ。
「ええっ」これには、春希も雪菜も驚いた。
�爐△覆燭砲牢愀犬覆い鵑犬磧帖牒�
「あたしも、小春希に会わせろ」
�爐世�ら、杉浦が来るんじゃないって……��
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「清水早百合です。宜しくお願いします。北原先輩、お久しぶりです」
四年前のヴァレンタイン・ライヴ以来、雪菜のファンであった彼女は、孝宏の彼女、亜子の親友ということもあって、着かず離れず、雪菜と関係を保っていた。
定職にはついていないが、色々なイベントに参加した経歴を持っていた。
行く行くは実家の事業に参画するのだろうが、裕福なこ
ともあって、卒業後も自由に暮らしていたと言う訳だ。
勝ち気、かつ、はっきりとした物言いをする彼女を、かずさは気に入った。
何故、こんなに美人ばかり集まるのか、という疑問を除いては。
目次 ／ 前回 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「今晩は、春希くん。この前は、ごめんなさい」
ギターを背負った雪菜は、少し恥ずかしげに、微笑んだ。
「何のことだったっけ？ それより、夕食、食べるよな」
「うん。ありがとう」
�猝曚辰討討�れたんでしょ��
「雪菜〜、待ってたよ。早く春希の作った不味いカレー食べようよ」
リビングから、かずさの声が聞こえた。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「しかし、なんなんだろうな、あれは……」
「春希くん、何だか、娘の部屋にボーイ・フレンドが来たみたいな、落ち着きのなさだったね」
かずさが事前に、二人だけで籠るから、と言っているにもかかわらず、プリンとコーヒーをスタジオに運んで来た春希は、ソファーに居座ろうとした。
かずさは、春希に途中経過を見られるのを、嫌がる。ウィーン時代、スタジオで録音していた時も、コントロール・ルームにいられるのが嫌で、別室に追いやって、納得できる録音ができてからしか、呼び入れなかった。
当然、今、居座ろうとした春希には、かずさの左足の蹴りが見舞われ、地下スタジオから追放された。
「でも、あの出汁の効いた和風カレー、美味しかったよ」
「あたしはあんな魚臭いカレーは不満だ。それに、大根とかごぼうとかをカレーに入れるのは、趣味が悪すぎる」
�爐△覆燭里�通じのために、気を使ってるのよ�瓩叛禳擇録瓦涼罎覇佑湛�んだ。
「それで、もう一度、確認したいんだけど、何故十曲に拘るんだ。あと数曲、入れられるだろ」
「LP時代のポップスって、十曲が普通だったんでしょ。それに、わたしの曲って、五分超えることがあるでしょ。十曲に切り詰めても、五十分近くなっちゃうから」
「なるほど。少し年配のファンには、曲が多くても、逆にまとまりのないイメージを与えるかもな」
「そうそう。それに、無理して歌詞が散漫になるのが怖いし。言わなくても良いことまで言っちゃう危険性も出てくるし」
「…………」
「なんてね」雪菜は笑いながら、小首を傾げる。
「えっと、それで、雪菜と一緒に作るのが四曲で、春希と作るのが二曲で、昔のあたしの録音が四曲、という企画なんだな」
「そうそう。ただ、かずさが昔作った四曲のうち、一曲は『届かない恋』の2016年versionを考えているの」
「……拘るな」
「……拘るよ」
「……で、アレンジをし直せと」
「そう。お願いできるかな」
「良いよ。了解。で、後の三曲は、何を入れるんだ」
「かずさ、覚えてるかな。一つは学園祭の時、『White Album』の後、MCのバックでかけてた曲で……」
「『Winter Vacation』……」
「……なんとも痛い、そのまんまの曲名ね」
「うるさい」
「分かった。そういう歌詞を書いてみようかな。そういう楽しい企画って、あんまり経験ないから、書けるかどうか、分かんないけど……。
そういえばさあ、後輪駆動のドイツ車で、雪道を走るという、危ないWinter Vacationがあったね」
「あはは」
「それと、♪…………、というのと、♪…………、というの」
「何となく覚えてる。その二つは曲名つけてないな。で、どんな感じにしたら良い？」
「その三曲のアレンジは、曜子さんにお願いしてる」
「いや、その仕事、あたしが引き受けよう」
「『届かない恋』以外、かずさに過去を振り返らせたりするつもりはなかったんだけど」
「全体のバランスの問題があるから、アレンジャーは一人の方が良い。それに、母さん、張り詰めていた気が抜けたのか、若干体調を崩し気味だから、負担かけたくない」
「了解」
「春希にも話して、一緒に母さんに説明しよう」
「そうね」
「うん」
「じゃあ、後は……、春希くんとの曲は、どんな感じ？」
「まだ……、全然、手をつけてないよ。というか、春希はかなり悩んでるな。歌詞を持ってくる気配がまるでない。さっきも蹴るんじゃなくて、そこで書けと言えば良かったかもな」
「……わたしが、抽象的なことしか伝えてないしね」
「…………」
「……まあ、悩んでもらうか」
�爐任癲△△い弔鯒困泙擦董�何らかの答えを導き出させるのが、お前の目的なんだろう？��
「何？」
「いーや、別に。まあ、頑張って書いてもらおう」
「売れれば、印税も入るしね」
「そうだな。女二人に、貢物を献上できるくらいにはなるだろう」
「うふふ」
「さて、じゃあ、雪菜との作業だけど、こんな曲はどう？
ピアノから始まって、スロー・テンポなのかと思うと、ギターが入ると実は少しハイ・テンポな感じで、メロディはこんな感じ……。
♪ラララララ〜」
かずさは、口ずさんでみせる。
「良い感じだね。楽譜、ある？」
「大まかなスケッチだけど」
�狎禳據△�前……��
「…………。良い曲だね、これも。サビのメロディーがシンプルで大きくて美しい。シングル・カットしたいな〜」
「気が早いよ」
「ねえねえ、かずさ、ちょっと歌ってみてよ」
「……楽譜、読めるようになったんだろ？」
「まだまだ、いい加減だから。だから、お願い」
「分かったよ。じゃ、Ｂメロから」
「待って待って。最初から歌って。録音させてよ」
雪菜は、iPhoneを取り出して、PCM録音用のユニットを取り付ける。
「後で消しとけよ。んじゃ」
�爐�ずさの歌声が、好き。歌うと、何とも柔らかい声なんだよね��
雪菜は、少しうっとりする。
�爛曠鵐箸法△錣燭靴�持っていないものばかり持っている、と思う。
確かに、今でも、少し羨ましく感じるけれど。でも、昔みたいに、嫉妬まみれになることは無くなったかも。
ホントに、帰って来てくれたんだな……��
「……雪菜」
「何？」
「何って、そんな視線で見つめられると、恥ずかしいじゃないか……」
頬をほんのり染めて、かずさがもじもじしている。
「幸せだと思って……。かずさと一緒に過ごせて」
「何言ってんだ。ホント、痛い奴だな……」
かずさは、照れたように、そっぽを向き、髪を耳の後ろにかきあげる。
「♪ 髪かきあげた、細い指先……、ラ、ラ、ラ、ラーラララ、まだ色褪せない〜まま」
「即興？ ……良いじゃない」
「でも、これじゃちょっと、また痛い歌になりそうだよ」
「……良いんじゃない、痛くても。
どんな想いだって、音楽は昇華してくれる。
お互い、出尽くすまでやり切ろう。そして、不安になったら、ぶっちゃけて話し合おう。二人で解決しなかったら、千晶や、朋に、同席してもらって相談すれば良い。
あたし達の時間は、たっぷりある。お互いに気兼ねなく、行き着く所まで行って、そして突き抜けようよ」
「そうだね……。ありがとう」
「うん。じゃあ、もう一度、通しで弾いてみるよ」
♪…………。
「やっぱり良い曲だね。うーん、これはシンセサイザーよりも、生ピアノのバッキングの方が良さそう」
「雪菜もそう思うか？」
「うんうん。サビはさあ、ピアノは刻んでくれて、バッキングのギターは大きく弾いたら、カッコいいと思うよ。ごめん、ちょっと待ってね」
雪菜は、SCHECTERをアンプにつなげる。
「ごめん。もう一度弾いてみて」
「了解。じゃあ、もう一度、Ｂメロから。
one,two,three,four ♪ラ、ラ、ラ、ララララ〜」
雪菜も、かずさに合わせて口ずさむ。
そして、サビで、思い切り、ギターを歌わせる……。
凄く、ワクワクする……。雪菜と合わせている今、かずさは一人でピアノに向かうのとは、全く異なる興奮を味わっていた。
偉大な作曲家と一人で向き合うのは、至上の喜びだ。だが、雪菜と、こんな会話が、演奏ができて、こんな気持ちになる日が来るとは、望外の喜びだった。
これは、雪菜も、同じ気持ちだった。
それに、お互い、和んでいるようで、もの凄く集中している。お互いの一言、一音を逃さないように、しっかり反応できるように……。
雪菜は、短期間で自分をここまで仕込んでくれた曜子に感謝した。そして、自分を尊重してくれているかずさに感謝した。
かずさも、雪菜のクリエイティブな反応の良さに驚きと興奮を隠せなかった。
今後、長く続くことになる、二人のクリエイターによる共同作業の、記念すべき邂逅の時だった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「あ、もう12時か……。そろそろ終わろうか」
「そうだね。……マネージャーさんに声かけようか」
「そうだな」かずさは内線をかける。「春希、終わったよ。悪いけど、コーヒー入れといて」
「あっ、かずさ。わたし、寝られなくなるから、ジャスミン・ティーが良い」
「了解。春希、ジャスミン・ティーに変更な。しかし、雪菜も、コーヒーで眠れなくなるなんて、子供だな」
�爐い笋い筺帖帖�かずさの飲んでるのは、コーヒーじゃなくて薄茶色い砂糖水だってば�疆�というお約束の発言を、雪菜は控えることにしていた。
…………。
「やっと、あたしのツアーの日程も決まったんだ」
かずさは、その温かい砂糖水を飲みながら、雪菜に日程のプリントを渡す。
「えっと……。
8月27日・木曜日、札幌サンプラザコンサートホール、
9月3日・木曜日、多賀城市文化センター、
9月10日・木曜日、御宿芸術文化ホール、
9月17日・木曜日、名古屋・愛知県芸術劇場コンサートホール、
9月24日・木曜日、広島文化学園HBGホール、
10月1日・木曜日、京都コンサートホール、か。
わたしのコンサートの会場と日程と、ホントに近いね」
「雪菜のソロ名義での全国ツアーの日程は、
8月29日・土曜日、札幌市民ホール、
9月5日・土曜日、仙台サンプラザホール、
9月11日・金曜日、御宿芸術文化ホール、
9月12日・土曜日、御宿芸術文化ホール、
9月19日・土曜日、名古屋国際会議場・センチュリーホール、
9月22日・火曜日・国民の休日、神戸国際会館国際ホール、
9月26日・土曜日、広島国際会議場フェニックスホール、
10月２日・金曜日、京都会館大ホール。
わがままなアーティストお二人のリクエストにお答えするため、かなり無理したよ」
「それが春希の仕事」
「お前な……。
まあ、マネージャー一人の状態が続いている以上、二人を遠く離しておく訳にはいかないから、雪菜の申し出に関わらず、こんな感じになってしまったんだ。週末を押さえられなかったのが、ちょっと不本意だがな」
「あたしは良いんだよ。今年のツアーは、挨拶代わりだから。それよりも、練習場所とか、リハーサル・スタジオとかは、大丈夫か」と、かずさは問う。
「俺を誰だと思ってるんだ」
「よろしい。ところで、前に教えてもらった時から思ってたんだけど、雪菜の日程ってさ、初めての全国ツアーにしちゃ、少しハードじゃないか？
機材の移動とか、大道具とか、あるんだろ」
「余裕持たせてあるつもりだが」
「雪菜はどう思っているの」
「そうだね……。正直、少し前までは、ちょっと不安、だったんだ。
でも、この日程なら、ツアー先でかずさにも、春希くんにも会えそうだし、楽しんで頑張れそうだよ」
「そうか。昨日、春希と話していたんだけど、あたしは、どうしても会場のピアノに慣れないといけないし、現地に先乗りしておく必要があるから、先に行って、雪菜を待ってるよ」
「演奏者一人とはいえ、かずさを放っておく訳にはいかないから、……俺はかずさについて行くけど、ツアーまでには、雪菜に専属マネージャーを付けるつもりだ」
「えっと、マネージャーに関しては、純夜さんが探してくれてるんだけど……」
「松岡さんと電話で話したが、……手駒が尽きたそうだ。こっちで探す」
�爐鵑發Α帖帖�もうちょっと、引き延ばしてくれると思ったけど……。さすが、春希くんには、あやふやなことは何時迄も通じないわ��
「いきなり、新人さんを付けられても、お互い困るよ」
「当然、主には俺が取り仕切る。でも、物理的に俺が雪菜の側にいられない時が出てくるから」
�爐修譴蓮⊇婀�くんがかずさを優先するからだよね。
でもまあ、仕方ないか��
「分かった。じゃあ、わたしに心当たりがあるから、面接してくれるかな」
�爐�い、心当たりがあるなら早く言えよ�瓩函⊇婀�は心の中で突っ込んだ。
「どんな人だ？」
「孝宏の、彼女の友達よ」
「ということは、杉浦小春の友達……」
「ピンポン。正解」
「……おい、春希。杉浦小春って、誰だ」
かずさの声が低くなる。
「いやっ、学生時代のバイト先の同僚で、その、高校、大学の後輩だ」
「武也くんに、『小春希』って呼ばれてたくらい、春希くんにそっくりのおせっかい焼きで、春希くんにつきまとってた娘よ。
一時期は、付き合ってるのかと、誤解していたわ」
「はーるーきー」
「いや、だから、雪菜は誤解だって言ってるじゃないか」
「どーせ、美人なんだろ……」
「そうそう。美人だし、ちょっとロリータ入ってて凶悪に可愛いわよ。春希くんを追って、開桜社に入社したのよ」
「はぁーるぅーきぃー」
�爐�い、犬歯を剥くな、犬歯を……��
「いやいやいや、今は杉浦の話はしてないし……。雪菜、勘弁してくれ」
「うふふ」
�爐泙◆△海譴�らいの意地悪はさせてもらわないと��
「あたしも、面接する」
かずさは腕組みして言い放つ。
「ええっ」これには、春希も雪菜も驚いた。
�爐△覆燭砲牢愀犬覆い鵑犬磧帖牒�
「あたしも、小春希に会わせろ」
�爐世�ら、杉浦が来るんじゃないって……��
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「清水早百合です。宜しくお願いします。北原先輩、お久しぶりです」
四年前のヴァレンタイン・ライヴ以来、雪菜のファンであった彼女は、孝宏の彼女、亜子の親友ということもあって、着かず離れず、雪菜と関係を保っていた。
定職にはついていないが、色々なイベントに参加した経歴を持っていた。
行く行くは実家の事業に参画するのだろうが、裕福なこ
ともあって、卒業後も自由に暮らしていたと言う訳だ。
勝ち気、かつ、はっきりとした物言いをする彼女を、かずさは気に入った。
何故、こんなに美人ばかり集まるのか、という疑問を除いては。
目次 ／ 前回 ／ 続き
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このページへのコメント
tototoさま、ありがとうございます。「whitealbum2 vocal collection」が出て、雪菜が歌う「優しい嘘」が聴けて、かなり胸熱でした。私も結構な年なので、記憶力が曖昧になるところもあり、色々なご意見を頂けるとありがたいです。多少は、凹むこともあるかもしれませんが…。でも、頑張って妄想するとともに、なんとか最後までいきたいです。ありがとうございます。
批判的、否定的な意見等は気にせずにこの物語を続けて下さい。人それぞれの解釈があってこそのSSであると思います。そしてその解釈を私たち一人一人がそれぞれの想いを持てばいいのです。気に入らないからとすぐに否定するのは個人の自由ですがそれを表だって言うのは関心しません。これからも斬新な解釈で新しい物語を作っていってください。応援しております。
tuneさま、ありがとうございます。GWの始めの方で、かずさルートと雪菜ルートを見直して、僕的にはやっぱりかずさルートの方がしっくり来るなあ、との想いを強くしました。居酒屋で、朋が口汚く春希を追いつめる所や、依緒が切れるポイントとか、やっぱり凄い脚本やなあと思いました。かずさとの決別から有海での春希との決定的決別とか、悲しいけど美しい…。ビデオ・レター冒頭の画面を睨む雪菜が超可愛い…。改めて色々と楽しめました。先は長いですが、どんどん妄想して行きたいと思います。今後とも宜しくお願いします。追伸：ハーメルンの平行世界の話は、私もちょっと違和感ありますが、それなりに楽しんで拝見しています。色々な妄想があって、楽しいですね〜。
このSSは最初に投稿された時、批判的な意見が多かったですが今回新しく投稿された所も含めて個人的には面白いと思います。柳原 朋が春希を問い詰めたり、かずさと雪菜が冬馬家のスタジオで練習したり、マネージャーの面接に清水早百合が来たりと中々良いSSです。雪菜が歌手デビューした事を除けば原作のいい感じもあると思います。SSは元々原作ではなかった事やこんな風になったら的な事を表現する所でもあるので、人によっては受け付けにくいSSがあるのも仕方が無いかもしれません。私もWA2のSSならギャグ色の強い物やメイン三人の関係を四人関係にしてしまう人物が出て来るSSですね。ハーメルンという投稿サイトがあるのですが、そこのSSが正に四人関係の話なので私はちょっと苦手な話ですね、SSの出来自体は悪くないとは思いますが。