「どこ、行くんだよ?」
「特に決めてない。歩きながらでも話せるかなって」
「……あきれた。女の子誘っといてノープランかよ。雪、降ってるんだぞ?」
 
 春希の隣にかずさが並び、一緒に夜の街を歩いている。
 この風景は春希が夢見て、かずさがずっと願っていた光景だ。そうしたいと思い焦がれていても、決して叶わないと諦めていた。
 愛し合う二人には当たり前の光景も、春希とかずさには当て嵌まらない――はずだった。
 
「じゃあどっか店に入るか? 今からだと結構待つかもしんないけど……」
 
 春希はかずさの言う通り、本当にノープランで彼女を誘っていた。
 コンサートに行こうとして家を出ていた為それなりの準備はしていたが、道中の彼の思考はそもそも会場に入るか否か埋め尽くされており、実際にかずさと出会った後のことなど考える余裕は無かったのだ。
 偶然道端で再会した二人に後の予定などあるはずはなく、最悪の場合挨拶程度で別れることも十分にありえた。けど春希はそれを良しとせず、何とか理由を付けてかずさを引きとめられないかと必死だった。
 結果、苦し紛れに出た言葉が“一緒に歩かないか”という稚拙なもの。
 
「別にいいよ。店探す時間も勿体無いし。それに人の多いところは苦手だ」
「ならもうちょっと風の当たんないとこ行こう」
「ん……」
 
 春希に促されるまま、かずさが大人しく着いてくる。
 並んで歩く二人の距離は恋人同士というには遠いが、友達同士というには近すぎる。
 そんな微妙な距離感だ。
 春希は横目で隣に寄り添うかずさを眺め、彼女が両手を口元に当てながら吐息を吹きかけているのを見て、少し彼女に対する配慮が足りなかったと反省する。
 勢いだけで連れ出してしまったが、もう少しやりようがあったんじゃないかと。
 けどそう思うのと同時に、春希はかずさの手を取りたいという衝動に駆られていた。
 こうして歩いていても、ふとした拍子に手の甲が触れ合う程度には近いのだ。もうほんの少し手を伸ばすだけで、もうほんの少し勇気を振り絞るだけで繋ぐことができる。
 かずさとの距離をもっと縮めたかった。
 
「……」 
 
 ピアニストである彼女の手を冷やしてはいかないからと、強引に手を重ねたらどんな反応を返してくれるだろうか。
 驚いたように目を丸くして、それでも強く握り返してくれる?
 それとも邪険に振り払われる?
 一度は限りなく近づいた二人の距離は、三年という時間を経て霧に包まれてしまったかのように判然としなくなっていた。
 
 春希は三年前の空港でかずさと別れた時から、ずっと変わらず彼女のことを思い続けている。
 今でもかずさのことがが好きなんだと、麻理に、千晶に断言すらしていた。けれどかずさの方はどうなのか。
 それが春希には分からない。
 彼女も自分と同じく三年前の空港から時が止まっていて――今も変わらず好きでいてくれたらと、そんな都合の良すぎる妄想ばかり頭の中に沸いて出てくる始末だ。
 それでも、どうしても拒絶された時のことが頭を過ぎり行動が追いついていかない。
 手を絡めることが出来ないでいた。
 
「――寒い、か?」
「寒いに決まってるだろ。特に指先あたりが冷たい。手袋も……してないしな」
「だよな。ごめん」
「いいよ。別に怒ってるわけじゃない。それにこうして歩いていたら少し身体があったまってきたし」 
「……かずさ」
 
 悪戯っぽく微笑み、かずさが春希の肩に自分の肩をちょこんとぶつける。
 まるで“気にするなよ”という風に。
 それを受けて春希は、即席に身体を温める方法として何処にでもあるアレを使おうと考えた。
 視線を巡らせ、街中にはありふれた存在であるそれを探し出し 
 
「――悪いけどちょっとここで待っててくれ」
「え? 春希?」
 
 目当てのものを見つけた春希が、かずさを残して走り出した。その姿に一瞬不安を覚えるかずさだったが、春希はすぐに目的地――自販機の前まで辿り着くとそこで足を止めた。
 ポケットから財布を取り出し、千円札を投入する。
 そしてボタンを二回プッシュして商品を購入してから、出てきたコーヒーを手にかずさの元へ戻って行った。
 
「ほら。これで少しは温まるだろ?」
「あ、これマックスコーヒーじゃないか。懐かしいなぁ。甘くて美味しいんだよ」
「言うと思った」
「ありがと。って……あれ?、春希のはマックスコーヒーじゃないんだな。そっちのも甘いのか?」
 
 かずさのロング缶に対し、春希の手には少し小さめの缶が握られていた。彼女の位置からだと、ちょうど微糖と印字された部分が見えないらしい。
 春希はそんな彼女の反応が可愛く思えて少し笑ってしまう。
  
「なんだよ。笑うなよ。あたし、おかしなこと言ったか?」 
「全然。甘くないっていうか至って普通の缶コーヒーだよ。俺はこっちのがいいんだ」
「ふぅん。でも春希、よくあたしの好み覚えてたな」
「忘れるわけないだろ。色々と印象強烈だったし」
 
 大がつくほどの甘党であるかずさの味覚について、一言物申したいと春希は常々思っていたが、ここで議論する訳にはいかないと自重する。
 話をしようと連れまわした挙句に相手の味覚への駄目出し開始とか、さすがの春希にもそれは選択出来なかった。
 
「乾杯」 
 
 二人してプルタブを押し開き、軽く缶同士を合わせる。
 乾杯というには風情はないが、それでも春希とかずさに不満めいた感情は見られない。 
 
「……んまい。殆んどの缶コーヒーは苦すぎて駄目だけど、不思議とこれだけはいけるんだ」
「天下のマックスコーヒーだしな。けどかずさ。缶コーヒーが苦いって、ブラックとか絶対飲めなさそうだな、お前」
「ブラック? あんなの飲む奴の気がしれないね。一種の苦行だろ、苦行」
「いや、俺、結構好きなんだけど」
「そんなだから春希は性格が硬くなるんだ。柔軟な思考に糖分は必要不可欠なんだぞ」 
「俺の性格と糖分の摂取量は関係ないだろ。それに柔軟な思考ってお前が言っても説得力皆無じゃないか」
「……いくら本当のことだからって酷いこと言うな。あたしだって女なんだ。ブラックが飲めなくたって問題ないだろ?」 
「問題はないけど女の子だからって部分は関係ないな。麻理さんとか缶コーヒーはブラックでっ! とか言ってよく飲んでるし」
「――麻理、さん?」
 
 今しがたまで機嫌の良くコーヒーを飲んでいたはずのかずさの表情が、春希の台詞を切欠にして一気に険しくなった。
 例えるならミニチュアダックスが瞬時にシベリアンハスキーへとクラスチェンジしたかのように。
 
「――春希。その麻理さんって誰?」
「え?」 
「女なのか? 美人なのか? お前との関係は? なんで今その名前を出した?」
「なんだよ突然。俺、なにか気に障ること言ったか?」
「いいから答えろ」
「……わかったから、そんなに睨むな」 

 かずさの剣幕に押される格好で、春希が渋々と答えだす。
 彼にはどうして急にかずさの機嫌が悪くなったのか理解出来ていない。 
 
「俺、出版社でバイトしてるんだけど、そこでの上司だよ。あの人が美人じゃなかったら世の中の九割は美人じゃなくなっちまうんじゃないか。よく休憩時間とかにコーヒー奢ってくれたからさ、連想してつい口から出たんだ」
「上司……なんだ。ならさ、仕事中とかよく一緒にいたりするのか?」
「有能な人だから結構便利に使われてて、いっつも忙しく飛びまわってるけど、やっぱり直属の上役だからな。それなりには、まあ」
「ッ! その人若いのか? 上司ってことは年上なんだろ?」
「俺の五つ年上。颯爽としたキャリアウーマンって感じで格好いいんだ。……ちょっとだけ、お前に似てるかも」
 
 春希がかずさに似ていると口にした時、彼女は何とも言えない微妙な表情を披露した。
 喜んでいるわけではないが、かといって怒っているわけでもない。呆れるでもなし、落胆するでもなし。非常に複雑な心境が彼女の表情から垣間見える。 
 
「……なあ、その麻理さんって人、どんなとこがあたしに似てるんだよ?」 
「別にいいだろ、そんなこと」
「そんなことじゃない。あたしが聞きたいんだっ」
 
 拗ねたように頬を膨らませながら、かずさが上目遣いに春希を睨む。――いや、睨むというより縋ると言った方が正しいか。
 そんな迫られ方をしたら、春希でなくても拒めない。

「外見とかは似てないよ。ただ喋り方とか、雰囲気とかさ。日常の些細な部分で似てるなってとこがあっただけ。それだけ」
「ならさ、その人見てあたしを……思いだしたりしたか?」
「……別に。麻理さんは麻理さんだよ。そしてかずさはかずさだ。雰囲気に似てるところがあるからって重ねたりはしない」
 
 今の春希の台詞には一部嘘が含まれている。
 麻理の言葉遣いや立ち居振る舞いの端々から、春希はかずさの存在を感じ取ったことがある。連想したことがある。
 けれどそれを口にするのはフェアじゃないと彼は感じていたし、実際意味はないだろう。
 今、彼の目の前には本物の冬馬かずさがいるのだから。
 
「……」
 
 意図したわけではないが、春希が麻理の名前を口にしてしまった所為で会話が途切れてしまった。けれど春希は、その失態を糧に少しだけ彼女に踏み込んでみようと決心していた。
 今のかずさの反応を見て、自惚れでなければ彼女は麻理という名前に嫉妬してくれていたように見えたし、それが勘違いでないならば光明も見えてくる。
 興味がない男に対してそういう感情を抱きはしないはずだからと。
 春希は大事なところでとちったりしないように唾を飲み込むと、改めてかずさに向き直り、少しだけ踏み込んだ問い掛けをする。
 
「かずさ。もしかしてお前、やきもち焼いてくれたのか?」
「っ!」
「嫉妬してくれたのか? 俺の無神経な発言を聞いて妬いたのか?」
「……悪い、かよ。あたしの知らない女の名前を春希の口から聞きたくなかった。あたしといる時くらい他の女の名前を口にして欲しくなかった」
 
 唇をへの字に変形させてかずさが吐露する。 
 外からの孤高で強い女という評価は云わば仮面で、そんなものは春希のちょっとした言葉ですぐに剥がれ落ちてしまう。
 
「気になるんだ。あたし馬鹿だから、自分の中で処理できないんだっ」
「かず、さ……」 
「三年ぶり、なんだぞ? もうちょっと配慮しろよ、馬鹿ぁ」
「っぁ……ご、ごめん」
 
 想像していたよりも直球の答えが返ってきた所為で、春希はかずさに対してまともな言葉を返すことが出来ないでいた。
 驚きが興奮を加速させ、心臓の脈拍を早める手助けをする。
 だって今の台詞を意訳すれば、かずさは変わらずに春希のことが好きなんだと、そう取ることも可能なのだ。
  
「……っ」
 
 握り込んだ缶コーヒーの軋む音が響く。彼の目の前では、かずさが小さくなって俯いている。
 そんな彼女の姿は、春希を葛藤させるのに十分な破壊力を持っていた。かずさまで手を伸ばし、そのまま強く抱きしめたいという衝動が沸きあがり、強く彼を動かそうとする。
 今の彼女の表情を見る限り拒否されないんじゃないかって、自分に身体を預けてくれるんじゃないかって、自分勝手な妄想に突き動かされそうになる。
 その激しい思いを彼は無理やり心の奥底に封じ込み、手を伸ばす直前で自身を制止することに成功した。
 
 ――踏み込むのは、少しだけと決めていたから。
 
 再会してから交わした会話の数も知れているし、相手の事情も何も分かっていない。ただ昔好き合っていたからという遺産だけで突き進むには、失敗した時のリスクが大きすぎる。
 強引に出て目の前にいるかずさを失うくらいなら、今二人でいるこの時間を大切にしたい。
 そう思っていた。
 
「か……かずさ! 初詣、行かないか?」
 
 だから春希は、この時間を延長する為の言葉を紡いだ。
 結論を少しだけ先延ばしにする為に。
 
「……え? 初詣って今から、か?」
「うん。ちょっと距離があるから時間かかるかもしんないけど、たぶん大勢人がいると思うけどさ、俺、かずさと一緒に行きたいんだ」
「ぁ……あたしと新年を迎えたいって言うのかよ?」
「駄目か?」 
「……駄目じゃない。けどあたしは寒いんだ」
 
 かずさは自身の肩を抱くようにして小さく震えて見せる。
 その姿は本当に寒そうで――
 
「だから、もう少しだけ近くに来て。春希、あたしへの風よけになってくれ」
「俺、風よけなのかよ」
「そうだよ。じゃないとあたし、寒くってここから動けない」
「……わかった。じゃあ、もっとこっち来い」
「ん」
 
 再びかずさが春希の隣に並び立つ。けれどさっきまでより少しだけお互いの距離が近づいていて。
 春希はかずさの肩へ腕を回さない。
 二人が手を繋ぐこともない。
 それでも距離だけは恋人同士のそれになった。
 
 
 
 ――初詣。
 
 新年を迎え最初にお参りする日本人には恒例の行事。
 中でも旧年から新年を跨ぐ時間(深夜零時前後)に行われる参拝を二年参りと言い、多くの人がそれを目的に集まってくる。それら参拝客を目当てに、沿道には多数の屋台や出店が並び、まさにお祭りという様相を呈するのだ。
 それは春希達が訪れた神社も例外ではなく、道中から大勢の参拝客に揉まれながら進むしかない有様である。
 本来ならすぐに到着する程度の距離も、人込みという壁に阻害され遅々としたペースでしか歩けない。
 そんな現状に最初に嫌気を差したのはやはりかずさで、彼女は陰鬱とした表情を張り付かせながら春希にこう提案する。
 
「もう、帰ろう」
「なに言ってんだ。まだ来たばかりだろ? というか肝心の参拝もまだしてないし」
「……人が多いんだ。歩き難いんだっ。うるさいんだっ。春希なんだッ!」
「最後の意味わかんないって!」
 
 既に視界にはアーチが見えていて、あと少し我慢すれば到着することができる。だが同時にその辺りは人口密度が一番高まる地域でもあり、他人との接触を極端に苦手とするかずさにとってはある意味苦行とも言える時間が続くことを意味する。
 なにかご褒美でもあれば頑張るのだろうが。
 
「俺、どうしても参拝したいんだ。な、かずさ。あと少しだから我慢してくれよ」
「もう十分に我慢したっ。失った糖分補給しないと倒れる」
「さっきマックスコーヒー飲んだばかりだろ?」
「あんなもので足りるか。なめらかプリンが食べたいぃ」
「参拝したら屋台を見て回ろう? きっと甘いものもあるって」
 
 駄々を捏ねるかずさを春希が宥めるという珍しい光景が展開されているが、両者にそれを堪能する余裕はない。
 本当に人の行き来が激しく、油断をすると人波に攫われてしまうからだ。
 
「春希ぃ。神社は逃げないんだからさぁ、先になにか食べに行こう」
「屋台も逃げないからっ!」
「なんだよ。そんなに参拝したいのか? なにか願い事でもあるのか?」
「どうしてもお祈りしたいことがあるんだ。賽銭も奮発するつもりだし。だからかずさ。一緒に行こう?」 
 
 間髪入れず即答する春希の姿に、かずさは軽い驚きを覚えた。
 そうまでして祈りたいこととはなんだろう。そこに強く興味が惹かれる。
 それに折角の機会なんだから、自分も願い事の一つくらいしてもいいんじゃないか。クリスマスは散々だったのだから、せめて正月くらいは願っても罰は当たるまい。
 そうとも思う。 
 
「……わかったよ。春希がそこまで言うなら行くよ。それにたった今、あたしにもお願いしたい事ができたし。神頼みなんて柄じゃないけどな」
「あっちだとそういうの多いんじゃないのか?」
「あたしも母さんも日本人だからね。あまり興味が無かったんだ」
「ふうん。なら今日は何を願うんだ? 無病息災とかか?」
「あたしがそんな真面目なこと願うわけないだろ? それとも春希は世界平和とか祈るつもりなのか?」
「……いや、極々個人的なことだよ。それこそ世界平和とは対極にあるような」
「だろ? あたしも似たようなものだ。だから――ぁ」
「か、かずさっ!?」
 
 雑談に興じていた所為なのか、互いに相手に集中しすぎた所為なのか。かずさが最後に喋った段階で彼女の姿が戻りの参拝客に飲まれて消えていく。
 春希とかずさは参拝に向かう人の列に紛れていたのだが、ちょっとした拍子に彼女が戻りの列にはみ出てしまったのだ。
 
「は、春希ッ!」
「かずさッ!」
 
 流れに逆らいながら、かずさが必死に腕を春希に向かって伸ばしている。けれど人の流れていく力の方が強くて、彼女一人の力では春希の元に戻ることができない。
 
「……嫌だ。春希っ! あたし……離れたく……ない!」
「もうちょいだ! 頑張れっ!」
 
 春希もかずさに向かって腕を伸ばし、彼女の手を掴もうとする。
 ただ人込みの中ではぐれそうになっているだけにしては、二人の感情の発露が尋常ではない。まるでこのまま永遠に引き離されそうになっているような、そんな錯覚を受けるほどに。
 
「とど、け――!」 

 伸ばされたかずさの指先が春希の指が触れ、やがてそれは絡み合いながら合わさり、遂に春希は彼女の手を取る事に成功する。
 そしてすぐさま強引に彼女を身体ごと自身に引き寄せた。
 
「――あ」
 
 ふわり、とかずさの身体が羽根のように踊り込む。
 そしてそれが当然だとでもいうように、彼女の全身が春希の腕の中に吸い込まれた。
 
「春希……」 
 
 互いの心音が相手に伝わるくらい密着する二人。なのにそれでもまだ遠いとでも言うように、春希はきつくかずさを抱きしめた。
 
「ごめんな、強引にして。痛かったか?」
「痛いに決まってるだろ。けど嫌じゃない、よ」
 
 ぎゅっとかずさが春希の胸に頬を擦りつけながら目を閉じる。
 同時に彼女の腕が彼の腰に回され、互いに相手を抱きしめる格好になる。
 
「かずさ」
「少し我慢してくれ。こうしてないとあたし攫われてしまうから。だからこれは仕方ないんだ」
「うん」
「春希がしっかり捕まえておかないからいけないんだぞ。全部、お前が悪いんだ」
 
 かずさは腰から背中へと腕を回し、頭部を彼の胸にきつく押し付ける。彼の匂いを感じ、暖かさを感じて、これが現実だと認識する為に。
 春希もそれに応えるようにかずさを強く抱きしめ、耳元で囁いた。
 
「ごめんな、かずさ。謝るから、次失敗しないように、もうちょっとだけこのままでいてもいいか?」 
「少しだけ……だぞ」
「ああ。少しだけ、だ」
 
 互いの体温を直に感じながら、二人はきつく抱き合う。
 三年ぶりの抱擁の魔力は強すぎて、周りの奇異の視線すら吹き飛ばしてしまうほどに没頭する。けれど、いつまでもそのままの姿勢ではいられない。
 名残惜しさを感じながらも、春希からかずさを離していく。
 
「……行くか。立ち止まってちゃ迷惑だからな」
「今更それ言うのかよ。もう十分迷惑かけただろ?」
「だったら尚更だ。まだ年は明けてないし、早く行って神様に謝ろう」
「別に謝らなくてもいいよ」
 
 くっついていた身体を離し、距離を取る。
 けれど今度は手は繋いだままで。
 二人は並んで歩き出し、二年参りの為にアーチを潜っていった。
 
 

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