目が覚めた時、俺は泣いていた。
涙が止まらなかった。

俺は…俺はなんてことを…
最低だ
冬馬のことを忘れることができなくて最低のことをしてしまった…。
雪菜を裏切り、冬馬を傷つけ、何やってんだよ…

気持ちが高ぶり過ぎていて、そのままでは寝ることができないので、水の一杯でも飲もうと思った。
旅館の冷蔵庫に入れておいた水を飲み、息を落ち着けようとしていると

雪菜「春希くん?」

俺と同じく水でも飲もうとしたのか、雪菜が起きてきた。

春希「雪菜…」

さきほどの夢の内容を思い出す。
あわせる顔が無いとはこのことだ。
でも、現実に最低のことをした訳でないため、ここで変に避けるのも不自然だ

雪菜「ど、どうしたの?」

雪菜が俺を見て驚いている。
涙が止まっていないことを忘れていた。

春希「あ…、いや、これは」

雪菜「怖い夢でも見た?」

春希「……うん」

その予想は、あながち間違っていない。
怖い夢ではなく辛い夢だったが…。

雪菜「そっか〜。お酒を飲みすぎたからかな?」

全く的が外れた考えだったが、今はその結論に至ってくれた雪菜に感謝する他ない。

雪菜「ちょっと動かないでね」

というと雪菜は俺の頭を優しく撫でてくれた。

春希「え?」

雪菜「大丈夫だよ。大丈夫だからね」

と言いながら、頭を優しく撫で続けてくれる雪菜。

やめてくれ!俺は雪菜に慰めてもらう資格なんかない最低な男なんだ!
俺の中の何かが叫んでいたが、同時に雪菜の優しさに癒されている自分もいた。

春希「せ、雪菜…」

雪菜「子供の頃、風邪を引くとお母さんがこうしてくれたのを思い出してね。少しは落ち着いた?」

春希「あ、ああ…」

雪菜「じゃあ、深呼吸してみよう」

その指示に従い、深呼吸をしたことで確かに少しは落ち着いた。
だが、今度は、もっと雪菜の優しさを求める気持ちが溢れ出てきた。
このまま雪菜を抱きしめてしまいたい!
だが、理性がやめろ!と叫んでいた。
冬馬のあの顔を思い出せ!と訴えてくる。
そうだ、今はダメだ!
何も結論が出ていないのに、感情に流されたら誰もが不幸になる!
あの夢はそういうことを言っているのではないか?
そう考えることで、ぎりぎりのところで自分を抑えることに成功した。

春希「ふー。落ち着いたよ。雪菜、ありがとう」

雪菜「いえいえ、どういたしまして。一人でもう大丈夫?」

春希「ああ。もう大丈夫だよ。おやすみ」

雪菜「うん、おやすみ」

そして、俺は自分の寝床に戻り、眠ろうとしてようやく気がついた。
そっか、俺、雪菜のことが好きなんだ。

つい先ほど、冬馬のことが好きだと確認したにも関わらず、そんな想いを持っている自分に矛盾も感じる間も無く、俺は眠りについた。


…………
……



かずさ「なぁ、北原、別に寝ててもいいぞ」

温泉旅行からの帰りの車の中で冬馬に俺は気を遣われた。
確かに、夕べはあまり寝てないが、最初の夢にあった寝ている俺に冬馬がキスをした場面を思い出すと、そんな気は絶対に起きない。
それに雪菜のおかげか、あんな夢を見たっていうのに今の俺は大分落ち着いている。
雪菜も朝起きてから、余計なことはしゃべっていない。
おかげで、冬馬は俺の不審なところに気づいていない。
ちなみに、その雪菜は既に後部座席で熟睡している。

春希「いや、大丈夫だ。今寝て起きたら天国でしたってオチは嫌だからな」

かずさ「あたしが事故ると思ってるのか?信用しろって」

春希「信用はしているけど、帰り道のナビが必要だろ」

かずさ「大体分かるって」

春希「それでも念のためだよ。それに、今回の旅行、二人に色々と申し訳ないなと思うし、少しでも役に立たないとな」

かずさ「?どういうことだ?」

春希「だって、旅館を探したり予約したりとかの準備はほとんど雪菜がやって、運転は昨日から冬馬がずっとしてるだろ?俺だけ負担が異常に少なくないか?」

かずさ「言われてみればそうだな。よし、今から運転を代わるか?」

春希「俺は免許を取ってないっての!」

かずさ「冗談だよ。少しでも申し訳なく思うのなら、さっさと免許を取れ。どうせ大学生になったら取るつもりなんだろ?」

春希「いや、そのつもりなんだけど…。って、今の発言は、冬馬はまたどこか旅行に行っても良いって意味か?」

かずさ「あ…」

春希「おう!分かった!大学生になったらさっさと免許を取って、今度は俺も運転できるようになるな」

かずさ「い、嫌だ…。誰がお前の運転なんかで旅行に行くもんか」

春希「ん?じゃあ、俺の運転じゃなかったら、また旅行に行っても良いっていう意味か?」

かずさ「揚げ足ばかり取るな!」

春希「はいはい、わかりました〜」

やっぱり冬馬もこの三人で一緒にいたいって思ってくれてるんだな…。
俺はそう確信できたので、少しだけ調子にのってみた。

春希「でもさ、今回の旅行、やっぱり来て良かったと思うよ。」

嫌な夢は見たけどな…

かずさ「……」

春希「あのステージを成功させたこの三人でまた違うこともやっていけるって確信できたからさ」

かずさ「……」

春希「だから、色々とありがとな、冬馬」

かずさ「北原、あ、あたしは…」

どっちにしても、冬馬がわざわざ車を出してくれた時点で冬馬の考えは決まっているも同然なのだ。
それを野暮に聞き出したりはしない。

春希「そういえば、明日からピアノのレッスン開始するんだって?冬馬」

と、ここで俺は話を逸らす。

かずさ「ああ、1日10時間もしくはそれ以上だ」

春希「大変だよな。何か手伝えることは無いのか?」

かずさ「お前が音楽のことで手伝えるか?だと?」

春希「いや、そうじゃなくて、音楽以外で家事とか、必要なものの買出しとか」

かずさ「柴田さんがいるから大丈夫」

春希「毎日来てる訳じゃないんだろ?」

かずさ「この時期だけは、さすがに毎日来てもらうつもりだ」

春希「でも年末年始だぞ。柴田さん、来れない日があるんじゃないのか?お前のことだから、財力で食事もどうにかするつもりかもしれないが、それだと栄養が偏るかもしれないだろ?そういうときは俺と雪菜に言ってくれ。できるだけのことはするから」

かずさ「…夕べ、雪菜にも同じことを言われたよ。お前に影響されて雪菜までお節介になってるぞ。責任取れ」

春希「ああ、だから必要な時は遠慮なく呼び出してくれていいよ。俺にできることなら何でもするぞ」

かずさ「北原…」

春希「それに、お節介って言ったけど、俺も雪菜も誰にでもこんなこと言ってる訳じゃないぞ。冬馬だから言ってるんだ」

かずさ「…!!わ、わかったよ!必要なときは呼ぶから覚悟しておけ!」


照れている冬馬は可愛いなと思いながら、俺は聞こうと思っていた話題を聞くことにした。


春希「ところで、冬馬、この間ちゃんと聞けなかったんだが、今度のコンサートって優勝とかしたら音大の推薦とかもらえないのか?」

かずさ「だからそんな話は無いよ」

春希「でも、これを機にピアノを再開するつもりなんだろ?つまり、高校卒業後は本気でピアノを修行できる環境に行ったりするつもりなのか?」

かずさ「ま…まぁ、そうなったら嬉しいけど…」

実を言うと、冬馬の進学先については、あまり話をして来なかった。
俺たちと違う進路に行くことは確実なのだから、正直言ってあまり触れなくない話題だと三人の内の誰もが思っていたから。
でも、今はどうしても確認しなければならないことがある。

春希「その環境ってさ…結構遠いところだったり…する…?」

かずさ「………」

やばい、ストレートに言い過ぎたか?

春希「い、いや、ほら、俺って音楽の世界のこととかよく知らないからさ、どこの大学の音楽科が良いとかよく分からないからさ、もし遠い大学とかに行くことになったら、集まりにくくなるかな〜って思ってさ」

かずさ「…ウィーン…」

と冬馬は小声でぼそっとつぶやいたが、俺は敢えて聞こえないふりをした。

春希「え?」

かずさ「いや、何でもない。少なくとも、あたしは岩津町のあの家を離れるつもりは無いよ。なんだかんだで居心地が良いし、都会の中にあって便利だし、結構静かだしな」

春希「確かにあの家は快適だろうな」

かずさ「ああ。それに優秀な先生だって都内に結構いるぞ。名前を言ってもいいけど、北原には分からないだろ?」

春希「確かにさっぱり分からないだろうな。音楽の先生って言われてもベートベンぐらいしかパっと出てこないや」

かずさ「お前は二度とギターを弾くな…」

春希「じょ、冗談だって〜」

と今の反応から、確信はできないが冬馬がピアノの修行のために海外に行く可能性は低いと考えられるな。
ウィーンと小声でつぶやいたことから、全く行きたくない訳ではないのだろうけど、少なくとも日本に居てくれる可能性の方が高いと思えるな。
あれ?でも、冬馬が海外に行かないってことは、俺として嬉しいけど…。
ごめんな、冬馬。
もしかしたら、俺は気がつかない内にお前を海外に行かせなかったのかもしれない。
つまり、お前のピアノの才能を削っちゃったのかもしれない…。
そんな思いを抱きながら、俺は帰路に着いた。


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