まえがき

駄文の開始です。
四年生になった春希達の峰城祭の話です。


「春希くんのばかぁっ!」

 怒号とともに、勢いよく雪菜は立ち上がった。
 飯塚さんも水沢さんも、そんな雪菜の勢いにたじろぐばかり。
 でも北原さんはそんな雪菜を止めるでもなだめるでもなく、ただ静かに見上げるだけだった。

「ちょ、ちょっと雪菜」

 わたしはそんな二人を交互に見つめながらこの場を収めようとしたけど、結局雪菜はそのまま踵を返し、カフェテリアを出て行ってしまった。

「北原さん、いいんですか?」
「ああ。少し落ち着いてからの方がいいよ、お互いに」
「で、でも」
「悪いけど、こればかりは俺の方から折れるつもりはないから」
「そ、そうですか……」
「ごめん、柳原。気悪くしただろ」
「いえ、わたしのことはいいですから。
 それよりも後でちゃんと雪菜と仲直りしてくださいよ」





 結局、わたしが雪菜を探し当てたのはそれから数分後。外のベンチで一人、ポツンと座っているところを見付けたのだ。

「雪菜……」
「ごめんね朋。気悪くしちゃったでしょ?」
「ホント、あんたたちってば、相変わらずどっちもどっちなんだから。
 わたしよりも肝心の相手を気遣いなさいって」
「分かってる。後で春希くんにもちゃんと謝らなくちゃ、ね」

 わたしはそのまま雪菜の隣に座り、空を見上げて一つ大きく息を吐いた。

「あ〜あ、やっぱり駄目だったか」
「北原さん、やっぱり出ないって言ったね」
「うん、今までにも何度か誘って、そのたびに出ないって言ってたから分かってはいたんだけどね」
「でも雪菜、やっぱり北原さんと出たいんでしょう、今度のステージ?」
「そうだよ。今回はやっぱり特別なんだよ。わたしにとって」
「そりゃあそうだよね。二人にとって最後の機会だもんね」
「そうだね……」

 そう、雪菜にとって、特別な意味を持つステージ。
 北原さんとの確執で、三年間も歌を失ってしまった雪菜の。
 そして今、再び歌を取り戻した雪菜にとって。
 大学生活においての最初で、そして最後の機会の。
 “学園祭”のステージ……。

「で、でもまぁ北原さん、今までだって雪菜が何回誘っても出なかったんだしさ」
「それでも、それでもやっぱり今回は春希くんと一緒にやりたかったんだよ、わたし」
「雪菜……」
「だって、春希くんのギターと、かずさのピアノ。あの二人の音こそが、わたしのステージの原点なんだよ」
「だから、今回北原さんを強引にでも誘ったの?」
「うん。今まで朋に誘われたステージも楽しかったのは本当だけど」
「歌いだしたらホント、どんなステージでも楽しんで歌っちゃうんだから、雪菜ってば」
「だから、今回はどうしても春希くんと一緒にステージに立ちたかった。春希くんのギターの音で、歌いたかったんだけど……」
「雪菜……」





『どうしても?どうしても駄目なの、春希くん?』
『ああ。悪いけど俺は出るつもりはない。どれだけ頼まれても』
『どうして?わたし、春希くんのギターで歌いたいんだよ。あの時みたいに』
『でも俺、もう今は全然弾いてないし。ステージに立てる腕じゃないから』
『……わたしがこれだけ頼んでも、駄目なの?』
『ああ、もう決めたんだ、あの時に。もう俺はステージには立たないって』
『春希くんのばかぁっ!』





 北原さんと一緒に出たいっていう雪菜の気持ちは分かる。わたしも付属のステージを見ていたから。
 北原さんのギターと、冬馬かずさのキーボードに身を委ねて本当に楽しそうに歌う雪菜を見ていたから。
 だから分かる。雪菜の中にある北原さんのギターに対するこだわりを。
 今の雪菜の歌の全ては、北原さんと繋がっているのだから。

「じゃあ雪菜、やっぱり……」
「うん。今回は春希くんが一緒に出ないなら出ないって決めてたからね」
「どうしても?他にも雪菜と一緒に出たがってるバンド多いと思うよ?」
「ごめんね朋。わたしも決めてたことだから」

『ね、春希くん。わたしは……どうすべきだと思う?』
『それは……雪菜が決めるべきだと思う』
『……何よそれ。さっきまで散々わたしの背中押してたくせに』
『俺は出たい。……だって、そうすれば雪菜の歌が聴けるんだから』
『ぇ……』
『でも、雪菜が出ないと言ったら出られない。
 ……俺たち、二人とも決断する必要があるってことだよ』
『……』
『もう少し、悩めばいいよ。
 今から本気で考えて、逃げじゃなく、きちっと考え抜いて出した結論なら、俺はもう、何も言わないから』

「……バレンタインコンサートの時も、春希くんはわたしの決断を待ってくれた。
 だからわたしも、今回の春希くんの決断を尊重したいんだ」
「ホント、あんたたちって似た者カップルだよね」
「見える?わたしたち、カップルに見えるかな?」
「そこで照れるか……」

 雪菜は付属の卒業式の日から歌を失った。
 北原さんに裏切られた過去が自分を縛ってしまうから。
 歌を届けたい相手を見失ってしまったから。
 でも、わたしは歌ってほしかった。雪菜に。
 三年もの間、『届かない恋』に縛られ続けていた雪菜に。
 歌を、笑顔を、取り戻してほしかった。
 だからわたしは雪菜を、そして最終的には北原さんをも焚き付けた。
 雪菜の歌を取り戻せる人は、やっぱり北原さんしかいないと思ったから。
 そう、今の雪菜の歌の全ては北原さんへのラブソング。
 付属の学園祭ステージの頃から変わらないであろう雪菜の歌のスタンス。
 聞く人達大勢を魅了する雪菜の歌の真実。





『なぁ春希、雪菜ちゃん本当にお前とやりたがってるんだぜ?』
『分かってるよ武也、お前に言われなくても』
『まあ、春希にとっては腕が落ちた下手くそなギターは聞かせたくはないでしょうけどね、誰よりも雪菜には』
『依緒……』
『でも北原さん、雪菜はそれでも北原さんとやりたいんですよ、北原さんと一緒に歌いたいんですよ』
『それでも俺はやらないよ。だって……』
『だって、何ですか?』
『今の俺のギターは、雪菜に聞かせるためだけのものだから』





 そして、北原さんの中にある、自身のギターに対するこだわり。
 三年間雪菜を避け続けていた北原さんがようやく辿り着いた答え。
 雪菜の歌を、笑顔を取り戻すために、彼はもう一度ギターを手にした。
 そしてもし、北原さんの言葉が真実なら、わたしのこの考えが的を得ているのなら、確かにもう彼はギターを弾くことはないだろう。
 なぜなら、今の雪菜はもう彼のギターがなくても歌えるのだから。
 雪菜の歌は、彼の後押しが無くとも観客に届くのだから。
 雪菜の心からの笑顔は、彼の心に間違いなく届いたのだから。
 彼のギターは、ちゃんとその役割を果たし終えたのだから。

「じゃあ、大学祭どうするの?やることないでしょ?」
「そうだね、初日はゼミの出し物あるけど、その後は暇だから、今年こそはゆっくり回ることにする。春希くんと二人で」
「でも残念がるだろうなぁ。雪菜がステージに出ないってことになると」
「文句は春希くんに言ってよね」
「北原さんと同じくらい頑固な雪菜にも、ね」

 でも、確かにそれもいいかも。
 雪菜もようやく北原さんと大学祭を回れるのだから。
 それが、たとえ今年だけの、一度きりのものだとしても。
 二人にとって、かけがえのない大切な時を過ごして欲しい。

「あ……」
「どうしたの?」
「いいこと思い付いちゃった」
「何それ?」
「春希くんが出ないって言ったから」
「え……」
「うふふふ……」
「せ、雪菜……?」

 本当に、雪菜は本当の自分自身を取り戻せたのだろう。
 この時の雪菜の表情で、それが分かってしまった。
 可愛らしく舌を出しながら微笑むその表情で。
 傍から見たら、悪巧みをしているとしか思えない小悪魔みたいな微笑で。
 わたしはそんな雪菜に苦笑で返しながら、心の中で大きく溜息を吐いていた。


あとがき

後押しごっつぁんです。早速投稿させていただきました。
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このページへのコメント

コメントありがとうございます。
感想いただけるとは光栄です。
これからも頑張って書きますので応援よろしくお願いします。

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Posted by M+2BrIvTRQ 2012年03月22日(木) 19:46:53 返信

こういうの読みたかった。ありがとうございます

0
Posted by 774 2012年03月21日(水) 01:57:11 返信

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